閑話01 竜使いたちの一日・ソルラクの場合
窓から差し込む日の光に、ソルラクは床の上でむくりと身体を起こす。その傍らにベッドはあるが、そちらは彼の愛竜であるジンが占拠していた。
「起きろ」
「……ム。お早う、主よ」
どこかぎこちない、しかしかつてに比べれば随分流暢になった声色でジンがする挨拶に、ソルラクはこくりと頷いた。
手早く身支度を整え、防具をつけて斧槍を担ぐと、彼は部屋を出て階下の食堂へと向かう。そこは竜使いではなく、傭兵達が好んで使う安宿であった。サービスは悪く、ベッドの室も劣悪だが、とにかく安い。
「おう、いつものでいいか」
客が一人もいない、がらんとした食堂で人相の悪い店主がダミ声で尋ねる。それに頷き、10シリカ硬貨をカウンターに置くとすぐに料理が出てきた。それとは別に、干し肉と水の入った袋。いつもと変わらない、おなじみのセットだ。
ソルラクは声を上げることも無く、手早く食事を済ませると、店主の用意してくれた昼食を背嚢に入れてジンと共に門を目指す。巨大な門をいつものように飛び越えようとするとあたりには幾つも天幕が張られていて、ソルラクは今日が開門の日だということを思い出した。つまりこの天幕は、互いに仲間を探しあう竜使い達の集会所である。
すでに何組かパーティが成立しているらしく、賑やかな声がソルラクの耳を打つ。それに惹かれるようにして足を踏み入れると、今まで騒がしく話していた竜使い達の話し声が水をうったようにしんと静まり返った。
なぜ黙るのだろう、そのまま話していていいのに、とソルラクは思うが、こちらからそんな事を言うのもなにやら気恥ずかしくて、彼は押し黙った。もしかしたら、たまたまそこで会話が途切れただけで、考えすぎかもしれないと思うと、とてもそんな事は言えない。
「竜人……」
「……人でなし……」
ひそひそと、そこかしこで小声で会話が交わされる。何を話しているのだろう? 興味を惹かれ、ソルラクがそちらに目を向けると、会話を交わしていた竜使い達は「ひぃ」と声を上げて怯えた。
……やはり、ジンの姿は威圧感を与えるらしい。そんなに大きくもないし、言われなければ人を噛んだりもしない良い竜なのに、とソルラクは少し残念に思いつつも、ジンをつれて天幕をでた。
「主よ……それは、考え違いだと思うぞ」
天幕をでたあと、そういうジンに、ソルラクは首を傾げた。であれば、彼らは一体何に怯えていたのだろう。そう考える彼に、ジンは口をつぐむ。『お前だよ』とは、流石に主人に対して言うことは出来なかった。
竜人。彼らが口にしていたそれは、人竜とは似て非なるものだ。人竜はただ人間に近い外見を持つ竜の種類だが、竜人は一般的に『化け物』と良く似た文脈で使われる。人でありながら、竜と同じ力を持ち、竜に変化するという伝説上の存在。それが竜人だ。
竜の魔力で肉体を強化している、という条件であれ、人の身で竜を屠るソルラクが竜人呼ばわりされて怖れられている事は知っている。が、ジンにはそれを上手く主人に伝えられる自信が無かった。彼も主に似て口下手であり、彼の主の心が周りが思っているより遥かにナイーブだと知っているからだ。
ソルラクは結局仲間を募ることを諦め、いつものように開門前に巨大な門を飛び越えた。そういう姿を目撃されているから益々評判が厳しいものになっているのだが、ソルラクは気づかない。
そのまま彼は、愛竜と共に野生の竜を屠る。強い相手との戦いは、喜びである。多くの竜使いとは違い、彼の竜の育成方法は只管に実戦あるのみであった。筋力が付けば、竜の魔術でより自分に重石をかけて筋力を鍛える。魔力は実際に魔術を使うことで増やし、その他についても実戦を通じて能力を伸ばしていく。
無論、効率だけで話をするなら、実戦よりも通常の訓練の方が遥かに効率がいい。が、ソルラクのこなす実戦の量は、生半可な竜使いのそれとは比べ物にならないものであった。一般的な竜使いが、一度の開門で倒す竜の数はせいぜい数体。十体も倒せば多いほうである。
にも拘らず、ソルラクが一日に倒す竜の数は軽く百を超えた。そして、そうやって集めた大量の魔力結晶を店に持っていっては捨て値で売り払い、宿へと戻るのである。
「主よ。最近、思うのだが」
結晶屋から宿へと戻る道すがら、声をかけるジンにソルラクは視線を向けた。
「結晶を売る金額が少し安すぎはしないだろうか。
無論、店の者も利益を上乗せしているのだろうが、店に並んでいる結晶は主が
売る値の100倍はしているぞ?」
それは昔からだ、とソルラクは思った。傭兵であった彼の養父も、仲間達も、皆その値段で魔力結晶を売っていた。それに、一回100個売っているのだから、100倍の値段で売られればちょうど釣り合いが取れるではないか、とソルラクは考える。
「……まあ、主がそういうならば、文句は無いが」
歯に物が挟まったかのような物言いをするジンに、ソルラクはこくりと頷く。ずっとこのやり方、この値段でやってきたのだ。間違いなどあろうはずも無い。
「おう、ソルラク! 今日も生きてたか!」
宿に帰ると、食堂は客で溢れ返っていた。傭兵達は彼と違って朝から起きたりしないし、依頼が無ければ外に出たりもしない。大抵、こうして飲んだくれて一日を過ごしている。
「今日の分」
ソルラクは明日の食費を除いて、店主に一日の稼ぎを渡した。
「だからこんなにいらねぇって言ってるだろうが……
……いつもの使い方で、いいんだな?」
はあ、とため息をついて、店主はソルラクに確認する。それは毎日の事だったが、飽きもせずに繰り返される問いに、ソルラクはこくりと頷いた。
「……野郎ども! ソルラクが今日も、酒を奢ってくれるってよ!」
店主がそう怒鳴った瞬間、傭兵達は口笛を吹き、下品に囃し立てた。
傭兵ってのは、いつ死ぬかわからん。だから、その日に稼いだ金はその日に使っちまうのさ。それが、ソルラクを育ててくれた養父の口癖だった。無論、そんな使い方をしていては、傭兵だからこそすぐに干からびて死んでしまう。酒の席での大げさな文句であったが、
ソルラクは愚直にそれを守っていた。
「おう、ソルラク、この竜人野郎!」
陽気な酔っ払い達が、酒を片手にソルラクの首に腕を回し、笑いながら下らない話や下品な猥談、傭兵達の失敗談や、はたまた武勇伝なんかをソルラクに聞かせる。無論、酒の入った席での話だ。内容はどんどん大きくなり、時には傭兵達が対竜ライフルで山ほどもある竜を一撃で倒した等という荒唐無稽な話になったりもしたが、ソルラクはただその話に耳を傾けた。
彼らは、ソルラクが話そうと話すまいと気にも留めない。幼い頃から慣れ親しんだその空気が、ソルラクにとっては何より心地よかった。
酒盛りは大抵、日付が変わる頃まで続き、そうしてソルラクの一日は過ぎていく。




