第78話 閑話 子供たちの成長と保護者の心境変化
引き続き治療に励むジグとアマリアのお話です。
騎士団長やラジクの隊が前線へと行き、しばらくするとモルド神父や騎士達がやって来た。皆あちこちに怪我をしており疲労も溜まっているようだった。
「皆さんこちらに。回復薬と魔法の併用で、怪我の治療と魔力の回復を同時に行い、重傷者は私が診ます。
…2人はモルド殿の治療をお願いしますね」
治療が必要な者と治癒術士に、クロエがそれぞれ指示を出しながらテキパキと動き、最後に僕とアマリアにモルド神父を治療するように言った。
ひぃ、神父の眉間に渓谷が出来上がってるよ!
「本当にご無事で良かったです…。さぁ、防具を外してください」
ビビる僕とは対照的に、アマリアはモルド神父にそう言うと、薬を渡して早速治療を始めたので、僕もそれにならって回復魔法を使う。
しかし、モルド神父は無言で治療を受けるばかりだった。叱られるのも怖いけど、何も言わないはもっと怖い。
やがて治療を終えるとアマリアは、薬の効果が全身に回って魔力を回復するまで、横になるように言う。
すると、そこでようやくモルド神父が口を開いた。
「大人しく避難しているようにと言ったはずだが、お前達ときたら…」
「すみません。兵舎にいたら街にスケルトンの軍勢が現れて、それをカルスト兵士長と協力して片づけていた時に、偶然師匠と会ったんです。
ちょうどそこに伝令が来て神父たちが苦戦していることを知って、師匠にかなり無理を言って同行を許してもらったんです。
怒られるのはわかっていましたけど、出来ることがあるのに大人しくしているのは、やっぱり無理でした」
「だからと言って、戦闘技術の無いアマリアまで連れてくることは無かろう…」
「神父様、それは違います。私も自分の意志で来ましたから、ジグと共犯なのです。ですから叱るのなら、ジグだけでなく私もですよ」
「いや、言いたいことは山ほどあるが、もともと叱るつもりはない。アルテミア殿からも少し聞いたが、なかなか役に立っているそうだしな。街の危機に際して皆を助けている2人を叱っては、さすがに理不尽というものだろう」
神父の意外な言葉に、僕とアマリアは思わず顔を見合わせた。
「ただし、危険が迫れば何を差し置いても逃げるように」
「…それは約束しかねます」
かなり珍しいことに、アマリアが首を振りながらモルド神父の言葉に、真っ向から逆らう。
アマリアの意外な反応に、モルド神父も少し固まっている。
「アマリアの言う通りです。師匠に無理を言った時にも伝えたことですが、僕達は大事な人達と死ぬんじゃなく、これからも一緒に生きるために戦いに来ました。
今の僕達の戦場は治癒術士達と一緒に、皆を治療することですが、ここに敵が現れたのなら僕達だって戦います。
逃げて僕達だけ無事だったところで、それじゃ意味がないんです。
いずれにしても騎士団をはじめ神父や、師匠やミリアさんが死ぬような事態なら、逃げたところで安全だとは思えませんしね」
「そういうことですから、心配なら神父様も生き残って皆を守ってください。私達も神父様や皆さんを守りますから」
僕もアマリアに続いて自分達の考えを伝え、更にアマリアがダメ押しする。
「そうか…。ならばもう、何も言うまい」
モルド神父は目を瞑ってしばらく考え込んでいたが、やがて口を開いてそう言うと、あとは横になりながら僕達が他の人の治療する姿を、黙って見ていた。
そうして皆の治療をしていると、前線の方から何度か連続して大きな爆発音が鳴り煙が立ち上って、しばらくすると2本の赤い狼煙が上がった。
ある程度の治療と回復を終えていた、モルド神父や騎士達はそれを見て起き上がり、すぐに他の騎士達と同様に装備を整えて、救援に向かうことにした。
「私も重傷者の治療は一段落しましたので、前線へ向かいます。他の戦闘可能な治癒術士も前線に行きますので、軍に連絡して自力で動けない重傷者を、街の中へ移動させてから治療を続けるように伝えてあります。
それと私がいない間に何かあれば、レストミリア様を叩き起こして構いません。
薬と魔法に加えてあの様な…アマリア様のひっ、膝枕だなんて…!
…コホン。失礼いたしました…。指示を出すのはもちろん、そろそろ魔法の行使も出来る程度には、回復しているはずですから…」
前線に出るらしいクロエは、僕とアマリアに真面目に話していたのに、プルプルし始めたかと思うと、ポロッと本音が漏れた。
どうにか取り繕って話を終えると、他の治癒術士と共に神父や騎士に合流して、話し合いののちに前線の救援に向かった。
黙っていれば仕事の出来る女性って感じで凄く格好いいのに、ミリアさんと言いクロエと言い、どうしてこう残念なのだろうか…。
クロエが去ってしばらくするとレストミリアが目を覚ました。
「だいぶ回復できましたし、とても良い夢を見られました…アマリア様、感謝いたします」
「え、えぇ。ミリアの具合が良くなって私も嬉しいわ」
顔色が良くなり、肌に艶が増したようにさえ見えるレストミリアとは対照的に、治療を続けていた僕とアマリアの疲労はピークに達していた。
クロエの言っていたことや現状をレストミリアに教えて、負傷者の看護を交代して首飾りを返してもらい、回復薬を飲みながら2人で休んでいると、たくさんの荷馬車を連れた一団がやってきた。
クロエの手配した軍の部隊らしく、荷馬車に重傷者を次々乗せると、街へと戻っていく。
部隊を率いている隊長と、レストミリアが何やら話をしてから別れ、部隊長は早馬を出した。
その後、怪我人の収容を終えた部隊は再び街へと戻っていった。
「ミリアさん、何を話していたんですか?」
「なぁに、ちょっとした保険さ。今は気にしなくても良いから、2人はまだ休んでいると良い」
そんな話をしていると前線の方から、先ほど出発した治癒術士の部隊が、団長やラジクの部隊の騎士を連れて、一斉に引き返してきた。
レストミリアが事情を聞くと、黒骸王に大きなダメージを与えたところで猛反撃に遭い、力をほとんど使い果たした部隊が壊滅状態に陥ったらしい。
すると後から、治癒術士に運ばれクロエに治療されながら、騎士団長とラジクが運び込まれてきた。
「団長やラジク殿まで…。クロエ、ジグ。ラジク殿は頼んだよ!アマリア様は私と共に団長の手当てを!」
かなり焦った様子のレストミリアを見て、僕と一緒にラジクの治療を始めたクロエは、少し微笑んでいる。
「クロエさん、どうかしたんですか?」
怪我人を前にして笑う人ではないと思っていたので、不審に思った僕はラジクに首飾りをかけて、回復薬を飲ませながら尋ねる。
「さすがのレストミリア様も、昔の恋人が重傷で運ばれてくれば、平常心ではいられないのだなと思いまして。
あ、これは内緒ですよ?誰にも言っちゃダメですからね」
「………あ、はい。わかりました」
クロエが人差し指を口に当てながら、小声でそう言う。僕は口をポカンと開けていたが、ハッと気がついて頷く。
普段の様子からは全く想像も出来ない事実を聞いて、僕はかなり驚いた。
ゴメンよミリアさん、てっきりアマリア好きの変態なうえに、男性には全く興味のない人だと思っていたよ…。反省反省。
治療をしていると少し楽になったのか、団長が前線での詳細を語り始めた。
総攻撃でダメージを与え鎧や盾を破壊した後、姿を現した黒骸王によって部隊に多大な損害が出始めたところで、狼煙を上げたらしい。
このままでは全滅すると思われた時に、ラジクが力を振り絞って黒骸王に挑み、相手の剣を破壊し頭を貫いて、そのまま頭部を吹き飛ばしたそうだ。
「このままでは弟子に顔向け出来ん。といった内容を口にしていたな…。全く、ラジクらしい」とは団長の言葉だ。
僕はまだ意識の戻らない師匠を見る。本当に無茶をするものだ。でもいつも諦めない自分の師匠を、やはり尊敬するし格好いいと思った。
その後、倒れたままの黒骸王の身体から、黒い煙が一気に噴出すると、空中に浮かぶ巨大なドクロが出現したそうだ。
骨の身体を失ってもなお、魔力の塊として存在し続けて残った者に攻撃しようとしたところで、モルド神父たちが到着したらしい。
そうして負傷者を治癒術士に任せて、神父や騎士達は戦いを再開したみたいだ。
団長の話を聞いていると、前線の方から黒い闇の魔力が膨れ上がり、大爆発を起こすのが見えた。
そして1人の騎士がやってきて、部隊がほとんど壊滅したことと、僅かな騎士と隻腕の神父が食い止めていることを告げ、倒れた。
「クロエさん、師匠をお願いします!」
騎士の言葉を聞いた僕は、クロエにラジクの治療を任せると体内で暴れる魔力を全身に巡らせ、誰かが止める声も無視して走り出した。
教会で育ち、世間をあまり知らなかったアマリアが、負傷者の容態を調べ、話を聞き、適切に対処している姿を見て、モルド神父はまだまだ子供だと、自分が一方的に守るべき対象なのだと思っていたのを改め、1人の人間として成長したアマリアの意志を尊重することにしました。
ジグについても心配していますが、そこは男として決めた道なら仕方がないと思っています。
そんなこととは露知らず、叱られずに済んでホッとしたジグですが、目の前に重傷のラジクが現れ、前線の危機的状況が知らされた途端、魔力が半分暴走するのに任せて走り出してしまいました。




