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その日、【イニティウム北のメインストリートで、高額装備がバカ売れ】とリエゾン誌のトップニュースに記載された。
サダルメリク、グランドフェスティバルに向けて本格準備か!? とか、売るなら今! など、いろいろなことが書かれていた。
この記事を見て、大体のプレイヤーは喜んだ。主に売るなら今! の部分だ。
温存していた高額装備アイテムを売るために、北のストリートはいつもより増して上位のプレイヤーが溢れかえった。
これもサダルメリクの作戦の内だったのだろう。サダルメリクは尽きることの無い財力でそれらを買い漁った。
そんなプチイベントが開催している真っ只中、一人の少女は顔を真っ青にしていた。
リエゾン誌を握りしめた手はワナワナと震えている。
リエゾン報道部。ノノアだ。
「バカ売れって……ちょっとちょっとちょっと、嘘よね?」
ノノアの不安はもちろんマジカルステラの事だ。
ノノアは先日の戦争で大きな戦果、もとい貴重な映像を収めたことで、ギルドから多額の報酬が支払われていた。
その額、2500万リム。
ノノアはこれに不満はなかった。元々の報酬が1000万リムと話があり、休日手当で1500万リム。残念ながら死ぬことはできなかったため、死亡手当は出なかったが、特別報酬が加わり、合計2500万リムを報酬として受け取ったのだ。
これでノノアの持ち金は9500万リム。目標まで500万リム。あともう少しと思った矢先、このニュースである。
記事によるサダルメリクが集めているエンチャント群のリサーチリストを見るが、幸いマジカルステラに付いているものとは違った。
でも、不安が消えたわけでは無い。あれは良い武器には違いないのだ。求めている物と違っても買ってしまうかもしれない。
そもそもサダルメリクが買わなくても、現在北のメインストリートには沢山のプレイヤーが集まっている。
非常に危険だ。
顔を青くしながらノノアは現場に急行した。
マジカルステラはなかった。
「あ……ぁ………ぁぁ………」
誰かが買ってしまったのだ。
ノノアは愕然とした。
ウィンドウに張り付いて、ついこの前まであったマジカルステラがあったその場所を見て。
がっくしと膝を折る。
「売れちゃダメってあれだけ言ったのにぃ〜〜〜」
昨日までは確かにあったのだ。手を伸ばせば届く位置に。あと一週間もすれば手に入る金額で。
「うぅ……」
悔しかった。前から狙っていただけに、運命のステッキだと思っていただけに、悔しさと同時に喪失感が心に広がった。
力の入らない体を持ち上げて、混み合った北のメインストリートをとぼとぼと去る。
もっと良いステッキを探そう! なんてモチベーションは湧いてこない。
それ程、あのステッキが気に入っていたのだ。
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ノノアには夢があった。夢というか、憧れに近いかもしれない。
それに出会ったのは遠い昔のこと。
ノノアは幼い頃からなんでも一番だった。
幼稚園のころ、鉄棒の逆上がりができたのも一番。
小学生に上がっても、運動会の駆けっこはいつも一番だったし、掛け算とか、新しい事を教われば一番にそれをできるようになった。
それらを経験して、周りと自分を比べて、ノノアは自分を特別だと思わなかったし、周りを見下したりはしなかった。ちょっとだけプライドが高くなってしまったのは些細な事だ。
特別だと思わなかったのは、当時のノノアは一番であって当たり前だと思っていたのかもしれない。
当たり前と思わせる理由としてはノノアの母親の教育にあったのかもしれない。
母親は周りよりも少しスパルタだったのだ。
逆上がりが一番にできたのも、掛け算が一番にできるようになったのも、最初からできたわけではない。
いっぱい練習して、いっぱい失敗して、いっぱい叱られて、やっとできるようになったのだ。
つまり、ノノアは周りより優れているわけでも、ましてや天才や才能があったわけでもない。ただ、周りより、それらに時間を費やしただけに過ぎない。
それに気づいたのは小学後中学年辺りだった。
ノノアがなんでも一番だったのはその辺りまで。中学年辺りに差し掛かると、いろんな事でノノアよりできる子が現れた。
体育授業でサッカーやバスケットボールをやった時だ。
日頃運動はやらされていたし、周りより上手くボールを扱えていたノノアだったが、それよりもっと上手い子がいたのだ。
その子はサッカーのクラブに入っていた。
その子はバスケットボールのクラブに入っていた。
それを見て、特段悔しいとは思わなかった。
だって当たり前だ。周りの子よりもそれをやっている時間が多いのだから、上手で当たり前。
ノノアはそう思った。
ノノアは特別才能があったわけではない。もしかしたら何かの才能があるかもしれないけど、今のところはそれを見つけられていない。
でも、ノノアは不得意なものはあまりなかったのは確かだ。
勉強にしろスポーツにしろ、小さい頃からやらされていたからか、苦手なものは無く、なんでもやればできた。
もし自分がサッカーのクラブに入っていたら、バスケットボールのクラブに入っていたら、その子と同等。またはそれ以上に上手にできる自信があった。
人間、やればなんでもできる。そう思い込んでいたせいで、自分がもし幼い頃からフィギュアスケートなり、卓球なり、何か一つのことをやり続けていれば、誰よりも何かをやっていれば、オリンピックで金メダルだって取れる。ノノアは本気でそう思っていた。
だから学校で、クラスで誰々がテストで100点満点を取った。誰々の足がすごく速いよね。誰々はゲームが凄い上手いんだよ。
それをすごいよねーとクラスの友達と話す機会は多い。
それにノノアもすごいよねーと相槌をするわけだが、ノノアから見れば、テストで100点満点を取っていた人は、足が遅くて運動会ではいつもビリっけつだったし、足が速い人はテストの点数は悪かったし、ゲームが上手い人は勉強も運動もできなかった。
だからそれを凄いとは思わなかった。
誰だって同じくらい頑張れば同じくらいできるんだよと。
ゲームで言えばステータスをそれらに多く振り分けただけなのだから。時間という名のステータスを。
幼いながらそう結論付けたノノアは何か一つに夢中になることはなかった。
どうせ一番時間を費やした人が一番になる。そう思い込んでいたせいで、ノノアの目には世界が冷めて映った。
そんなノノアに転機が訪れる。
それは子供の間で話題のゲーム、フィーニスアイランドの中でのことだった。
クラスでの話題のためにと、なんとなく初めてすぐの頃。ちょうど第一回グランドフェスティバルが開催されている時期だった。
ノノアは運良くいい席の観戦席チケットを手に入れて、せっかくだからと、試合観戦に訪れた。
グランドフェスティバルは各島のトップギルド同士が競う大会。つまり、この大会の試合こそがこのゲームの頂上決戦。
ノノア風に言うなら、このゲームに一番時間を消費して来た人達の集まり。
そんな冷めた表現は置いといて、このゲームでどれくらいのことが出来るか分かるわけだ。
高レベルの人のステータスではどれ程の身体能力を持っているかとか、どれくらい派手な魔法が使えるのかとか。
規格外でファンタジーな戦いが見れると思い、一種の見世物として、ノノアはここに来ていた。
試合のカードはブルーアイランドとホワイトアイランドの一番手ギルドだった。
その試合こそがノノアの冷めきっていた心に熱を入れた。
激しく舞う剣技と飛び交う魔法の中、ノノアは自然と一人のプレイヤーを目で追う。
高校生くらいのプレイヤーしかいない中、一人だけ幼く見えるプレイヤーがいたのだ。
幼いと言ってもノノアより歳上だが、それでもあの戦場の中では圧倒的に歳が若い少年。
その少年は小さい体に似合わない大きな剣を振り回し、戦場を駆け回っていた。
何回りも大きい相手を相手に引けを取らず、対等に剣をぶつけ合っている。
それはゲーム初心者のノノアから見ても稚拙なものでは無く、高度な駆け引きが行われていることがわかった。
試合の中で何度も危ない場面があったものの、仲間に助けられながら、少年は試合の最後まで戦場に立っていた。
勝ったのはその少年のギルド。
仲間との連携で少年が相手の一人をキルできたことで、勝敗が決まったのだ。
その時はらしくも無く「やった!」と口に出してしまった。
その時、ノノアは初めて人のことを凄いと思った。
純粋に、凄いと思った。
いつもなら誰よりもこのゲームをやったからーなど、冷めたように思うはずなのに、試合後もノノアの中で興奮の熱は冷めなかった。
自分もああなってみたい。
ノノアは初めて憧れを持った。
途端に視界が色鮮やかになったように思えた。
四年後、次のグランドフェスティバルで、あの少年の隣に立ち、この大会で優勝する。
その時はまだ言葉でしかイメージできないほどぼんやりとしたものだったが、それは確かな目標でもあった。
そう目標が決まれば、ノノアの行動派早かった。
フィーニスアイランドのことを調べに調べ、目標へ一直線に進む。
何事も情報が重要だ。ある程度先を見通して、効率よく事を進めいった。
きっと、それは正しい行動だっただろう。
情報の集まるリエゾンに入り、その中でもお金が集まりやすい報道部に所属した。
経験値とお金を効率よく集め、小学生にしてLv.100に到達した。
小学生でレベル三桁になったプレイヤーはホワイトアイランドで多くいない。それこそ、片手の指で数えられるくらいには。
かと言って、ノノアが一番なわけでもない。上には上がいる。ノノアの知るところではメイド服を着た少女に憧れのパーティに所属している狼少年。
探せばまだいるかもしれない。
一番ではないが、胸を張っていいほどにはノノアは強くなった。
でも、ノノアは焦っていた。目標は小学生で一番強くなることではない。
あの少年のギルドに入り、更にその代表パーティに選抜されることだ。
時間はもうない。
憧れの少年の年は時が流れて今は高校生。彼にとっては次で最後のグランド・フェスティバルになる。
そして同時に、ノノアにとっても、あの時夢見た彼とあの舞台に立つチャンスは最初で最後になるわけだ。
憧れのギルドは未だ強い。古豪のギルド黎明の剣。
その代表パーティである勇者パーティのメンバーは誰一人ノノアが勝てる相手ではない。
それに加えて、アーニャというホワイトアイランドで最も強い魔法少女が所属している。ノノアと同じクラスの魔法少女がだ。
今の勇者パーティにノノアの入る隙間などない。
あれからだいぶ時間が経った。今も、当時ほどの熱が残っているかと言えば嘘になる。
それでも、微かな熱が未だ残っているのは確か。それが意地だったとしても、勇者パーティに入りたいという気持ちは確かに残っている。
はっきり言って、ノノアの夢は絶望的だ。それはノノアが一番わかっている。
もう諦めてしまった方がいいのかもしれない。そう思う事も最近になって度々あった。
マジカルステラ。それが唯一の、微かな希望だった。
あの装備があれば、もしかしたら手が届くかもしれない。レベルに差があっても、他の部分で数字を補えば、もしかしたらと、そんな淡い考えがノノアにはあった。
だが、それももう無くなった。
なんとか持ち堪えていた夢が、へし折られたようだ。
古都イニティウム。その北のメインストリートの人混みに揺られながら、ノノアは色々なことを考えていた。
ノノアの人生の中で、諦めるを選択した事はあまり無い。それだけに、四年間積み上げてきたことを諦めるのはノノアにとっては一大決心だった。
様々なものを天秤にかけて、諦める方に傾いていくのを感じていると、違和感を感じた。
「え?」
思わず声が出てしまう。違和感を感じたが、その違和感がなんなのかわからない。
言葉に上手く表せないけど、違和感を感じたのだ。
沸々と、心の奥が熱くなる。
心が軽くなった気がした。
今まで沈んでいた気持ちが嘘のように晴れ渡ったようにスッキリした。
よく分からないけど、モチベーションが上がってくる。
やる気が湧き出てきでてくる。
糸で引き上げられているかのように、使命を感じる程に、諦めちゃいけないと、そう強く思った。
「どうしちゃったんだろ」
自分の気持ちを不思議に思うも、直ぐに気にならなくなった。
「もっといい武器を見つけなくっちゃ」
メインストリートから外れようとしたのを回れ右して、一番近い店に向かう。
もう殆どのいい武器をサダルメリクに買われてしまったかもしれないのに、何故かいい武器が見つかるような気がした。
そんなノノアの様子を、遥か離れたダンジョンの奥で、監視している人形がいた。
「こんなところかしらね」
そう呟いて、手元にあったノノア人形を退けて、次にピンクの人形を手前に置いた。
後、少し。




