第039話 何も見えない
ゲートをくぐると、これまでの廃墟の遺跡ではなく、岩壁に囲まれた50メートル四方程度の薄暗い平地だった。
ゲートのすぐ近くには小屋がポツンと建っており、小屋の前にぼろっちいテーブルと椅子が置いてある。
その椅子にはナナポンが座っていたのだが、俺に気付くと、すぐに立ち上がった。
俺はそんなナナポンに歩いて近づく。
「こんにちは。遅れてごめんなさいね」
俺は遅れてきたことを謝る。
「いえ、そんなに待ってませんから!」
ナナポンが慌てたように手を横に振った。
「どうしたの? あー、一応、はじめましてかしら? エレノア・オーシャンです。よろしくね」
「ど、どうも。横川ナナカと言います! よろしくです」
「お前、昨日も思ったけど、コミュ障か?」
素でしゃべってみる。
「いや、だって、時の人ですもん。黄金の魔女ですもん。ひ、人を食べるんでしょ?」
なんだそれ?
ネットにでも書いてあったか?
「食うわけねーだろ」
「ですよねー……あと、口調というか、雰囲気が女性だったもんでびっくりして」
「雰囲気も何もないでしょう? 女性なんだから」
見りゃわかんじゃん。
「昨日の沖田さんを知っていると、どうも違和感が…………というか、なんでその口調?」
「お前が男は嫌だって言うからこうしてやってんだよ。それとも沖田君の口調がいいかしら?」
「混乱するんでやめてください。エレノアさんでお願いします」
じゃあ、そうしよう。
俺も混乱するからそっちがいいし。
「それにしても不気味ねー……」
俺は周囲を見渡す。
ここは木がポツリポツリと何本か生えているだけで、草はほぼない。
ただ、高さ10か20メートルの岩壁がある。
そのせいで昼間だというのに薄暗かった。
「でしょ? ここで1人は嫌です」
「確かにね」
ナナポンは男が嫌だからここに来ていた。
でも、怖い。
だからレベル8止まりなんだな。
「あ、そうそう。ランクはどうなったの?」
「Eランクに降格しました。ブランクがあるし、一からやり直せ、だそうです」
ぷぷっ。
ざまあ。
「では、Eランク同士、仲良くしましょうか」
エレノアさんはFランクのままだけど。
「あのー、余計なことをしてません?」
「私はあなたのためを思って進言したの」
「やっぱり余計なことをしてるじゃないですか!」
うるせー、Eランク。
俺より上とか許さんわ。
「沖田君がDランクになったら元に戻してあげましょう」
「なんであなたが決めるんですか!?」
「カエデちゃんに頼んだらわかりましたって言ってた」
あの子、良い子。
「最悪の不正です! 職権乱用です! 良くないと思います!」
黙れ、不正の塊。
卑劣なカンニング女に人権はないのだ。
「すぐに上がるわよ。ほら、行きましょう。私もだけど、あなたのレベルを上げるようにギルマスに頼まれているの」
「えー……私もやるんですか?」
こいつ、わがままだな。
「賢者の石の材料にしてあげましょうか?」
「ひえっ! 魔女だ! 行きます! 行きます!」
「よろしい。で? 鉱山の入口はどこよ?」
岩壁しか見当たらないけど?
「あ、こっちです」
ナナポンはそう言って小屋の裏に歩いていく。
俺もついていくと、確かに小屋の裏には洞窟みたいな穴があった。
穴は高さが3メートル程度で幅が2メートル程度しかない。
「これ?」
俺は穴を指差す。
「これです」
「ここに入るの?」
「ここに入ります」
嫌だよ。
「狭くない?」
「中は広いですよ?」
「真っ暗じゃん」
「透視のスキルで見えますよ」
それはお前だけだろ!
「アホか」
「じゃあ、これでどうです?」
ナナポンはそう言うと、杖を持っていない左手を胸の高さまで上げ。手のひらを上に向けた。
すると、ボッという音と共にドッジボールくらいの火の玉が現れ、宙に浮く。
「ほう!」
「これで明るいです」
すげー!
魔法だ!
「そういえば、ナナカさんはレベル2の火魔法使いだったわね」
「そうです!」
ナナポンは自慢げだ。
「すごいわねー。魔法を見るのは初めてよ」
「え? エレノアさんって魔女ですよね?」
「昨日、沖田君は魔法を使ってた?」
「あ、剣でした!」
刀じゃい。
ちゃんと見とけや。
「私は錬金術と剣術だけだからね」
「その杖は?」
ナナポンが俺が持っている杖を指差す。
「これはマジックワンド。魔法が使えなくても使えるやつ」
「マジックワンド!? めっちゃ高くなかったでしたっけ!?」
「ふふっ、1000万円程度よ」
安い、安い。
わはは。
「1000万円…………すごい! 私の杖は5万円です」
安いなー。
でも、まあ、学生だし、そこまで冒険をしていないならそんなもんか……
俺だって最初は5万円のショートソードだったし。
「その内、高いのも買えるようになるわよ」
「昨日もらった回復ポーションを売っても良いですか?」
「ダメ」
緊急用だっての。
「そのマジックワンドは何の魔法です?」
「エアハンマー。スケルトンが面白いように吹っ飛ぶわね」
「それ、ここではやめてください」
鉱山だもんなー。
危ないからやめておこう。
「わかってるわよ。私には剣がある」
俺は杖をカバンに入れ、代わりに100万円のショートソードを取り出した。
「うーん、完全にファンタジー世界の住人ですね」
黒いローブを着て、剣を持った腰まである長い金髪女。
うん、ファンタジー。
「まあ、フロンティアがファンタジーでしょ。あなたも黒ローブを着る? 弟子にしてあげるわよ」
「そんな見た目で魔法を使えないんでしょ? 何を教わればいいんですか?」
「金儲け。本当の意味での錬金術師ね」
金を作るぞー!
「さすがは黄金の魔女。私はおこぼれをもらうことにします」
「では、行きましょう」
俺はそう言って、ナナポンの後ろに回る。
「え? 私が先頭? 普通、剣を持っている人では?」
「灯りを持っているのはあなたよ。それに私はここが初めてなんだから案内しなさい」
「じゃあ、私が先に行きますよ…………使えない師匠だな」
ナナポンがポツリとつぶやく。
「あなた、たまにブラックナナポンになるわよね」
「ナナポンってやめてもらえません? 広まりそうです」
残念。
サツキさんがすでに呼んでいる。
「ほら、行って、行って」
俺はナナポンの背中を押す。
「わ、わかりましたから押さないでください。危ないです」
俺とナナポンは鉱山に入っていく。
鉱山の中はナナポンが言うように広い空間だった。
そして、いくつもの坑道のような穴が見える。
「迷いそうね…………」
暗いし、坑道が多い。
「大丈夫ですよ。私にはすべてが見えています」
かっこいい!
「あなたといると、本当に楽ね。モンスターはどこ?」
「こっちです」
ナナポンが一つの坑道に入っていったので俺もあとに続く。
「この先にいます。ゆっくりとこちらに向かってきていますね。どうしましょう? 先に私が攻撃しましょうか?」
「大丈夫」
俺はそう言って、鞘から剣を抜き、構える。
「あのー……」
「静かにしてなさい。気が散るわ」
邪魔すんな。
俺は構えたまま、ひたすら待つ。
そして、目を閉じた。
10秒くらい待ったと思う。
俺は踏み込み、剣を振った。
すると、俺の剣に確かな感触が残り、目の前で煙が発生する。
「ふっ」
俺はかっこつけて、剣を鞘に納めた。
「え? な、なんでわかるんですか?」
ナナポンが驚いている。
「気配的なものね。私レベルになるとわかるの」
嘘。
本当は音を聞いていただけ。
スケルトンってカタカタって音を出すんだもん。
「す、すごい! 達人みたい!」
尊敬しろ!
「ふふっ、これが剣術レベル5よ!」
「5!? 高っか! 魔女のくせに高っか! バリバリの前衛じゃないですか!」
「ジョブは剣士だしね」
「魔女とか、錬金術師じゃないんだ……」
そういえば、魔女はともかく、錬金術師じゃないんだな……
いや、きっと、それほどまでに俺の剣術がすごいんだろう!
「よーし! 次にいきましょう!」
「あ、奥にいますよ」
「じゃあ、ナナカさん、あなたの魔法でお願い。交互にやってレベルを上げていきましょう」
「わかりました…………あのー、この火を消してもいいですか? 邪魔なんですけど」
ナナポンはずっと左の手のひらを上に向けている。
「まあいいわよ。今度からは懐中電灯を持ってこなきゃ」
「錬金術でそういうものを作れないんですか?」
「残念ながらそういうのは作れないわね。レベルが上がったら作れるようになるのかな?」
「レシピ本でも売ってりゃいいですけどねー」
あったら大枚をはたいても買うわ。
「そうね」
「あ、来ました。すみませんが、消します」
ナナポンがそう言うと、急に真っ暗になった。
マジで何も見えない。
俺がちょっと怖いなーと思っていると、目の前がうっすらと光り、ちょっとだけ明るくなる。
よく見ると、ナナポンの杖の先が光っているのだ。
その光は次第に強くなると、光が炎に変わった。
「ファイヤー!」
ナナポンが杖を奥に向けて、そう叫ぶと、炎が飛んでいく。
炎は何かに当たり、広がっていった。
そして、炎が消え、何も見えなくなった。
「どうです!?」
ナナポンの声が聞こえる。
「炎がすごかった。でも、見えないわ」
何も見えねー……
ハイドスケルトンもクソもない。
暗くて何も見えんわ。
ここに冒険者が誰も来ない理由がよくわかった。
「あ、すみません」
ナナポンが謝ると、すぐに明るくなる。
先ほどと同様に火の玉が周囲を照らしたのだ。
「まあ、ナナカさんの魔法がすごいことは大体、わかったわ。次に行きましょうか」
「はい。次はあっちです」
私達は来た道を引き返し、別の坑道でハイドスケルトンを狩り続けた。




