16
あっという間に一週間が過ぎた。
妥協範囲内の装備の作成に成功し、イトナの情報を元に毎日欠かさず対トゥルーデ戦のシミュレートを行なってきた。
やれることはやった。
今できる範囲で準備は万端。
そして今、イトナ達はモノクロ樹海の前に来ていた。
「何度見ても不気味な森ね。入るのは初めてだけど」
「オバケ、出ますか?」
「出るのは魔女だ。安心しろ」
そう言って小梅の頭をワシャワシャとラヴィが撫でる。
あの魔女のツラを考えるとオバケより恐ろしいと思うが。
雰囲気は悪く無い。
誰も気負った様子もなく、穏やかだ。
念のため、今日はサダルメリクのNPCには安全地帯から出ないように指示を出して来たようだ。
戦争からなにもないが、念のため。
主力メンバーが留守でも、いざという時はユピテルがいる。
だからサダルメリク城の事は安心だ。
因みにラテリアは今朝から「私もクエストに挑戦して来ます!」なんて言っていた。
普段一人でクエストなんて行かないのに、どういった心境か。
不思議なほどやる気に満ちているように見えた。
まぁ、やる気スイッチはふとした時に入るものだ。大丈夫だろう。
そんな訳で、ラテリアにも用があるみたいだし、サダルメリク、パレンテ共に留守は問題ない。
「それでは挑む前に。イトナくんから一言」
各自準備運動や持ち物の確認をしている中、ニアが言った。
「え、僕?」
「こういう時はリーダーからの一言で士気を上げるものなのよ」
イトナがこのパーティでリーダーになった覚えはないけど、なにかに挑む前に士気を高める事はよくある事だ。
パレンテでもあった。
勝ったら美味いもん食うかーくらいの適当な一言だったが、それでも士気は上がるものだ。
今はとてもじゃないが、そんな適当なことを言う空気じゃないが……。
ニアの隣でテトと小梅が拍手してる。
「えっと、みんな初見だし、とりあえずイエローライン目指して頑張ろう」
頑張ろう。おー! の流れを期待していたわけじゃないが、皆んなの様子はガッカリしたものだった。
「志低過ぎだろ」
「それでは負けるの前提じゃないですか」
ニアの無茶振りに応えたのに、苦情が飛んで来る。
苦手なんだよこういうの。
そもそもリーダーはニアだよね。
「ちょっと、士気を下げたらダメじゃない」
最後にニアに怒られた。
笑っていたから揶揄われたのだろう。
でも、嘘は言っていない。色々情報は提供したけど、初見には違いないのだから。
昔のパレンテだって、七大クエストは何回も失敗を繰り返している。やっぱりHPがイエローになってからのトゥルーデの挙動を確認する事が目標としては妥当だと思うけど。
誰もフォローはしてくれず、話が進む。
「それじゃ、忘れないうちに装備を」
それを合図に全員、装備を白と黒色にデザインチェンジした。
これは一方的な不利を和らげるものだ。
色が付いていれば目立つ。
トゥルーデも相手を目で追う。目が付いているから、きっとそうだろう。
なら、初手で先手を取られる確率を下げたり、視界から逸れた時に再び相手を視界捕捉するしやすさをイーブンにするためだ。
背景が白黒だと、何の色でも目立ってしまう。
皆白黒に染まった事を確認すると、イトナを先頭にモノクロ樹海に足を踏み入れた。
「小梅、大丈夫そう?」
一つ目の枝に飛び乗って、小梅に確認をとる。
「ばっちぐーです」
小梅はぴょんぴょん跳ねながら答えた。
少し揺れるが、問題ないように感じる。
小梅は見た目よりだいぶ重い。
もちろん太っているからではなく、クラスの特徴の関係で。
だからモノクロ樹海の枝が小梅の体重に耐えられるかが少し不安だったが、どうやら問題ないようだ。
今回、小梅は貴重な火力だ。欠けたら攻略は絶望的になるだろう。
なら、事前に確認しとけよって思うが、直前までそこまで考慮が回らなかった。
取り敢えず、一つの杞憂が晴れてよかった。
奥に進む。
あえて難しい枝の渡り方を選んで、奥に進んでいく。
普段経験しない特殊な地形に慣れるためだ。
今回のパーティは殆ど前衛クラスで構築している。それもあって、皆身体能力は高い。
ニアを除いたメンバーは直ぐに移動の感覚を掴んだようで、ぴょんぴょん枝を渡って行く。
初めは飛び移った時に手をついていたのが、数回でそれが無くなった。
戦闘になれば、移動中に両腕が使える使えないでは雲泥の差だ。
しかし、問題はニアだ。
隊列の中で真ん中に位置するニアで、移動が遅れているのが、明らかにわかる。
「ごめん。直ぐ慣れるから」
ニアは普段あまり動かない。
攻撃を受けても、避けずにガードすればいいから動く必要がないのだ。クラスも、どちらかといえば後衛。
周りと比べて動きが鈍いことは仕方ないこと。
「焦らずに飛べがいいから」
そう言うも、戦闘が始まればそんな事は言っていられない。
なんとか慣れてくれればいいのだが。
入り口からの光が途絶えるくらい奥へと進むと、霧が濃くなり視界の悪さが増した。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。
無音の世界。
イトナ達が移動の際にする微かな音以外はない。
モノクロ樹海の不気味さが際立つのを感じながら、イトナは足を止めた。
それに習って後続も動きを止める。
『使い魔だ。四体』
このダンジョンのモンスター。
モンスターの部類ではボスでもなんでもないが、レベルを見れば強敵に違いない。
『……どこだ?』
『……全然わかんねぇ』
後ろでキョロキョロとモンスターを探す皆。
初見だとやっぱり難しいか。奴らの擬態は優秀だ。
『私から見て、前方右下の枝に一体。真左に一体……後はわかりません』
風香は見つけたようで、目を細めて指を指す。
その方向に視線が集まるが、テトもニアも小梅も首を傾げる。ラヴィだけはわかったようで、あーアレかと呟いた。
『後はあれとあそこ』
残りの場所を伝える。
風香とラヴィは直ぐにわかって、残りは時間をかけてなんとか場所を把握した。
『全く動かないのね。こっちの事気づいてないのかな』
『いや、気づいてるよ。気づいてるから動かないんだ。見つからないようにね。あいつら結構頭いいから』
つまり待ち伏せだ。近くに通りかかった時に暗殺を狙ってくる。
ルートを選んで避けるように進めば背中から矢が飛んでくる。
つまり、戦闘は避けられない。
『取り敢えず、僕が一体やってくるよ。見終わってからテトと小梅がソロで右下と左のを。風香とラヴィは二人で残りのを』
トゥルーデとのエンカウントは難しい。でも、エンカウントしてからはフォロー無しで、周りの使い魔とソロで勝たないといけない場面があるだろう。
今のうちに練習は積んでおいたほうがいい。
ニアはフォロー。いざという時はHPをゼロにされる前に守ってもらう。一人でも脱落すればその時点で今日の攻略は終了だから。
イトナは音なく跳躍した。
真上の枝を蹴っ飛ばして、勢いよくターゲットに接近する。
銃は使わない。
お手本にならないからね。
今日のメンバーは全員前衛。なら、剣での打ち合いを見せた方が分かりやすいだろう。
都合よく武器は黒色。二本の黒曜石のバゼラート。名は《オブシディアンクロス》。
力のステータスの低いイトナに合わせて、斬れ味を高くするエンチャントを複数付けている。
それを両手に握り、先制を攻撃を仕掛けた。
使い魔と目が合う。
黒い枝のような肌を持つ人型のモンスター。
奴も白い刄を手に、俊敏な動きでイトナの攻撃に応戦する。
骨を研いだような刄。
それがイトナのバゼラートを弾くと、もう片方のバゼラートで使い魔に傷を入れる。
「ギギッ」
使い魔がダメージを負い、喘ぐ。
やはりこのレベルになると一撃は難しい。
使い魔は体を仰け反り、イトナの斬撃は浅いものになった。
それから約一分使って、使い魔のHPを空にした。
『イトナくんがモンスターからダメージ受けるの初めてみたかも』
ニアがそんなことを言う。
一発浅いのを貰った。かすり傷のためHPはそれ程減ってはいないが。
でもイトナもまだまだってことだ。敏捷特化は防御を捨てる代わりに攻撃に当たらないことが前提だ。攻撃がかすっただけでも、相手によってはそれが致命傷になり得ることもある。
『テト達も行けそう?』
それに皆慎重に頷く。
ニアが言ったことでそうさせたのかもしれない。
相手はこのダンジョンでそこら辺にいるモンスター。でも、それら全てが強敵だ。
全員が使い魔と戦闘を始める。
イトナは監視だ。新手が来たら、それを引き受ける。
数分して、モンスターは全滅した。
全員が余裕。とは言えないが、初見にしてはまずまずだ。
特にテトの手際がよかった。数回剣を重ねた後に隙を見て、鋭い突きで決めた。
流石ホワイトアイランド最強の前衛。キルにかかった時間はイトナよりも速い。
「余裕だね」
「んや、運が良かっただけだ。あと俺はガトウで慣れてるからな」
とのことだ。
言われてみれば確かに武器の刃渡りはガトウの持つナイフに近いか。
二対一だった風香とラヴィも数の有利もあって幾分か余裕があった。
普段同じパーティであり、息がぴったりあった連携で相手を翻弄していた。風香が相手の気を引き、ラヴィが重い一撃をお見舞いする。
でもソロだと難しいかもしれない。それがイトナな感想だ。
二人もそれは分かっているらしく、「ソロでは少しキツイですね」と言葉を漏らしていた。
そして小梅だが。
「随分と派手にやられたわね」
そう言って汚れた小梅のほっぺを拭うニア。
HPは半分より減ってイエローに。服はボロボロに斬り刻まれ、隙間から下着が見えている。
見ての通り一番苦戦したのが小梅だ。テトと小梅でこうも違うものか。
いや、決して比べて強い弱いを言っているわけではない。相性が悪かったのだ。
小梅のクラス《メカニック》はステータスだけなら他のクラスより高く、優遇されているが、その分弱点も多くある。
ゼンマイが切れたら動けないのはもちろん、切断系の攻撃が苦手。
理由としては武器を持たず、避ける以外では腕や足で直接攻撃を受けなければならないからだ。
硬い体だから、大抵の攻撃は弾けるが、高レベルになるとそうもいかない。
前の戦争でアクマに遅れをとったのも、切断が強い武器の鎌と相性が最悪だったからだろう。
前衛クラスの多くは切断系の武器を持っている。剣なり槍なり。
だから大抵の前衛は小梅の天敵。
そう考えると《メカニック》のクラスは不遇か。前衛の相手は大抵前衛になってしまうから。
でもニアの存在によって、小梅の強さが活きる。
ニアが相手の攻撃を防ぎ、小梅のステータス暴力パンチが襲いかかる。
鬼に金棒。
ニアに小梅だ。
苦手があればそれを仲間がフォローすればいい。
今回はソロで様子を見たけど、次からは小梅にニアをつければ、問題ないだろう。
なら、対トゥルーデ戦も、小梅をメインに前に出てもらって、ニアには小梅をマークしてもらえば……。
なんて事を考えていると。
「あまりジロジロ見ないように」
「あ、ああ。ごめん」
ニアに注意された。
別にそんなつもりではなかったけど、小梅の下着が露出している事を忘れてた。
ニアにはイトナがガン見しているように映ったのかもしれない。
「どうしよっか……」
「次はもっとうまく倒します! 次は大丈夫です!」
「違う違う。服。あーあ。こんなにしちゃって……」
ニアがメイド服の破れた部分を摘む。
小梅は強敵に会えて嬉しそうだ。なんだろう。小梅は強敵に飢えているのだろうか。服なんてどうでもよさそうで、周りの目を全く気にしていない。
「へぇ、徹底してるなぁ。下着も白にしてるのか」
今の空気を読めなかったのか。
感心したように小梅の下着を覗くテトに、ニアが裏拳のように腕を振り、バックラーで強打を与える。
顔面にだ。
顔を抑えて縮みこむテトを擁護する者はいない。
ニアはたまにバイオレンスになる。特にテトには。
「ニア様は黒のむぐ」
「余計なことは言わないの」
まるで姉妹だ。世話のかかる妹に出来のいい姉。
本当に困っている姉に、妹は全然気にしてないようで、早く先に進みたがっている。みたいな。
「どうする? 一旦戻る?」
「んや、私のを一個あげよう」
ラヴィがアイテムを取り出す。装備デザインを再構築するアイテム。
女の子ならよく一個はインベントリに忍ばせているアイテムだ。
今の小梅のようにダンジョンで服が破けてしまった時のために。
今回は未開地の攻略で、皆そのアイテムよりも回復アイテムを優先させたのだろう。
普段ラヴィは普段男らしい所があるが、意外と女子力が高いのかもしれない。
なんて思ったら失礼か。
もっとも、このアイテムの使用頻度は低い。
パワー系のプレイヤーの殆どは鎧を装備していて、破れたりはしないし、敏捷系のプレイヤーなら、攻撃を受けない。
強敵を相手にすれば破ける時もあるが、その時は大体ゲームオーバーだ。攻撃が当たったら死んでしまうようなステータスになってるからね。
だから身嗜みを整える保険アイテム。
そんな中、小梅はパワー系なのに、装備はヒラヒラなデザインにしている。破けるわけだ。
ちょっとしたアクシデントが起こったが、小梅のメイド服を整えて、再出発。
更に不気味な樹海の奥深くを目指していく。
何回も使い魔と遭遇し、それ毎に戦闘の安定は増していった。
そして散策を一時間以上続け、出口がどちらがわからなくなった頃。
「ストップ」
遠くの大樹の影から不気味なシルエットがゆらりと動くのを確認した。
それは。
巨大な膨れ上がったような頭。
極端に小さい体。
それから伸びる三本のナイフのような爪。
そのシルエットは見間違いようがない。
「いた」
魔女トゥルーデ戦が始まる。




