第064話 皆が俺を誤解している
タクシーに乗り、池袋のギルドの裏に到着すると、駐車場を抜け、裏口からギルドに入る。
ギルドに入ると、通路を抜け、受付の裏に出た。
もはや、ギルド職員は俺が裏から入ってきても完全スルーだ。
俺はまるで自分がギルドの職員になった気分になりながら受付を抜け、ロビーに出る。
ロビーには珍しく数人の冒険者がおり、俺を見ると、すぐにスマホを取り出し、視線を落とした。
まーた、ネットでつぶやきか?
いい加減、飽きろよ。
別の話題はないんかい……
俺はめんどくさいなーと思いながらも受付にいるカエデちゃんのもとに向かう。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
俺が挨拶をすると、カエデちゃんも挨拶を返してくれるが、やっぱり他人行儀だ。
まあ、仕方がないことではあるが、ちょっと寂しい。
「ギルマスさんは?」
「こちらです」
カエデちゃんがそう言って、立ち上がったので、いつもようにさっき歩いてきたルートを引き返し、受付の中に入った。
そして、カエデちゃんについていき、サツキさんの部屋の前まで来る。
「支部長、エレノアさんです」
「んー」
中から適当な返事が聞こえてきた。
俺とカエデちゃんは顔を見合わせ、少し笑い合うと、部屋を開け、中に入る。
部屋の中にはすでにナナポンがソファーに座って待っており、相変わらず、縮こまっていた。
「サツキさん、私の弟子をイジメないでよ」
俺はサツキさんに文句を言いながらナナポンの隣に座る。
カエデちゃんもサツキさんの横に座った。
「イジメてないんだがなー……何故か私は好かれない」
いや、カンニングで脅したからでしょ。
「まあ、この子はそんな子でしょう。沖田君なんかめっちゃ嫌われてるし」
「いや、別に嫌ってませんよ。沖田さんもギルマスさんもなんか怖いんです」
ナナポンが反論する。
「怖い? 私が? 沖田君はわかるが、私は怖くないだろう?」
「なんで沖田君はわかるのよ……絵に描いたような好青年じゃない」
「いや、お前、私に笑いながら誘拐犯の首いるかって聞いてきただろ。普通に怖いわ」
冗談に決まってんだろ。
もし、持って帰ってきたら受付のロビーで大パニックになるわ。
「ねえ? 沖田君をヤバい人認定するのをやめてくれる?」
「無理だ。カエデに聞いたぞ。剣術のレベルが6になったんだってな。私の10年をあっさり抜きやがって」
「え!? 6!? エレノアさん、すごーい!」
ナナポンはかわいいわ。
さすがは俺の弟子。
「そもそも、お前程度と同等なことがおかしいんだよ」
俺の15年くらいを舐めんな。
「試してみるか?」
サツキさんの腰がわずかに浮く。
「相手との実力差もわからんとは…………おっぱ……三枝さん程度の雑魚め」
多分、三枝さんよりサツキさんの方が強い。
と言っても、スキルの有無とかレベルがあるから何とも言えない面もある。
でも、俺よりかは弱い。
…………多分。
「お前、ヨシノをそういう風に見てたんだな」
「男ってサイテーですよね」
「…………先輩」
あ、おっぱだけで気付かれた。
ここに俺の味方はいないことはわかる。
エレノアさんに戻ろう。
「そんなことはどうでもいいじゃない。あの人は男の世界ではそれで有名なのよ。冒険者業界に詳しくなかった私でも知ってるくらいだもの。それよりかはオークションよ。契約は終わったの?」
「あいつ、それで有名なのか…………」
「男ってサイテーですよね」
「先輩、好きですもんね」
ちょっとカエデちゃんは黙ってほしいな。
「そういうのいいから。で? 契約は?」
俺は強引に話を逸らす。
「契約な。終わったぞ。今回もすんなりだった」
「前回もよね? こんなに早く終わるものなの?」
「特に揉めることもなかったしな。落札したのは日本の企業とイギリスの金持ちだ。企業は揉めるのは避けるし、イギリスの金持ちもオークションのために日本に滞在してて、即行で金を払ってイギリスに帰ったな」
金持ちってすげーな。
「じゃあ、今日、お金をもらえるってことでいい?」
「ああ、すでにお前らの口座に振り込んである。もっとも、お前の口座は私のだがな」
こいつ、持ち逃げしようとしてないだろうな?
貯めに貯めて、ドロンしたりして。
「ナナカさんも?」
「そうだな。ナナポン、使い方は気を付けろ」
サツキさんがナナポンを見る。
「わかってます。もうこりごりです」
あんな目には遭いたくないだろうし、さすがのナナポンも自重するか。
「と言っても、早速、杖を買ってましたけどね。500万円もするやつ」
カエデちゃんがチクった。
「あなたね……」
反省しろよ。
「別にギルド内はいいじゃないですか。どうせ平日の昼間は他にお客さんが誰もいませんし」
いや、そうなんだけど、カエデちゃんとサツキさんがちょっと暗くなったぞ。
「杖だけ?」
「いえ、インナースーツを買いました。ローブはやめときました」
「まあ、身を守るものだし、別にいいか……」
「ですよ。剣とかだと高い物は見てわかりますけど、杖なんかは見た目がただの木ですからね。わかりません」
杖は装飾品もないし、ただの仙人が持ってそうな木の棒だ。
差はまったくわからない。
「まあ、ウチで買う分には問題ない。外では気を付けろよ」
サツキさんが改めて釘を刺した。
「はい」
「ん。それで今後なんだが、どうする?」
サツキさんは頷くと、今度は俺を見た。
「カエデちゃんにも言ったけど、とりあえずはクレアとの契約を優先するわ。それを終えないと、レベル2の回復ポーションが他で売れない」
「クレアは?」
「一度、アメリカに帰るって言ってたけど…………そういえば、例の誘拐犯はどう処理したの?」
クレア、ハリーと話し合いをしたはずだ。
「ダイアナ鉱山で襲われたって本部に報告したぞ。そこをクレアとハリーが救ったことにした」
クレアはともかく、ハリーは何にもしてないんだけどな。
「なんで? 三分の二は私が仕留めたわよ」
正確に言うと、トドメを刺したのはハリー。
経験値と回復ポーションを奪われたわ。
あれこそハイエナ。
「手柄を譲った形だな。あいつらもアイテム袋を落札できなかったから手柄が欲しいらしい」
「ふーん。ちなみに、空き巣事件は? 報告した?」
「するわけないだろ」
だろうね。
「今後も似たようなのが来ると思う?」
「一応、ギルドでも動くそうだ。今回はオークションのことがあったから海外からの刺客を取り締まれなかったけど、今後は厳重にするそうだし、フロンティアに自衛隊の警備を常駐させるそうだ。だからダイアナ鉱山に行ったら自衛隊の冒険者がいると思うから気を付けろ」
そういえば、ダイアナ鉱山では他の冒険者はもちろんだが、自衛隊の巡回にも会ったことがなかったな。
まあ、あんな誰も来ないところを見回っても無駄だろうしな。
「わかったわ。まあ、ナナカさんがいるからその辺はどうにでもなるわね」
「任せてください」
ナナポンが胸を張る。
「頼むぞ。それで今後のオークションは見送りでいいか?」
「そうね。クレアとの契約が終わってから考える。今はレベル上げしつつ、細々とレベル1の回復ポーションを売るわ」
「細々ねー……まあいいけど。お前に依頼がいっぱい来てるぞ。アイテム袋を売ってくれって。あと、テレビ出演」
やっぱり来てるか。
「テレビは嫌。もう出るメリットないし。アイテム袋はクレアに売るしねー……三枝さんからも沖田君経由で頼まれてるけど、売っていい? 100キロまでなら良かったわよね?」
以前、サツキさんが100キロまでなら売っていいと言っていた。
「あの時は1000キロのオークション前だったからな。オークションは終わったし、もう好きに売っていいぞ。一応、従妹だし、頑張ってほしいと思う気持ちもある。逆に他所のギルドのヤツに売るのはムカつくからやめてほしい気持ちもある。お前の好きにしろ」
これ、従妹が自分のギルドを抜けたことが相当、傷ついたんだな。
「あの人って、どこの所属なの? 本部長の子飼いって言ってたけど」
「所属は新宿ギルドだ。あそこは元々、本部長が支部長をやっててな、今は本部長の息のかかったヤツが支部長をしている。だから新宿ギルドの冒険者は本部長の手先と思っていい。まあ、ヨシノを除けば、そこまで有望なヤツはいないんだがな」
ここと一緒かな?
いや、わざわざ従姉がいるギルドから移籍したわけだからここよりかはマシか……
「一番良い所って渋谷でしょ? 三枝さんは渋谷には行かなかったの?」
「あそこは品がない。受付嬢をきれいどころの女で固めるようなギルドだぞ? しかも、制服もちょっといやらしい」
もし、俺が冒険者になろうと決意した時、ちゃんと調べていたら渋谷に行ってたな。
あの時は職を失い、焦ってたから適当に近い所にしたが、調べていたらこんな不人気より、元グラビアアイドルがいやらしい制服を着ているところの方が良い。
「男性の冒険者が多そうね……」
「9割9分が男だ。質もお察しでガラも悪い」
俺もその1人になってたんだろうなー。
「ここに来て良かったわ」
カエデちゃんがいるし。
「そうだぞ。間違っても移籍しようとは思うなよ。渋谷はダメだし、新宿はつまらんからな」
必死だなー。
「めんどくさいから移籍しないわよ」
するわけねーじゃん。
カエデちゃんがいるのに。
「よし、よし。まあ、ヨシノは適当でいいぞ。何だったら連絡を取ってやる」
「連絡先は知ってるし、こっちでやるわ」
「そうか。忠告すると、あいつはドケチだから安く買い叩かれる可能性があるから気を付けろ」
ホント、従姉と同じで金の亡者らしいな。
「わかったわ。話は終わり? だったら冒険に行くわ」
「終わりだな……あ、それと他の冒険者にも気を付けろよ。金を持ってるんだし」
「わかってるわよ」
ふっ、誰に言ってるのかな?
この剣術レベル6の私かしら?
「決め顔すんな。調子に乗ってるのがわかるぞ」
…………うるさいなー。
他に誇れるものがないんだからちょっとくらいいいじゃん。




