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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ドールマスター
95/119

20


 酒場の中はそれなりの人で賑わっていた。

 男の人のバカ笑いと、むわっとしたお酒の匂いがラテリアを歓迎する。

 そんな空間に、ノノアちゃんは臆する事なく入っていく。

 ラテリアもそれに続いた。

 酒場の中はとても広く、5人掛けのテーブルが点々と置いてある。


「そこに座っててください」

「はい」


 奥に進むと、ノノアちゃんに言われた席に座る。

 テーブルには〝C〟と書かれたカードが置いてあった。

 なにか意味するものなのだろうか。


 しかし、ここはお酒臭い。思わず手で鼻を覆ってしまいたくなる。

 ラテリアはお酒は嫌いだ。

 男性恐怖症になった直接の原因がお酒だから。

 お酒がお父さんをおかしくしたのだ。

 だからこの匂いを嗅ぐとあの時のことを思い出してしまう。

 嫌いだ。


 あまり鼻で息をしないようにして、何処かへ行ってしまったノノアちゃんを目で探す。

 この酒場には歳上の、しかも男の人しかいないからすぐに見つかった。

 酒場の隅に置いてある大きな黒板の前だ。


 ノノアちゃんはそこでチョークを握り、なにやら書いている。

 ちょっと遠くてよく見えないけど、この酒場の決まり事なのだろうか。


 それを眺めながら、誰からも声をかけられませんようにと祈っていると、ノノアちゃんはすぐに帰って来た。


「なにをしていたんですか?」

「クエストの内容と募集内容を書いて来ました」


 ノノアちゃんの説明によると、この酒場のルールのようだ。

 まず、黒板の上にコルクボードがあって、そこに依頼書を小さなナイフで留めるところから始まる。

 見てみれば、コルクボードに幾つかの依頼書が貼られてあった。

 そのナイフにはアルファベットが書かれてある。

 それを聞いて成る程と思った。テーブルに置かれたカードと紐づけられているのだ。

 つまりノノアちゃんはCのナイフで依頼書を留めてきたのだろう。


 黒板には募集内容の詳細。求めているレベルとか、クラスとか人数とか書くスペースになっている。

 これで依頼書と黒板を見てもらって条件の合う人から声をかけてもらうシステム。

 こちらから声を掛けなくていいのはラテリアにとってとても嬉しいシステムだ。


 因みに、テーブルに座っている人がパーティを募集している人。カウンターに座っている人達が条件の合うクエストを探す人だとか。

 そう考えてみると、カウンターの方が人で賑わっている。見方によってはクエストを探すよりもお酒を飲みに来ているような……でも、ここは酒場だし普通なのかな?


 テーブルが5人掛けなのも、6人揃ったら長居させずに出て行ってもらうためらしい。

 飲む場所なのか、パーティを集める場所なのか、いまいちハッキリしない場所だ。

 ノノアちゃんはこの酒場の常連らしくてとても詳しかった。


「じゃあ、あまり話さなくても大丈夫そうですね」

「どうだろう。ここの人達、そこそこ強いから自分は偉いーって勘違いしてる人が多いの。だから、黒板に書いててもよく条件を無視されるんです」


 そういう人はラテリアもよく見てきた。何故だか強い=偉いと思っている人がいる。

 まったく。イトナくんを見習ってほしいものである。


「ほら、噂をすれば」


 ノノアちゃんが小さな声で呟くと、俯く。

 振り返ってみると、そこには酔っ払った男が3人立っていた。


「前衛募集のパーティはここかなお嬢さん?」


 顔を真っ赤にしたお酒臭い男がナチュラルにラテリアの肩に手を置いて、訪ねてきた。


「そ、そうですけど……」


 ラテリアはぎこちない愛想笑いを浮かべながら、答える。

 そのついでに肩に置かれた手をそっと退かしておく。

 

「俺らLv.88とか86とかでよぉ。黒板に書いてあったのにちょ〜っとばかし足りんけど、3人でなら問題ねぇだろ?」


 なぁ、そうだろ? とまたラテリアの肩に手を置いてきた。しつこい。

 ラテリアの愛想笑いが引きつる。


「あ、えっと、すみません。Lv.90以上の人を2人だけ募集なので……」


 そう言って、また置かれた手を退かそうと手を伸ばすとーー。


「えーいいじゃんかよぉ〜。枠空いてんだろぉ?」


 退かそうとしたラテリアの手を出し避け、隣の椅子にドカッと座ると、大胆にも肩に腕を回しラテリアを引寄せた。


「っ!?」


 無理矢理寄せられ、酒臭い男の吐息を直接嗅いで吐きそうになる。

 それ以上に近い。

 男の人が近すぎる。

 動けない。

 どうしよう、怖くてなにも話せない。

 泣きそうになる。

 イトナくん……。


「ちょっと! 黙って見てればなにやってるのよ!」


 ノノアちゃんだ。

 勇敢にも酔っ払いに噛み付くように吠える。

 その姿は臆する様子はない。

 でもノノアちゃんだって女の子だから……。


「なんだぁ? おチビちゃんが来るところじゃないぞ」

「なにがおチビちゃん……! そんな事より離しなさいよ!」


 指をさしてラテリアを解放するように要求する。だが男はヘラヘラ笑うだけだ。


「えー。どうしよっかなー。あ、じゃあさぁ。3人でパーティ入ってもいい? それならーー」

「お断りよ!」

「あぁ?」

「酔っ払いでそんなことする人の時点でお断りよ! だいたいその歳になって文字読めないの? Lv.90以下の雑魚はいらないって書いたの!」

「んだと!?」

「ひゃっ」


 乱暴に解放され、ラテリアは床に手をつく。

 見上げれば、酔っ払い男はカンカンに怒っていた。

 ここの人は自分のことを強いと思っていると言っていた。だから雑魚という言葉は聞き捨てならなかったのだろうか。


「おい、チビちゃんよぉ。そこまで言うならこの酒場のルールは当然知ってんだよなぁ?」

「当然。私のようなおチビちゃんに負けて二度とこの酒場に来れないようにしてあげる!」


 両者、武器を握る。

 ノノアちゃんはステッキ。男は斧だ。

 更に後ろの2人も武器を握った。


「え? え?」


 一体なにが起こっているかわからない。

 ここは街の中で、戦闘行為はできないはず。なのに、なんで武器を?


「お、なんか始まったぜ」

「いいねいいね! だからここの酒はやめらんねぇ」


 睨み合うノノアちゃんと男三人組。

 周りはその様子に盛り上がっている。


「ラテリアは危ないので離れていて!」


 訳がわからない中、ノノアちゃんに男らしく離れるように言われる。

 というか何故か呼び捨てになってる? 仲良くなれたと喜ぶべきか、これがノノアちゃんの素なのかわからないけど、

 とりあえずみっともなく四つん這いのままその場を離れる。


「あ、あの!」

「ん? なんだ? 今いいところなんだ」

「これ、どうなっちゃってるんですか?」

「どうなっちゃってるって、ここの酒場は戦闘可能エリアだからよ。名前も喧嘩酒場ってんだろ? 知らなくて来たのか?」


 聞いてないよノノアちゃん〜!


 どうしよう。レベルはノノアちゃんの方が高いけど、3対1。数は圧倒的に不利だ。

 ここは勇気を出して自分も参戦した方が……。


 そうこうしているうちに、戦いが始まってしまう。

 先に動いたのはノノアちゃんだ。


「夜空輝くーー」

「ふんっ!」


 先に詠唱を始めたノノアちゃんに対して、すぐさま攻撃を仕掛ける男。

 振り下ろされた大きな斧で、ラテリアがさっきまでいたテーブルを叩き割ってしまう。


 仕方なく詠唱を中断し後ろに回避。魔道士クラスとは思えないほどの身軽さだ。


「詠唱させるな! 小さいからって舐めてかかるなよ! 」

「おう!」


 しかし、相手も上級者。酔っ払いでも上級者だ。

 油断なく対魔導クラスの戦略を取る。

 息つく間もなく、次々と攻撃がノノアちゃんを襲う。

 ノノアちゃんはそれを転がり、飛び跳ね、紙一重でなんとか回避している。

 とても後衛クラスとは思えない身軽さ。

 流石三桁プレイヤーだ。

 しかし、逃げてばかりで、反撃に出れていない。

 テーブルからテーブルへと飛び移り、周りを巻き込みながらなんとか距離を取ろうとしている。


「逃すかよ!」

「っち!」


 上手く距離を取れたかと思うと、トマホークが投擲され、詠唱が許されない。


 男らもテーブルに飛び乗り、ジリジリと三方向から詰めていく。

 気づけば、部屋の隅に詰められ、逃げ場を失っていた。


「どうした? さっきまでの威勢がないぞ?」

「火のーー」

「らぁ!」


 トマホークが投げられる。


「させねぇよ。難易度1のスキルだってさせねぇ!」

「……」

「残念だったなぁ。今日のゲームは終いにして明日また頑張るんーーんお!?」


 追い詰められ、もうダメだと思った時、男は派手に体勢を崩し、テーブルから転げ落ちた。

 そのテーブルに座っているプレイヤーに足を払われたのだ


「邪魔」


 やっちまえ! とさっきまで盛り上がっていた周りが静まり、そのテーブルに視線が集まる。


 そこには1人の少年が座っていた。足をテーブルの上に組み、転げ落ちた男をつまらなそうに見下ろしている。

 ラテリアはそのプレイヤーに見覚えがあった。


 青いカンフースーツに身を包んだ人狼の少年。

 ロルフくんだ。


「おい、あれ、黎明の勇者パーティ……」

「ああ、間違いねぇ。ロルフ。豺狼のロルフだ!」


 注目を浴びたロルフくんは周りを一瞥すると、鼻を鳴らす。

 この酒場で一番歳下の彼が圧倒的強者のオーラを放っていた。

 最初あった時はそうでもなかったのに、やっぱり凄い人なんだ。


「なんだ。強者が集まるっつーから来てみれば、小さい女1人を男3人で虐めてイキってる雑魚の集まりか。ガッカリだな」

「なっ、なんだと!?」


 転がり落ちた男は勢いよく立ち上がり、テーブルに置いてあった食器を払い捨てた。

 まだ残っていた食べ物や、飲み物が床に落とされる。

 もったいない。


「ふ、ふっ! 勇者パーティに入っても大して活躍してない金魚の糞がよく吠えるわ!」

「あ?」


 売り言葉に買い言葉。しかし、その挑発は気にしていた事だったのか、耳をピクンと揺らすと、組んだ足を下げ、感情的な目で男を捉える。


「おい。もっかい言ってみろ」

「ああ、何度でも言ってやる! 周りも言ってるぜ? おまえは人数合わせで入ってるレベルだけの雑魚だってな!」


 その瞬間、ロルフくんがキレるのがわかった。


「どうやら死にてぇみたいだなぁ!」


 次の瞬間、酒場にあるテーブルが高く宙に浮く。

 酒場が大きく上下に揺れたように感じた。

 地震?

 違う。

 街で、しかもこんな大きな揺れが起きるわけがない。

 だとすれば、ロルフくんのスキル?


 見れば人狼の少年が踏み鳴らしたであろう地面にはハッキリと亀裂が入っている。

 これはスカイアイランドでコカトリスが発生させていた〝クエイク〟と同じようなものなのだろうか。


「っい!?」

「死んでろ。クソ雑魚」


 動けない男に正拳突きが入る。

 背筋が伸び姿勢良く突かれた拳は、それが止まるまで攻撃したのかどうか理解が追いつかなかった。


 気づけば小学生のパンチで男一人が軽々と吹っ飛んでいく。それに追い打ちをかけるようにして、獣のように飛びかかった。

 まるでそれが一つのスキルと思わせる一連の動きで、男が地面に到着する前に胸ぐらを掴み引き上げると、またロルフくんの腕がブレた。


 ロルフくんの手は男の顔寸前で止まっていた。掌底打ちと言うのだろうか、拳じゃなくて掌を使った攻撃。拳か掌かでどう変わるのか、ラテリアにはその違いがわからないけど、とにかくロルフくんの動きは凄く綺麗で、鮮やかなものだとわかった。


 息を呑むような一瞬の連続攻撃。最後、掌底打ちが届かなかったのは単に腕のリーチが足りなかったから? それとも……。


「悪りぃ。お前、クソ雑魚じゃなかったな」


 掴んだ胸ぐらを乱暴に放すと、男に背を向ける。


「話になんねぇ超クソ雑魚だったわ」


 次に男が四散する。ゲームオーバーのエフェクトがまき散る。

 そして、少しのラグを挟んで状況を把握した野次馬は歓声を上げた。


「うおおおおお! やっぱすげぇ! 勇者パーティは格が違うぜ!」

「おい見たか一撃だぞ! 90近い前衛が一撃とかどんな火力してんだよ!」


 ある人は高い口笛を鳴らし、ある人はテーブルをバンバン叩き、ロルフくんを讃えた。

 多くの歓声で一気に盛り上がる酒場。

 それにロルフくんも満更ではないようで、薄く笑みを浮かべている。


「今日は当たりだぜ! おい! 自信のある奴は挑んでみろよ! 滅多ないぞこんな機会!」

「そうだそうだ! そこの二人! あの男の仲間なんだろ? 男ならやり返せ!」


 やり返せ! やり返せ! と酒場の皆が一致団結して、煽る。

 それにノノアちゃんを追い詰めていた男達は「冗談じゃねぇ!」と逃げるようにログアウトしてしまった。

 その情けない姿に多くの人が指をさして笑っている。


 なんだか怖い世界だ。

 もちろん、ノノアちゃんのような小さい女の子を3人がかりで追い詰めるのは卑怯だと思う。

 でも、今この状況もイヤな感じ。

 みんなで人を指差して笑うなんて、ラテリアは好きにはなれない。


 ここは目立たないようにしておこう。

 あ、でもロルフくんにはお礼を言った方がいいかな? でも今行ったら間違いなく目立つし、ここは一先ずノノアちゃんと合流してから……。


「次は私と勝負して!」


 ……ん? 聞き間違えだろうか。今、ノノアちゃんの声が聞こえた気がする。


「あ?」


 見てみれば、ノノアちゃんとロルフくんが睨み合っていた。

 なんで? どうして? なんで!?


「なんだ、超クソ雑魚に勝てねぇくせに」

「決めつけるのはやってみてからして」


 状況を整理しよう。

 ラテリア達はクエストを達成するためにこの酒場に来た。

 そしたら男達に絡まれて、ノノアちゃんと喧嘩になって、ノノアちゃんがピンチになって、ロルフくんが助けてくれて……。

 それでなんでノノアちゃんがロルフくんと喧嘩する事になっているの?


 ノノアちゃんを見る。

 ラテリアはノノアちゃんの事をよく知らない。会ったのはすぐさっきの事だ。

 まだ小さいのにレベルも高くて、しっかりしていて、落ち着いていて、色々な事を知っている。それに可愛い。それでも、レベルが低いラテリアにでも、年長者として丁寧語で接してくれた。

 でも、それは初対面だったから? 今日限りの付き合いだから?

 そう思えるほど、ノノアちゃんの顔つきが変わっていた。

 それはとても嬉しそうな顔だった。

 手を強く握りしめ、ガッツポーズをしているようにも見える。

 またとないチャンスを掴んだ。そう思わせる顔だ。


「黎明の剣の代表パーティ。その選抜方法はギルド内による個人戦で決めるのよね?」

「あ? それがどうした?」

「つまり、勇者パーティであるあなたに勝てれば勇者パーティに入れる程の実力が証明されるってことね!」

「んまぁ、そうなるな」

「勝負!」


 飛びかかったのはノノアちゃんだった。身を低くし、ロルフくんに突進していく。

 それにロルフくんは反応が遅れた。

 いや、遅れたわけではない。手をポケットに突っ込み、棒立ち。余裕の笑みを浮かべている。


「夜空輝く七つの星スバルよ。今、我に集え! 《シューティングセブンスター》!」


 ノノアちゃんが飛び上がり、空中にいるうちに詠唱を完成させる。

 現れたのは七色の丸い魔弾。それがノノアちゃんを取り囲むように回転を始めた。


 そして着地。更に距離を詰める。

 後衛なのに、前へ前へと進んでいく。


 ロルフくんは変わりないポケットに手を入れたまま。

 それをいい事に、ノノアちゃんは更に距離を詰め、ついに一足一刀の間合いに位置するテーブルに着地すると、ステッキをロルフくんに向かって真っ直ぐ伸ばした。


「強く輝け!《シリウスの閃光》!」


 ステッキの先端にある宝石が強く発光した。

 それはスキル発動の輝きではない。スキルの効果による強い輝きだ。

 目潰しのための光。

 その光を直視したラテリアは離れた場所にいたのに目の前が真っ白になった。


 恐らく、ここにいるほとんどの人の目がやられただろう。その証拠に周りからは「うおっ!」とか「目が! 目がああぁ!」といった声が聞こえてくる。


 思えばノノアちゃんのレベルは100以上。ロルフくんも、確かLv.109だったはずだ。

 二人のレベル差はそれ程ない。

 そして、三桁プレイヤー同士の戦い。

 もしかしてこれ、物凄い戦いが目の前で行われているのでは?


 しかもノノアちゃんの戦い方。

 後衛なのは素早く動いて、魔法を使っている。

 今まさにラテリアが目指しているスタイルに近いものでないだろうか。

 それに気づくと、戦いが見たくて仕方なくなった。

 ロルフくんに対して、どう距離をとって、どう攻撃を仕掛けるのか。

 フィーニスアイランドの前衛クラスは人並み外れた動きをする。さっきのロルフくんだってそうだ。

 そんな前衛クラス相手に、後衛クラスがスピードで、スキルで、どう詰めていくのか。ラテリアには想像がつかない。

 だから興味があった。

 頑張って目を開けてみるも、まだ視力が回復していない。目がしょぼしょぼして染みる。

 仕方なく、耳を澄ませる。

 戦いは当然のように続いていた。


 テーブルを蹴る音と、ノノアちゃんの詠唱の声が。

 目潰しを喰らい一層ガヤガヤと騒がしい酒場の中で、確かに聞こえてくる。


 ロルフくんはあの目潰しを間近で受けていたはずだ。もし反応できて、目を閉じたとしても、目を潰せそうな強い光。手で目を覆えばなんとか回避できたかもしれないけど、あの時ロルフくんの手はポケットの中にあった。


 だからロルフくんも潰れていると思うけど……。


 音をよく聞く。

 でも、やっぱりダメだ。

 漫画やアニメだと、音や気配でわかる! みたいな話はあるけど、実際やってみて全然わからないことが分かった。


 大人しく視力の回復を待つ。

 少し待って、多少強引に目を開く。


 ぼんやりと視界が開ける。


 目の前の、すぐ近くのテーブルの上にノノアちゃんがいた。

 ラテリアに背を向け、膝をついて大きく肩を揺らしている。

 HPは残り一割を切ったことを知らせる赤色に染まっていた。


 対するロルフくんは上にいた。

 垂れ下がる電灯に捕まってぶら下がっている。

 HPは残り五割を切ったことを知らせる黄色に染まっていた。


 ロルフくん優勢……いや、もう勝負はついている。


「終わりだ。お前の負け」

「まだよ!」

「バカか? これで終わりにしといてやるってんだよ。それともなんだ? このまま続けて死にてぇか?」

「まだ、まだ負けてないっ!」


 これは正式な決闘ではない。

 システムによる勝敗がない。

 どちらかが負けを認めるか、もしくは、どちらかのHPが空になる事で決着になる。

 ノノアちゃんのHPは残り僅か。

 このまま続ければゲームオーバーになってしまう。


 ノノアちゃんが何故、何を思ってロルフくんに挑んだのか、ラテリアにはわからない。

 でも、ゲームオーバーをかけるほどのものなのだろうか。

 ロルフくんの方から終わりにしてくれるって言ってくれているのに。


 ノノアちゃんのステッキが光る。


「夜空を駆ける一筋の光をーー」

「っち!」


 ノノアちゃんの詠唱に反応して、ロルフくんが飛びかかる。

 最初の油断していた時とは大違いだ。

 HPを半分以上も削られて油断していい相手ではないと思ったのかもしれない。


「《ミーティア》!」


 詠唱を完成すると、ノノアちゃんの姿がフッと消える。

 とらえたと思われたロルフくんの拳は宙を切り、そのままテーブルをごなごなにした。


 ノノアちゃんを目で探す。

 どこにもいない。まさか姿を消すスキル?


 でも、ロルフくんは迷わず動いた。

 跳躍。

 その先にノノアちゃんはいた。


「十六夜のーー」

「おせぇ!」


 ロルフくんが空中で加速する。

 何かのスキルか、宙を蹴ったように見えた。


「っ!?」


 それは計算外だったのか、ノノアちゃんの詠唱は間に合わない。

 ロルフくんが狙ったのは武器を握る右手。それを蹴り上げると、ステッキはノノアちゃんの手を離れ、クルクルと飛んでいく。

 そのままノノアちゃんの胸ぐらを掴むと、地面に叩きつけた。


 それで勝敗は決した。


 地面に倒され、かろうじてHPが残るも、ロルフくんの掌底打ちがノノアちゃんの顔の前で止められている。

 ノノアちゃんはなす術がない状態だ。


「…………負けました」

「はっ」


 その言葉でノノアちゃんが解放される。

 同時にドッと歓声が上がった。


「ノノアちゃん!」


 盛り上がる酒場の中、急いで回復薬を渡しに行く。セイナさんから貰ったやつだ。

 それを飲ませて、HPを満タンにしてあげる。


「大丈夫ですか?」

「ありがとう」


 ノノアちゃんは立ちあがるとパンパンと服を叩いて、「ふぅ」と大きく息を吐いた。

 ちょっとションボリしているようにも見えるけど、大きくは落ち込んではいないようだ。

 やっぱりロルフくんへの挑戦には何か意味があったのだろうか。


「あの女やるなぁ! 次お前行けよ!」

「バカ、昼間っから死にたかねぇよ! 言うならお前が……」

「ガヤガヤうるせぇ! 見せもんじゃねぇんだよ! かかってこれねぇ雑魚どもが! 殺すぞ!」


 ロルフくんが吠えると、周りは嘘のように静かになった。


「おぉ、怖ぇ怖ぇ……」


 そう言って、周りは退散して行く。

 挑戦する人は1人も出てこなかった。

 怖いなぁと思いながらも、ロルフくんを見ていると、目が合った。


「お前、パレンテの……」

「こ、こんにちはー」


 とりあえず挨拶をしておく。

 ちょっと驚いた顔だ。

 Lv.78の雑魚がなんでここになんて思われちゃってるのだろうか。


「え、知り合いなの!?」


 ノノアちゃんもビックリしている。

 やっぱり有名人と知り合いだと驚かれるものなのかな。自分は全然すごくないのに。


「し、知り合いと言いますか、この前一緒にクエスト行っただけで……」


 クエストといっても、正式なものではない。

 言ってもいいのかな。パレンテに入ってからあまり話しちゃいけないってイトナくんとセイナさんから言われてるし……。でもクエストは嘘じゃないよね。


「一緒にクエスト。ふーん……」


 ノノアちゃんが含みのある目をロルフくんに向ける。


「なんだよ」

「いや、普段一匹オオカミみたいにしてるけど、可愛い女の子とは一緒にクエスト行ってあげるんだなーって思って」

「そんな訳ねぇだろ! ギルドへの依頼クエストで仕方なく行っただけだ! 殺すぞ!」

「え、嘘!? ラテリアさん勇者パーティとクエスト行ったことあるんですか!?」

「え、えっと……」


 なんだろう。やけにノノアちゃんの食い付きいい。

 でもそうか、今一番強いパーティとクエストに行った話はみんな興味があるものだよね。

 でも、どうしよう。


「おい。ギルド秘密だ。ぺちゃくちゃ話すな」

「あ、はい」


 助かったぁ。

 ロルフくんの助け船でほっと胸をなでおろす。


「それより、報酬まだかよ。早くしろって言っとけ」

「あ、そ、そうですよね。言っておきます」


 そうだ、サダルメリクのことですっかり忘れてた。

 一週間イトナくんの貸し出し。

 今はいろいろ忙しそうだけど、イトナくんはどう考えているんだろう。

 もしかして忘れてるなんてことはないよね?


「そのせいでこんなところに来るはめになってんだ。勘弁して欲しいぜ」

「どういう事ですか?」

「どうもこうもねぇ。全員張り切って、外に出ねぇで対人訓練ばっか。俺は少しでもレベル上げてぇのに、勇者パーティの面子は誰もクエストに行こうとしない。

 テトはいつもソロでどっか行っちまうし……」

「そうなんですね……」


 ロルフくんの耳がちょっとだけしゅんとする。

 年相応の顔に見えた。

 ちょっと可哀想だ。


「あ、そうだ。ロルフくんも一緒にクエストどうですか?」

「あ? クエスト?」

「はい。クエストのパーティ探しに来てるんですよね。私たちもパーティメンバーを探していて

……ノノアちゃんもいいよね?」

「まぁ、勇者パーティの前衛だからなにも文句はないけど……」


 けど?

 何か問題があっただろうか。


「Bランクのクエストなんて行かないでしょう?」


 そうか。ノノアちゃんもだけど、ロルフくんのレベルから考えるとだいぶ低い適正レベルのクエストになっちゃう。


「……それ、持って来てみろ」

「あ、はい」


 言われた通り、コルクボードから依頼書を剥がして持って来る。

 それをロルフくんは睨むようにして目を通すと、乱暴に依頼書を返された。


「これ、何人で行くつもりだ?」

「4人、ですよね。ノノアちゃんと私が後衛で、Lv.90以上の前衛を2人募集していて……」

「前衛1人でいいなら行ってやる」

「え? いいんですか?」

「こんなクエスト、俺とお前だけいれば十分だろ。こいつはオマケだ」


 ……あれ?

 〝お前〟って言う時にラテリアを見て、〝こいつ〟って言う時に顎でノノアちゃんを刺したように見えたけど……。


「ちょっと! なんで私がオマケなのよ!」

「あ? さっきのでオマケ確定しただろうが」

「っな、ちょっとは苦戦してたじゃない!」

「は? 苦戦? なにに? 最初手ェ使わないでやって、ちょっとダメージ入ったからって調子に乗るな。手使ってからはノーダメ。はい雑魚」


 ぎぎぎとノノアちゃんは怒る。勝者のロルフくんは余裕の笑みを浮かべた。


「言っとくけど、私、ラテリアよりレベル高いんだけど」

「レベルじゃねぇんだよ雑魚」

「さっきから雑魚雑魚言わないで! じゃあなに? 私よりラテリアの方が強いって言うの!?」

「ああ、そうだな。こいつはガトウやアイシャにも認められてる。雑魚じゃねぇ」


 そう、ロルフくんは自信満々に言った。


「「嘘ぉ!?」」


 なんで、どうしてそんな過大評価されちゃってるの!?

 思わずノノアちゃんと一緒に叫んでしまった。

 これはなにかの間違い。

 だって、ノノアちゃんより間違いなく弱い。

 さっきだってロルフくんの動きはもちろん、ノノアちゃんの動きだって目でも追えなかったのに。


「ラテリア……ラテリアさんってそんなに強いんですか?」


 目をパチクリして見て来るノノアちゃんの視線が痛い。


「そ、そうでもないよ? あと、もうラテリアでいいよ」


 ちょっと謙遜してる風に見えちゃったかな。

 でも自信満々に言うロルフくんを見ると、はっきり否定するのも可哀想だし、後でこっそりノノアちゃんだけに言おう。たまたまその時だけ調子が良くて、たまたまいい結果になっただけだって。


「んにしてもよ、なんでこんなクエストを選んだんだ?」


 ロルフくんがラテリアの持つ依頼書を見て言う。

 なにか変だっただろうか。

 あ、過大評価されてるからAランクのクエストに行けるって思われてるのかも?


「ランクBにしたって、報酬不味いだろ、それ」


 そう指摘された。

 そうかな。

 そうなの?

 アイコンタクトでノノアちゃんに聞いて見る。


「……よく分からないけど、このクエストに行きたいって思ったのよ。なんでだろう」


 そう、不思議なことを言った。


「わかります! 私もこれを見たら行かなきゃって思って……」

「なんだそれ」


 呆れたように言われてしまった。

 でも、ちょっと不思議かもしれない。

 これはもしかして……ノノアちゃんとの運命の出会い。とか?


 そんなわけないよね。


「まぁ、暇だしこの際なんでもいい。さっさと終わらせちまうぞ」


 酒場を出て行くロルフくんに続く。

 想定とはいろいろと違ったけど、無事、パーティが完成した。

 Lv.109のロルフくん。

 Lv.100以上のノノアちゃん。

 Lv.78のラテリア。

 上2人のおかげで、Bランククエストなら余裕を持って達成できそうだ。


 でも、ラテリアも頑張らないといけない。

 なぜならロルフくんに過大評価されているからだ。

 少しでもガッカリさせないように、頑張ろう。


















÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷


 ダンジョンの奥深く。

 そこに佇む人形がニヤリと不気味に笑う。


「やっと会える」


 人形越しから、ダンジョンに進入した三人を見て、そう呟いた。


ついさっき更新して気づいたのですが、投稿を初めて一年たっていました!

ここまで読んでくださってありがとうございます!

文は拙いし、更新遅くなってしまっていますが、これからも頑張りますので、よろしくお願いします!

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