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つかの間の平穏。嵐の前の静けさ

「真人さまはおっしゃられました。人はなぜ苦しむのか? それは人が生きているからだと……」


「では、真人さまは、我等に死ねと?」


「いいえ違います。そののちあの方はこう告げたのだと教典では書かれています。死が救いだとは言わない。以前言ったように人の魂とは、死すれば輪廻の輪に還元され、再び新たな苦しみである生を受けるのだと」


「では、我等はどうすればその苦しみから救われるのでしょうか?」


「そこで我らが現世で行わなければならないのは、この世界の真理を悟ること……。そう、解脱することなのです。そうすることによって我らの魂はより高次元へと至ることができ、輪廻の輪から外れ、天楽へと進むことができるのです」


「天楽……」


「高草原とは違う、理想郷……」


 何かに憧れるように、目を輝かせる学生たちに、穏やかな笑顔で真教の教えを伝える粕華菫。


 俺――賢者の石は、そんな彼の満ちたりた顔を横目で見ながら、久しぶりに会った望戸に運ばれていた。


 今日も今日とて、隠居を決め込んでいる俺は暇人だった。


 神からの一人立ちを目指すといった征歩も、舌の根が乾かぬうちに俺に頼る気はないのか、相当こじれてめんどくさくなっている、日ノ本神派――面倒なので日ノ本神信仰の宗教宗派のことを、《神祇道》とこの前名付けておいた――の官吏達との調停に忙しくはあるのだが、それを俺に相談することはなかった。


 というわけで、暇を持て余した俺は散歩がてらに同じく忙しいらしいが、帰ってきてから顔を見せていない、政子に会いに行こうと望戸を呼びつけて外出している。


「それにしても、お前なんでそんな若々しいの?」


 が、どうにも俺には気にかかることが一つあった。


 望戸が十年前あった時と変わらず年老いていないことだ……。


「実は~仙人になって帰ってきた豊隆君がいろいろしてくれるんですよっ!! 老化防止のお薬とか、仙術とか。もうおかげで今もお肌ツヤッツヤで、シミ一つないんですよっ!! いや、仙術サマサマですね~。なんなら改宗したいくらいです!!」


「…………………………………」


 改宗もこいつくらいあっさりやられたら、今揉めている連中も苦笑いして許すんだろうな……。と、ままならない世の中にちょっとだけ鬱になりつつも、俺は望戸から瑞での話を聞いてみる。


「……う~ん。やっぱり一番気になるのは他国での、神術発動の機能不全だな」


「あぁ……。やっぱりそこですか。まぁ、そうですよね……。万が一他国に攻められた場合、報復するにしても、神術を攻め入るときに使えないってことですし」


 瑞ではずいぶんと歴史を学んだのか、したり顔で望戸も俺の意見に首肯を示した。


 瑞の歴史は戦争の歴史だ。動乱期が長かったせいで、こと戦史に関しては、他国の追随を許さないほどの量を保有しているらしい。


 そのため、戦争の発生原因・終息の理由・戦術の発展など、戦争に関しては多岐にわたって研究されており、それを主に調べるだけで瑞留学の半分の年数が過ぎたようだった。


 そのため今の彼女はちょっとした戦争マニア。国家間での争いに関しては、かなり話せるようになっていた。


「というわけで、瑞にも神術に相当する技術が広まった以上、俺たちにも神術に代わる攻撃手段が必要になる」


「それは豊隆君も考えているみたいですから、政子様に会ったら寄っていきますか?」


「おぉ、いいな、それ。俺もちょっと本物の仙人とやらに興味があるし」


 何せ前世では、完全に創作物の世界の住人だったからな……仙人。いや、獣人もなんだけど、こっちは完全に自作自演だし。


 と、内心で呟きながら俺たちは、菫が開く真教教室を過ぎ去り、この国の宰相――政子の執務室へとたどり着いた。


「お~い、政子様? うちの行方不明最高神連れて遊びに来ましたよ~」


「おいこら。最高神に対してそれはないだろ……」


 そりゃ、十年高草原にいて音沙汰なしじゃ、そう言われても仕方ないけどさ……。と、俺が内心、今度の休暇はもっと短めにするかと反省しながら、政子の執務室を見てみると。


「うわ……う、うそっ!? こ、こんな……ひ、生産的なことがあっていいわけ!? い、いやでも、最近旦那様と堵人くん、やたらと仲がいいし……も、もしかして本当にっ!?」


 と、何やらやたらと耽美な絵柄で描かれた、半裸で絡み合う征歩と白い髪をしたウサ耳の美少年が表紙の本を、顔を真っ赤にしながら読みふける、すっかり可愛らしい中年おばさん……いや、男装しているからおじさん? もう、女らしさがにじみ出ているから、かなり無理あると思うんだが……まぁ、宮中が納得しているならおじさんだろう。


閑話休題。とにかくそこには、老化ではなく、単純に年を取ることによる大人っぽさが増した、魅力あふれる可愛らしい熟女になった政子がそこにはいて……。


「てっ!? さ、賢気さま!?」


「閉めろ」


「ん? うん」


 こちらの存在に気づき、さらに顔を真っ赤にする政子に、俺はひとまず現実逃避する時間がほしくて、撤退を指示。


 その指示に首をかしげながらも、とりあえず命令を聞いて扉を閉める望戸に感謝しつつ。扉が閉まると同時に降り立った沈黙を、しばしかみしめた後、


「どうなってんだあれぇええええええええええええ!?」


 小説か、漫画かは知らんが、なんでこの時代にBLジャンルの創作物ができてんだぁあああああああああ!? と、理不尽すぎる世界の異常に俺は思わず絶叫する。


「あぁ、あれ作ったのわたしですけど?」


「やっぱりねぇ!! 予想はしてたけど相変わらずぶれてねぇなお前っ!!」


「いやぁ。褒められても、征×堵(せいかき)の新作しか出せませんよ?」


「出さんでいいっ!? っていうかよりにもよって漫画だしっ!?」


 ページを開いて突き出されたその書物には、何やら矢鱈とプロくささを感じる美麗な絵と、吹き出しで区切られるセリフが描かれていた。


 コマ割りはできておらず、一ページ一コマという回りくどいものだったが、間違いない……こいつが作り上げたのは世界最古のBL漫画だ!!


「よりにもよってコミックの原初がこれかよっ!? 謝れよっ!! 俺の世界の漫画の生みの親に謝れっ!!」


「え、え? 何怒っているんですか!?」


 そんな風に俺の怒りにさらされた望戸は、目を白黒させながら「宮中の女官には好評なのに……」と頬を膨らませながらその本を懐にしまう。


 っていうか、人気なのっ!? と、俺が驚いている中、今度は中から政子の部屋の引き戸があき、


「い、いやぁ、久しぶりですねッ賢気様!! ささ、こんなところに立ってないで、中に!!」


 証拠隠滅済みと思われる、紙くずになるまで破られた漫画だったナニカが、部屋の真ん中でお焚き上げされていたが、


「……そうか」


 俺もそのことにはあまり触れたくなくて、あえて無視する。


 取りあえず延焼が起こらないようにだけ気を使って、神術を使い、漫画が燃やされている場所に結界を張っておいた。




…†…†…………†…†…




 とまぁ、そんなわけで、余計なことが多すぎて切り出せなかった本題を、政子が落ち着くのを待って切り出すことに俺は成功する。


「で、その後どうよ?」


「もう大変ですよ……。火消しても火消しても、また新たな神祇道派が出てくる始末で。やはりナァナァで認めているのと、公的に認めるのとではこれほど反発が違うんですね」


 あの人も事を運ぶのが性急すぎました。もう少し下地作りをするべきだったのに……。と、不満の声を漏らしている政子も、一応真教布教に反対するつもりはないのか、真教に対する不満ではなく、その性急すぎる決定に不満を漏らすだけだった。


 まぁ、確かにいささか早すぎるというのもあるだろうが……時代の波をきちんと読んだ征歩の判断は、まずまずだと俺は思うけどな。と、俺はひとり苦笑いをしつつ、


「いやいや、そっちじゃなくて」


「え?」


「二人目の予定とかをそろそろ聞こうかと……」


「ぶっ!?」


 本題(・・)を切り出す。


「ななななななななななななにゃにを!?」


「うわ、すごい混乱していますよ!! 可愛い!! 押し倒してペロペロしたいです!!」


「黙れ、俗物巫女」


「なんと罵られようと、世間が認めなかろうと、神に祟られようと結構!! だって私は……愛しているからっ!!」


 こいつホントに祟ってやろうか……。と、ハイテンションに目をギラギラさせる望戸に、内心で青筋を浮かべながら、顔を真っ赤にする政子に話しかけた。


「いやだってさぁ、たった一人産んだ後もう10年近くもご無沙汰なんだろ? それはさすがに皇配としてはどうかと思うし……このご時世、言ってしまうのもあれだけど、お前らの一粒種……篤之宮くんだっけ? 無事に育つ保証もないんだしさ……。もう一粒種とは言わず二粒でも三粒でもいくらでも作ってくれていいんだよっ!?」


「黙ってください最高神!! よりにもよって今の国の状況を知っているあなたが、口にする話題がそれですかっ!?」


 顔を真っ赤にして可愛らしい声で叫びながら(やっぱりもう男装するの無理あるくね?)、政子は目をグルグル回すのと同時に、グルグル手をまわしながら俺を叩いてくる。


 石の身だからまったく痛くないけどなっ!!


「いやでも実際、冗談抜きであと一人くらい子供作ってみねぇ? いや、ほんと子供はいるだけで癒されるよ? 作っても絶対後悔しないって」


「いや、でも……陛下も今、忙しい時期ですし」


「ばかっ! 仕事ばっかりじゃ人間疲れるものなんだよっ!! たまには息抜きが必要なんだっ!! そしてこの時代の息抜きなんて……もう、エロいことするしかないだろうがっ!!」


「へ、偏見! 偏見ですっ!! 一応あなたが広めた貝に描かれた絵柄合わせとか、最近炬一族が錬成したガラスの粒を使ったおはじきとか、あるでしょうがっ!!」


「おまえ、それで神皇に息抜きしろって言うの?」


「…………………………………」


 さすがにそれはちょっとひどいと自分でも思ったのか、沈黙を余儀なくされる政子。


 ここで一気にたたみかける!!


 なんでそんなにこいつらの第二子がほしいのかって? 決まってるだろっ!! 乗り遅れてしまった赤ん坊溺愛ウェーブにもう一度のるためさっ!!


 なんか俺がいない間に、さんざん世話を焼いていたカップルが、結婚したあげく子供まで作ってたらそりゃ悔しいだろうがっ!? お前らくっつけたのは誰のおかげだ? とか言いながら、子供散々かわいがるのは世話焼いた奴の特権だろうがっ!?


 それなのにこいつらの子供はもう結構大きくなっているし……。俺のことみても「だれ?」って、感じだし……。


 ゆ、許しがたい!! 俺も武志のようにあいつらの子供に「おじ様!」みたいな呼び方されて、懐かれたいんだよっ!!


――いや、子供がザクザク死んじゃうような時代ですから、跡継ぎもできるだけ多い方がいいっていう考えもあるにはあるが……そっちは完全に付録だし。というか、俺も日ノ本神達も、好き好んでこいつらの子供を殺す気はないから、病気とかになったら全力で加護送るし、死ぬ可能性は限りなく低いんだけどさ……。


 と、内心誰にするわけでもない言い訳をしながら、俺が口を開いたとき、


「それに……あんまり夜のあれが途絶えると、幾ら征歩でも若い女の子の目移りしちゃうかもよ? ほら、最近俺たちが高原神社から連れてきた黒兎の巫女もいるし?」


「っ!?」


 さすがに女としてその言葉は聞き捨てならなかったのか、政子は顔から血の気をひかせながらあわてて椅子から立ち上がり、とんでもない勢いで執務室からでていった。


 そんな彼女の背中を満足げに見送る俺に、望戸からの呆れたような視線が突き刺さる。


「ひどいことしますね」


「これも俺が孫をかわいがるためだ……」


「ヒがいくつあっても足りない孫は、もう孫ではなく子孫だと思うんですが……」


 細かいことは良いんだよっ!!




…†…†…………†…†…




 こうして、久々に遊びにいった政子をからかうことと、たきつけることに成功した俺は、意気揚々と次の目的地に足を運んでいた。


 さっき望戸と話していた、豊隆の研究室に向かっているんだ。


 遣瑞使を終え帰ってきた彼は、大陸の異能である仙術を使いこなすことが認められ、神術と仙術の研究がおこなわれる部署の幹部に抜擢されたらしい。


 今は自分の研究室で、神術と仙術を融合した新しい呪術の作成に挑戦しているのだとか……。


 つまり、


「日ノ本最古のマッドサイエンティストか……」


「まっど?」


「そのうち『俺の名は狂気のマッドサイエンティスト……智耳豊隆だ!!』とか言い出さないだろうな?」


「何を怯えておられるのです?」


 色々です……。と、言ってから後悔する俺に首をかしげながらも、望戸は次なる目的地に到着。


 そこは、先ほど訪れた政子の部屋のものよりも、頑丈で分厚い鉄の引き戸がはめられており、その向こうからはモノが焼けるような音や、高速で鉄が削られるような音が響き渡っている。


「なぁ……なんかここだけ時代が違う気がするんだが……」


「ほんと何言っているんですか、賢気様。最近ちょっとおかしいですよ?」


 おかしいのはお前らの発展具合だよ……。と、よほど言ってやりたくなったが、こいつらの発展の原因は大体俺のせいなので、さすがに口をつぐむ。


 とまあ、そんな言い争いをしている間にも、望戸は遠慮なく鉄の引き戸に手をかけ、勢いよくその扉を開けていた。


 瞬間、なぜかがギャンという凄い轟音と共に、引き戸の向こうで鉄の鎖がはじけ飛んでいたが……。


 というかこれ、鎖で鍵がかけられていたんじゃ……。と、いまさらながら気づく俺だが、神の加護を受けた望戸の金剛力は、そんなものをものともせずに引き戸を開けた。


 瞬間。


「も、望戸さま……こ、来ないでくださいっす……。まだ俺の研究は完成していない……。どうせならっ、完璧な姿であなたに会いたいっす!!」


 なんて、言いながら目に巨大な隈ができるくらいやつれている、豊隆が何やら巻物を広げて怪しげな薬を作っていた……。


「え、えっと……何してんの、お前」


 一応下界託で知っているとはいえ、相手は初対面。まずは軽い挨拶からと思っていた俺の出鼻は、完全にくじかれることとなる。


 というか、こんなにやつれるまで研究してたの……。誰か止めてやれよっ!? と、内心で叫びながら、俺は慌てて指示を出す。


「も、望戸、布団! とりあえずこいつ寝かさないとヤバい感じまで衰弱してるっ!?」


「なっ!? ば、バカなことを言わないでくださいっす!! もう少し……もう少しで完成なんっす!! どこの誰が声を発しているのかは知りませんが、邪魔は絶対にしないでくださいっす!!」


 どうやら錯乱のあまり、石が言葉を発するという異常事態にも気づけていない様子だ。これは本気でヤバい!!


「完成って何が!? 命かけるほど大事なものなのかよっ!?」


「当然っす……。俺はこの日の為……。この薬を完成させるために、日ノ本に帰ってきてからのほとんどの日々を費やした……」


 そういって、豊隆は不気味な笑みを浮かべ、先ほどまで自分が参照していた巻物を、俺に向かって広げた。


「女体化の秘薬を完成させるためにっ!!」


「なんで、そんなぶっ飛んだ薬作ってんだ、お前ぇえええええええええええええええええ!?」


 信じられない豊隆の言葉に、俺が絶叫するのを聞き、しばらく何かを考えていた望戸が、


「あぁ、そういえば」


 ポンと手を打った。


「な、なんか心当たりがあるのか?」


「心当たりというかなんというか……。瑞から日ノ本に帰る船の上で、私、豊隆君に告白されたんですけど……。『ごめん……私同性愛しか愛せないの』って、素直に言って断ったらなんか覚悟を決めたような顔でどっかいったから、おかしいなって思っていたんですが……」


「待て、早まるな、豊隆!! こんな変態のために人生棒に振るんじゃないッ!?」


 俺が、神術まで使って、死ぬ気で豊隆の野望を打ち砕いたことを、ここに記す。




…†…†…………†…†…




 とまぁ、そんな一悶着があった後、さめざめと泣きくれる豊隆との面談が、ようやく始まったわけだが。


「そ、そんな落ち込むなって……。こいつだってきっとそのうち男の魅力に気づいてくれるって」


「男×男なら、むしろ大好物ですがっ!!」


「いいかげん祟るぞ、変態巫女。そ、それにほら、もしこいつがこのまま頭湧いた変態のままだったとしても、女なんて星の数ほどいるんだし、こいつよりもましな奴が絶対いてくれるって」


「いいえ、考えられません。俺が恋しているのは望戸さまだけっす」


「いや、本気で考え直せってお前。大体顔はいいけど性格こんなだぞ? こいつに仕えられている神様ですら、一瞬愛想つかせて、こいつに加護与えるのやめているくらいなのに」


「ちゃ、ちゃんと断冥尾龍毘売様には許していただきましたよっ!!」


 巫女としてはさすがにその一線は譲れなかったのか、慌ててこちらに食って掛かってくる望戸だが、こんな被害をもたらした変態の言葉に耳を貸すつもりはないので、無視しておく。


「いいんです……。たとえこの恋がかなわなくても、俺が望戸さんのことが好きだって事実は、変わりませんからっ!!」


「………………………お前ほんといい奴だなっ!! そしてそんな奴の人生を狂わせた望戸に殺意すら湧く」


「ひどくないですかっ!? わたし何も悪くないですよねっ!?」


 あぁ、悪くはない。全体的に悪いのはお前の趣味だな……。


 と、そんな雑談を済ませた後は、俺はこっちの神術と、瑞の仙術の融合に関しての進捗具合を聞いてみた。


「まぁ、悪くはないっすよ? 元々うちの神術は神の数が多いからこそ、種類も豊富で、ありとあらゆる信仰に対応しているといっても、過言ではないっすから。むしろここまで雑多な神々をよく一つの神話にまとめたなと、調べていくほどの感心しているくらいっす」


「まぁ、流刃ともどもそこらへんは苦労したからな……」


 と、ちょっとだけ自分の苦労が実を結んだことを知り、俺はほっと安堵の息をつく。


 もとより俺がこの国の神話で、八百万の神がいると設定したのは、他の国から流入してくるであろう、巨大宗教の思想を柔軟に受け止められるようにと考えたからだ。


 もちろん俺の故郷をトレースしようとしたということもあるにはあるが、本来の目的は神話の融合の簡易化だ。


 八百万も神がいて信仰の形態があれば、そりゃ大陸の宗教が増えたくらいで、そんなに問題にはならんだろうと。俺たちは考えたんだ。


(やはり宗教ほど、下らん戦争の理由はないしな。今回の動乱もこれっきりにしてほしいもんだ)


 と、内心でぼやきながら、俺はさらに言葉を続ける。


「でも、神術に融合しちまったら、神々の加護を結局使わなくちゃいけないだろ? だとするなら、外国用の術式開発って趣旨から外れるんじゃ」


「それがそう言うわけでもないんっすよね……。要は神に頼らず、神に戴ける力に匹敵する力を作り出せればいいわけっすから」


 そう言って、豊隆は神から奉納によってもらった霊力ではなく、自前の霊力によって一つの球体を作り出した。


 白と黒が勾玉のように描かれ、一つの球体の中で同居する文様。


 陰陽模様――仙術の思想をもっとも端的に表した、中庸のしるしだ。


「本来人間は、自身が保有の霊力を使い、神術を使うはずでした。ですが今代ではそれがなされない。なぜか。ぶっちゃけいうと、人間の霊力が神々の霊力とは比べ物にならないくらい低すぎるからっす。それに、自前の霊力では到底再現できない神々の一撃を、神々にいろいろなものを奉納したことでもらった霊力は、完全に再現する。んなもん馬鹿らしくて自分の霊力なんて使っていられませんよ」


 ですが、と豊隆はそこで陰陽模様を回転させ、白と黒だった球体を俺たちに灰色に見えるようにしてみせる。


「霊力……いや、《力》は、技術さえあれば神を媒介としなくとも、俺達人間にそれ相応の力を貸してくれることがあるっす。仙人たちが『タオ』と呼ぶ力っすね。これは俺たちや神々が体内に保有する霊力とはちょっと違う力で、空気中を漂う世界そのものを構成する力っす。この力は一定の条件を踏めば、俺達に力を貸してくれることがあるっす」


 いや……。それは多分霊力なんだけどな……。と、俺はよほど教えてやった方がいいかと考えたが、さすがにそれは無粋だろうと思い口を閉ざした。


 元より霊力というのはそんな複雑な学問が必要な力ではなく、ただ願えば応えてくれる空気中を漂うエネルギーだった。


 生き物に無限の可能性を与えるために、女神が作ったと思われる力。


 だが、時が進み、神が生まれ、人々の思考が複雑化していくと同時に、人々は物事を単純にとらえられなくなった。


 そして、霊力の存在を各々の宗派で勝手に定義していったのだ。


 神術では体内に宿るエネルギーで、神と人の間には絶対的な総量の隔たりがあるものとした。他の神話体系でも、恐らくは神と人は同じように分けられているはずだ。


 神とは絶対者であらねばならぬし、自分たち人はそれに劣っていなければならないと。


 そういう考えの影響を受けた霊力は変質し、人や神の中に取り込まれ、いまの《霊力》へとなった。


 そして、神々には世界をひっくり返すくらいの莫大な量の霊力が宿り、人々にはせいぜい、その一億分の一ぐらいの霊力しか与えられない、可能性を制限する方向に。


 仙術はその殻を破るためにある理論を構築したのだろう。


 まだ神にも人にも染まっていない大気を漂う霊力を、己がものとして操る理論を。


 まぁ、瑠訊たちに教えた神術の基礎はこれなわけだが……。


 当然だ。さっきの説明からわかるように、霊力とはもともと体の中にあるものではなく大気にあるもの。それが人の体に入るようになったのは、先ほどの思想の影響。


その影響を受けた霊力が、呼吸などで吸い込まれることにより人や神の体内に取り込み、吸い込んだ人物や神格の力として己を変質させる。


 だが、神代の瑠訊たちの時代はそんな複雑なプロセスなど存在しない。ただそうなるように霊力に願えと流刃達には教え、流刃達も黙ってそれを実践したのだから。


 霊力が体内に入り込んで云々なんてめんどうな事象は起らずに、大気に漂う霊力は瑠訊たちの願いに答え、奇跡を起こしていただけにすぎない。それゆえに、あいつらの神術は今の人間が操る神術とは比べ物にならないほど強力で、圧倒的な影響範囲をほこっていた。なにせ、今代にはある使用霊力の制限がないのだから、当然と言えば当然だろう。


 仙術はその原始の状態を少しでも再現しようと、変質し変貌した霊力に、新たな機能を付け足す信仰を生みだしたのだろう。


 信じるモノにはこたえる。霊力はそういう存在だ。


「たとえばこの陰陽模様は、こうやって高速回転することで、世界の陰と陽を中で混ぜ合わせ、それによって発生する吸引力が大気中にあるタオに働き、この中に莫大なタオを呼び寄せ神に匹敵する総量の力が俺たち神仙に与えるもので……」


 そんな世界の真理を知っている俺は、嬉々として仙術の基礎理論を語る豊隆を、生暖かい目で(石だから(以下略))見つめながら、今後日の下で発展していくであろう霊力の汎用技術の可能性に、思いをはせてみるのだった。




…†…†…………†…†…




 こんな風に、揺れ動く国の内情の中、俺は割とノンビリした日々を過ごしていた。


 新しい、大気中の霊力を変貌させ利用する理論を、豊隆から聞いたり、


 孫はまだかな~。と、しつこい親のように、政子と征歩に催促してみたり、


 両親ともに忙しそうなので、暇そうにしていた篤之宮の話し相手になってやったり……まぁ、いろいろだ。


 高草原にいたときよりも、隠居生活を楽しめた気がする……。という考えは、泣きそうになるのでしないように心掛けるが……。


 というか、職場より故郷の方が忙しいっておかしくね? おかしいよなっ!?


 ごほん……とまぁ、そんなことはさておいて……とにかく平和な日常だった。


 だが、動乱はすぐそこまで迫っている。


 いつまでも平和なわけがない。


 心の奥底でずっとこの平和が続くように願っていた俺だが、それが無理な願いであることもわかっていた。


 だから、血相を変えた呉燈が俺の宮に飛び込んできたときは、さほど驚くことはなかった。


「さ、賢気様……は、反乱がおきましたっ!! 場所は都より徒歩で一週間ほど距離にある寒村! 敵兵の数は約5000……。首魁は……神盛大来名殿ですっ」


 ただ、やってきた血なまぐさい戦の気配が、ひたすら悲しかった。


 とうとう古代編もクライマックスに入り始めました……。今回はその前のちょっとした日常を描いています。


 とはいっても、仙術の基礎理論とか考えるのかなりしんどかったり……。基本的にこっちの理論を参照しますが……疲れる。

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