賢気朱巌命の高草原観光?
穏やかな風が吹き抜ける、真っ平らな平原。
その中央には小さな集落があり、そこに住む奴らは狩りをし、畑を作り、日々の糧を得ていた……。
そんな場所のはずだったんだが……。
「まさか本当に来られるとは……」
「まぁ、高原大社の中に、体は置いてけぼりだけどな……。高原神社の神官たちに、神術使って餓死しないようにしておいてくれと頼んどいたから、大丈夫と言えば大丈夫だろうが……」
高原神社は、もともと俺と流刃たちが作った集落があった場所を、聖地として管理するために建てられた社群の総称だ。
俺――賢者の石が元いた世界で言うと、出雲大社に相当する由緒正しい巨大な組織神社。
そこは引退した歴代の神祇庁頭が老後に過ごす場所でもあり、新たに神に仕える巫女や神祇官たちを鍛える場所でもある。
そして、その本社である高原大社は、出雲大社と同じ長い階段の上に、長大な柱に支えられた社があるという、信じられないビジュアルをした社だった。
なんでも、あの社がある高さは、ちょうど神界・高草原がある高さで、そこに入って秘伝の祝詞を唱え、内側から社の扉を開くと、高草原にはいることができるらしい。
「まぁ、実際……これで中に入れるしなぁ」
そして、その口伝は間違いではない。
実際俺たちは社の扉を開き、こうして高草原にはいることができているのだから。
問題なのは、高草原に入るには、下界の穢れの象徴である肉体を捨てねばならないということだか……。
つまり何が起こっているのかというと、
「というか、あれ……死んでません」
「安心しろ。魂が肉体から乖離しただけだ。呼吸はちゃんとしている」
「いや、ピクリとも動かないのですか賢気様……」
俺を連れてきてくれた呉燈が後ろを振り向くと、そこには今の彼よりも若干年老いた姿をしている呉燈の体が、まるでミステリ漫画の死体みたいな体勢で倒れ伏していた。
正直俺も若干不安が残る姿であったが、一応きちんと体を管理さえすれば、魂は問題なくもどれることを先代の神祇庁頭と確認しているので、多分問題はないはずだ。
「にしても魂だけになると若返るのですね……。体に力がみなぎっている気が……」
「霊体だけになるってことは、それだけ霊力に対する感受性も上がる=使用できる霊力の総量も上がるからな。力が上がったらそれをふるうにふさわしい姿になるのは当然……」
って、あれ? これ前にも解説したことがあるような……。と、ちょっとした既視感に襲われながら、俺はあたりを見廻した。
「にしても……」
ここも随分と変わったな……。と、俺が漏らすのも無理らしからぬこと。
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい!! 北泉(俺のいた世界で言うところの東方地方)神群名物の氷菓子だっ!! 今ならたった三拝気!! 三拝気で売りに出してるよ!!」
「ふふふ……。あなたの未来が見えます……そいう。あなたは近いうちに、新しい社が建てられることでしょうっ!! 占いの神である私が言うのです。間違いありませんっ!!」
「ちょっとお兄さん! こっちにもよってんかぁ!! お茶神の私が、おいしい御茶入れたんで!!」
けたたましい客の呼び込みの声。どうやらこの界隈では、霊力的には最下層に位置する神々が、高位の神から霊力を分け与えてもらうために、商売を行っているらしい。
取引できる霊力は《拝気》と呼ばれ、神々はそれを売り買いしながら、互いの信仰を分け合うのだとか……。
ちなみに余談だが、人間が神術使用の際与えられる霊力もこの拝気だ。といっても、人間がかすめ取っていく霊力など神からすれば微々たるもので、あの八神宿祓剣ですら、せいぜい三拝気程度だそうだが……。
「た~けや~さおだけ」
「みんな~!! げんきかなにゃ~!!」
『元気だよぉおおおおおおおおおおおおおお!!』
そんなけたたましい商売の声に紛れ込み、無数の神々(たいてい男神)の歓声が響き渡る。
なんだと思い視線を巡らせてみると、そこには猫獣人の新参芸能神が、元いた世界のアイドルバリに愛嬌をふりまき、男神たちを魅了する姿があって、
「今日も羽猫唄姫の歌唱祭に来てくれて、どうもありがと―――!! みんなの声援にこたえられるように、私も精いっぱい歌うからねェ―――!!」
『羽猫たんサイコ―――――――――――――――――!!』
確か田植歌を作った神様だったか……。と、その神の名前を聞いた俺の脳裏で、とある集落で敬われ、そして日ノ本神話体系に入ってきたときに、爆発的に流行った詩の神様の名前が浮かび、何とも言えない気分になる。
というか、何やってんだ、作曲の神。結構信仰受けてるだろお前……。と、大人気なく男神たちからの声援という名の拝気を巻き上げる芸能神に、嘆息しつつ、
「さて……さっさと行こうか」
「いや、ちょっと待ってください……。せめて私が立ち直るまで待ってください。高草原が、思ってたのと違いすぎます」
「神様なんてだいたいこんなもんだから」
「失望してしまいそうになることを、言わないでください……」
何やらショックを受けているらしい呉燈をせかしながら、俺はすっかり変わった高草原観光に向かう。
下界と同じように、この高草原も発展している。
辺りを見回しても、神々が住む社が所狭しと並び、整備された道路には無数の低級神たちの屋台が立ち並ぶ。
いつのまにかそんな風に賑やかになっていた、神々が住むにふさわしい神々しさを持ちつつも、どこか俗っぽさがぬぐえない神界。
それが今の高草原の姿だった。
…†…†…………†…†…
「きたか……」
高草原中央。巨大な社に坐す主神・流刃天剣主は、高草原に入ってきた神の気配を感じとり、閉じていた眼を開く。
(気配の方角は南西……。ちょうど高原大社がある場所くらいか? だが、気配が極端に薄い。どうやら今回の里帰りも、俺に会わずに逃げ切るつもりだな?)
神となってから、もう百年以上の歳月が流れた。それによって神となった霊体の体を使いこなせるようになった彼は、超長距離からの神の気配察知なんてものもできるようになっており、標的を正確に追跡する。
そして、それと同時に自分の目の前にひれ伏した新参の神々を睥睨した。
「時……来たれり」
『はっ!!』
告げる言葉はそれで十分。この日のために集められた粒ぞろいの神々だ。
彼らは流刃天剣主の言葉に迷いなく答えると同時に、各々の権能を使い、この場から消える。
すべては、流刃の命令を果たすために。
「さぁて、賢者の石。今日こそはこっちに来てもらうぞ」
流刃は薄暗い自分の社の中で、不気味な笑みを浮かべる。
彼の背後に雷がひらめいた!!
「兄さん? 雰囲気作るためだけに、社の周囲の天候を、勝手に変えるのやめてもらえません? 洗濯物ずぶ濡れになっちゃったじゃないですか」
「あ、ごめん……」
…†…†…………†…†…
「え? 流刃天剣主様のところに顔出しはしないのですか?」
「え? なんで顔ださないといけないんだよ?」
逆に心底不思議な気持ちになって聞き返した俺――賢者の石に、呉燈はあんぐりと口を開き、
「いや、だって……最高神と主神なんですよねっ!? 天地開闢の神と、国を作った神で、しかも流刃天剣主さまは、あなたが育てたんですよねっ!?」
「いや、だってあいつもう一人立ちしているし……」
「関係ないですよねっ!?」
親みたいな関係なら顔ぐらい見せたらどうですかっ!? と、意外と辛辣なツッコミが呉燈から入る。
確かに呉燈の言うとおり、せっかく里帰りをしたのなら、息子のようにかわいがった流刃のところに顔を出すべきなんだろうが……。
「いや、ちょっとそれは気が乗らないっていうか……。宿泊する場所も、適当に宿神が経営している宿にでも泊めてもらう予定だし」
「なんでそんなに頑なに流刃天剣主様に会いたがらないのですか? って、はっ!? もしかして喧嘩でもされているのでっ!? そういえば少し前、宮中で賢気朱巌命様と流刃天剣主様が揉めているのを見たと、部下の神祇官から報告を受けましたが」
いや、あれは違う……。っていうか、俺と流刃の黒歴史ほじくり返すのやめてくんね?と、内心で苦い顔をしながら、俺はため息とともに、無理やり話題をそらす。
「それよりも、どっか美味い飯でも食いに行こうぜ? 最近はいろいろなものが増えたおかげで神様の増産中だしな。料理関係の神様なんて割とたくさんいるみたいだし」
「え、えぇ……。まぁ、賢気様がそうおっしゃられるのでしたら」
神祇官風情が口を出すわけにはまいりませんが……。と、納得がいかない顔をしながらも、一応いうことを聞いてくれる呉燈。
そんな彼に悪いねと内心で詫びながら、俺は今後の高草原観光の予定を脳内で建てようとして、
『こっちに美味しい料理屋がありますよ~』
「………………………」
突如脳内に送り届けられた手紙形式の思念を見て、思わず無言になる。
少し視線を上に上げてみると、どうやら呉燈にも同じ現象が起こったようで、呉燈は突如脳内に出てきた手紙に目を見開き、慌ててあたりを見廻していた。
「あ、あれ? いったいどこから!?」
「いいから……無視しろ」
俺は鋭い命令をだし、そのまま呉燈にまっすぐ歩くように指示を出す。それを見た相手が慌てたのか、次々と送られてくる手紙たち。
『え、ちょ、違いますそっちじゃないですって!!』
『あぁ、そこ右! 右に曲がってくれたら取り返しがつきますよっ!!』
『あぁ、まって! 待ってください!! 絶対後悔させませんからっ!! きっとおいしい料理を食べさせて差し上げますから!! 賢気朱巌命様少しでいいからこっちに……』
いいかげん鬱陶しくなったので思念の干渉を俺の神術で遮断。それと同時に裏路地に潜んでいた、和紙でできた折り紙の服に、墨で白鷺の模様をつけたような服を着ていた女性官吏姿の神が飛び出してきてばたりと倒れる。
「うぅ……じ、持病の賢気朱巌命様に助けてもらわないと死んでしまう病が……!!」
バカかこいつは? と、内心で彼女のあんまりなダメっぷりに戦慄を覚えながら、容赦なく無視を選択する俺。あんまり構うと付け上がるので、このくらいの対応がベストだ。
俺の指示を忠実にきき、ばったり地面に倒れ伏したまま動かない彼女をまたぎ、そのまま先を進んでいく呉燈。だが、その顔には見事に縦線が入っていて、
「あ、あの……賢気様……今の?」
「最近出てきた手紙の神だろう? ほら、神祇庁がはじめた白鷺郵便の」
「あぁ、渡り鳥の神霊の加護をもらって、手紙を渡り鳥形式に変化させて目的地まで飛ばすあの……。って、つまりあれ彩文書姫様ですかっ!?」
渡り鳥の習性が便利だなと思った俺が、神祇庁に頼んで見つけてもらった、地方にいた渡り鳥の神霊。彼女は渡り鳥から連想される、旅人の加護をする神であったのだが、その加護を応用してもらい、手紙の配達を守護する加護も受け持ってもらったのだ。
おかげで世界最古の郵便システムが実現し、日ノ本の情報伝達速度は格段に上昇。彼女も手紙の神という新たな神格を得て霊格アップ。見事に高草原での地位向上に成功した、完璧な取引をした相手だった。
どうやら霊格アップしたおかげで、流刃に会える程度の神格を得たらしい……。そんなことをひっそりと考えながら、ほんとによかったのかと苦悶の表情を浮かべる呉燈に、一言だけ告げる。
「あぁ、呉燈」
「は、はい? なんでしょう」
「これからは、たぶんああいった輩がたくさん出てくるだろうが……。まぁ、大抵は無害な奴のはずだから、気にせず無視してどんどん俺が指示した場所に行ってくれ」
「え、え? い、いいんですかっ!?」
驚く呉燈に俺は一つ頷いたあと(石だから(以下略))、
「あぁ。いちいちつきあっていたら体が持たんぞ?」
「い、いったいどれだけの神が来訪する予定なんですかっ!?」
と、呉燈が戦慄する中、俺は内心で舌打ちを漏らす。
流刃め……やはり仕掛けてきたかっ!! と。
…†…†…………†…†…
それからはまぁ大変だった。
「ふふふっ! わが名は、黒天星光夜彦。夜の闇を支配する神であるぞ! ひれ伏すがいい、下界上がりの狐神祇官」
「下界に降りたら散々世話をしてもらう相手に、何ぬかしてんだ中二病。というか、お前夜の闇を支配しているわけじゃなくて、夜の闇で男女が致しちゃうあれの成功を補助する神だろうが」
「やめてぇええええええ!? 俺の加護に関しては暴露しないでぇええええええ!!」
「あ、安心してください黒点星光夜彦さま!! ちゃんとあなたの神社では、《安産祈願》と婉曲的な信仰にするように指示を出しましたから!!」
「中途半端な優しさは、逆に心を傷つけるんだよ、ちくしょぉおおおおおおおおおおおお!!」
真っ黒な官吏装束を、やたら扇情的に着崩した男神を、弱点を突いて退散させたり。
「では、この《暦書符雄神》と交渉と参りましょうか。賢気朱巌命様」
「だが断る。逃げるぞ、呉燈」
「仮にも最高神なのですから、もう少し相手をして差し上げても……」
「あ、ちょ!? まて、待ってください賢気朱巌命様っ!?」
数十年前に没した、天才官吏と言われ、文官の神として神格化された鼠獣人の美青年が、机を構えてこちらとの舌戦をする用意をしていたので、口では到底勝てないとトンズラしたり。
「ふふふっ……。さっきのアヤヤのエサでつる作戦は失敗したみたいだけど、今度の私が用意した品物の誘惑に勝てるかな、賢気朱巌命様」
「なんかそれダメっぽい何かのような気がするんだが……。まぁ、一応見てやる、《倉識執守姫》。あと、彩文書姫をアヤヤって呼ぶのやめてやれ。すごい嫌がってたぞ?」
「まじでっ!? はっ……そ、そんな甘言にはのりませんよっ!! 見よ、私が用意したあなたが絶対欲しがる贈り物っ!!」
倉に住むといわれる、財宝管理の加護を与える亀人の女神が出してきた、
「じゃじゃ~ん!! 石の表面をきれいに磨くヤスリ!! 最近艶がなくなってきたと心配している、宝石が本体のあなたにぴったり……って、どこいくんですかっ!? い、いまなら磨き終わった後に表面の艶出しに使える、権能を授けた布もついてくるんですよ~!!」
アホすぎるプレゼントを無視して別の場所に行ったりと、まぁいろいろ大変だった。
「な、なんなんですかあれ?」
一番大変なのは、そんなバカみたいな神様たちをいなしながら、俺の観光に付き合ってくれている呉燈だろうが。
いい加減説明してやった方がいいかな……。と、疲れ切った顔をした呉燈が、かわいそうになった俺は、ため息交じりに事の次第を説明する。
「おれってさ、ほら? 最高神だろ」
「ええ。それはよく存じておりますが」
「だからよく高草原の仕事をしろって流刃に言われるわけなのよ。でも俺は下界で神皇の補佐で忙しいし、神皇の補佐をしなくてよくなったならなったで、『仕事なんてしたくない』『休暇タイムに突入したい』で、あんま高草原の仕事は受けないわけ」
「あぁ、そういえば高草原からのあなた宛ての手紙は、来た途端にあなたが神術で燃やしているみたいだと、巫女が言っていましたね」
って、あれ? そんな報告までされてるの、俺!? もしかして俺の行動、逐一見張られてるの!? と、ちょっとだけ自分の周囲環境が気になりはしたが、そこは神様として鷹揚に見逃す。
「でも、流刃もあれで武神気質だろ? あんま書類仕事とかやりたくないわけよ」
「はぁ。まぁ明石記では、どちらかというと戦場での活躍が目立ちますしね」
「そんで、ここに帰ってくるたびに流刃のやつが、自分のため込んだ仕事を俺に押し付けようと言い寄ってきて、俺は絶対やらんって言って逃げ回っているわけ。今回は完全に休暇里帰りのつもりだったから、そんなことしたくないだろ? だから流刃のもとにはいかないようにして、純粋に高草原見学でもしていこう! という予定だったんだが……」
そこで大まかな今回の騒ぎの概要がつかめたのか、呉燈は一つ手を打ち、
「流刃天剣主様はそれを許さなかったと……」
「大方若い神たちを『賢気朱巌命つれてきたやつは、霊格あげてやるぞ?』、とか言って釣ったんだろう。でも頼まれた若い神たちとしても、最高神である俺に手荒なまねはできんってことで」
「妙な贈り物やら、誘惑やらで、誘ってきたわけですか……」
まぁ、一人だけ中二がいたが、あれは論外なので計算に入れなくていいだろう。
「それにしても……」
「ん?」
と、いうわけで、ひとまず事情の説明うけた呉燈は、いろいろ納得したといった顔で頷いたあと、ため息を一つ付き、
「神……さま?」
「神様が俗っぽくて何が悪い!!」
何やら言いたげな顔でこっちを見てきたので、精一杯の抗議をしておく。
だって、岩守塚女とか、天剣八神あたりはともかく、俺も流刃もはっきり言えば人間上がりの神だぜ!? 人間臭いのはむしろ当然だろうがっ!!
と、俺が精いっぱいの主張という名の言い訳をしていると、
「あぁ、見つけました」
「っ!!」
……またなんかの神が来たのか。と、俺が呆れながら振り返ると、
「兄さん。見つけましたよ。あの子たちが言った通り、どうやら本気で観光楽しんで、こっちには顔ださないつもりだったみたいです」
「…………………………………」
大上彦を伴った、流慰がそこに立っていた。
「チェックメイトじゃん!?」
「ちぇ? 何語ですかそれ?」
首をかしげる瑠偉という、いきなりの詰みの一手を打たれてしまった俺に、逃げるなどという術はない。
というか、逃げても流慰の《天瞳》で捕捉され、大上彦の《神産み》の神速の動物たちに包囲されてジ・エンドだった。
「お、お前ら……初めから本気で俺を捕まえる気なら、もっと早くに来いよっ!? そうしたらこんな無駄な逃走しなくてよかったんだよっ!?」
「いや、兄様の命令でギリギリまで粘るように言われていまして」
「なんでまたっ!?」
「兄者は、さんざん仕事の手伝いの催促を無視した、憂さ晴らしだといっていましたが……。休暇を散々邪魔した後で、ダメ押しの絶望ぶつけてやるって」
「到底神様の言うセリフじゃないだろそれっ!? それに、全面的に悪いのは、仕事押しつけようって腐った性根をした、あいつだろうがっ!!」
「あ、あの賢気様。いちおう神皇のご先祖様である主神様ですので……そういう言い方はちょっと」
そんな風にキレた俺を、必死に宥める呉燈を伴いながら、流慰と大上彦は、俺を高草原中央にある巨大な社に連れて行った。
そこは流刃の住居であり城――この国の神話体系の主神の社である。
そこではいい笑顔をした流刃と、彼の傍らに置かれた書類の山が俺を待ち構えていたのだが、もうそれは言わなくてもいいだろう。
とにかく一つ言えることは、俺の休暇はこの時点で、もう無くなってしまったということだった……。
…†…†…………†…†…
ちなみに余談ではあるが、結局流刃の仕事を手伝うことになった俺は怒りが頂点に達し、
「呉燈~。ここ百年で生まれた神様の名簿できた? 明日までに提出なんだけど」
「ちょ、待ってくださいよっ!? 八つ当たりで仕事手伝わされているこっちの身にもなってくださいって!!」
つい勢いで、呉燈に仕事を手伝わせてしまったのだが……まぁ、俺が征歩の近くにいるときは、俺の世話をすることを渇望していたんだし、いい機会だよね? と、全く反省するつもりもなく、流刃に押し付けられた仕事を、岩人形を使いながら片付けていくのだった。
*日ノ本神義帳=成立は征歩神皇の時代と言われている神の名簿集で、臨死体験をし、高草原を見てきたといわれる、時の神祇庁頭・稲群呉燈が書きはじめたといわれている。
明石記以降に生まれた神々の名前と、その権能・ご利益・姿などが記載された帳面で、のちの日ノ本神術にとってなくてはならない一冊となった。
本格的な完成となったのは安条時代の終わりとされており、それまで日ノ本神話体系の神々は、増え続けていたのではないかと学者の間では言われている。
名簿の最後に載ったのは知恵の神とされる《天神》であった。
全巻55巻の大名簿で、ここに載っていない日ノ本の神は存在しないとさえ言われている。
なお、この時期の渡来してきた、真教由来の神の記載は行われていない。そのことからわかるように、この名簿集は、変貌する日ノ本文化の中でも、日ノ本神話の原始の姿をとどめた、特別な書籍でもある。




