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カツーン、カツーンっと硬い床を歩く硬く、冷たいような音が反響する。
隠し通路を見つけたラテリアを含む3人のパーティは迷わずそこに足を踏み入れていた。
洞窟型のダンジョンというのは変わらないが、辺りは一変した。
天井から幾つもの鍾乳石が垂れ、緩やかな傾斜を描きながら降って行く通路。
土臭かった今までの通路とは違い、ゴツゴツした床と壁が続いている。湿っぽいのは相変わらずで、ところどころ床が滑りやすい。
転ばないように気をつけながら、ズンズンと進んでいくロルフくんについていく。
ポケットに手を入れながらなんて危ないなー。転んだら手を床につけられないよ。なんて思うのを程々に、ラテリアはこの秘密ダンジョンを不気味に感じていた。
理由は特に無いと思う。
キョロキョロ見渡しても、どこにでもありそうな普通のダンジョンだ。
でも、なんだか嫌な予感がするのだ。
なんだろう。なんだか不安になってくる。
この感覚、前にもあった気がする。
確かあれはずっと昔、家族で遊園地に行った時のことだ。
お姉ちゃんが一緒にお化け屋敷に入りたいと言い出して、ラテリアはそれに「嫌だ」「入りたくない」と拒否をしたのに、「お姉ちゃんと一緒だから大丈夫!」と言われてしぶしぶお化け屋敷に入った時のこと。
あの時、お姉ちゃんの手を力強く握っていたのを今でもよく覚えている。それくらい怖かったのだ。
手を引っ張られ、奥に進むと、当たり前のように怖いものが出てきた。
子供向けのお化け屋敷で、最初はなんとか頑張れていたものの、男のゾンビが追いかけてくるところで、ラテリアの限界を超え、大泣きした。
それからは泣いていたことの記憶しかなく、そのまま外へ。
「お姉ちゃんなんてだいっきらい!」と言って、お姉ちゃんを泣かしたのは今では微笑ましい思い出である。
でも、そんな過去を思い出しても、ラテリアの気が紛れる事はない。
そして、「やっぱり戻りませんか?」なんてことも言える雰囲気でもない。ノノアちゃんも、ロルフくんも、隠しダンジョンを見つけて嬉しいのか、または胸が高鳴っているのか、薄っすらと笑みを浮かべている。
心なしか、だんだん足を進める速度も速くなっているように感じた。
同じような風景が続く。
今のところモンスターが一体も出てきていない。
それが余計不気味に感じる。
「そのまま直接ボスルームなのかもね」
ラテリアの考えていることを見透かしたかのようにノノアちゃんが言う。
確かに、ボスルーム付近になるとモンスターの出現が急激に減るダンジョンは多い。
「着いたぞ」
そして、先頭を歩くロルフくんの足が止まった。警戒をしているのか、ポケットから手を出す。
ラテリアもノノアちゃんも、その後ろで止まり、警戒を高める。
辺りを見渡す。
そこは広い空間だった。
見上げるような高さにある天井には、相変わらず鍾乳石が垂れ下がっている。
ドーム状に広がるこの部屋は、まるでボスルームのようなのだが……。
「なにも、ない……ですね?」
シンと静まり返った大きな部屋。
ボスルームならその名の通りボスモンスターがいるはずだ。それも大抵は巨体を持つ、目立つモンスターが。
それなりに広い部屋のせいで、薄暗く見えづらいけど、大きければすぐ見つかるはず。
それにプレイヤーが部屋に進入してきたのなら威嚇の咆哮を上げてるのが普通だ。
でも、見当たらない。
この部屋はなんなんだろう。と、思っていると、足元でぴちゃりと水を叩くような音が聞こえた。
「ひゃ」
同時になにか冷たいものが足にかかり、ラテリアはびっくりして一歩飛び上がるように下がる。
下を見ればカエルがいた。
モンスターと呼んでいいのかわからないカエルがそこら中で跳ねている。
レベルは1。害はないように見えるけど……。
「っち」
そんなラテリアを他所に、ロルフくんが不機嫌に大きく舌打ちをした。
「先客がいんのかよ」
「え?」
ラテリアは最初その言葉の意味がわからなかった。
睨むような目をするロルフくんの視線の先を追って、そこに目を凝らしてみると、一人のプレイヤーが壁に寄りかかっているのが微かに見える。
そのプレイヤーは漆黒のローブを纏っている。そのせいでその存在に気づけなかったのだ。
「しかもよりによって……」
仄暗い中に浮かび上がるシルエットに、大きな鎌が見える。
それにラテリアも息を飲んだ。
「アクマ……」
パレンテの間でも、最近ではサダルメリクとも問題を起こしているギルドの幹部プレイヤーがそこにはいた。
ローブを深く被っているせいでその表情は見えない。
「先客……とは少し違うな黎明のパピー」
「あ〝?」
小馬鹿にしたようなアクマの声にロルフくんがなぜか不機嫌になる。
「パピー?」
「子犬って意味」
「あ、あー……」
悪口を言われて怒ったのか。
睨むロルフくん。それにしばらくして、アクマは武器である大きな鎌をインベントリにしまい、手のひらを力無く上げてみせる。
「そうすぐキレるなよ。俺は手をださねぇ……で、いいんだよな?」
アクマは誰かに問いかけた。
それは、ロルフくんやノノアちゃん。もちろんラテリアにではないとわかる。
それに少し遅れて、まだ幼い女の子の声がした。
可愛らしい、コロコロしたような声音。
「ええ、ボディガードにとそれなりに強い女の子を一人だけつけたつもりだったけど、一人想定していない人が来たわね。私も見覚えがある、確かそれなりに有名なプレイヤーだったかしら。でも、そうね……問題ないでしょう」
幼いながらも、落ち着いた口調。
その人物を探すも、見当たらない。
「ともあれ、お待ちしていました。ラテリアさん……であっているかしら」
「わ、私ですか?」
「はい、そうです。はじめまして」
「えっと、どこに……」
「ここです」
すると、部屋の奥の方でぼんやりと光が灯った。
発光したのは、宙に浮いた小さな人形。
目を表現するボタンは片方取れかけ、垂れ下がっている。服は丁寧な作りで、黒く何重にもなったフリルのスカートを身につけているが、薄汚れ、所々破けていたり、焦げたような跡も見える。
そんな人形が、ラテリアの方を向いていた。
「人形?」
「はい。ちょっと汚れてしまってはいますけど、可愛らしいでしょう?」
そう言って、自慢の体を見せびらかすかのように、人形はくるりと回ってみせ、スカートを摘んでお辞儀した。
「な、なによあれ。知り合い?」
ラテリアはそれに首を横に振って答える。
ノノアちゃんが隣で不気味がってその様子を見ている。
でも、それにはラテリアも同意だった。
だって、人形がひとりでに動いて、言葉も話しているのだから。
「それにしても生で見ると……いや、生ではないわね。間近で見ると更にルミナに似てる……髪をもう少し伸ばせば見分けがつかないくらい。こういう顔が好みなのかしら……」
人形がなにやらぶつぶつと呟くが、それは上手く聞き取れない。
「ここ、ボスルームじゃないの?」
「いいぃや……ここは神聖な神の聖域」
それに答えたのは、人形でも、アクマでもない声。
声の方を向けばアクマとは反対の壁の位置に、もう一人プレイヤーがいた。
そこに物々しく立つのは、ひどく瘦せ細った男だった。片手に渦を巻くように捻れた木の杖を握っている。明らかに魔導師系クラスのプレイヤー。
「おおおめでとうございます。神様。宣言通り、ピンクの少女がおお御出でになられました」
震え、吃った声で魔導師系クラスのプレイヤーが言うと、力無く音が出ていない拍手をした。
「ありがとう。これが遠隔心操。時間を掛けないとあまり馴染まないけど、誘導くらいならできます。まだあなたには難しいけど、いずれは使えるようになってもらいます」
「ははっ」
畏るように深々と腰を折る魔導師系クラスのプレイヤー。
それらのやりとりにラテリアたち三人は置いてけぼりだった。
ラテリアたちは隠しダンジョンを見つけ、そのボスルームに到達したつもりだった。でもそこにはボスモンスターは無く、二人のプレイヤーと、宙に浮く人形。そして、そのうちの一人のプレイヤーは有名ギルドのプレイヤーだ。
今の状況がよくわからない。
しかも人形はラテリアのことを知っているようで、「待っていた」と言った。
ノノアちゃんもロルフくんも、ラテリアと同じようで、状況をよくわかっていないように見えた。
「よくわからないけど、どうする?」
ノノアちゃんがロルフくんに問う。
「どうもこうも……」
判断がつかない状況。ラテリアとしてはこんな不気味な場所は一秒でも早く立ち去りたいのだけど、なぜか発言できずに、場の空気に行方を委ねていた。
その間、ラテリアが見つめるのは一点。宙に浮く不気味な人形。
なぜかラテリアのことを知り、ラテリアがここに来ることを知っていたかのような会話をしていた。
あれはプレイヤー? それともNPC? はたまたボスモンスター?
ラテリアはその不思議で不気味な存在から目が離せないでいた。
「さて、ブギー」
「はっ」
人形の声に魔導師系クラスのプレイヤーが跪く。
「今日であなたに心操を教えるのも最後になるかもしれません」
「あぁ、最後! 前々から聞いて、おぉりましたが本当に……」
「かも、です。私が勝つことができれば話は変わりますが」
「やはり信じ難い……神が負けるなど……」
「ふふ、私の見立てだと五分……でも、負けても死ぬわけではありません。いずれまた会えるでしょう。その時までに心操を磨いておくように」
「も、ももちろん! その時までに恥じないよう技を磨き、微力ながら神のお力添えに……!」
「ちょうどいいところに質の高い実験体がいます。弱者ばかりを心操しても成長に繋がりません。最後の教えを……」
そして、人形はラテリアの方を向いた。
途端、冷たい風が通り抜けたと思うと、ラテリアは金縛りにあったかのように身動きが取れなくなった。
「っ!?」
頭の先から爪先まで、なにかに縛られ、引っ張られるような感覚に襲われる。
それを振り払おうと体をよじろうとしても、ビクともしない。
口も開かず、糸で縫われたかのように、上唇と下唇がくっついて離れない。
舌も下に張り付いて、声を出すことも唸ることも許されない。
目だけでノノアちゃんの方を向くと、相変わらず辺りを警戒をしている。ラテリアと同じように動けない様子ではない。
ラテリアの異常事態に気づいてもらえず、話は続く。
「……と、言いたいのは山々なのですが、今回はダメです。これから大事な取引をしようと言うのに、わざわざイトナに喧嘩を売るような事をするのはあまりにも頭が悪い」
「……イトナだと?」
その見知った名前にロルフくんが反応する。
もちろんラテリアも心の中で驚いていた。
「あなたもイトナの知り合いなの? では尚更、手を出すのは良くないわね」
「お前ら一体ーー」
「あーそうよね。なにがなんだか分からないわよね。でも話は単純。このボスルームは私たちのパーティが先に見つけた。狩場は早い者勝ち。隠しボスルームを見つけたところ悪いけど、この場は私たちに譲って欲しいの。もし、力ずくでと言うのであれば相手になるけど、どうする?」
人形の言うことはしっくりくるものだった。
あの人形の存在がプレイヤーであるかは疑問に思うところだけど、有名なプレイヤーであるアクマがいる。
ダンジョンで、しかもボスルームで他のパーティがいるのなら、先にそのパーティが攻略をしようとしていると考えるのは普通のことで、ボスルームで複数のパーティがかち合ってしまうのは珍しいことでもない。
不気味な人形に動揺していたせいか、その考えに真っ先にたどり着かなかったのが不思議なくらいだ。
「確かに……争ってまでボスに挑む必要、ないよね?」
ノノアちゃんが控えめにロルフくんに聞く。
ロルフくんはなにやら納得いかないような顔を作るも、「ああ」と返事をした。
「マナーって奴だな。狩場は早い者勝ち。そこんところいつもアイシャがうるせぇし、どこぞのギルドと同じようにモラルが無いって思われたくねぇからな」
それはナナオ騎士団に所属するアクマに向けた言葉だったのだろうか。しかし、アクマはそれには無反応で返した。
「っは! 行くぞ」
ロルフくんがボスルームから出て行く。ノノアちゃんもそれに続くが、未だラテリアは身動きが出来ない。
二人が数歩歩いて、動く気配のないラテリアに気づいてくれたのはノノアちゃんだった。
「ラテリア?」
「おい、さっさとしろ」
強めの言葉をもらうも、やっぱり指一つ動かすことが出来ない。なにか、物理的に縛り付けられた感覚は恐怖を覚えるほどだった。
ノノアちゃんが不思議そうに顔を覗いてくる。
首も振れない、表情も変えられない。ラテリアは瞳に涙をいっぱい溜めて訴える。
「……? ちょっと、ラテリアの様子が変」
「あ?」
後ろからズカズカと歩いてくる足音が聞こえたと思うと、肩に手を置かれる。
その手はラテリアを揺さぶろうとしたのだろか。多少の力が肩に加わるのを感じるも、やっぱりラテリアの体は銅像のように動かない。
「その子は置いて行きなさい」
驚くほど抑揚の低い声に、2人はゾッとした様子で人形を見る。
ダンジョン内の空気が一気に重くなり、肌に突き刺さるような冷気じみた威圧が満ちた。
「てめぇがなんかやってんのか」
ラテリアの動かない体を瞬時にスキルによる効果と判断したロルフくんが啖呵を切る。
「立ち去りなさい」
変わらない抑揚で人形は繰り返す。
その様子はさっきまで感じられなかった、とてつもない威圧を感じた。
まるで、そこにいる人形はとてつもない強大な力を持っていて、とても挑んではいけない相手と感じさせるような、そんな圧倒的強者の存在感がボスルームに広がる。
端にいた魔導師はガタガタと震え、縮こまる。アクマもローブを深く被り直した。
やっぱりあの人形はなにかおかしい。そう感じるほど恐怖が充満する中、
「てめ……」
それに怯み、一歩下がるノノアちゃんと違って、強気にロルフくんは一歩前に出た。
その瞬間、見えない何かが走った。
そんな気がした。
水たまりに細い線が出来たのを確認出来たくらい。それ以外は音も無く、一陣の風のように通り抜けた。
それに遅れて、パシャリと何かが水たまりの上に落ちた。
÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷
何かが通り抜けた。
それはロルフも感覚的に分かった。
それは果たしてあの人形が起こした現象なのか、それは否だ。
幼くとも上級プレイヤーに位置するロルフは瞬時にそう判断した。
それは確信に近い判断。
きっと、アイシャに訊ねても、間違っていないと答えてもらえる自信がある。
理由は簡単。魔法を発動するには詠唱が必須だからだ。最短でも、スキル名は口にしなくてはならない。
それを人形が唱えた素ぶりはない。もちろん、壁の端にいるヒョロイ男も同じだ。
なのに、
なのになんでロルフの腕が切断され、地に落ちているのだろうか。
「あ?」
肘から先が無くなった右腕を持ち上げ、間の抜けた声が出る。
一体なにが起こったか思考を巡らせ、理解できないことを理解するのに、少しだけ時間を要した。
「な、なんで!? 詠唱してないのに!」
少なくとも、3人の中で最も魔法スキルに詳しいであろうノノアが信じられないものを見たかのように、そう叫んだ。
このホワイトアイランドで最も強いと信じている魔法を行使するプレイヤー。アーニャだって、詠唱無しでは魔法を使えない。だから詠唱の速度を少しでも早めようと、影で毎日欠かさず訓練する時間を作っているのをロルフは知っている。
魔法スキルでない可能性も考えたが、そもそも切断可能な武器を持つのはこの中ではアクマしかいない。アクマがそんな芸当ができるのなら、前のギルド戦で猛威を振るっているはずだ。
だとすれば、あの奇妙な人形の仕業になる。
「なんだ、これ……」
「もう一度言います。その少女を置いて消えなさい」
ロルフの腕であったオブジェクトが消えて行くのを見ながら、この攻撃が人形の物だと確信すると、ロルフは今までにない程の距離を感じていた。
それは強さの距離。
今までに会ってきたどんなプレイヤーだって、いつかは超えてやる、そう思えるほどには背中が見えているつもりだ。アーニャだって、ガトウだって、テトだっていつかはと思っている。
けど、今回は違う。
なにをされたのか分からなかった。
腕が切断された。その結果しか分からない。
なにがどうなって、どのようにして攻撃を受けたのか、過程が一切わからない。
普段の負けん気の強いロルフであれば、何か見落としたに違いない。次こそはと奮い立つところ、なにかに心を抑えつけられているかのように、悪い方向に気持ちが傾く。
こいつには勝てない。そう思ってしまう。
どうこうしても、想像する理想に成長したロルフになったとしても勝てるビジョンが浮かばない。たった一度の攻撃で、そう思い知らされた。
いくらなんでも強すぎる。
「……おい! それ連れて逃げろ!」
そう叫んで、ロルフは構える。
「……なるほど。強い心を持っている」
撤退するにしたって、時間を稼ぐのは前衛の仕事だ。そうで無くてもこの中での一番の強者は自分に違いない。
惨めに1人逃げる選択肢はありえなかった。黎明の剣の勇者パーティのメンバーとして、そして何より自分自身がそんな惨めな事を許せない。
勝てないにしたって、技の一つくらいは見切ってやる。そう意気込んで、腰を低く落とし、人形を睨む。
そんな些細な動作をしている途中で、ロルフはもう片腕までも失った事に気付いたのは、再び水たまりを鳴らす音を聞いてからだった。
切断されている感触さえも感じない。どれだけ鋭利な物が通過したというのだろう。
そんな余計な事を考えながらも、構えることも許されなくなったロルフは膝を地に折る。
「なんで! びくともしないのよ!?」
後ろからノノアの荒げる声を聞こえる。
ロルフがなんとか時間を稼いだ……いや、稼げたとは言えないが、せめてひねり出したと言いたい時間は無駄に終わりそうだ。
「一応、アドバイスをするなら、このゲームの体は想像よりも切断に弱いの。人形のように手足が取れちゃう。そうならないよう、攻撃は武器で受けるか、貴方のように武器がないのなら、身体自身にスキルを使わないと簡単にやられちゃうわよ? それか装備でガチガチに固めるか。まあ、今回はそれ以前に色々差が大きいのだけど」
人形がそんな当たり前のアドバイスをくれる。
やはり、こういった会話をすると言う事はプレイヤーなのだろうか。
もはや笑うしかない。
力なく笑みを浮かべるロルフはもう考えることも諦めていた。闘志を失った目で、ただ人形を見る。
「では、さようなら」
その瞬間、白い線のような物が見えた気がした。
ああ、あれが攻撃の正体か……。
線が、真っ直ぐロルフに走ってくる。
戦闘で培ってきた距離と位置の感覚で見れば、ちょうどロルフの首辺り。
分かりやすい急所への攻撃。
いつもバカにしている中堅くらいのプレイヤーは急所ばかり狙って攻撃してくるから避けやすい。当然、皆急所を優先的に守るのだから。
そう思えば、この攻撃も多少お粗末なものにも見える。
それはロルフがあの人形の攻撃を見切った瞬間でもあったが、闘志を失ったロルフの体は動かない。そもそも速すぎる。動けたとしてどうにかできるかどうか……。
ロルフはただその攻撃を受け入れて、そして……。
÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷
「ん」
人形が少し驚いたような声がした。
そしてゆらりと距離を取るように後退していく。
気づけば、ロルフと人形の間に割って入るように、一人のプレイヤーが立っていた。
身長はそれほど高くない。多分、男だろう。
その男は三角の形をした刃の変な剣を持っていた。剣というか、斧に近いかもしれない。
それでも剣と思えたのは、構え方が一瞬テトと勘違いするほどに似ているからだった。少し低く構えるちょっと独特な構えだ。
ロルフの知らない武器。剣士だろうか。
後ろ姿で、誰だかわからない。そもそもロルフの知っている人物ではないだろう。
だけど、どこかで見たような気がした。
その人物がちらりと後ろを振り返る。
最初、それが誰なのかわからなかった。
まるで発光しているかのようにハッキリとわかる真っ赤な目のせいだろう。
でも、それ以外はつい最近見た人物だった。
イトナ。
黎明の剣の年長者が口を揃えて言う、最強のプレイヤーがそこに立っていた。




