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激突する異能

 とある平原を小高い丘。そこから敵を見下ろすワシ――武志黒麿は、平原を埋め尽くさんとする巨大な軍勢を見つめ、舌打ちを漏らす。


「ざっと、一万といったところかのう?」


「おそらく放置すればまだ増える……今叩くしかないでしょう」


 傍らでその光景を見て、顔から血の気をひかせつつも、気丈にそう言ってくる軍師――芦屋長篠丸(あしやながしのまる)に、ワシは苦笑いを浮かべながら、ずいぶんとシワとヒゲが増えてしまった顎に手を当て、苦笑いを浮かべる。


「怖いのなら逃げてもいいのじゃぞ、長篠丸? さきほどから主の尻尾が毛を逆立てながら立っておる」


「そういう大将軍閣下は落ち着いたものですね? 何か秘訣でもあるのですか?」


 自分の逆立つ毛をもった、リスの尻尾を忌々しげに抑えながら、青年軍師は落ち着いたようにゆらゆら揺れる、ワシの尻尾を見てそう尋ねてきよった。


 青いのう……。去年死んだ笑季の爺様から見たら、ワシもそんな風に見えておったのかの? と、この動乱を防ぐことを、征歩ならきちんとやってのけると笑って見守っていた、狼獣人の老人を思い出しながら、わしは鉄槌を国常大上彦命様が作られた、神獣の馬上でかまえる。


「なぁに、大したことはしておらんよ。ただほんの少し……」


「ほんの少し?」


「敵は大したことはないと思い込むこと……。それができれば尻尾が表わしてしまう感情を隠すことなど、造作ないことじゃよ」


 わしがそう告げた瞬間、ワシらの姿を確認したのか、眼下の軍勢からけたたましい羽音が響き渡り、敵軍勢の頭上が真っ黒な煙で埋め尽くされた。


 いや、煙ではない。


 すべてが霊力で編まれた、巨大な(いなご)だ!!


蝗害(こうがい)よけの加護を与えられる、相誅氏命(そうちゅうしのみこと)様の神術です!!」


「南の方の虫神かっ! 蝗が人をも食うとは聞いたことがないが……」


 あちらの神も相当お怒りのようじゃ……。と、ワシは禍々しい黒い霊力で作られた蝗たちに、苦笑を浮かべる。


 じゃが、


「ワシらとて負けてはおらん……」


 幸いなことにこちらも、日ノ本神群の主神流刃天剣主様や、平定戦争の折、流刃天剣主様たちに従属した我らの祖先の加護は健在じゃ。


 生活を豊かにするため得ていた、他の神々の権能はほとんど使えんが、明石記に名を記された神々の力は大体使える。


 なにより、


「ワシらの異能は今神術だけではない」


 瞬間、ワシらの背後に整然と並んでおった、最近菫の小僧が作った、漆黒の僧衣を纏った連中が、朗々とした経典を唱える。


「オンギリギリオンギリギリ!!」


「バサラノバキシャラカン!!」


 意味不明な言葉。ワシらにはわからぬ、真教の国の言葉。じゃが、その言葉は確かに力を持ち、彼奴等に力を与えておる。


 真教はもはや、この国の信者に異能を振るわせるまでの信仰を得たのじゃ。


「見ておけ、時代の見えぬ戯け者ども……。貴様らがいくら声を大にして真教反対と叫ぼうと、真教は止まらんよ」


 瞬間、僧衣を翻し若者たちは一斉に珍妙な投擲武器――独鈷杵というそうじゃ――を投擲する!


雷神王席権に(ナウマクサンダラ)帰依し奉る(インガラヤソワヤ)!!』


 瞬間、投擲された独鈷杵たちは、一条の雷撃に変貌し空を覆い尽くす貪欲な蝗たちを打ち据え、焼き払う。


 慄き悲鳴を上げ、棹立ちになる馬たち。


 やはりあちらの騎乗獣たちは、国常大上彦命様の神獣ではないか!!


 それがわかれば十分だ。数が多くても……いや数が多いからこそ、


「機動力が上のこちらが、あの大軍をかき回せる!! 者ども続けっ!! 大陸の神だけではない。我等が祖先たる神々も、我等に力を貸してくださるっ!!」


『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 わしの声に呼応し、鬨の声をあげながら小隊単位で分割した急襲部隊が、一斉に丘の上から突撃を開始する。


 慌てて馬上での体制を立て直し、槍を歩兵たちに構えるように指示を出す敵の頭。


 だがぬるい。


 そして……遅い。


「戯けっ! 練度がなっておらんわっ!!」


 軍人として鍛えてすらおらん農民には、やはり武器を持たせるものではない! と、ワシは内心で確信しながら、誰よりも早く敵の眼前へと到達し、


「ひれ伏せっ! 神などもったいない……ワシの威である!!」


 鉄槌を一振るい。ワシの邪魔をせんとばかりにつきだされた長槍を、一撃のもとに粉砕し、極力怪我をさせぬよう神獣に頼みつつ、邪魔をする歩兵たちを弾き飛ばす!


(被害を抑えろと言われたからのう……。初戦でそれほど多くの死人を出すわけにはいかん)


 騎乗するワシがそんなことを考えているなど知ったことではないのか、一直線に歩兵を薙ぎ払いながら進んでくれる神獣に、ワシは全身を預け、ただその時を待つ。


 そして、


「ひっ!? た、武志黒麿っ!?」


 悲鳴を上げて大剣を構える、ワシの軍の出奔者にして、この前線の指揮をとっておる、鼠の軍人に向かい、


「陛下を裏切るとは……この大戯けがっ!!」


「っ!?」


 怒号と共に、鉄槌を一撃! 鉄の鎧を瞬時に粉砕し、そやつの体にまで鉄槌を届かせたワシの一撃は、数明取(めーとる)近い距離鼠獣人の体を吹き飛ばし、馬上から叩き落した。


 わしは地面に倒れ伏した男の近づき、その状態を確認するが、肋骨でも折れたか、口から血を吐いておる。


 やりすぎたかのう? と、内心で頭をかきながら、


『………………………………』


 その光景に思わず絶句する歩兵たちに、まぁ、威嚇の効果は高いようじゃから、よしとするかの。と考えていた時、次々と急襲兵たちが襲い掛かり、歩兵たちの意識を刈り取っていく。


 ひとまず初戦はワシらの勝利と言っていい。


 だが、敵の本隊はこの程度ではない。こやつらは前線を任された歩兵部隊じゃから、大した練度はもっておらんが、中枢に行けばいくほど、ワシら朝廷側から出奔した文官や武官たちがそろっている部隊が、大来名の周りを固めておるじゃろう。


 文官の方は知らんが、武官の方はわしが鍛え上げた粒ぞろいの連中じゃ。戦えば苦戦は必至。それでなくとも、多大な被害が出ることは予想される。


 じゃから、


「むやみには攻め込まん」


 わしはそう判断した。


「わしらの目的は勝利ではない……。足止めじゃしの」


 数でもまれんように高速で部隊を動かしつつ、できるだけまだ無傷でとらえられる歩兵部隊たちの相手をしながら、敵本体の到着を遅らせる。


 それがこの戦での戦術じゃ。




…†…†…………†…†…




 俺――智耳豊隆は仙術で空を飛翔しながら、真教派の軍勢の上空を警備していたっす。


 周りには誰もいない……。俺だけの上空警備。


 というか、


「鳥獣人たちで構成された、上空急襲部隊が全部寝返ってるとか何の冗談っすか!?」


 勘弁してほしいっす……。おかげで俺一人が、上空からの敵に備えないといけないじゃないっすか。


 と、俺が一人愚痴っていると、


「貴様……大陸の導師か?」


「ん?」


 って、やっぱりきたっすか……。と、俺が思わず思ってしまう、多彩な色をした翼をはやした鳥獣人の方々が、手に強力そうな弓矢を持って俺の上空をとっていたっす。


 その中での隊長と思われる、早そうな燕の翼をもった獣人が、俺に話しかけてくるっす。


「翼もないのに空を飛ぶとは……面妖な奴め」


「いやいや、その大きさの翼で、人型の体を空に押し上げてるアンタたちに言われたくないっすよ……」


 と、賢気様がブツリ的に理不尽と評した鳥獣人たちの姿に突っ込みを入れつつ、俺は気づかれないように、一定の間隔で歯を打ち鳴らすっす。


 歯音請(しおんごい)。仙術ではそう呼ばれる、大気中の霊力に働きかける手段の一つ。歯が鳴らす音の微振動の影響を受けた霊力は、鳥獣人の皆さんに気付かれない程度のわずかな動きで、見る見るうちに大地に染み渡っていくっす。


「まぁいいさ。どちらにしろ、貴君も異国の宗教を崇拝するもの……。許しておくわけにはいかん!」


 瞬間、俊敏な動作で弓を構え、こちらに狙いを定めてくる彼らに、俺は即座に手をふるうっす。


(カッ)!!」


 号令と共に発動するのは、大気の霊力をかき乱すことによっておこるわずかな突風。


 だが、敵の弓の射出を阻害するにはそれで十分っす。


 効果は覿面。空中で体勢を保つこともできなくなった鳥獣人たちは、悲鳴を上げながら、弓の構えを解くっす。


 中には驚きで弓を取り落すものすらいて、それはうれしい誤算になったっすが……。


「畏れ多くも逆巻く烈風を纏いし、紺碧の鱗を持つ、龍の顕現たる、貴髪碧鱗命たかがみへきりんのみことに奉る!」


「まずっ!?」


 平原を駆け抜けた、とある竜巻の顕現として敬われる、暴風の神の名。燕の獣人がその名を唱えるのを聞こえたのは、良くない誤算っす。


 でも、もう敵の祝詞は止められない!


「汝の意に沿わぬ風、汝の威を妨げる風……ことごとく撃ち抜きし力を、我が弓に与えたまえっ!!」


 祝詞の終了と同時に、俺が起こした暴風の中でも平然と放たれたその矢は、弓に与えられた加護の影響を受け、回転。それそのものが巨大な竜巻を作り出しながら、俺に向かって襲い掛かるっす!


 やっぱりこの国じゃ、まだまだ神術の方が、つかいやすいっすかっ!! と、その光景に苦笑いをしながら、


「でも、何とか間に合ったっすね」


「っ!?」


 俺の眼前に突如浮かんできた、巨大な土の塊がその竜巻の矢を遮断するのを見て、俺はほっと安堵の息を漏らしたっす。


 唖然とするツバメの獣人をしり目に、その土の塊たちは次々と俺の周囲に浮き上がってきて、


「えっ!? えっ!?」


「ちょ、豊隆様っ!? なんですかこれっ!?」


 地上にいたはずの兵隊を大地ごと、俺たちがいる空の上へ運んできてくれたっす。


 山を浮かべた時の応用。


 今の出力ではせいぜい浮かべられる大地の合計面積は、せいぜい100辟取(へくたある)程度ですけど、上空急襲部隊は指揮がめんどくさい上に、運用が難しいからということで、最近成立した新参部隊。当然数も少なく、兵士の数は40名程度。100辟取の大地を兵隊ごと持ち上げれば、悠々と圧倒できる数の兵士が揃えられるっす。


「さて、空中で優雅に戦うつもりだったみたいっすけど、そうはさせないっすよ? 大地ごと登ってきた兵士たちを相手に、泥臭く戦っていただくっすっ!!」


 地上の兵士たちを守るように、絶妙な位置に配置された浮遊する大地に、ツバメの獣人は舌打ちをもらし、ひとまず部下を率いて浮かぶ大地から距離をとるっす。


 そんな彼らの姿に、ほっと胸をなでおろしながら、俺は都にいる征歩神皇の方を見つめるっす。


 早くしてくださいよ、神皇様……と。




…†…†…………†…†…




 その時都の宮中では、簡易ではありながらも、社としての機能はきちんとそろえた、小さな高原大社が出来上がっていた。


 俺――賢者の石と奏多が監修し、呉燈が最低限の聖別をしたことで何とか完成したその社を前に、俺の社にある神水で禊をした征歩は、白装束を着て正座している。


 当然、社の高さは高草原には届かず、本物の高原大社のように直接高草原に乗り込むことは不可能。


 だからこそ、高草原に入るため切り離された征歩の魂は、霊的に無防備な状態でかなりの距離を上り、高草原へと自力で到着しなければならない。


 これは賭けだ。それもかなり部の悪い……。


 神々が敵に回ったこの状況で、こちらの首である征歩を狙わない理由は、どこにもない。


 それが無防備な状態で空中を上っているのだ。殺してくれと言っているようなもの……。


「さて……行くぞ、賢者の石」


「あぁ」


 だが、その説明を聞いてもなお、征歩は己が決意を翻すことはなかった。


 だったら俺は、その覚悟に答えてやるのが仕事。


「お前の魂の護衛は任せろ。雑神ごときに指一本触れさせたりしない」


「初めて頼もしいと思ったぞ、最高神」


 減らず口を……。と、俺が内心眉根を寄せているのをしり目に、征歩は面白いと言いたげに笑いながら、


「俺が高草原に行ったら、最低限の護衛神職だけ残して、お前も戦場に行け呉燈。あの戦場にはお前や……望戸の力が必要だ」


「御意。どうか神皇陛下……ご無事の帰還をお祈りしています」


 呉燈のその言葉に、征歩は深く頷いたあと、


「当然だ。俺が死ねば我が妻が一生未亡人になるからな。あの美しい女に、そんな不名誉な称号を与えるつもりはないさ」


 最後に惚気のような、約束を告げながら、彼は一歩ずつ簡易高原大社の階段を上っていく。


 数秒後、揺れる社の中に入った征歩は、中で柏手を一つ打ち、


「――――――――――――――――――――――――――――――――!!」


 神の国に入るための、秘伝の祝詞を唱え上げた!


明取(めーとる)辟取(へくたある)=賢者の石の知識によって、距離や重量といったものを表す単位は、わりと早くに登場していた。ただ、賢者の石が新しい名称を考えるのをめんどくさがったため、もとの世界の単位に漢字を当て、無理やり読ませている。


 つまり明取=m(メートル)

    辟取=m2・ha(ヘクタール)


 になるわけである。


 さらにちなみに、後に日ノ本にやってきた西洋人たちは、自分たちと似たような名前をした、まったく同じ単位と数量を使っている日ノ本人に驚いたとか。


 現在でも、はるか離れた文化圏の単位が、なんで日ノ本で根付いていたのか? という研究をする研究者は数多く存在する。

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