17
徘徊系ボスモンスターとの戦闘は突然やってくる。
回復している時や休憩中。他のモンスターとの戦闘中。
ボスモンスターはこちらの都合に関係なく襲いかかってくる。
その点、今回は運がいい。こちらから先に発見できた。
使い魔との戦闘も行なっていない。
「あれが……」
「気持ち悪りぃ……」
「小梅のお婆様にちょっと似てます」
「え!? 嘘ぉ!?」
各々が感想を述べる。
付近の使い魔は六体。トゥルーデの周りには一定の取り巻きが付いている。それを合わせて六体だ。
「作戦通り。最初は僕とテトが哨戒を担当」
「おう」
哨戒とは見張りみたいなものだ。つまり、使い魔の乱入を監視、そしてその処理を行う。
通常モンスターでも無視できないからね。
それに加えて、取り巻きの使い魔六体の排除も行う。
一番手際よく処理できるイトナとテトで速やかに排除だ。
その後はトゥルーデ戦に混ざる。
でも、使い魔が乱入次第、積極的にそれに対応する。そんな役割だ。
「序盤、小梅と風香とラヴィでトゥルーデを抑えてもらうけど、無理に攻撃はしないように。とにかく僕とテトの合流まで持ち堪えて」
「了解です」
「わかりました」
「オーケー」
初動では一番負担のかかる三人になる。
初見、尚且つ三人のみで当たらなければいけない。攻撃をしなくてもいいといっても、難しいだろう。
できるだけすぐに合流するようにするが、無理そうな場合、テトが加わる。
そうすれば今度はイトナがキツくなるが、問題ない。前回はトゥルーデと使い魔、両方を相手してた。
そうなった場合、イトナの合流が遅くなるだけだ。
「ニアはできるだけなにもしないように」
「うん」
ニアにはもちろんガードを頼むが、何度も説明しているようにトゥルーデ相手では簡単ではない。
まず、トゥルーデの攻撃をよく見てもらう。失敗は許されないから。
そして、あまりニアのスキルをトゥルーデに見せたくないのもある。
トゥルーデはあれでいて頭がいい。ニアのガードに頼り続ければ、トゥルーデも対処してくるだろう。
対処され、スキルを食われたらそこで終わりだ。
全員の役割は確認した。
後はやることをやるだけだ。
武器をバゼラートから銃に変える。
「戦闘開始!」
イトナの号令に合わせて各自が動く。
魔女もこちらに気づいて、ニヤリと嬉しそうに巨大な顔を歪めた。
続いて周りの使い魔達も動き始める。
まずは使い魔のターゲットを集める。小梅達の妨害はさせてはいけない。
イトナは近い使い魔から順に攻撃し、気を集め、釣っていく。
テトは一体。
イトナは五体の分担だ。
テトには撃破次第イトナの受け持った使い魔を一体貰ってもらう作戦。
素早く動いたイトナとテトは作戦通り使い魔を集めることに成功し、トゥルーデから程よい距離を取る。
出だしはまずまず。
悪くないポジション取りができた。
五体の使い魔の攻撃をいなしながら、トゥルーデを確認する。
それと同時にニアの叫ぶ声が聞こえた。
「イトナくん!」
「え」
「があああああああああああああああ!」
見ればトゥルーデは物凄い勢いで真っ直ぐイトナに向かって突っ込んできていた。
なぜ。
三人は何をしてる。
よく見れば。小梅はそれを後ろから追っている。
風香とラヴィは追いついて攻撃をしているが、トゥルーデはそれを無視。
嬉しそうな顔をして、イトナめがけて腕を横に大きく振った。
「すみませんイトナ!」
「っと」
薙ぎ払うように振ったトゥルーデの爪を跳躍して避ける。
さっきまで立っていた大樹が切り倒され、避けきれなかった三体の使い魔も巻き込まれば四枚切りにされた。
相変わらず魔女の名前に不相応な物理攻撃力。
ラヴィなんかそれを見てドン引きしている。
でも使い魔三体を消してもらえたのはラッキーか。
いや、このイレギュラーの方が痛いか。
どうする。
トゥルーデはなぜかイトナをターゲットにして離さない。
もしかして前の戦闘のことを記憶しているのだろうか。
少し考えたが、先ずは自分の役割を優先しよう。
迷ったら、事前に決めた事を優先。パーティプレイで独断の行動は周りに混乱を与える。
もう最初から思った通りに行ってなくて、皆焦った顔でこっちを見ているが。
とりあえず、トゥルーデの攻撃で他の使い魔も体勢を崩している。すかさずHPを削るが、またすぐにトゥルーデの横槍が入ってきた。
爪での斬撃で足場を切り落とされる。
「くそっ! どうなってんだ! こっち向け!」
ラヴィのモーニングスターが強く輝く。
大きなダメージを与えてイトナから無理やりターゲットを剥がそうと考えているのだろう。
鎖が三つに分かれ伸び、三つの鉄球が生きているかのように突撃する。
悪くない判断だ。
隙の大きいスキルを今のうちに当てておこうって考えだろう。
そこで初めてトゥルーデがイトナから視線を外した。
強いスキルに反応して、うざったそうに三つの鉄球を払おうとする。
だが、鉄球がトゥルーデの振り払う爪を避け、爪の間に鎖が絡みついた。
「よっしゃ」
トゥルーデの片腕を縛り付ける。
これで嫌でもイトナからターゲットを外さなければならない。
腕を引っ張り、鎖でうまく動けないことを確認すると、トゥルーデは凄い形相でラヴィを睨みつける。
イトナを追えなくなったことがそんなに苛立たしいのだろうか。
「おっかねぇ……」
それにビビるラヴィ。
普通の反応だ。トゥルーデは怒ってなくてもおっかない顔をしているからね。
これで綱引き状態。
しかし膂力ではトゥルーデの方が優勢だ。
「ぐ……ぎぃ……!」
ピンと伸びる鎖がギシギシと悲鳴を上げる。
がっしり握るラヴィ。踏ん張るが今にも枝から足が離れそうだ。
「こ、小梅ぇ!」
ラヴィが振り絞るかのようにサダルメリクの中で一番高いパワーを持ったプレイヤーの名を呼ぶ。
「お任せ下さい!」
上から登場した小梅がモーニングスターの鎖を握り、フォローに入る。
「ゼンマイ使え!」
ラヴィの声にガチンと音を立てて小梅のゼンマイが半回転した。
小梅のステータスがぐんと上昇する。
これで綱引きの拮抗が崩れた。
「ふんっ!」
上昇した力のステータスはトゥルーデを上回ったのか、小梅は思いっきりスイングした。
トゥルーデはそのまま大樹に激突する。
それを起点にし、サダルメリク三人の連携が始まった。
大樹に強くぶつかり怯むトゥルーデに、すかさず風香が攻撃を与える。
一発。
一発確実な攻撃スキルを当て、すぐさま距離をとる。
離れる風香に視線を追うトゥルーデだが、次は背後からラヴィがモーニングスターを打つける。
これも一発。
一発当ててトゥルーデから離れる。
そして繋がれた鎖はまだとけていない。遠くから引っ張るのは小梅。ラヴィから引き継いだモーニングスターを引っ張っている。
今ラヴィが持っているのはサブの武器か。
小梅が動きと片腕を封じ、風香とラヴィがトゥルーデを挟む形。
「パターン入った!」
「気を緩めないように!」
トゥルーデの思考を上回っている。普段のボスモンスターであればこのパターンに入り、一方的に攻撃ができただろう。
でもこいつは七大クエストのボスモンスター。
誰も討伐したことの無い、ホワイトアイランドの中で上から三番目に強いモンスターだ。
そう簡単にパターンになんか入らせてくれない。
トゥルーデは彼女達の連携を一回受けると、迷いなく封じられた腕をもう片方の爪で切り落とした。
「なにぃ!?」
それに全員が目を丸くする。
迷いなく片腕を切り捨てる自傷行為。
前回とは逆だなとイトナは思う。あの時、イトナも片腕を切り捨てた。
だが、それでHPが減ることはない。
切り捨てた断面からぐちゃりと新たな腕が生えてくる。
「マジか。再生能力持ちかよ」
「仕切り直しですね。お互いに固まらないように。ターゲットを取られた人をフォローして下さい。私達の役割は時間稼ぎということを忘れないように」
風香が指示を出す。
この時点でトゥルーデのHPは一割程削れている。予定よりだいぶいい。
その間にもテトが使い魔にトドメを刺して、イトナも一体倒して、残り一体。
トゥルーデが三体やってくれたのが大きい。
「テトは合流して」
「おう」
これで四対一。ニアを入れれば五か。
イトナの見立てよりだいぶ安定している。
ほぼノーダメージで三人の時をやり過ごした。
いけるかもしれない。
まだHPイエローを見ていないが、まだこっちにはニアの秘策とイトナの合流を残している。
油断は勿論できないが、勝ち筋のようなものが見えた気がした。
テトが合流してからは正攻法だ。
テトと小梅が積極的に攻める。
風香とラヴィはフォローだ。
「行くぞ! 小梅上だ!」
「はい!」
テトがタイミングを指示し、攻撃を開始する。
「次、下!」
「はい!」
テトと小梅の息もバッチリだ。事前の訓練が活きたか。もともとこの二人は仲がいい。
テトの短い指示を理解して、動けている。
攻め方は常に対称の位置からの同時攻撃。
同時に飛びかかり、攻撃を行う。
二人とも足が地についている時間が少ない。着地をしたら、またすぐさま飛びかかる。
トゥルーデに考える時間を与えない。
ゲーム世界でしかあり得ない驚異的な身体能力で常に十字にスキルの光が走る。
「ぎいいぃ!」
上手く対処できないトゥルーデは爪を振り回しながら不機嫌に呻く。
対称からの攻撃を対処するために、トゥルーデは片方を捨て、もう片方を潰そうとする。
でもそれも想定済みだ。
トゥルーデが構えた方に風香とラヴィが入る。
今のところトゥルーデの攻撃方法は爪だけ。
そして、それは腕についている二つだけだ。
風香とラヴィが一つずつ担当して、テトと小梅には攻撃だけに専念させる。
この形を実現させるために、ここ一週間二人にはパリィを重点的に特訓した。
相手の攻撃を受け流す剣技だ。
ラヴィは鎖を使って受け流す。
これはスキルじゃないため、技術で身につけるしかない。
その成果を発揮できている。
時折、肩や脇腹を切り裂かれるがやむを得ない。
トゥルーデの爪をパリィするのは中々難しい。
三本あるため、特訓の時と少し勝手が違うのだろう。
それでも、自身が傷つきながら役割を優先。役割を全うしている。
しかし。
「ッ! そろそろヤバい。死ぬ!」
「こっちもです!」
高速で行われる攻撃のフォロー。
回復薬を大量に持ってきたものの、使う暇がない。
風香とラヴィのHPは半分よりもずっと低くなっている。
ニアがチラリとイトナの方を見る。
こうなることは予見していた。この場合、HP回復のインターバルを挟むためにイトナと入れ替わると作戦を立ててはいたが、現実はそうもいかない。
イトナの周りには三体の使い魔。
哨戒の役割はイトナの予想していたものよりも負担が大きかった。
最初イトナが挑んだ時は使い魔とトゥルーデを同時に相手にしていたし、手が空くだろうとも思っていたが、そう上手くはいかない。
今回は人数も多く、派手に戦闘を行なっている。それが響き渡り、使い魔が想定より多く寄ってきたのだ。
攻略は予定通りにいかないことの方が多い。
こんな時、どう的確なアドリブを効かせることができるかで結果が変わってくる。
「テト、小梅! 攻撃をやめて、風香とラヴィのフォローに! 二人は速やかに回復!」
ニアが指示を出す。
イトナの参戦とニアの投入どちらも選ばない指示だ。
「おう!」
「了解です!」
テトと小梅は素直に指示に従い、続いていた攻撃を止める。
トゥルーデのHPはもう少しで半分というところまで削れていた。
風香とラヴィのおかげでこちらの主火力が障害なく攻撃し続けられた成果だ。
それらを踏まえて、ニアの指示はベストだった。
HPがイエローになる手前に止めて、体勢を万全にする考えだ。
風香とラヴィがお互いに距離を取る。
HPが多く減った彼女らに気づいたトゥルーデは、ヘイトを集めていたテトと小梅に背を向けて突進する。
「風香の方だ!」
「小梅ゼンマイ!」
ガチンと、更にブーストをかける。
枝を蹴り、猛スピードの小梅ロケットが、あっという間にトゥルーデに追いつき、思いっきり蹴っ飛ばす。
トゥルーデは顔を大きく歪めて、大樹に激突した。
「よし!」
これで回復が間に合う。
順調だ。
想定外もあるが順調。
回復薬を飲み、二人のHPは全快。
後はポジションを整えて、トゥルーデの出かたを警戒する。
だが。
トゥルーデの様子がおかしかった。
見た目に変化はない。
全員が眉をひそめる。
それを使い魔を相手にしながらイトナも確認できた。
トゥルーデは激突した大樹から驚くほどゆっくりと顔を剥がし、のっそりと振り返った。
ニタリと笑ったような目が辺りを見渡す。
「な、なんだ!?」
そのトゥルーデの顔はさっきまでと明らかに違った。
何が違う。
表情?
違う。
咄嗟に違いがわからない。
でもさっきまでと間違いなく違う。
「目が、黒い……」
ニアが違いに気づく。
今まで白一色の目をしていたのが、今は真っ黒だ。
何か特別な武器を得たとか、大きな変化はない。
ただ、目の色が変わっただけだ。
だが、それは何かヤバい変化で間違い無いと全員が直感で感じる。
そして。
遅れてトゥルーデのHPがイエローになっていることに気づいた。
七大クエスト、Lv.150。白灰の魔女 トゥルーデの攻略第二ラウンドが始まる。




