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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ドールマスター
84/119

09

 戦争が終わった翌日。

 イトナはパレンテホールにいた。

 念のため、ナナオ騎士団が裏切らないかに備えて、今日はダンジョンには行かないつもりだ。

 ラテリアもまた、イトナと同じ理由でパレンテホールに待機中である。


 今日のパレンテホールは静かだった。

 ラテリアから来てから賑やかだったのだが、今日はそのラテリアの元気があまりない。

 ラテリアはイトナの目の前でテーブルの上に突っ伏している。

 どうやら昨日のことをまだ気にしているらしい。本人たちに会えないのももどかしいのだろう。

 突っ伏した事によりラテリアの豊満な胸がテーブルに押し付けられ、形を変えているのがイトナの目に毒だ。


 ラテリアは突っ伏したまま顔を上げ、フレンドリストを開く。イトナからはウィンドウの裏から鏡文字でそれが見える。


 ラテリアのフレンドの数は極端に少なかった。


 そういえば前にセイナに言われてフレンドリストの整理をするように言われていたのを思い出す。

 ラテリアの男避けのためにセイナが気を使ってくれたのだ。


 ラテリア程のレベルのプレイヤーならフレンドリストの上限である五十人に達している人が殆どである。

 もちろんラテリアも五十人に達していた。全員男だったらしいが。


 ゲームのフレンドとは曖昧なものである。

 ギルドが同じとか、毎日パーティを組むフレンド。野良でたまたま同じパーティになってその時意気投合したからフレンド登録。でもそれ以降関わってないなど色々ある。


 普通ならそれだけで気にもならない。

 覚えてない人がフレンドリストにいるだけで害があるわけではないからだ。


 しかし、ラテリアの場合は違った。

 フレンドの登録をすれば居場所がわかる。

 自分が行った事のある場所限定だが、それなりのプレイヤーなら行った事の場所は少ない。その仕様のせいでラテリアはストーカー行為にあった。

 それを未然に防ぐ為に、フレンドの整理を行った。

 可愛い女の子は大変である。


 でも、ラテリアの性格からフレンドをやめるのに強い抵抗があったようで、なかなか進まない。それに見かねてセイナが整理したのだ。


 上から順番にどんな関係か聞いて、セイナ判断でラテリアのフレンドを排除していったのだ。

 最初の一人目のやり取りは良く覚えている。


「この人は?」


「えっと、初めてパーティを組んだ人で……」


「そう。じゃフレンドじゃないわね」


「え、でもストーカーとか何もしてない人ですよ?」


「は? パーティ組んだだけなんでしょ。そんなの友達じゃないわ」


 セイナの友達基準は厳しい。関係の薄い人は次々とフレンドリストから抹消する。


 一人一人一生懸命関係の説明をするラテリアだったが、セイナは途中から飽きたらしく、中盤くらいから、「男? じゃフレンド辞めなさい」と性別だけで消された。


 セイナのフレンド整理は凄かった。

 完璧な整理だったと言えよう。

 なんたって最終的に残った人はいなかったのだから。

 オールクリア。ラテリア友達ゼロ人である。

 驚いた事になぜかイトナもフレンドリストから消されていた。

 セイナの言い分は「ギルドが同じなんだからフレンドリストに入れなくていいじゃない」だ。

あんまりである。


 それから最初にラテリアのフレンドリストに追加された名前はイトナだった。ギルドが同じでもやっぱりフレンドリストには入れておくものだ。

 次にニア、ユピテル、小梅。昨日、勇者パーティとも登録したのだろう。ウィンドウの裏からは十人ほどの名前が並んでいた。


 その内の三人の名前がグレーに染まっている。ラテリアはその一点を見ているような気がした。


 そんなラテリアの顔はちょっと色っぽく見える。なんて考えているのは少し失礼だろうか。


 今日くらい何もしないでラテリアを眺めながら過ごしても良かったが、生憎イトナにはやる事があった。


「ちょっと出かけてくるよ」


「サダルメリクですか?」


 ラテリアがばっと起き上がる。その横でディアが寝返りを打った。


「いや、今日はニア達には会わないほうがいいよ。夜にログインするだろうけど、初めはギルドで色々話したいだろうしね」


「そうですか……そうですよね」


 ラテリアはあからさまにガッカリする。フレンドリストを見ていたのはログインしたら真っ先に会いに行こうと考えていたのかもしれない。


「ラテリアも行く?」


「どこにですか?」


 それにイトナは目線で答えた。未だ開かずのセイナの部屋を見て。


 それを見てラテリアは頷いた。




÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷




 その後、パレンテホールから出たすぐにラテリアから叱言を貰った。


「食べ物で許してもらおうと思うのは良くないと思います」


 ラテリアはお見通しだったのだ。

 セイナの好物ケーキを買ってくれば少しでも機嫌を良くしてくれるんじゃないかなんて目論見を。

 物で許してもらおうとしている事を良くないと思ったのだろう。


 でも、口も聞いてくれないセイナにどうしようもないのも事実だ。謝っても返事一つ返ってこないのだから。


 でも言い訳はすまい。

 いくら事故でも、イトナからじゃなくセイナ……いや、ディアがセイナの身体でイトナにキスしたからだろうと、結果的にはイトナが悪いのだ。


「セイナさんはそれ程怒ってないと思うんです。イトナ君がちゃんと謝れば許してくれます」


 そうだろうか。

 普段、手をあげないセイナがビンタしたのだ。

 長い付き合いのイトナから見ればセイナはかなり怒っている。ラテリアが言う通りあまり怒ってないならそれに越したことはないが。


「あ、最近美味しいアップルパイのお店ができたんですよ」


 でも、買いには行くらしい。きっとラテリアも食べたいのだろう。


 それからラテリアの案内でアップルパイを買った。

 本当に最近できたらしく、開店祝いで三割引だった。よくこんな広い町から新しい店を見つけられるものだ。


 買うと、袋と一緒にイベントクエストのチラシを渡された。内容は黄金のリンゴを探せとのことで、取ってくればとびきり美味しいアップルパイを作ってくれるようだ。


 ラテリアはそれに興味津々のようで、帰りの途中ジッとチラシを見ていた。


 黄金のリンゴ。

 黄金か。

 小梅が好きそうだ。

 今度小梅でも誘ってなんて思ったけど、やっぱりやめよう。「これは小梅のリンゴです!」とか言ってアップルパイにならず小梅の黄金コレクションに加わるのがオチたろう。

 小梅は金色が大好きだから。


 そんなことを考えながらあっという間にパレンテホールに着くと、ラテリアは真っ先にセイナの部屋に向かう。


 その道中、ディアがいい匂いを嗅ぎつけて起き上がり、テーブルを降りるとラテリアの脚の周りをクルクル回る。「にゃーも食べたいにゃー」とでも言っているのだろうか。


「セイナさんが食べるまでダメですよー」


 そんな事をラテリアが言うと、それを理解したのかセイナの部屋のドアをカリカリと引っ掻き始めた。うちの猫は意外と頭が良いようだ。


「セイナさん。アップルパイ買ってきましたよー」

「なー」


 ラテリアとディアがノックをしながらセイナに呼びかける。

 可愛いラテリアと可愛いデブ猫とアップルパイのいい匂いのトリプルパンチだ。


 果たしてそれに開かずの扉はすんなりと開いた。

 少しだけだが、拍子抜けするくらいあっさりと。


「セイナさん見てください。アイスクリームも買ってきたんです。これを乗せると凄い美味しいですよ」


 そんな説明をしながら、ラテリアがセイナの部屋に入って行く。ディアも当たり前かのようにスルリと進入していった。


 そして扉は閉じられる。開いたのは三秒くらいだろうか。イトナを入れたくない意思を強く感じた。


 イトナが入れるとは思っていない。

 今日のところはセイナにお詫びの品を届けられたことで良しとしよう。


 それからセイナの部屋から漏れるラテリアの楽しげな話し声を聞きながら一日を過ごした。




÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



 翌日。

 イトナはサダルメリク城の前に来ていた。


 ナナオ騎士団に攻められてから今日で二日後。

 サダルメリク城の敷地内では多くのサダルメリクのメンバーが作業をしていた。

 サダルメリクの首脳メンバーも結集し、本格的に復興作業が開始されているのだろう。


「よぉイトナ。堂々と中まで入ってきてよかったのに」


 サダルメリク城敷地前で待っていると、迎えにきてくれたのはラヴィだった。

 昨日、手伝いに行くとニアに連絡する前にラヴィから念話で誘いがきたのだ。

 何故か必要以上に必死に頼んでくるから何かあったのかと思ったが、ラヴィの様子はいつも通りのように見える。


「ん、一人か?」


 と、ラヴィが辺りを見渡す。


「うん。ラテリアは掃除当番で遅くなるから先行っててって言われたんだ」


「成る程な、確かに男一人じゃ入り辛いか」


 そのまま自然と歩き出すラヴィの隣を着くようにしてイトナも敷地を跨ぐ。


「ラテリアは偉いな。うちのメンバーなんか学校サボって瓦礫拾いしてたみたいでよ」


 見れば歩きやすいように瓦礫が寄せられ、場内まで道が続いている。

 とても一日じゃ難しい量だ。


「凄いね。並のギルドなら皆んなギルドを抜けるくらいの出来事なのに」


「ま、そりゃ嬉しいけどよ。風香が珍しくカンカン怒ってたぜ。学校をサボってゲームなんてなに考えているのですかーってな」


 ラヴィは嬉しそうに話す。

 どうやらヴァルキュリアが不在の間、こっそり学校をサボって首脳メンバーがログインするまでに作業がしやすいようにと、瓦礫を片していたらしい。

 サボって作業をしていたメンバーの言い分は「中学生より下の学年は義務教育なので学校に行くように言いました。自分は義務教育じゃ無いので問題ありません」とか、「たまたま創立記念日だったので問題ありません」とかだ。

 学校をサボっのは高校生以上で、風香も同年代のプレイヤーを叱るのはやり辛そうで面白かったとラヴィは笑った。


 そんな話をしているうちに半分に割れたサダルメリク城に入る。


 改めて見るとひどい惨状だ。これはもう一旦崩して立て直さないと難しいと思うほどに。


 二階へ続く階段も破壊されていて、跳躍で二階に登る。


「で、僕はなにをすればいいかな」


「ああ、それはこれから決めることになってるんだ。かの有名なイトナ様だからな。瓦礫拾いじゃ勿体無いだろ」


 イトナとしては瓦礫拾いでも望むところだが、別の仕事を用意してくれるらしい。


「じゃあどこに向かってるの?」


「……風呂だ」


「フロ?」


 ラヴィはイトナの方を見ずに答えた。

 少しラヴィの様子がおかしい。


 フロと言う二文字の単語を意味するものを考えるが、一つしか思い浮かばない。


「フロって、体とか洗う風呂?」


「他になにがあるんだ?」


 いや、イトナの言いたい事はそういう事じゃ無い。なんでこの状況で風呂に向かっているんだって事だ。


「えっと、なんで?」


「ん、あー。お礼だよ。まぁ、今回のうちとナナオのいざこざにイトナが無関係ってわけじゃ無いかもしれないけどよ、体張って助けてくれただろ。

 あん時はよく分からなかったけど、キルされた後に考えて分かったんだ。うちの被害を最小限にするためにやってくれたんだなって」


 イトナが乱入して銃を突き付けた時、ラヴィは怒っていた。あの時は咄嗟のことで分からなかっただろう。

 突然現れて武器を向けられれば無条件でそいつを敵と思うのは普通だ。


 それに、今回はイトナの独断で強引にやった。

 イトナの思いつく限りでは一番いい方法をとったつもりだが、結果的にはサダルメリクに損害が出る結果になっている。

 もっといい案があったかもしれない。

 もしかしたら損害を出さずに戦争を終えられたかもしれない。

 そう考えれば、イトナはラヴィから白い目で見られてもおかしくは無い。


 でも、それはイトナの杞憂だったようだ。

 今のラヴィは怒っているようには見えない。

 よかった。


「ここの風呂はすごいぜ。初代が風呂好きでさ。めちゃくちゃデカイ。そして何より……」


 ラヴィが悪い顔をして耳打ちしてきた。


「JS、JC、JK。色んな女の子が浸かったお湯ですぜ」


「!? い、いいよ。気持ちだけで十分……」


「いやいやいやいや、イトナの旦那。これは二度とないチャンスですぜ。ちょっとくらいなら飲んでも今回は目を瞑ってやる」


「飲まないよ!?」


「あはははは。真面目だなイトナは。顔真っ赤にして」


 ラヴィは爆笑しながらイトナの背中をバシバシ叩く。

 そして流れるようにそのまま肩を組んできた。

 仲のいい男友達のように。

 ガッシリとホールドだ。

 悪い言い方をすれば逃げられないように。


「冗談は置いといて、マジでウチの風呂はいいぞ。広いだけじゃなく、種類も多い。泡風呂とか花風呂とかジャグジー、サウナ……あと小梅のために作ったウォータースライダーとかある」


「効能も凄いぞ。美容美肌疲労精力回復ストレス解消小顔効果にモテ期到来……?とにかく身体に凄くいいんだ」


「こりゃもう入るしかないよな? な!?」


 ラヴィは早口で言い終わるとイトナに同意を求めてきた。

 もちろん入るよな? と。

 もちろん入らないけど。


「いや、ごめん。僕お風呂とかあまり好きじゃないから……」


「ああん?」


 適当な理由を言ってやんわり断ると、ラヴィの笑顔が固まった。

 同時に腕に力が入る。

 自然とラヴィと密着するが、不思議とドキドキとかはしなかった。

 というか苦しい。


「大丈夫だ。うちの風呂に入れば大好きになるって。人払いもしてるし、騙されたと思って入ろうな?」


「いや、でも……」


「なんだ。お姉さんに背中流して欲しいか? あたし……は微妙か。ニアとかどうだ? それともユピテルか、あいつの胸すげーからな。あ、風香はやめとけ。あいつ日本美人だけど異性は不得意でな」


「そうじゃなくて……」


「あー悪かった。そっちか。小梅の方か。イトナも見る目あるな。今はお子ちゃまだけど、あいつも数年経てば結構美人になるぞ」


「あの……」


 そこで、ラヴィが足を止める。止まりそびれてイトナの首にラヴィの腕が更に食い込んだ。


「選択肢は四つ。ニア、ユピテル、小梅、ソロ。どれにすんだ? あ?」


 驚くほどドスの入った声がイトナの耳元で囁かれる。

 思わずぶるっと震えた。


「そ、ソロで……」


「あー、やっぱり風呂は一人でゆっくりだよな! 分かってんなーイトナは! あっはっはっは」


 わざとらしい笑い声をあげながらイトナの背中をバシバシ叩く。

 今日のラヴィは冗舌だ。

 普段はあまり自分から絡まない性格なのに。


 どうやらどうしてもイトナを風呂に入れたいらしい。


 理由はわからないけど、曲がり角でラヴィが背中で親指を立ていて、イトナ達の後ろをつけているユピテルが親指と人差し指の先をくっつけてオーケーサインを作っているところを見ると、嫌な予感しかしない。




 やっぱりこの二人、キルされた事を根に持っているに違いない。


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