真/神の奇跡
あの戦争から二日たった。
神々の代理戦争であったためか、幸いなことに、この戦争で亡くなった人間は零。
そう。誰一人としていない。
初めにこの報告を聞いたワシ――武志黒麿はさすがに耳を疑ったのじゃが、どうやら本当のことらしい。
ワシ自身足を運んで、軍の名簿を片手に軍人たちの家を一軒一軒回りもしてみたのじゃが、重傷を負っているやつもおったが、名簿に載っていた軍人全員が、笑ってワシの訪問を受け入れてくれた。
いくら怒り狂っていた神々であっても、今まで自分をたたえてくれていた民同士がぶつかり合うのは忍びなかったのじゃろう。
致死の攻撃を食らったと語る兵士は、目を覚ましたらいつのまにか戦争が終わっておったと語っておる。
おそらく、神祇道派が放っておった神術には、意識を奪っても、命までは奪わない安全機能のようなものが備わっておったのじゃろう。
いまそのあたりを、望戸や豊隆が目を輝かせながら調べておるから、実用化されれば我が国の戦争はずいぶんと落ち着いたものになるじゃろうと、期待を寄せられておる。
じゃが、幾ら兵士たちの被害が零であったとしても、やはり戦争には犠牲がつきものじゃ。
「南無御無義真~。南無御無義真~」
「偉大なる御霊にして、英雄。我等が尊き神皇の魂よ……」
この戦争を平和なうちに集結させた英雄は、二つの宗教からの感謝の言葉をささげられながら、棺の中で眠っておる。
参列者たちは僧侶と、神祇官が唱えるその言葉にこうべを垂れ、貴族・兵士・平民の分け隔てなく、彼に感謝の心と、謝罪の意思を祈り届ける。
戦場で起こった事件以来、性別を隠す必要がなくなった政子は、瑞から輸入されておった大陸の女性官吏の服に身を包み、この葬儀に参列しておった。
気丈にも涙は流しておらん。彼女の手を握り、不思議そうな顔をして棺を見ておる、篤之宮の為じゃろう。それに、
『笑ってくれ』
奴は最後にそう言ったのじゃ。ここで泣いてしまっては、その約束を破ることになる。
だからこそ、彼女は……最愛の夫の葬儀であっても、決して涙は流さんのじゃろう。
偉大なる、真教と神祇道の激突をとめた征歩神皇。誰もが英雄と、《両義神》だと崇める彼の葬儀が、いま始まった。
…†…†…………†…†…
「…………………………………………………………どーすんだよ、これ?」
「自業自得だろ?」
顔を真っ青にしてそんな豪華な葬儀を見つめる征歩。彼の首にかけられながら、俺――賢者の石は、ため息交じりにそう漏らした。
「というか、お前らホントにあれだよな……。先祖も先祖なら子孫も子孫だわ」
「ま、待て、賢者の石!? 俺はちゃんと死んだだろっ!? 火葬までされただろっ!?」
「そのあと神格になって、平然と大和の前に顔を出した男が何をぬかす……。あんなもん死んだとは言わん」
「いや、そんな言い争いしていないで何とかこの状況を打開するすべを考えてくれよっ!?」
ギャーギャー喚きながら言い争いをする俺と流刃に、抗議の声をあげながら、征歩は再び頭を抱えた。
そう。あんなかっこよく逝きながら、
遺言までばっちり口にしながら、
征歩の魂はこうして悠々と、割とあっさり元の形に復元され、自身の体に戻る機会をうかがっていた。
その奇跡の裏には、かろうじて流刃が守ることに成功した征歩の魂の核に、散ってしまった彼の魂の霊力をかき集めて、パズルのようにくみなおした俺に涙ぐましい努力があるのだが、語っても苦労話にしかならないのでその辺は割愛。
一つ語るべきところがあるとするのなら、今回の奇跡は、流刃が本来夜海にしか向けていない守護の権能を、全力で征歩に対して使ったが故に起ったもので、次もうまくいくとは限らないこと。
黄泉にいた夜海がその力の移動を感じ取ってくれて、一時的に黄泉路を封鎖してくれたこと。
そして、何気に死者蘇生に関する禁則事項として、女神の制約による妨害とかもあったこと……。そのため俺が神術で魂をくみ上げている間、大事なところが来ると、神術が使えなくなり失敗しそうになったことだ。かなり危なかったが、周りにいた高草原の神々が総出で手伝ってくれたので、こうして征歩は無事魂の復元に成功した。
それによってとりあえず、日ノ本神に真教受け入れに反対する奴はいなくなったということも分かったので、無駄な苦労というわけではなかったのだろうが……。
とにかく、征歩の魂は何とか復元できた。だが、更なる問題が持ち上がった。
何気に体と魂のつながり――糸がちぎれていたので、彼の魂をここまで連れてくるのに二日かかってしまったのだ。
おかげでこっちではもう征歩が死んだものと思われ、絶賛お葬式の真っ最中。
神皇図鑑とか揶揄される《皇家葬送帳》にもすっかり名前が記載されており、没年と偉業がつらつらとその名前の横に並んでいる。
あの葬送帳、国家の王を奉るための帳面だから、何気に強固な《固定化》の神術がかかっていて、一度記載された神皇の名前は変更も、末梢も一切できなくなってしまっている。
水にぬらそうが火にかけようが、川に流そうが平然と残るような帳面だ。もはや征歩の死を書類的に訂正することも不可能。
こうして、書類的にも、身体的にも、死亡という烙印を押された征歩。
当然今更体に戻って「生き返ったお?」なんて言ったら、そりゃもう宮中が蜂の巣を殴りつけたあげく、粉砕して、女王蜂殺したような騒ぎになるのは必然なわけで……。
「も、戻りづれぇええええええええええええええ!?」
「わかる! わかるぞ、その気持ち! いっぺん死んだ人間が、それを悲しんでいる人間の前に「生きてるんだけど……」って、顔を出す辛さは、並大抵な物じゃないよなっ!!」
「黙ってろ、似た者血統」
だが、幾ら征歩が顔を青くして首を横に振ったところで、まさか生き返らないという選択肢をとれるわけもない。
死んでいるより死んでいない方がいいのは確かなのだ。
征歩だってまだやり残したことがいっぱいあるといっていたし、政子だって生きている征歩と顔を合わせたいだろう。
……すっごく気まずいだろうけど。
「あっ! 今賢者の石が、すげぇ人の悪い笑顔を浮かべている気がする」
「何がそんなに楽しいんだ!!」
「黙れバカども。俺がせっかく正解を提示してやったのに言うこと聞かないからだ!」
あの時はあれが最善だと思ったんだよォ! それに政子もあれのおかげで助けられただろっ!! と、抗議の声をあげる二人。
まぁ、それは確かに認めるんだけど……。と、見事嫁を救って見せた征歩と、彼を守りきった流刃に感心しつつも、俺は黙々と《征歩が周りと気まずくならないよう、体に戻って復活する》方法を考える。
なんやかんや言って、俺もやはり征歩に甘いのだろう。それに、
「あんまりあっさりと生き返るのは、ちょっとな……」
死を極端に恐れられても困るのだが、死を軽んじられても困るのだ。征歩みたいに生き返れるかも? なんてくだらない理論で自殺する連中が出てきたりしたら、それこそ目も当てられない。
生き返るにしても、何か劇的な演出がしたいんだけど……。
俺が内心でそう考えているときだった。
「あっ! こんなところにいたんですか!」
「ん?」
相変わらず、紙に白鷺の模様を記したような服を着た、彩文書姫が現れたのは。
「賢気朱巌命様、流刃天剣主様! いますぐ高草原にお戻りを」
「おいおい、ちょっと待てって。今征歩がどうやったら角を立てずに生き返れるか、三人合わせて《文署》の知恵を得ようとしているから」
「それ真教の神様ですよねっ!? 神祇道の神が何言ってるんですかっ!! って、だからいまそれどころじゃなくてですね」
「それどころ!? え、俺の生き死にって高草原でその程度の扱いなの!?」
割と酷い彩文書姫こと、彩姫の言葉に驚く征歩。
そんな彼の抗議の声を無視して、彩姫は話を続ける。
「どうせ征歩は神格化確定なんですから、いつ死のうが会いたくなったら降臨できるでしょうが!」
「え? 何それ聞いてないんだが!?」
「それよりも大変なお客さんが来てるんですよっ!!」
「客?」
流刃がそう言って首をかしげた瞬間、
「そうです! 真教教祖にして最高真――《真性仁真》さまが、先ほど高草原を訪れられて、流刃天剣主様の社でお待ちですっ!!」
「っ!!」
「なっ!?」
「んだと!?」
俺達はその知らせに三者三様の驚きの言葉を示し、
「「「それだぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」」」
「え!? な、なにがっ!?」
まるで天啓を得たかのように(神様だけど……)この状況を打開する、ある作戦を思いついた。
…†…†…………†…†…
初めにそれに気付いたのは誰だったじゃろうか?
「っ!? な、なんだ!?」
突如葬儀場に上がった場違いな疑問の声に、こうべを垂れ征歩陛下のご冥福をお祈りしていたワシ――武志黒麿は、突如征歩の棺桶の横に巨大な光が生まれるのを目撃した。
光はそのまま二つに分かれ、二人の人間の姿に変わっていく。
『さてお前ら……俺だ!』
一人は相変わらずの主神――流刃天剣主様。
もう一人はっ!?
『あなたはまだ……涅槃には早い』
そう言って、棺桶に愛おしげに微笑む黄金の人。男性か女性かわからない中世的な美しさを持つその人物は、書物の文章でしか見たことがない神。だが、初対面であるにもかかわらず、誰も本人に会ったことがないにもかかわらず、その人物の名を……誰もが迷わず口にする。
『し、真正仁真さまっ!?』
真教の長にして創設者……すなわち最高真で有られる、神格!!
それの突然の降臨に固まるワシらをしり目に、流刃天剣主様と真正仁真さまは、お互いに手を向けあい、その間に小さな光の珠を作り出された。
『あなたはまだまだ現世でやるべきことがある……。天命はまだ、つきておりません』
真正仁真様はそう語り、微笑み、
『つーわけで、いい加減さっさと戻りやがれ。我が不逞の子孫よ』
流刃天剣主様は相変わらずの軽い口調で……。だが、あふれる優しさを感じられる声でそうおっしゃられ、作り出された光の珠を征歩の棺桶の中へと落された。
そして、二人は最後に笑いあい消え去った後、
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!
と、棺桶の中から突然蓋を叩くような音が響き渡る。
ワシらは当然固まるが、その数秒後音は収まり、
「あ、あの……申し訳ないんだが、開けてはくれんか?」
聞き覚えのある、もう二度と聞くことはない……そう覚悟していた、あの頼もしい男の声が申し訳なさそうに響き、ワシらは硬直から解放された。
「な、何をしておるっ! 早く開けんかっ!!」
ワシの怒号と同時に、飛び跳ねるように周りにいた神祇官と僧侶たちが棺桶に駆け寄る。
そして、釘づけされたその蓋がゆっくりと、しかし確実に開いていくのを見て、ぼうぜんとしていた政子は、そのままゆっくりと棺桶に歩み寄る。そんな彼女の歩みはゆっくりとしたものじゃったが、蓋が完全に開いた瞬間には、棺桶のもとに到着しておった。
そして、
「あぁ、クソッ。棺桶ってこんなに狭いもんなんだな……。窮屈で仕方ない」
戯言をほざきながら、散々人を泣かせた愚かな神皇が、元気よく棺桶の中から起き上がるのを見て、とうとう彼女は涙を流した。
「陛下……!!」
「ん? なんだ、政子。もう征歩って呼んでくれないのか?」
トドメと言わんばかりに、死ぬ前と全く変わらぬ軽口をたたく征歩に、政子は勢いよく抱き着き、ワンワン子供のように泣き始める。
「バカっ! 征歩のバカっ!! どれだけ……人がどれだけ悲しかったと思ってるのっ!!」
「悪い……悪かったよ、政子。本当に、ごめん……」
「許さない! 許さないんだからっ!」
そう叫びながらも、決して征歩の体を離そうとしない政子に、ワシは涙ぐみながら天を見上げる。
奇跡だ! 奇跡だっ!! と叫ぶ人々の言葉を聞きながら、ワシはただひたすら征歩を生き返らせてくれた二人の神々に、感謝の意をささげ続けた。
…†…†…………†…†…
こうして征歩復活の奇跡はなった。
人々はのちの世に至るまで、神と真が力を合わせて起こしたその奇跡を語り継いだ。
「ところで賢者の石……。お前は下界に行かなくていいの?」
「ほとぼりが冷めるまでここにいる。さっきから神祇官たちの目がすっごく険しいし。あいつら絶対俺たちの目論見に気付いている……」
「まぁ、望戸に至っては、こそこそ隠れている俺たちの居場所をチラチラ見てたしな……。いつになったら出てくるんだろう? といわんばかりに。それが選択としては最善か……」
「あなたたち……本当にこの日ノ本の代表をされている神なのですか? 他教の私が言うのもなんでしょうが、いささか威厳が足りないような……」
なんて会話が、奇跡を起こした後、即座にトンズラした神々の間でなされていることなど知らず。
…†…†…………†…†…
「……これ、どうしよう」
「戴冠ももうおわっとるしなぁ……」
数日後、生き返ったはいいけど神皇のくらいはあっさり篤之宮が《敦盛神皇》になり譲り受けており、ブッチャケ征歩の居場所がなかったため、
「もう隠居しておくべきじゃの、征歩陛下。敦盛神皇陛下が困ったら呼ぶから」
「まじか!? まぁ、仕方ない……。それに、それに政子と激甘生活に入れると思えば……」
「何を言うか征歩。政子はいろいろ政務で忙しいから、貴様のような無職の相手をしておる暇はないぞ?」
「せっかく頑張って生き返ったのに、この扱いはなくねぇ?」
征歩が随分と速い《院政》という名の、隠居生活に入ることなど知らず、
人々はただ涙を流し、英雄の帰還を祝い、神祇道と真教の共存がなったことを、喜び続けるのであった。
*征歩神皇=瑞との貿易の象徴である遣瑞使を始めた神皇にして、日ノ本に無くてはならない宗教となった、真教の受け入れを行ったとされる偉大な神皇。
その偉業から、どちらの宗教にもぞくさない、両方の宗教の神であるとされる《両義神》として敬われており、真教と神祇道の形式をミックスしたような社に奉られている。
現在では、日ノ本に流入する多様な宗教の守護もしているらしく、《宗教の神》として日ノ本では有名。
とはいえ、征歩自身は、実は宗教に思考を左右されない、極めて現実に即した考えをする現実的な神皇だったと現代は考察されている。
彼には無数の逸話が残っており、有名なものを上げると『日ノ本王朝始まって以来の、平民から生まれた私生児だった』『賢気朱巌命と交信しており、その賢者の知識を自由に引き出せた』『神の世界に行った最後の神皇』などという伝説が残っている。
その伝説で最も有名なのは、『真神戦争を止めるために命を落とした征歩神皇は、その行いに感動した《真正仁真》と《流刃天剣主》によって、死後二日後に復活した』というものもある。
だがこれはあくまで伝説であることが、近代では分かっている。皇家葬送帳の記載に、征歩神皇の没年が正確に記されていたからだ。
ただ、中世まではその伝説は根強く残っていたそうで、安条時代末期に院政をおこなった白砂神皇は、征歩神皇の死後に書かれた偽書《征歩徒然帖》に記載された、征歩神皇の院政風景にあこがれて、院政を始めたという説もあったり……。
この征歩徒然帖は、皇家葬送帳と多大な食い違いがあるため、信憑性が薄いとして、今までの歴史家たちは考えていた。
が、最近の筆跡鑑定の発達によって、怪談じみた事実が浮かび上がっている。奇跡的に残っていた、征歩神皇が書いたと思われる書類の筆跡と、征歩徒然帖の筆跡が、まったく同一人物が描いたものだという事実が……。




