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露見する虚偽

 征歩の魂が体から抜け、賢者の石を伴い高草原に上ってから数分後。


 戦装束を整えた神職部隊が、一人の男に率いられ、足止め部隊である本隊に合流する。


「戦場はすでに無数の術が入り乱れる混戦になりつつあるようです。ですが、続々と奉納で得た霊力がなくなった兵士が出始めているこちら側に対し、いまだ敵方の神術は衰えず、神の加護も健在。おそらく、望戸殿が作られた即興奉納を、対価なしで使用することを例外的に神々が認めています。でなけれ、これほどまでに霊力の総量に差がつくのはおかしい」


「どうやら、相当不利な戦いを強いられているようですね……」


 防衛部隊参謀本部から告げられた情報に、彼の傍らに立つ呉燈と望戸は眉をしかめる。


 だが、そんな二人とは対照的に、軍の先頭に建つ彼は眉一つ動かすことなく、剣を手に取る。


 この戦いの前に、征歩から無事を祈られ贈られた神剣・神伝天斬鉄剣かみつたえのあまきるてっけん


 皇祖神の一柱、大和高降尊が父・流刃天剣主より与えられた伝来の剣にして、七首神食大蛇を打倒したとされる伝説の剣。


 さすがに主神が振るう天剣には劣るが、破格の加護を持ち主に与える、日ノ本神話最高位の神器だ。戦勝祈願には十分すぎる贈り物だろう。


 剣より与えられる、溢れる霊力を隠すことなく、彼……いいや。彼のふりをした彼女――徳上政子は、天斬を振り上げ叫ぶ。


「みよっ! 皇祖神・大和高降尊様の加護は我らにあるっ! 奴らは我が国の神の加護を得たとぬかしているようだが、皇祖神様たちは我らの味方だっ!」


 政子のその言葉に、彼女の背後にいた神職たちはどよめきを漏らした後、ほんのわずかに希望が戻った瞳を見せる。


 何せ彼らがこれから戦うのは、自分たちが崇め奉ってきた神々だ。嫌な気持ちがなかったわけではないだろうし、不安な気持ちは隠しきれていなかった。


 だからこそ、政子はこの剣をふるうことにより、彼らの戦意を鼓舞しなければならない。


 たとえその行いが、人々をだますことになっているのだとしても。


 そう。政子が告げた皇祖神の加護は、所詮は形だけの物。実際皇祖神の了解が確かに得られたわけではない。


 いまだに神々との神託は断絶しており、征歩は直接神に会うために高草原に上った。


 皇祖神達の神術が使える。神々が真教を広める許可をくださったという主張の根拠は、たったそれだけの事象しかない。


 だが、それでも、政子は彼らにその事実にすがらせるしかない。


 大和高降尊の加護により、魅力(カリスマ)の底上げをしてでも、自分の虚言を信じさせるしかない。


 そうでないとこの国は、夫が平和を願い、神からの独り立ちをしたいと願ったこの国は、この瞬間に潰れてしまうからだ。


(申し訳ありません……みなさん)


 それ故に政子は、たとえ圏獄に落ちることになっても、この嘘をつきとおす覚悟を決めた。


「進め、諸君! 神皇陛下の名のもとに……神の意志を騙る愚か者どもに、鉄槌を下せっ!!」


 どちらが神の意志を騙っているのだか……。内心でそんな自嘲の笑みを浮かべながら、政子は神獣の腹をけり、戦場へと向かう。


 彼女の孤独な戦いが始まった。




…†…†…………†…†…




「戦況はどうなっておる?」


 無数の精鋭に守られた、本陣奥地にどっしりと腰を下ろしていた(わし)――神盛大来名は、時々あがる鬨の声に目を細めながら、自分の横に立つ彼の参謀をしている男に聞く。


「現在は混戦になっている模様ですね……。相手は神獣を駆り、歩兵たちを次々と討ち取ってはいるようですが、数はこちらの方が圧倒的有利。いまだにわが陣中枢には手を伸ばしてはいません」


 このまま押し切れます。そう自信ありげに語る参謀にため息をつきながら、儂は内心で吐き捨てる。


(戯けが……。あの《猛虎》がそのようなぬるい戦術をとるわけがなかろうが……)


 数で押し切れるといっていた参謀だが、それならばもっと早くに結果が出ていなければおかしい。何せこちらは時間がたてばたつほど、こちらに味方したいという兵が増えていく状況なのだ。本当の数で揉みつぶせるなら、敵はとっくに兵の波にのまれるているはず。それなのに状態はこう着状態。


 すなわち、相当うまい用兵法を用い、数の有利をうまく使えない状況を作り出しているのじゃ。


 小隊単位で区切られた高速機動襲撃部隊を、何度も歩兵の中に突撃させ、被害が出そうになったらその足の速さを使い即座に離脱させる。おそらく、敵大将である武志がとっておる戦術はそれじゃ。


 そんな特徴的な戦術がとられているにもかかわらず報告が上がってこないのは、戦の機微に聡い現場単位の指揮官がすでに捕虜になってしまったから。


 命令が下されなけれな、前線に出ている兵士など、ただの農民に毛が生えた程度の有象無象じゃ。


 その心意気は買うが、戦の要である伝令など、機能させられるわけもない。


 指揮官を討ち取られて混乱しているところに、何度も精強な兵の突撃を食らい、混乱する歩兵たち。おそらく武志はそれを見越し、突撃を繰り返している。こちらに前線の詳しい戦況を知らせようという考えを、歩兵たちに与えないようにするために……。


「それにあ奴ならば、とうの昔にあの程度の脆弱な兵士たちの壁……突き抜けることができるはずじゃ」


 文官として生活してきたため、決して戦上手ではないと自覚している儂は、本職の軍人である武志のことをかっておる。


 それゆえに、あの男がなぜ、何度も兵の突撃を繰り返しては離脱する、苦戦しているような演技を見せるのか? そんな茶番を繰り返すだけで、どうして本隊に攻めいてこないのかが不思議でならなかった。


 何か別の目的があるのか? 儂の中にわずかに残った野生の本能がそうささやく。


 どちらにせよ、いつまでもこの状況を続けていては士気にかかわる……とも、儂の本能は囁いた。


 ならば、戦の基本に倣うとしよう……。と、儂は考えた。


 すなわち、敵が嫌がっていることをきちんとやれ。という、基本を。


 今一番、武志が嫌がっている策は決まっておる。


「わが本隊を前線に出せ」


「は?」


「このようなところで時間をかけているわけにはいかんのだ……。即座に都を攻め落とさねばならん……。本隊の力で敵兵力を蹂躙せよっ!!」


「は、はいっ!!」


 おそらく、いま一番武志がしてほしくないであろう指示を、簡潔に参謀に伝えた。


「さて……武志。貴様はいったいどう出る?」


 貴様が戦いを避けた本隊が、否が応でも貴様らの前に立ちふさがるぞっ!!




…†…†…………†…†…




 やってくれたなっ!! ワシ――武志黒麿は、こちらに向かってゆっくりと……しかし確実に進んでくる豪奢な鎧をまとった軍勢の姿を見て、思わず歯噛みをした。


「人がせっかく最小限の被害で抑えようとしているところを……あの戯けたじじいがっ!!」


「如何なさいますか?」


 表情を動かさないながらも、若干冷や汗が見える長篠丸の問いかけに、ワシは舌打ちを漏らしながら各部隊に命令を送るように告げる。


「やることは変わらん、急襲戦法を続けよ……。どちらにせよ我等には、この戦い方しか道はないっ!」


「ですがっ……!」


「わかっておる。本体の軍人たちが来て、歩兵たちの統制が取り戻されれば、急襲の成功する確率は著しく下がる……。おそらく、こちらもそれ相応の被害が出るじゃろう」


 だがそれでも、


「踏ん張るしかないんじゃ……。ここで怯えて固まってしまっては、それこそ数に囲まれて一網打尽にされてしまう。敵の間隙をぬって逃げることができる、小隊単位での突撃が、いま打てる最善手じゃ」


 もうすこし、手数が増えれば話は違うんじゃろうが……。


 ワシが思わずそう漏らした時じゃった。


「控えろっ! 神を騙りし、愚か者どもっ!!」


 戦場に、男にしてはやや高めの、伸びのある涼やかな叱声が響き渡った。


「っ!?」


 ワシが驚いてそちらの方に視線を向けると、そこには神伝天斬鉄剣を、神獣に騎乗しながら掲げる政子の姿があった。


「なっ!? バカなっ!?」


 あの()、文官のくせにこんな血なまぐさい戦場に出てきよったのかっ!?


 ワシがそう驚くさなか、天斬から明らかに莫大な加護を与えられているその男は、その声に逆らい難い威圧を込め、眼下の軍勢を叱責する。


「貴様らはいったい何を持って神に従うとぬかす? 神の意志の代理とぬかすっ!! 神々は真教の伝来を認められたっ! だからこそ征歩神皇陛下は、あの勅令を出されたのだっ! そして、その証拠としてみよっ……我らが皇祖神・大和高降尊さまの神剣・天斬は真教のために戦う私に、加護を与えてくださっている!」


 政子が掲げる神剣は、確かに彼女が言うとおり、どれだけ鈍い人間でもわかる、濃密な霊力を政子に供給していた。


 まさか……本当に大和高降尊様が? 敵軍にそんな動揺が広がる。


 じゃが、


「虚言を弄すのもいいかげんにしたらどうだ……宰相」


 その同様は、老成した男の一喝によって瞬く間に抑えられた。


 動きよったかっ!! と、儂がそちらに視線を向けると、本陣から顔をだし、政子を睨みつける大来名の姿が見えた。


「いかなる小細工をろうしたのかは知らぬが、それもおそらくは真教の神が何かをしたのだろう? 侵略者たる奴らが、このまま侵略の先兵たる貴様らの不利を、黙って見逃すとも思えんしなっ!」


「なっ! どこを見ている大来名っ! これは確かに、神剣・天斬」


「あぁ、そうだろうさ。だが、その力が本当に大和高降尊様から送られている保証はいったいどこにあると聞いているっ!」


「っ!!」


 そんなもの、わかるわけがないじゃろうっ! と、ワシは思わずうめき声をあげる。


 それを言い出せば、おぬしらが使っておる神術だって同じことが言えるはずじゃ。本当に神から送られているのか、わかったものではない。


 なぜならワシら下界の人間は、降臨した神に直接会わないかぎり、その力が本当にその神から送られているものだと調べる術はもっていないのじゃから。


 だからこそ神々は、ワシらに神託を下すし、降臨もしてくださる。この力は己が力であると教えてくれるために……。だが、今はその信託も降臨も途絶えておる。


 力が何々という神から送られてきたのだという保障など、聞かれたところで、下界の人間が語ることは決してできない。


 じゃが、そんな屁理屈であっても、威圧された奴らの兵士たちを元に戻すには十分じゃった。


「詐欺師め……身の程をわきまえろっ!」


「ち、ちが……私は本当に、大和高降尊様からっ!」


「それ以上口を開くなっ!」


 周囲の空気が変わったのを敏感に感じ取ったのじゃろう。何とか挽回しようと口を開く政子じゃったが、幾らあの男が言葉を重ねようとも、いまの空気ではすべてが虚言として扱われる可能性が高い。


 すべては奴――大来名の掌の上。


 一度は神皇を相手取って、政治の実権を握ろうとした、老獪な政治家の舌鋒に、いまだ政子は届かなんだ!


 すぐにでも政子を後ろに下がらせる必要があるっ!


 信用回復云々以前に、この空気は政子に危害が及ぶ可能性すらあるっ! と、戦場特有の悪感情の発露に慣れたワシは、長年の経験からそう判断し、慌てて政子に駆け寄ろうとして、


「この神を騙る偽物めっ!」


 その前に、怒号と共にある兵士が投げた投げ槍の一撃が、政子に向かって放たれた。


 戦場慣れしておらん政子は、慌てた様子でそれを回避しようと身をそらし、神獣から落馬。背中をひどく打ち付ける。


 傷は幸い無いじゃろう。綺麗な落ち方をした。けがを負っている可能性は低い。


 じゃが、それよりも問題なのは槍の方じゃ。と、祖先である虎から受け継いだ、たぐいまれなる動体視力から、ワシはそう判断した。


 あの槍は、確かに政子の胸さきを掠っておったと。


「大丈夫か、政子っ!!」


 そう言って駆け寄るワシに、政子は慌てた様子で立ち上がり、


「だ、大丈夫です! 情けない姿をお見せ………」


 しました……。という政子の言葉は、途中で止まった。


 なぜなら、この戦場にいたすべての人間の視線が、敵味方関係なく政子の胸元――槍の一撃によって破れてしまい、女性特有の胸のふくらみを抑えるサラシがまかれた胸部があらわになった、胸元をじっと見つめていた。


 信じられん。いったいどれほどの時を……。と、ワシは益体もなく考えながら、


「お主……女じゃったのか?」


「っ!!」


 慌てて胸元を隠そうとしている政子に、ついそう問いかけてしまった。


 政子のもっとも大きな虚言があらわになり、


「やはりか……」


 敵の勢いがもはや、


「やはり奴らは、神の名を騙る虚言使いであるっ!! 性別を偽り宰相位に居座り続けた、あの女が何よりの証明だっ!!」


『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 大来名の指摘により、止められなくなった。




…†…†…………†…†…




「なんだ、ここは……」


 怒号が響き渡る。真教討つべし!! と狂気が入り混じった声が、世界を満たす。


「ここは……」


 俺――賢者の石はそんな光景を呆然と見つめながら、流刃の社を取り囲む無数の神々の姿を見つつ、


「高草原だっ!」


「っ!!」


 変わり果てた故郷の名前を、同じように息をのんでいた征歩に、伝えてやらねばならなかった。


*神剣・神伝天斬鉄剣かみつたえのあまきるてっけん=日ノ本神話に名を連ねる神器の一つ。三種の神器には劣るものの、大和高降尊が振るった一級品の武装である。


 剣の出自は流刃天剣主から大和高降尊に伝えられた鉄剣であり、それが信仰を受けて神器としての力を得た。天剣が流刃天剣主を象徴する剣であるとするならば、この鉄剣は大和高降尊を象徴する剣として扱われている。


 持った物は、戦場全土に伝わる異常なまでに説得力のある大声や、大蛇を討ち、断冥尾龍毘売との戦いにも使用されたことから、龍殺しの加護も与えられる。


その一刀は突風を起こし全てを薙ぎ払うとされているが、実際この剣が戦場で振るわれたことは、歴史上数えるほどしかないため、真偽のほどは定かではない。


 現在は、大和高降尊を奉っている《大和神社》の神器として奉納されており、5年に一回一般公開もされる、最も見る機会が多い神器として知られる。


*徳政太子の正体=後々の文献では記されることは決してなかった。国の英雄が王権をだましていたというのは問題があったし、何より彼女が嫌がることをしようと考える人間が、当時はいなかった。


 なお、ばれる前に政子の正体を知っていたのは、征歩・望戸・呉燈・賢気と高草原の皇祖神系の神々のみ。それ以外の人物には、神術を使い、声を低くし、精一杯女性らしさを隠すことによって、何とか隠し通していた。

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