03
テト達が卒業した次の日。フィーニスアイランドは存続していた。パレンテは攻略に失敗したのだ。
と、勝手に思ったけど、よくよく考えてみれば白の世界樹を攻略したとしてもサービスが終了するというのは噂であって、確かなことではない。誰も達成していないのだから尚のことだ。
テトはそんな事を考えながらフレンドリストを見ると、卒業した四人のメンバーの名前は濃い灰色に染まっていた。それは卒業を意味していて、ただの文字なのに冷たい温度を感じる。
「ん?」
並ぶ四人の名前の次に目が止まったのは、ログインを示す白の文字で書かれたイトナの名前だった。昨日、最難関ダンジョンに挑んで、そして今ログインしている。
ゲームオーバーになれば一日ログインできないペナルティーがあるはず。なのにイトナはログインをしていた。
つまり。イトナは白の世界樹に挑んでゲームオーバーしなかった事を意味する。
もしかして攻略成功したのか? と期待したテトはイトナの名前をタッチして居場所を確認し、速足でそこへ向かった。
そこはパレンテのギルドホールだった。イニティウムの一等地に位置するその場所はテレポステーション、集会場などの多用する施設から程よく近い。
自由に出入りが許されているテトは躊躇いもなくパレンテホールの中に入ると、真っ先に雇われているNPCと目があった。まだ幼い顔をしたイトナぐらいの歳の女の子。セイナだ。
どうやらおやつタイムだったらしく、フォークを片手に、それを口元に運ぶところだった。
「イトナいるか?」
「ノックしなさい」
真顔で言われて、思わず閉めた後ろにある扉を軽くノックした。セイナは怒ると怖いのだ。テトはそれを知っている。だから素直に従った。
そんなテトのことを呆れたような目で見たと思うと、セイナは面倒臭そうにため息を吐く。
「今度から念話でアポ取ってから来てちょうだい」
「アポってなんだ?」
「アポイントメント。会いに来るって事前に約束することよ」
「わかった。次からそうする」
素直にセイナの言うことを了承すると、テトはコクリと頷いた。
「……呼んでくるから適当に座ってなさい」
セイナは素直な相手にとやかく言うことはない。特にテトはバカだけど、大抵のことは一度言えばちゃんと直してくれる。セイナの中で、テトの評価は密かに高かったりするのだ。
ややして、セイナに連れられてイトナが現れる。その顔はどこかバツが悪そうに見えた。
そんなイトナを無視し、テトは身を乗り出して聞いた。
「なぁ、イトナ。どうだったんだ? 攻略成功したのか!?」
興奮気味のテトに歯切れ悪くイトナが答えた。
「あーえっと、いや。失敗したんだ。最後の最後で、ね」
「そ、そうか……」
テトは少し落胆した。レベルを考えれば当然の結果である。モノクロ樹海とスカイアイランドの二ステージを飛ばしての挑戦だ。そもそも手順を間違えている。
それでも、もしかしたら、そんな願望がテトの中にあったのだろう。
でも、失敗したならなぜイトナが今ここにいるのだろうか。その疑問が生まれた。
「イトナはゲームオーバーにならなかったんだな?」
当然の疑問を問うと、イトナの目は横に泳いで行った。なんて答えようか考えているようにも見える。
「……運が良かったんだ。最上階の100階ボス部屋までは行ったんだけどね……」
「白の世界樹100階もあるんだな!?」
誰も知り得ない最難関ダンジョンの情報に興奮を隠せないテト。それを他所にイトナはなぜか余計な事を言ってしまったかのように顔を歪めた。
「それより、何か用かな。もうスペイドは卒業しちゃったけど……」
そうだ。パレンテが挑んで、その結果を聞くのはついで。テトは別の目的でイトナに会いに来たのだから。
白の世界樹の話題から切り替えようとするイトナの言葉を遮るようにしてテトは通常運転で宣言する。
「俺、パレンテに入る」
「え?」
聞き慣れたそのテトの言葉に戸惑うイトナ。隣でケーキタイムの続きに入ろうとしていたセイナも口を開けたまま停止している。
「でもスペイドもういないよ?」
「うん。いい。イトナ一人だろ? 俺、師匠にイトナのこと任されたんだ。なぁ、いいだろ? イヤか?」
「イヤじゃないんだけど……」
イトナは困った顔を作る。少し悩んでからセイナに目が向けられると、アイコンタクトでセイナが微かに首を振ったように見えた。
「ごめん。やっぱり今は断るよ」
「なんでだ!?」
「えっと、今はまだギルドを作る気になれないから……とか?」
なるほどと、都合よくテトはわかったような顔をした。
イトナはずっとパレンテにいた。ずっと同じメンバーで。それが一気に一人ぼっちだ。まだ心の整理が出来ていないのかもしれない。そうテトは勝手に理解した。
「じゃあまたイトナがギルド始める気になったら入れてくれるか?」
「うん。その時はよろしく頼むよ」
その言葉を聞いてテト満足した。パレンテ加入の確約が取れたからだ。あとはパレンテの復活を待てばいい。それまでに強くなろう。イトナと並んで戦えるように。白の世界樹の攻略のために。
この日からテトはスペイドという師匠から独り立ちし、さらなる剣の高みを目指して邁進した。
÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷
「ってわけだ」
ラテリアはテトの昔話を心底つまらなそうに聞いていた。
セイナや、お姉ちゃんが話してくれるパレンテの話は楽しくてしょうがなかったのに、話し手が変わるとどうしてこう変わるものか。不思議である。
スカイアイランドからの帰還後、無事にセイナとディアの体が戻った直後だ。一難去ってまた一難。それから間も無くしてパレンテは窮地に陥っていた。
ラテリアがパレンテのギルドマスターになってからかつてない窮地といっていい。
「つうことで、パレンテに入れてくれよ。約束したろ? イトナ」
「黎明はいいの?」
「話はしてある。……結構前だけどな。いや、話をしたのみんな卒業してるか? あーでもアイシャとかガトウあたりが聞いていた……はず」
そうだ。そうに違いないと、テトは一人で頷く。
かなり曖昧だった。きっとちゃんと話していないに違いない。
「黎明の中で話がついてるなら僕はいいけど……」
「絶っ対にダメです!」
黙って成り行きを見守っていたが、呆気なく了承してしまうイトナに被せるようにしてラテリアは全力で拒否した。
このテトというプレイヤー、パレンテに入れるわけにはいかないのだ。
ラテリアの拒否に、イトナは不思議そうにラテリアを見る。
「なにかあったの?」
「だってこの人……っ!」
勇者テト。プレイヤーとしてはとても優秀だ。ペンタグラムの称号をも持つテトが入りたいと言って断るギルドなんて女の子制限のあるサダルメリクくらいだろう。
しかしそれはテトという人間を皆んな知らないからだ。
スカイアイランドでされた事をラテリアは思い出す。
セクハラだ。
女の子にあんな事する人、セイナだって嫌に決まっている。だからパレンテのギルドマスターとして絶対に入れるわけにはい。ギルドの風紀を守るのもギルドマスターの仕事だ。
テトがどれだけ酷い人なのかイトナに教えてあげたい。けど理由を口にできないのがもどかしい。だってイトナに汚されたと知られたくないから。
「なんだラテリア。まだおっぱい揉まれたこと気にしてるのか?」
「っな!?」
言わないとして悩んでいた事をテトがサラッと暴露してしまった。
「テト……」
飽きれたイトナの声が聞こえた。
「っち、違います! イトナくん違うんです!」
ラテリアは泣きそうに否定したが、もう遅い。ッキとテトを睨んで敵対行動をとる。
「最低です! 言っちゃダメって言ったのに!」
「言っちゃダメとは言ってないだろ」
「言わなくても普通わかります!」
ラテリアは怒ってみせるが、テトはどこ吹く風だ。
やっぱり最低だ。全く反省していない。
「テト、あんまりラテリアを怒らせないほうが……」
「あー。そうだよな。これから一緒になるんだし仲良くしようや」
「いや、それもあるんだけど……」
テトは悪りぃ悪りぃと、手をパタパタして軽く謝る。もちろんそんな謝罪で許すほどラテリアはお人好しではない。というか許す余地なんてない。
「一応言っておくけど、今、パレンテのギルドマスターは僕じゃなくてラテリアなんだ」
「は?」
「だからラテリアが入れたくないって言ったら入れないんだよね」
「……マジ?」
そう。メンバーの加入はギルドマスターであるラテリアの了承がなければならない。今更ながらラテリアにヘイトを溜めたことに後悔するテトを改めて睨みつけてやる。
「ラテリアさんマジすんませんしたッ!」
ラテリアの権力を知って心変わりした勇者は素早く土下座した。驚くほどのスピードだ。仮にもホワイトアイランドのペンタグラム一角。この人はプライドというものはないのだろうか。
「絶対に、ぜーったいにイヤです!」
「マジ! マジ頼むよ! 俺はラテリアなんかよりずっと前からパレンテに入りたかったんだぜ!?」
「そんなことありません! 私の方がもっとずっと前からパレンテに入りたいと思ってました! せっかく入れたのに台無しになるのはイヤです! 帰ってください!」
ラテリアはビシッと出口を指差す。
「いや、帰らねぇ! 入れてくれるまでここを動かないぜ俺は!」
テトは土下座したまま一歩も動かないらしい。これは根気勝負だ。負けたら一生後悔する。
この勝負はラテリアにだいぶ有利だ。ラテリアは頷かなければいいのだから。パレンテ部外者がずっとここにいるのは困るけど、それもセイナが復活するまでだろう。セイナが来てしまえば、「邪魔」の一言で強制送還だ。
「テト、やっぱりせっかく序列一位になれたんだし、無理してパレンテに入らなくてもいいんじゃない?」
イトナもテトの加入は反対のようだ。ラテリアの優勢が更に傾く。
「いや、ダメだ。イトナなら分かるだろ? 俺ずっとパレンテに入りたいって頑張って来たんだぜ? 師匠にもお願いされた。イトナを頼むって」
「それなら安心してください。イトナくんには私がいるので」
「いやダメだね。白の世界樹を攻略するんだ。優秀な前衛が必要だろ?」
「小梅ちゃんに手伝ってもらうので間に合ってます!」
「なんだとー!」
ぐぬぬぬ……と睨み合うテトとラテリア。やっぱりテトとは仲良くできそうにない。
そんなやりとりをしてる中、外が何やら騒がしいことに気づいた。
「号外! リエゾン誌号外だよー!」
耳をすませばそんな言葉が聞こえてきた。リエゾン誌の号外は珍しく、余程大きなことがなければ発行されない。以前の号外は確かナナオ騎士団の序列一位の座に着いた半年前のことだ。
ラテリアはそれ程の出来事が今日起きた事を知っている。もちろん未開地、スカイアイランドからレアアイテムを持ち帰った事ではない。今朝、黎明の剣が序列一位に返り咲いた事だ。
普段なら「ふーん、そうなんだー。すごいなー」くらいの関心度だが、今目の前にいる大っ嫌いな人の偉業だと思うと、とても面白くない。当人のテトも号外の声に外を気にしているように見えた。
「そんなに一位になった号外が気になるんならやっぱり黎明の剣にいた方がいいんじゃないんですか?」
つーんっとラテリア渾身の皮肉を込めて言うが、テトは全然気にしていない様子で眉をひそめた。
「いや、これなんの号外だ?」
「そんなこと……」
黎明のニュースに決まってるじゃないですか、そう言葉を続けようとしてラテリアも違和感に気づいた。
リエゾンの報道部は優秀だ。子供のママゴトとは思え無いほどに早く、正確な情報を掲載してくれる。そんなリエゾンが半日も前の出来事を今になって、しかも号外で報道するだろうか。
「ちょっと貰ってくるよ」
そう言ってイトナが外に出ると、すぐに一枚っぺらの号外を手に戻ってくる。号外見るイトナの顔が少し険しく見えた。
「なんだった?」
「サダメリとナナオが戦争を始めてる」
「え」
イトナが号外をテーブルに置くと、ラテリアは睨むのを、テトは土下座を一旦中断する。一時休戦だ。
それからイトナの持ってきた号外を覗きこむ。
号外には文字は無く、遠くからサダルメリク城の映像が映し出されている。リエゾン報道部の誰かの視界映像をリンクさせて、リアルタイム中継を行なっているようだ。
『今私たちはサダルメリク城近隣にある森フィールドから状況をお届けしております!リベラ周辺はナナオ騎士団が無差別PKを行なっており、非常に危険です! 興味本位で近づかない事を強くオススメします!』
映像の端にリポーターの顔が現れ、強い口調で注意喚起を促す。
そして、サダルメリク城にピントが合わさると、いつも見慣れているお城からは煙が立ち上り、ところどころ壁が削られているのが見えた。
「こりゃひでぇ」
「そんな……」
サダルメリク城は形を歪めていた。時折強いスキルの光が城内部から発せられ窓から光が漏れているのが見える。戦闘は城内で行われているようで、その度に地鳴りのような振動と爆発音が映像越しでも伝わってきた。
これを映している報道部プレイヤーは遠くの草陰から見ているらしく、アップした映像はぼやけて細かいところまではハッキリとは見えない。でもサダルメリクが一方的にやられているように見えた。
「おい、ニアはどうした。なんでこんな一方的にやられてんだ」
序列二位と三位の戦争。戦力差にはそれ程大差はないはずだ。戦争の準備を万全にして攻めたナナオと、いきなり攻められたサダルメリクで比べても、守りが得意なニアが率いるサダルメリクがこうも派手にやられるとは思えない。
でもそれはニアがいることが前提だ。
「ニアさんはさっきまでここにいたから……」
「あー……」
サダルメリクの鉄壁はニアの存在があってこそである。これはニア不在時に起こった戦争の惨状だ。
「で、でも今頃ニアさんが合流しているはずです! ニアさんがいればきっと!」
「いや、どうだろう」
イトナが難しい顔をして言う。
「陣形が悪すぎる。ニアがあの場に行ったとしても、簡単に仲間と合流出来るとは思えない」
「ああ、ニアは守り専門だ。倒すことはできねぇ。今頃足止め食らってるんじゃないか?」
「そんな……」
ラテリアの思っている以上にサダルメリクは不利な状況らしい。
なら考えるまでもない。
「た、助けに行きましょう!」
自然と出た言葉。後から助太刀する理由なんてポンポン湧き出てくる。
そう。例えばサダルメリクには借りがある。セイナを助けて貰った借りが。この戦争だって、そのことが絡んでいる可能性が高い。ラテリアには、パレンテにはサダルメリクに加勢する大義名分がある。
そうラテリアが宣言すると同時、号外に映っていた映像に一人のプレイヤーの顔がアップで映った。
リエゾンのプレイヤーではない。ナナオ騎士団のプレイヤーだ。
直後、それに反応したリポーターをしていたプレイヤーのマイクが武器に変わる。
マイクがグンっと伸び、先端に鋭い刃物が現れる。槍だ。
リポーターはフェンシングの様な俊敏な動きで迎撃をするも、全ての攻撃は弾かれてしまう。明らかにレベルの、ステータスの差が目に見える戦いだ。
そして圧倒的なステータスの差を前に、リポーターを務めていたリエゾンメンバーは呆気なくHPをゼロにされてしまった。
次に牙を剥いたのは映像を映しているリエゾンメンバー。だが、対するリエゾンメンバーは武器を抜き、抵抗するわけでもなくただジッとナナオ騎士団のメンバーを見据えている。これが今サダルメリク城周辺の状態と伝えんばかりに。
途端、映像が途切れた。映像を映し出していたプレイヤーもキルされたのだ。
「見境なしか。相変わらずナナオは過激だね」
イトナは真っ黒になった号外を丁寧に折り畳むと、隅に配置してあるゴミ箱に入れる。
「どうするんだ?」
「んー、取り敢えず様子見かな」
「え!?」
予想外なイトナの判断にラテリアは身を乗り出して声を荒げてしまう。
「な、なんでですか!? ニアさんが、小梅ちゃんとかピンチなんですよ!?」
「ラテリアちょっと落ち着こう」
思っていたより声のボリュームが高かったのか、前のめりになっていたラテリアをイトナが制する。
「で、でも!」
今すぐにでもサダルメリクの助太刀をしたいラテリアは話を急かすが、何故かイトナはあまり乗り気ではないらしい。
「ギルド同士の戦争はそんな簡単なものじゃないんだよ」
「どういうことですか?」
「戦争って言えば聞こえはカッコいいけど、ただの喧嘩なんだ。戦争なんてシステムはフィーニスにはないからギルド戦みたいに明確な勝ち負けの終わりはない。だから、ここで僕らが助けに入って、今日はナナオを追い返したとしても、嫌がらせは明日も続くんじゃないかな」
「うっ……」
イトナの言いたいことは理解できる。確かに戦争はルールの設けられたものではない。そして、この戦争の発端はナナオ騎士団の単なる憂さ晴らしでもありそうだ。序列一位を取られたとか、前のイトナ勧誘に失敗した件だ。最近のナナオ騎士団は思うようにいってないように見える。
つまり終戦はナナオ騎士団の気分次第なのだ。気持ちが収まるまでサダルメリクを攻め続けるだろう。
でも、ムカついたからなんて軽い気持ち一つだけで喧嘩を売る相手ではないはずだ。なにせ相手にしているのはかの有名なサダルメリク。女の子限定、そしてホワイトアイランド三本の指に入る実力を持つ大ギルドなのだから。
「ナナオ騎士団だって被害はあります。パレンテが味方に付いているって分かればずっと攻撃してくるってことは……」
イトナの言っていることは力差があることが前提だ。戦争して、不利だって分かればやめてくれるはず。そうラテリアは考える。
イトナは強い。あの玉藻とだって互角以上。しかもあの時は八雲もいたし、ラテリアとセイナを守りながら戦っていた。それで互角以上。
さっきのテトの話だって、テトよりイトナの方が遥かに強いと言っていた。きっとイトナはホワイトアイランドでは一番強いのだ。
そんなイトナに付け加えていいのか不安ではあるが、ラテリアだってそれなりに強くなったつもりだ。レベルはまだまだ低いけど、スカイアイランドでは一皮向けた実感がある。勇者パーティの皆んなからも認められて少しは自信がついた。
ラテリアだって戦える。
イトナとラテリア、そしてサダルメリクが力を合わせばナナオ騎士団を追い返すことが可能ではないだろうか。
何回も追い返していればナナオ騎士団もいつかは諦めるはずだ。
「そうだね。僕たちがいればその場はなんとかなるかもしれない。でも、やっぱりその後を考えると被害が大きいのはサダルメリクの方だよ」
そうなのだろうか。
いや、そうなのだろう。
イトナの言う通りだ。
考えてみればサダルメリクで実力を持つのはメンバーの中でも上の方だけだとニアから教えてもらったことがある。女の子であれば受け入れるギルドだから、初心者から中堅のメンバーも多く抱えているとか。だから気が向いたらいつでも遊びに来てねと。
対してナナオ騎士団の加入条件はかなり厳しいと聞いている。もっとも、加入の申請は基本的には行っていなくて、殆どは他のギルドからの引き抜きらしいが。
今は一丸となったギルド同士のぶつかり合い。これにイトナが加わって、追い返しでもしたら、ナナオはどうするか。きっとまた後日にやり返してくるだろう。それこそやり方を変えて、初心者、中堅のプレイヤーがサダルメリクの上級プレイヤーの手に届かないところで襲われたらなすすべもない。きっとイトナはそういうことを言いたいのだ。
「じゃあどうすれば……」
「ナナオの気がすむまでやり過ごすのが一番穏便だけど……」
「そんな……じゃあやられっぱなしで、なにもできないんですか?」
サダルメリクの皆んなには助けてもらってばかりだというのに、なにもしない方が結果的に良いのなんて歯がゆい。そして悔しい。一番いい結果になってもサダルメリクが損するのだから。
「なんだよ。助けたいなら助けりゃいいじゃん?」
そんな能天気で考えなしの発言が割り込んだ。もちろんテトだ。
凄い悩んでいるのに、なにも考えていないテトにラテリアは苛立つ。
「イトナくんの話を聞いてなかったんですか?」
眉をひそめて聞く。
「聞いてたけど、なにか問題があったか?」
「今、その問題をイトナくんが説明してくれたんじゃないんですか!?」
今の説明で本当にわからなかったのだろうか。スカイアイランドでも思っていたけど、テトは頭が弱い。ラテリアも人のことを言える程ではないが。
「いや、問題はわかったけどよ。そんなの些細な問題じゃんか? 後のことは後で考えりゃいいじゃん。今助けるか、助けないか、だ。イトナが行かないなら俺が手を貸すぜ、マスター」
「なっ! まだパレンテに入っていないのであなたのマスターではありません!」
なんて言いながら、パレンテのギルドマスターであって、誰かのマスターではない。さっきの言い方だと、まるでイトナなマスターみたいな感じになってしまう。でもそんな関係も悪くはないかもしれないと、イトナの方をチラっと見てみる。
「今そんなこと言ってる場合か?」
全くその通りだ。
「っぐぬ……」
しかし、テトの提案はラテリアにとって実に悩ましい提案だ。なんとか力になってあげたい気持ちが強い今、癪だがテトの手助けは心強い。一方でイトナの意見の方が正しくも思う。後々のことを考えれば、今助けに行くことは余計なお節介で、むしろ迷惑になるのかもだからだ。
「なんかすげー深刻に考えてるけど、ゲームだぜ? 応援してる方が勝てばそれでいいじゃんか。俺は行くぜ。愛しのニアのために。あ、一人で颯爽と現れて形勢逆転したらカッコよくね?」
「っちょ! ま、待ってください! イトナくんがやめた方がいいって!」
「はぁ……。イトナ、イトナってお前、それで本当にギルドマスターか?」
「うぐっ」
クリティカルな一撃を貰って、ラテリアはなにも言い返せない。優柔不断で、人の意見に簡単に流されているのは確かにギルドマスターっぽくない。頭は弱いけど、ハッキリと行動するテトの方がよっぽどギルドマスターっぽく見える。現に黎明の剣のギルドなのだが。
「で、どうするよ。行くか? 行かないのか?」
「わ、私は……」
定まらない考えにヤキモキする。
助けるか、助けないか。それが頭の中でグルグルと回る。
そんなことをしているうちにサダルメリクはどんどんピンチになっていくのに。
「小梅から念話だ」
「え」
イトナが神妙な面持ちでそう呟いた。
「救援を求む。だって」
その一言を聞いてラテリアの決意は固まった。
「私も行きます!」
育ち盛りの胸の上に硬い拳を作って決意した。
多分、小梅の独断でイトナに念話したのだろうけど、今助けを求められているならそれに答えてあげたい。
相手はナナオ騎士団。ちょっと怖いけど、きっと大丈夫だ。こっちには最強の前衛がついている。
「……俺やっぱ行くのやめようかな」
「えぇ!?」
小梅の救援要請に立ち上がったラテリアとは裏腹に、テトは考えるようにしてなにもない一点を見ていた。
「だってよ、よく考えてみたら今俺の剣折れてるんだよ。ラテリアだって見たろ?」
確かに、コカトリスの卵を割ろうと突き立てたテトの剣はゴナゴナに砕け散っている。それはラテリアもしっかり見ていた。あれは修理に出しても数日はかかってしまうだろう。
「け、剣なんて買えばいいじゃないですか!」
「バカ言え。相手はナナオだぞ。あのキツネと死神相手すんならちゃんとした武器じゃねぇと勝てん。あの剣はな、昔パレンテが俺の誕生日に送ってくれた超と言っていい神武器で、パレンテ、黎明、サダメリで協力してやっと手に入れた貴重なドラゴンの角を素材に作った俺にはもったいないくらいの剣なんだ」
「じゃあなんでそんな大切な剣をゴナゴナにしちゃったんですか!」
「しょうがねぇだろ。ゴナゴナになっちまったんだから」
「ま、まぁ二人とも……」
いちいち喧嘩する二人に見兼ねてか、イトナが間に入る。
「イトナくん……」
ラテリアは最後の頼み綱であるイトナに目で懇願する。大したことができないラテリア。テトがダメならもうイトナしか頼れる人がいない。
「わかった。僕も行くよ」
「イトナくん!」
「マジ? イトナが行くなら俺も行くわ」
「来なくていいです!」
「なんでたよ!?」
本当はテトの参戦は心強いが、やっぱり気に食わない。ラテリアはめい一杯嫌いアピールをする。
「時間がないけど、とりあえず作戦を考えてみた」
ラテリアとテトがいがみ合う中、一番乗り気じゃないイトナが、話を進める。
あまりにも正しいイトナの振る舞いに、自分が恥ずかしくなったラテリアは、テトを構うのをやめて、イトナの作戦に耳を傾けた。
「ニアには悪いけど、一回死んでもらおう」




