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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ドールマスター
98/119

23

 いつもより疲労感を感じながら、幻想都市リベラのワープゲートを潜った。

 隣ではあまり元気のないニアが歩いている。

 対トゥルーデ戦の激しい戦いを終え、行きは賑やかだった6人も、帰りは2人になってしまった。


 ニアは戦利品の一つである《白灰の魔女の眼球》を手の中で転がしながら少し俯いている。

 見事目標のトゥルーデに打ち勝ったというのに、心ここにあらずといった感じだ。

 ニアがいるサダルメリクだと、こんなにゲームオーバーが出ることもないのだろう。


 でもまぁ、それも今日だけだ。明日になればみんなデスペナルティが解除されて、喜びを分かち合える。そうすればニアも元気になるだろう。


 この世界がチュートリアルのうちは、失敗は許される。

 そう。今回の攻略は失敗だ。

 ゲームオーバーを出しすぎた。

 悪かったのは退き際。それをしっかり見極めていれば、今日でなくても近いうちの挑戦で勝てたはずだ。もっと被害が少ない状態で。


 それはニアも今回で分かっただろう。今のニアを見ればどんな犠牲を払っても勝てば良しとしていない。それはイトナにとって、とても嬉しいことだ。


 そう考えると今日の収穫は大きい。

 形はどうあれ、イトナを抜いてアベレージ120半ばのレベルでLv.150のモンスターを打ち取れたのも予想を超えていた。

 事前に簡単な情報があったにしても、初見には変わりない。

 初見で格上の攻略。ホワイトアイランドプレイヤーの成長は上々だ。


 そんなことを考えているうちにサダルメリク城の門の前まで来ていた。


「ありがとう。送ってもらっちゃって。あと、お疲れ様。イトナくんがいなかったら勝てなかった」

「いや、誰が欠けても勝てなかったよ」


 別にカッコイイ台詞を言ったわけではない。

 事実、全員が実力以上のものを出したと思っている。

 まぁ、今のホワイトアイランドは普段は奥の手を隠しておくような風潮があるから、今日で皆んなの本来の実力を見れたのかもしれないが。


「そうね。うん。みんな頑張ったから勝てたんだよね。反省点はあるけど、とりあえず喜ぶことにする」

「うん」

「報酬は……今度みんな揃った時に分けましょう。何かすぐに欲しいのある?」

「いや、これだけで十分だよ」


 手の中にある《白灰の魔女の眼球》を見せる。目は二つあるから二つドロップしたわけだ。

 使い道としては、ダンジョン《スカイアイランド》への道を作ること。

 一つあれば事足りると思うけど、二つ落ちたんだ。なにかしらの装備やアイテムを作るのに必要になるのかもしれない。

 とりあえずは重要アイテムを一つ貰えれば十分だ。


「そう? じゃあまた。こっちから連絡するわ」

「うん。お疲れ」

「お疲れ様」


 いつものクエストが終えたようにニアと別れる。

 盛大なパーティーとかはみんな揃ってからやればいいし、今日はこんなもんだ。


 リベラのワープゲートをくぐる直前、サダルメリク城の方から歓声が聞こえた気がした。



÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



 イニティウムからギルドホールへ向かう途中。

 今日見た皆の難易度5スキルのことを振り返っていた。


 難易度5スキルは切り札、己の象徴と言ってもいいスキルである。

 派手で、華やかで、強大で、決戦を制す程の効果を持つスキル。

 それだけに、「難易度5のスキル持ってます!」というだけで、いろんなギルドから勧誘がかかる程魅力的なものだ。


 だからだらうか。難易度5のスキルでもアタリハズレがあることは、あまり世間では意識されていない。

 持っている。それだけで強い認定されてしまうのだ。


 様々なフィーニスアイランドを旅してきたイトナはそれを見定めることができる。強いのか、弱いのか。


 今回、皆隠していた難易度5のスキルを使ってくれて確認できることができた。

 見た率直な感想は、どうも偏りが激しいだ。


 スキルは攻撃系だけではない。自身を強化したり、相手を弱体化させたり、他にも分類として様々なものがある。

 が、皆習得した難易度5スキルは攻撃系ばっかりだった。

 先人たちのスキルがそうだったから、という理由もあるだろう。

 攻撃系は派手だし、なにより必殺技になる。


 必殺技。

 響きだけでカッコイイ。

 当たればガリガリと相手のHPが削れるから一目で強いとわかる。

 だから皆必殺技に憧れ、それを手にした……か。


 しかしあまりいい傾向ではないな。

 正直、攻撃系のスキルはあまり優秀ではない。

 攻撃系の殆どが、押している時のダメ押しに使われることが多いからだ。

 今回、トゥルーデは攻撃を回避しなかったから良かったものの、ただのぶっ放しでは避けられたり防がれたりするものだ。

 だから相手の体勢を崩した時に当てるのがベターである。つまり優勢である時だ。

 優勢の時に更に優勢になることは、それはそれでいいけど、別に使わなくても勝てる状況でもある。


 つまり、なにが言いたいかというと、攻撃系の難易度5は然程重要なスキルにならないということ。


 逆に絶体絶命からひっくり返すようなスキルは優秀と言える。

 その点、ニアのスキルは強かった。

 守り、相手にダメージを与えることができる。

 相手の切り札を無効にできるだけでも強いのに、それを相手に返した。

 詠唱が必要で、咄嗟なピンチには使いづらい部分はあるものの、効果はとても優秀だ。


 皆にもカウンターのような、または攻撃とは別の方向の武器を持ってもらいたい。

 そうすれば戦いの選択肢も格段に増えるはずだ。

 なにも難易度5スキルは1人1つなんて決まりなんてないのだから。


 そういえば黎明との約束があったな。その時に取得してしもらって、それを使って活躍してもらえば……。


「っと?」


 そんなこれからのホワイトアイランド強化の作戦わ考えていると、肩に何かがぶつかった。

 角を曲がる途中、すれ違った人と軽く肩をぶつけてしまったのだ。

 ダメだな。考え事をしてたせいだ。


「すみません」


 振り返って謝っておく。

 だけど、ぶつかった相手は何事もなかったようにこちらを振り向かず歩いていた。

 その後ろ姿には見覚えがあった。

 五つのキツネのような尻尾が着いている。服装も派手な和服。

 玉藻だ。

 尻尾を五つも生やしているプレイヤーは他にはいない。


「……?」


 人通りの少ない、なにもない道。あるとすればNPCの家とパレンテホール。

 変だな。玉藻はイトナに用があったのではないのだろうか。

 それ以外にこの通りには何もない。

 でもさっきのイトナを気にしない様子を見ると違うか。

 そもそも様子がおかしいような……。


 そこで少しセイナの事が心配になってきた。

 この前危なくなったばかりだ。

 またセイナに手を出したのかもしれない。


 急いでパレンテホールに戻ると、そこにはセイナが立っていた。


「イトナ……」

「た、ただいま」


 久しぶりにセイナを見た気がする。

 というか久しぶりだ。

 最近は避けられていたからね。

 そしてセイナは無事だった。杞憂だったのだ。


 しかし、セイナはなぜか強張った顔をしていた。

 まだ怒っている……とは違う。なんか、驚いたような、恐ろしいものを見たような顔だ。


「さっき、玉藻が来た?」

「来たわね……それより、そこ座ってくれる?」

「なにかあった?」

「いいからそこ座って」

「う、うん」


 勧められた席の前に移動する。なぜか一番奥の椅子だ。

 それと入れ替わるようにして、セイナは出入り口の前を塞ぐように陣取った。


「そこの手紙、読んで」


 テーブルの上に手紙が置いてある。

 なんだろう。玉藻からだろうか。

 今時手紙とかオルマ以外にも送る人がいるとは……。

 それを手に取る。


「これ、玉藻から?」

「座って!」

「え?」


 少し声を荒げるセイナ。

 自分の声にびっくりしたような顔をして口元を抑える。


「……座ってから、読んで」

「あ、うん……」


 どうもセイナの様子がおかしい。でも逆らうこともない。言われた通りに椅子に座る。

 手紙を広げながら、セイナをチラリと見ると、ドアに鍵をかけるところだった。


 そして手紙に目を通す。

 手紙には短く。たった三行。細く小さな文字でこう書かれていた。



 ルミナに似た子を預かっています。

 イトナとお話をしたいです。

 ミスティア。



 その文面を見た時、イトナの思考が固まった。

 遅れて背筋がゾッとする。

 不意打ちで顔面を殴られたような、そんな衝撃を覚えた。


 それでもイトナはカッと目を見開き、最後の一文を何度も読み直す。

 チュートリアルのホワイトアイランドでは聞くはずのない名前がそこに書かれてあった。


 反射的に立ち上がる。

 震える手で手紙を握りしめ、何度も何度も読み直す。


 しかし、読み間違いではない。

 読み間違いではあってはくれなかった。


 ミスティア。


 忘れるはずもない。この8年間、忘れるはずのない名前だ。

 この名を知っているのはホワイトアイランドでも2人だけ。

 悪質なイタズラはありえない。


「セイナ、これは……」

「座って」

「本当に玉藻が持って来たのか?」

「いいから座って!」


 これには従わない。

 従わずにいられなかった。

 そしてセイナの態度。どうやらおふざけでセイナが書いたものではない。


 セイナはイトナを落ち着かせようと、ゆっくりと続ける。


「状況を整理したいの。一旦座って」


 セイナはどうしてもイトナを座らせたいらしい。

 なぜか。

 イトナがその気になれば力尽くでセイナをどかして飛び出してしまうからだろう。

 ここで意固地になっても仕方がない。座ることにする。


「セイナは?」

「私はここでいい」


 座っても信用されていないらしい。

 でも、今はそんな事はどうでもいい。


「これは玉藻が?」

「そうよ。無言で渡して、なにも言わずに帰って行った。あの目……間違いなく人形にされてる」


 確信を持っているかのように。力強くセイナはそう言った。


「いつからだ?」

「わからない。けど、多分、ずっと前から」


 ずっと前から?

 なんでそう言える。

 手紙の使いっ走りだけならずっと前からとは考えにくい。

 だって、手紙を出す直前に人形にすればいいだけだ。なにもずっと前から人形にしておく必要がない。

 それに、玉藻とはついこの前のサダメリとの戦争で会ったばかりだ。

 あの時の玉藻は普段通りに見えた。


「根拠は?」

「手紙を渡すだけなら玉藻でなくてもいいでしょ。でも玉藻を使った。多分、ずっと前から玉藻はアイツの人形にされていた……。玉藻を人形にしている事に理由があるのかはわからないけど、偶然ペンタグラムプレイヤーを人形にしたとは思えない」


 なるほど。

 確かに、そうか?

 パレンテホールの場所を知るプレイヤーは限られている。そのプレイヤーから選ぶなら偶然玉藻でもおかしくはないのではないか?


 いや、そんな事はいいか。

 玉藻がミスティアの心操にやられている。それは、きっと事実なのだから。


 ならいつからだ?

 いつから玉藻はミスティアの人形にされている?


 思えば玉藻がミスティアの人形である事で辻褄があう事がいくつかある。

 最近で言えばNPK事件だ。

 あの時、玉藻は何故かセイナを狙った。

 セイナがいなくなればイトナがパレンテにいる意味がなくなるからなど、よく分からないことを言っていたのを思い出す。

 今思えばイトナをナナオ騎士団に入れるための手段としては少し強引だ。

 普通のNPCの命を駆け引きに出すのは変だ。


 だが実際、セイナは普通のNPCではない。

 それを知っているプレイヤーは本人含めて5人。

 その中でセイナが消えて喜ぶのは1人しかいない。


 ミスティアが玉藻を操ってセイナを消そうとしたのであれば、違和感はない。

 特別な理由でLv.1でいる今のセイナは、キルするには絶好のチャンスと言えるだろう。


 ならやはり玉藻はずっと前から、ミスティアの手足となっていた。そう仮定しよう。

 そう仮定して、玉藻はいつから人形にされた?

 玉藻がずっと前から人形にされていたのなら、ミスティアはもっと前からホワイトアイランドにいる事になる。

 玉藻が人形にされたタイミングがわかれば、いつからミスティアがホワイトアイランドにいるのか検討がつくかもしれない。


 ……だが、それがどうした。

 それがわかって、なにか状況が変わるのか?

 今重要なのはそこじゃない。


 ラテリアとはフレンド登録してある。つまり居場所はわかる。

 ラテリアはホワイトアイランド内にいる事はさっき確認できた。

 場所はわかる。敵もわかっている。

 助けるために必要な情報は揃っている。

 それ以外の情報を得たところで、好転する事は少ない。

 ミスティアがどうこうはラテリアを救出してからじっくり考えればいい事だ。

 むしろこれから会うのだから直接本人に聞けばいい。


 イトナは立ち上がる。

 それにビクっとセイナが反応した。


「座って!」

「いや、すぐにでも行くよ。心操は時間が経つほど馴染んじゃうからね。急いだ方がいい」

「まって、話を聞いて。アイツは何年も前からこっちにいる。

 ずっとこっちで準備してたのよ。イトナもわかるでしょう? アイツの性格。

 生きるためだったらなんだってする。絶対に負けないように準備して、準備が整ったからイトナを呼んだの」

「なにも殺し合いするって決まっていないよ。手紙にも話がしたいって書いてあったじゃないか」

「殺し合いにならないとも限らないでしょ!」


 セイナが感情的に訴えてくる。

 それには必死さが伝わってきた。見れば今にも泣きそうな顔をしていた。


「ねぇ、イトナもわかっているんでしょう? アイツは海を渡ってきた。Lv.200のモンスターが多くいる海をよ。

 チュートリアルでは突破できないような設定がされたモンスターがいっぱい。それを越えてきたの。

 アイツのレベルは多分このゲームの上限値200に到達してる。それも何年も前から。

 そんな奴が何年も前から準備してる。いくらイトナでもそんな所に無策で行くのは危険よ」


 確かに。

 セイナはなにも間違った事は言っていない。

 ミスティアは海を渡って来た。その事実だけで十分に脅威である。

 今のイトナに海を渡ってみろと言われても、正直難しいだろう。

 それ程、海は過酷な環境なのだ。


 確かに危険で、今のミスティアに絶対勝てる保証はない。

 でも、どんなに危険でも他に選択肢は無いじゃないか。

 それともセイナには危険を冒さずに事を済ませる名案でもあるのだろうか。


「セイナはどうして欲しいの?」

「今は……ラテリアを諦めた方がいい」


 それはか細い声だった。

 声が震えている。

 絞り出すかのようにして言葉を出して、セイナは俯いた。


「本気で、言ってるのか?」

「イトナこそ間違えないで。ルミナスパーティの目的はこのゲームを終わらせること。1人の女の子を助けることじゃない!」


 セイナは真っ直ぐイトナの目を見て言った。

 イトナもセイナから目を離さない。

 でも、イトナは反論できなかった。

 セイナの言うことは正論だ。

 イトナは10以上の世界の子供達を犠牲にして積み上げたものの上にいる。

 たとえ死ぬとしても、今ではない。

 だから間違ってはいない。


「チュートリアルでイトナを失うリスクを負ってまでやる事じゃない。アイツはチュートリアルが終わった後、みんな揃ってから確実に殺せばいい。今リスクを負う必要はないの」


 セイナは言い聞かせるように言う。

 まるで自分にも言い聞かせているかのように。


「でもセイナ」

「大丈夫。ラテリアはその時に助ければいい。少し先になるけど、私が必ず……」


 セイナは俯いて、言葉の最後が途切れた。

 下唇を噛み、拳を握り、小刻みに震えている。


 でも多分、セイナの思い通りには行かないと思う。

 それはセイナもわかっているのだろう。


 ミスティアは特殊だ。

 ミスティアの使うスキルはイトナたちが培ってきたものとは方向性が違う。

 ステータスの上昇や大ダメージといったゲーム内数字とは関係ない部分を操作するスキルを使用してくる。

 それだけに対処がしにくい。

 場合によっては対処不能になる可能性だってある。


 ミスティアは心を操る。

 そのスキルの全てを知っているわけではないけど、ある程度の推測は立ててはある。

 どの程度操ることができるのか。

 恐らくは人格を変えるぐらいは可能だと踏んでいる。


 推測の域はでないが、それぐらいは可能だと考えておいた方がいい。

 最悪、記憶さえも書き換えられるかもしれない。

 心、人格は生い立ちと深く関係しているという考え方だ。

 記憶さえ変えられれば特定の人を恨ませる事もできる。逆に好きと思わせる事も可能かもしれない。

 心操の過程が記憶の改竄である可能性。


 この手のスキルは考えれば考える程頭が痛くなってくる。

 人への使用禁止をしていたせいで、情報が少な過ぎるのだ。

 もうこれは悔やんでも仕方がないし、あの時の判断は間違っていない。


 問題は抗い方と治し方だ。


 抗い方はレベルもステータスも関係ない。

 以前、ミスティアは人に自害しろと命令したことがあった。でも、それはスムーズ自害したわけではなく抵抗が見えた。

 死にたくないと強く思うことで、抗う事ができていたのだ。結果は残念な事になったが……。

 なら、事前に自身の心に入り込まれることに身を構え、強く心を持てばなんとか抗う事ができるかもしれない。


 避ける事ができるのならそれに越したことはないが、心操に避けるといった概念があるのかも怪しい。

 一応スキルだから効果範囲とかはあると思うが、情報が少な過ぎる。


 そして治し方。

 もし人格が、あるいは記憶が変えられた場合の戻す手段。

 これは正直絶望的だと思っている。

 特に時間が経ち、その記憶が、人格が馴染めば、その作られた偽りのものが本物になってしまう。

 そして、それは現実世界にも及ぶ可能性だって多いにある。

 いや、現実世界にも影響はあるだろう。

 なんたって人格や記憶だ。

 これはゲーム内のものではない。リアルの財産だ。


 そして心操はデバフではない。

 アイテムで治せればいいのだけど、今のところ難しいのが現実だ。


 つまり、セイナのプランではラテリアがラテリアである状態では助けられない可能性の方が圧倒的に高いのだ。


 もちろんミスティアがラテリアのどう扱うかにもよる。

 ラテリアはイトナを呼ぶために捕らえられたと思われる。

 それでイトナが行かなければラテリアはどうなるか。

 イトナが来なかった、残念でしたでなにもされずに解放されるだろうか。

 それはいくらなんでも楽観的な考えだ。

 最悪のことを考えればラテリアのリアルはめちゃくちゃにされる。


 変な男に身体を……とか、強い殺人衝動を植え付けて家族を……とか。適当に考えただけで吐き気がする。

 でもイトナの知っているミスティアはそんな酷いことを……。

 するか。イトナが知るだけでも2人も手にかけたんだ。あいつはやる時は躊躇なくやる。


 もしここでイトナが動かなかったら、ラテリアがラテリアでなくなる。

 その可能性は大いにあるのだ。


 セイナもそこまで考えているのだろう。

 いや、セイナの方が圧倒的に頭がいいし、もっと先まで考えているのかもしれない。

 その上で、ラテリアを諦めろと言ったわけだ。

 自分のあるべき立場を優先させ、自分を殺して言ったのだ。泣きたくもなる。


 でも、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。

 そもそもセイナは苦渋の選択でイトナの安全を選んだ。

 なら、セイナが納得する考えを提示すればいい。


「僕の話も聞いてもらってもいいかな」

「聞くわ。聞くけど、座って。

 怖いのよ。わかるでしょう? 今の私はイトナを力づくで止めることもできない」

「わかった」


 焦る気持ちを落ち着かせて、席に着く。

 大丈夫。すぐラテリアがどうにかなるわけではない。

 手紙には話がしたいって書いてあったし、話をする前に人質に手を出すことはないだろう。多分……。

 今は慎重にだ。


「もし、このままラテリアを助けなかった場合、ミスティアはどうすると思う?」

「それは……ハッキリとはわからない。けど、直接イトナに接触してこない現状、これからも直接手を出してくる事はないと思う」


 それにはイトナも同意見だ。

 ミスティアもまた、慎重である。言い方を変えれば臆病なのだ。無駄に危険を冒すことは考えにくい。


 それに今回、わざわざイトナを呼んだ。

 きっと、呼んだ場所はミスティアにとって安全か有利な細工か何かがされてあるのだろう。

 なら、その場所以外で直接の接触はないと考えられる。


「だから行かない限り僕には危険が及ばない」

「そう」

「でも、それで終わりってわけじゃないだろう? もしセイナがミスティアの立場で、次に僕らにとって最悪な一手を指すならどんな事をする?」


 利点はわかった。次はリスクだ。

 イトナが動かないしても、全く問題が無いわけではない。

 やられて一番嫌な事。ゲームでもなんでも、まずはそこから潰していくのがベターだ。


「……あまり考えたくないけども、ラテリアを使うでしょうね」


 セイナは頭が痛そうに、額に手を当てて続ける。


「例えば、リアルのラテリアにとって取り返しのつかない事を……最悪、自殺とかさせるかもしれない。

 それを見せしめにして、次は別のイトナと親しい人……例えば、ニアとかに手を出すかもしれない。

 アレはチュートリアル中にイトナと接触したがってる。だから、簡単には諦めはくれないかも」


 そうだろう。

 セイナの考えと、イトナの考えていた事は概ねずれていない。


 しかし、改めて声にして聞くとエグいな。

 チュートリアル中にこんな生死に関わる状況にしてくれるのは勘弁してほしい。

 こういうことが出来てしまう心操はやはり危険だ。


 セイナの顔色が悪い。

 あくまでも最悪な場合であって、必ずしもそうなるわけではないんだけど、なってからでは遅い。そうなると思って考えよう。


 しかし、ミスティアはチュートリアル中にイトナと会いたい、か。

 でもそうか。チュートリアル終わった後だとルミナスパーティ4人揃うことになるから、ミスティアとしては1人1人の方がやりやすいわけだ。

 そこは盲点だった。


 しかし、なぜイトナを選んだろう。

 殺すとかいう話ならイトナはループした4人の中でも難しい……と自分でも思うが。

 やっぱり話しをしたいだけなのだろうか。

 いや、面倒な奴を先にって考えもあるか。

 これは考えてもすぐに答えは出ないな。


 話が脱線した。

 話を戻すと、これでラテリア助ける助けないそれぞれの利点とリスクがわかったわけだ。

 結論。


「ラテリアを助けに行かなかったとしても、被害はかなり大きい。それもフィーニスクリアに致命的な程に」

「……」


 セイナが黙る。


 ミスティアはイトナと親しい人物から手を出していく可能性が高い。セイナはそう推測した。

 イトナと親しいイコール、ホワイトアイランドの主力プレイヤーと言っても過言ではない。


 イトナの、ルミナスパーティの目標はフィーニスアイランドというゲームを終わらせること。

 前回のフィーニスアイランドで新しく得た情報、6つのラストダンジョンを万全な状態で挑むには、強いプレイヤーを最低36人用意しなければいけない。

 まだまだ先の話にはなるが、イトナが生き残っても、他の優秀なプレイヤーを多くミスティアにやられてしまったら、ゲームクリアには届かない。


 結局、助けに行っても行かなくても、悪い方向に倒れれば致命的なのだ。


「私的な感情を捨てて考えたとしても、今の段階でミスティアをなんとかした方がいい……って僕は思うけど」


 冷静に言う。

 イトナの意見も、間違ってはいないはずだ。


「……もし、アレとやり合う事になったとしたら、勝算は?」

「どんな準備をしているかにもよるけど……まだ僕の方が強いんじゃないかな」


 イトナはハッキリと言い切った。

 別に強がったわけではない。

 ミスティアがレベルカンストだったとしても、多分、負けない。

 多分……。

 思えば自分より圧倒的にレベルが高いプレイヤーを相手するのは初めてだ。ループしてるからいつもレベルは自分の方が上。

 そう考えると、ちょっと不安になってきた。


 でも、イトナに有利な部分も多い。

 ミスティアに戦い方を教えたのはイトナだ。

 そして経験の差も大きい。

 ミスティアはループ1回。対してイトナは今回で11回目になる。その差は膨大だ。

 レベルに大きい差があっても、勝てる自信はある。


 唯一の気がかりがあるとすれば心操スキルか。

 セイナもそれを心配してるのだろう。

 でも、そこは大丈夫だと思う。もし心操スキルがそこまで万能であるなら、とっくにイトナはミスティアの人形になっているだろう。

 

「……もう、どうしたらいいかわからない」


 セイナがへたりと座り込む。


「セイナはどうしたいの?」

「そんなの、助けてあげたいに決まってるでしょ」

「なら、決まったね」


 イトナは立ち上がる。

 いろいろ話はあったが、おかげでクールダウンできた。

 状況も整理できた。


 インベントリのウィンドウを開いて、準備を整える。

 トゥルーデ戦の後だった事を忘れてた。だいぶ空きがある。


「ねぇ、絶対大丈夫なんだよね」


 絶対。

 絶対か……。

 絶対はちょっと難しいな。


「一人にしないでよ。ルミナもいなくなって、あなたまでいなくなったら……」

「善処するよ」

「……」


 そこら辺にあった回復薬を詰め込み、準備が終わる。


「じゃあ、行ってくるよ」

「……少し待ってて」


 セイナは思い出したかのように立ち上がると、自室に入る。そして、小さなフラスコを2つ手にして出てきた。


「役に立つかわからないけど、気つけ薬。私の作れる一番いいやつ」


 気つけ薬。意識を呼び覚ますための薬だ。

 心操を使われても、これを飲めば我に帰るかもって事か。


「助かるよ」

「あと、これ」

「これは?」


 妙に少量しか入っていないフラスコ。


「この前の、たまたま残っていたやつ。役に立つか、わからないけど」

「ああ……」


 それでイトナは理解できた。

 ちょっと特別な薬品だ。

 上手く使えれば切り札になるかもしれない。


 よし。

 これで本当に準備が整った。

 あとはやるだけだ。


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