22
薄暗いダンジョン。
まっすぐ一本道が続く洞窟型ダンジョンは《彷徨う大蛇の洞穴》と近いものを感じた。
しかしあの時のような不気味さはない。
洞窟といっても穴を掘ってできたような、ただの洞窟。
周りは土で、少し湿っている。
所々カビているのか、白くなっている部分もあった。
土くさいのがちょっと気になるけど、それだけだ。
ラテリアたちはそれを道なりにズンズン進んでいく。
ここで出てくるモンスターは蟻のようなモンスターだった。
大きさには個体差で大きく変わるけど、大体は家にある冷蔵庫くらい隠し。
音もなく、素早く迫ってくる巨大な虫。虫嫌いじゃなくても、ちょっとゾッとしてしまう。
それをロルフ君はポケットに手をっこみ、余裕を見せてモンスターをあしらうかのように足技で仕留めていく。
斬撃を弾きそうな硬そうなモンスターの外皮が大きくベコっと凹み、四散する。
「私たちの出番はなさそうね」
「そうですね」
退屈そうに言うノノアちゃんに相槌を打つ。
やることが全くないノノアちゃん。それに対してラテリアはちょっとした役目があった。
役目と呼んでいいのか怪しいところだけど、ラテリアの役目は時折レイニアを撃つことだ。
洞窟の中は暗い。全く見えない程ではないけど、奥が見えない程には視界が悪い。
そこでスキル難易度1のレイニアである。
攻撃スキルだけど、聖属性特有の光を活かした考え方だ。
こういった一直線のダンジョンで撃てば、光が泳ぐように走って行き、奥先まで照らしてくれる。
明るい時間はほんの少しだけど、先にいるモンスターの数と大体の位置を特定できる。
かなりの余裕を見せるロルフくんには必要のないことかもしれないけど、文句を言われてないから少しは役に立っているはずだよね。
「レイニア」
ロルフ君が近くにいる最後のモンスターを仕留めたのを見て、光を走らせる。
突き当たりまではモンスターは見えない。
「ほんと、なんでこんなクエスト選んじゃったんだろ」
それを見てノノアちゃんが頭の後ろで手を組んで本当に退屈そうにぼやく。
「ボスになったら出番ですよ! ノノアちゃん」
クエストの達成条件はこのダンジョンのボスモンスターを倒すこと。
ボスモンスターならノノアちゃんの出番も出てくるはずだ。
と思いたいけど、実際どうなんだろう。
最近はラテリアの想定する個人の力はアテにならない。
イトナくんや、小梅ちゃん。普通はパーティを組んで行くところを彼らは1人でスイスイ進んで行ってしまう。きっと、ロルフくんもそっち側の人なんだろう。
やっぱりレベルが3桁にもなると、世界は大きく違うのかもしれない。
黙々と歩いて行く。
モンスターは余裕。あとは気をつけることは罠ぐらいだろうか。といってもこれまでに罠の一つもないように見えるから、このダンジョンには罠はないのかもしれないけど。
「ねぇ、ラテリアって強いんだよね?」
少し沈黙が気になってきた頃、突然ノノアちゃんがそんな事を聞いてきた。
「ぜ、全然そんなことないよ?」
「ふーん」
全然信じてないような返事が返ってくる。ロルフくんがおかしな事を言うからだ。
普通、良く言われれば悪い気はしないとは言うものだけど、過大すぎる評価になってしまうと変な汗が出てくる。
嘘もなにも悪いことはしてないはずなのに、何故か嘘をついてしまっているような気分だ。
「ねぇ、酒場の時なにが悪かったと思う?」
酒場の時。多分、ロルフくんとの戦闘についてのことだろうか。
うーん。ラテリアにはとても難しい質問だ。
だって、目が潰れてた時間の方が長かったし、途中で見失っていたラテリアには、なにがなんなのか分からなかった場面の方が多かった。
そんなラテリアがアドバイスなんてできるわけがない。
強いて挙げるなら、前衛クラスと後衛クラスでは後衛クラスが圧倒的に不利になるのだからしょうがない……くらいだろうか。
後衛、特に魔法をメインとするクラスは1対1は極端に苦手と言われている。
理由は攻撃するためには基本的に詠唱が必要だから。
詠唱中は動くことができない。詠唱が終わってしまえば強力なスキルを発動できるけど、詠唱を終えるのは1対1ではなかなか難しい。
それは当然のように相手は詠唱を全力で阻止してくるからだ。パーティなら周りが守ってくれるけど、1対1だとそうもいかない。
肉弾戦が得意な前衛クラスにとって詠唱の阻止は簡単。
だって、詠唱中は動けないのかだから、近づいて無防備なところを攻撃すればいい。そうすれば、詠唱が止まるし、ダメージも与えられる。
つまり一方的にやられちゃうのだ。
だから後衛クラスは前衛クラスに勝つことは難しい。
でも、これは一般常識だ。こんな事を言ったってなんのアドバイスにもならない。ノノアちゃんだって当然知っている。
そもそもアドバイスじゃないか。
だからしょうがないよ。と言いたいけど、実はこの前、イトナくんには前衛後衛関係なく、行き詰めれば有利不利はあまりないって教わったばかりだ。
行き詰めると何がどうなって有利不利がなくなるのかイメージがわかないけど、イトナくんが言っているのだから違いないのだろう。
イトナくんからそう聞いてからちょっとだけ考えたことがある。
ラテリアが考えるに、後衛クラスが前衛クラスに勝つには工夫が必要……なんだと思う。
そう、確かリエゾンホールに【魔導師が前衛クラスに一泡吹かせる戦技書】みたいなものがあった。
そこには相手との距離の取り方や、初動に有効なスキルとそれに続けるスキルの繋げ方など、当時のラテリアには難しい事が書かれていたのを思い出す。
今思えば、ノノアちゃんはそこに書かれていた事をロルフくんとの戦いで実践していた。
走って跳び、空中移動している間に詠唱をする。
閃光で相手の視界を奪う。
移動スキルで相手の死角に周りこむ。
色々な方法を使って時間を作り、詠唱完了へと繋げていた。
どれもラテリアにはない戦術だ。
ラテリアがイトナくんに教わっているのは飛行移動しながらの詠唱。
詠唱しながら動く事は不可能でも、スキルによっての移動中なら詠唱が可能になる。飛翔が得意なラテリアがこれを利用しない手はない。
だから同じ後衛でも、ノノアちゃんとは根本的に戦い方が違うのだ。
ただ、飛翔は場所を選ぶから、やっぱりノノアちゃんのような戦い方も後々は出来るようにならないといけないのかもしれないけど。
「詠唱速度だ」
ラテリアが答えかねていると、前からそんな声がした。
ロルフくんは振り返らず続ける。
「あの時、最後まで詠唱できなかったスキルは幾つあった」
「……14つ、くらい?」
そんなにあったんだ。
きっと目を潰されてる間も、ロルフくんはノノアちゃんの詠唱を止め続けていたんだ。
しかしあの短時間に14種類のスキルを使用するなんてなんて贅沢なんだろう。ラテリアがそんなペースでスキルを使えばすぐに枯渇してしまう。
それが普通なのかな? だとすればスキルの数も課題なのかもしれない。
「それが全部使えてたらまだいい勝負になってたかもな」
それでもいい勝負なんだ。
ロルフくんの強がりのようにも聞こえるけど、もし本当ならラテリアのついていける世界ではない。
詠唱速度もラテリアよりノノアちゃんの方が全然早いし。
「詠唱速度って、もっと早口で詠唱しろってこと?」
「ああ、少なくともオメェより速い奴に勝てねぇのは一人いるな」
そう言って、舌打ちを鳴らす。
多分、アーニャさんのことを思い出したのだろう。事あるごとにからかわれていたし。
「もっと速くって、動きながらこれ以上……」
「まぁ、それが無理ならお前はそこまでってことだな」
「そんなわけないでしょ! 私だってやれるわよ! ……いつか! ……いつか絶対」
張り合うように言い返すノノアちゃん。
そんな雑談をする余裕があるくらいに、このダンジョンは余裕だった。
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緊張感のない時間が続いた。
相変わらず雑談をしながらの攻略。
パレンテに入る前のクエストもこんな感じだった。もっとも、そのころのラテリアはその雑談に相槌を打つので精一杯だったが。
しかし、パレンテに入ってサダルメリクや黎明の剣のメンバーとクエストを一緒にするようになってからは違う。
なんというか、ゲームに対しての姿勢が違うのだ。指示とか的確だし、無駄がない。
ゲームだからまったり楽しくもいいけど、真剣にやるの面白いものだ。今までなんでも適当だったラテリアは尚更。
でも、たまにはこういうマッタリなのもいいよね。
ロルフくんも、思いの外よく喋っていた。ノノアちゃんの質問に誇らしげに答えている。いつの間にか二人は仲良しさんだ。
そんな中ラテリアはというと、いろいろ我慢していた。
それはなんでかというと……。
「うそ!? それで勝ったの!?」
「おうよ。あのガトウ、アーニャのペアに一人で勝ちやがった。今やったらわかんないけど、やっぱテトは別格だぜ」
と、2人でテトを褒めちぎっているからだ。
ラテリアとしてはあんなセクハラ勇者なんて褒めたくないし、むしろ悪く言ってやりたいところだけど、せっかく気持ちよく二人が話しているのに水を差すのも悪い。ここは我慢である。
しかしなんでだろう。ノノアちゃんはテトの話ばっかり聞いてる。
確かにテトは有名人で、人気があるのも知っている。そのテトと同じギルドの同じパーティのロルフくんがいるのだから話題にしたいのはわかる。
でも、それでもテトばっかりなのだ。
同じ後衛クラスのアーニャさんの話があってもいいと思うのに。
「やっぱり五芒星の中でもテトが一番ね!」
「おうよ! ……と言いてぇけど。違うんだってよ」
「はぁ? あ、もしかしてサダメリのニアの方が上って言うの? あんな守ってばっかりのニアよりテトの方が絶対ーー」
「違げぇ。お前、五芒星プレイヤーは何人か知ってるか?」
「何人って……5人でしょ? 五芒星なんだから」
当然の質問にノノアちゃんが答える。
「そうだ。で、その5人のうちの何人知ってる」
「それは……3人。黎明のテト、サダメリのニア、ナナオの玉藻。他の2人なんて聞いたことないわ。コロコロ変わってるんじゃないの? そもそも3人だけなんじゃ……」
「違うな。5人ちゃんといる」
「じゃあ、あなたは知ってるの?」
「当然」
ロルフくんが得意げに頷く。そしてラテリアの方をチラリと見た。
テトより強いプレイヤー。それは間違いなくイトナくんの事だ。
まさか、イトナくんのことを言うつもりじゃ……。言っちゃダメなのに。
ラテリアはノノアちゃんに気づかないように震えるように首を振っておく。
それにロルフくんは分かってる分かってると、払うように手首を振った。
「……? なによ」
そんなやりとりにノノアちゃんは疑問を持つが、それを無視してロルフくんが話を続ける。
「んでだ。そのうちの1人がテトより強いんだとよ」
「なんでそんなのわかるのよ」
なんだかノノアちゃんの機嫌が傾いたように見えた。
声に不機嫌さが含まれている。ちょっとイライラしているような……さっきまで楽しそうだったのに、なんでだろう。
「テトが言うんだよ。俺なんかよりそいつのが全然強いってな。ガトウもアーニャも、アイシャ、フレデリカもみんな口を揃えて言う。そいつは間違いなくこのホワイトアイランドで一番強いってよ」
「そ、そんなに? だって、あの勇者テトよ? それよりはっきり強いプレイヤーなんて……」
「ああ。ま、俺は信じてねぇけどな。この前会ったけど弱っちそうだったし」
「会ったことあるの!?」
ま、俺ぐらいになればな? とでも言いたげな顔だ。
なんかロルフくんは顔によく出る。ちょっと怖いと思っていた部分もあったけど、やっぱり中身は年相応なんだ。
「じゃあ、知ってるんだよね? 名前は? ギルドは!?」
「秘密」
「なんでよ!」
「なんかよくわかんねぇけど、秘密なんだってよ。俺としては言ってもいいけど、バレたらガトウとアイシャがキレるからな。あいつらキレたらヤベーし、やっぱ秘密」
ノノアちゃんがむーと可愛く唸る。
秘密にしておいてくれてホッとしたけど、そこまで話しておいて秘密なのはロルフくんも意地悪だ。
「じゃあクラス! そのプレイヤーのクラスは?」
「あー……それは知らん」
答えられなくてそっぽを向いてしまう。
そりゃそうだろう。だって、同じギルドの私だって知らないんだもん。もし知っていたらちょっと悲しい。
「……じゃあ性別は? 会ったんだからそれくらい分かるでしょ?」
「性別? そらぁ……」
ロルフくんは何故か考えるそぶりを見せて。ラテリアを見る。
「なぁ、あいつ、男女どっちだ?」
「男の子だよ!」
思わず大きな声が出てしまった。
だって、それはいくらんでも失礼じゃないだろうか。男の子か女の子かわからないなんて……。
「だって、名前がよ……」
名前……でもそうか。確かにわからないでもない。イトナくんって、名前だけ聞いたら女の子のようにも思える。一番後ろが〝ナ〟だと女の子みたいだよね。セイナさんもそうだし。
「ちょっとまって。ラテリアも知ってるの?」
「え、あ……。えと、たまたま知ってて……」
「ふーん」
しまった。つい口が滑ってしまった。元はと言えばロルフくんがあのタイミングで話しを振るのが悪い。……いや、人のせいにするのはダメだよね。
「ラテリアってなんか凄いね。レベルはそんなになのに、黎明と繋がりがあって、その凄いプレイヤーとも知り合いなんでしょ?」
「たまたま、ね?」
「ふーん」
ノノアちゃんの疑いの目が刺さる。
何を疑われているか知らないけど、なんか怪しまれている……ような気がする。
「まぁいいか。それで、もう1人は?」
「もう1人って?」
「五芒星よ。せっかくだから最後の1人も知りたいじゃない?」
最後の1人。それはラテリアも知らない。
「これはテトたちが話してるのをたまたま聞いただけだが……オルマつー名前らしい」
「オルマ?」
「ああ、なんでも元黎明の剣のメンバーだったらしい。前に残りの五芒星は誰だって話になって、そん時に出てきた名前だ。テトと互角の魔導師系クラスらしいぞ」
オルマさん。聞いたことのない名前だ。
しかし、あのテトと互角でしかも魔導師系のクラスなんて、やっぱり世界は広いものだ。
多分、有名なプレイヤーじゃなさそうだし、イトナくんみたいに隠居してる人なのだろうか。
「オルマ……どっかで聞いたことあるような……」
「は、気のせいだろ。うちでも古参しか知らない名前だ。お前が知る機会なんてないだろ」
「そうかな……」
そんな会話していると、先頭のロルフくんが急に足を止めた。
それに続いてラテリアとノノアちゃんも止まる。
前にはモンスターはいない。なにかあったのだろうか。
「罠だ」
「罠?」
ノノアちゃんと一緒にひょっこり頭を出して前を確認する。
そこには確かに罠があった。
足元に張られたボロボロの縄。
あれに足を引っ掛けると罠が作動する仕組みなのだろう。
ラテリアでも気づくお粗末な罠だ。
「ちょっと。いくらなんでもバカにしすぎ。こんなのひっかかる人いないでしょ」
「俺の知る限り、後衛クラスはドン臭いからな。念のためだ」
そう言って、罠を跨ぐロルフくん。
それに続くノノアちゃんが「バカにしすぎよ」と文句を言うのが聞こえる。
ラテリアも大きく足を上げて跨ごうとすると、縄を跨ぐ前。
なにかが足首に引っかかった。
「え?」
そのまま体勢が崩れてーー
ベタンとみっともなく地面に倒れた。
「あたっ」
「っば! お前なにやってーー」
「へ?」
見れば罠な縄がラテリアの下敷になっていた。
真横からゴゴッとなにかが崩れるような音がする。
はと顔を上げると、壁にヒビが入っているのが見える。
ラテリアは咄嗟の判断でスキルを発動させた。
「ご、《ゴッドウィング》!」
背中に咲いた神々しい天使の翼を力強く羽ばたかせ、光混じる突風を巻き起こす。その反動で、ラテリアは勢いよくその場を緊急退避させた。
ばこーんと破裂するような音が聞こえる。
目を開ければ少し驚いた顔のロルフくんとノノアちゃんが仰向けに倒れるラテリアを見下ろしていた。
「す、すみません」
とりあえず謝っておいた。
後ろを見れば、壁が破裂して石つぶてが散乱していた。
あそこにいたままだと、あの石つぶてが散弾銃のように襲っていたのだろう。
でも、おかしいな。確かに縄には引っかからないように足を上げたのに。なんだか、別の糸みたいなものに足を取られたような……。
「あの罠に引っかかるのもすげーけど、よく避けられたな」
「皆さんは大丈夫ですか?」
「あれくらいなら直撃しても大したことないわよ。それより……」
ノノアちゃんが破裂してボロボロになった壁に近づく。
「これ見てみて」
「あ? んだこれは?」
よく見れば壁には亀裂が入って所々穴が空いている。覗けば穴の奥は空洞だった。
「ちょっとどいてろ」
それをバコッと蹴り崩す。
亀裂が入っていた壁は簡単に崩れて、その先に別の通路が現れた。
「これ、隠しダンジョン?」
「みたいだな。このダンジョンに隠しダンジョンなんてあったか?」
「ない、と思う。少なくともリエゾンに報告は来てないわ」
「ほぉー」
その隠し通路は今までとは違って、天井から大小の鍾乳石が垂れ下がっていた。
どうも、弱電波です。
ラテリアが1年続いたということでラテリア描きました!
最近ラテリアの挿絵を描く機会もなかなかなかったのでまた今後増えるといいですね
今後ともラテリアをよろしくお願いします!




