22
同時刻。
「はぁ……今日は散々だったなぁ」
中途半端に終わった、デートの帰り。ニアはサダルメリクのギルドホールに向かっていた。
イニティウムからリベラへワープゲートを使用する頃には、空は薄い赤紫色に染まっていた。普段、薄い紫がかったリベラ特有の空色は、陽が沈む時間はこのような色になる。
いつもとなんら変わらないリベラ。でも、ニアは少し違和感を感じていた。
「……?」
その違和感は休日にもかかわらず、妙な静けさにある。
ギルドホールに続く道のおよそ半数を過ぎようとしているのに、誰ともすれ違わない。多くの女性プレイヤーが所属しているサダルメリクで今までにこんな事があっただろうか。
「今日なにかあったけ」
出る時に主力メンバーと会話しているけど、今日イベントあるとかそんな話題は無かったはず。
「そういえば風香がなにか言いかけてたっけ」
そういえばと、オプションウィンドウを出す。今日は万全の状態でデートをと思って、念話やメール、アラートを全てオフにしていたのを思い出した。
設定をオンに切り替えた瞬間、何十もの不在念話の履歴が表示される。
そして、普段メンバーが多いサダルメリクが使用することのない機能、ギルド念話から声が聞こえ始めた。
『小梅一旦下がれ! 階段は捨てる。ラヴィの回復はまだか!』
『風香さん! 四階からの安全地帯方面の突破パーティ全滅です! 完全に包囲されてます。次の指示を!?』
「なんなの……?」
念話の機能をオンにした瞬間、ギルド念話からただならぬ会話が聞こえる。ダンジョン攻略? 何かと戦っている?
その時、前方から爆発音が響く。リベラに似合わない破壊的な音は明らかにサダルメリクギルドホールの方から聞こえてくる。
「ギルドホール!」
常に報告と指示が飛び交うギルド念話にニアが入る隙間はない。
考えるよりも先に、見た方が早い。そう判断して、ニアは走る。
木の陰で見えていなかったサダルメリク城が見えると、そこからは煙が立ち昇っていた。
攻められてる? よりによって今日!?
ニア不在のタイミング。それでも、城から煙が出るほどの被害が出るのはおかしい。
それは、敵の侵入を許したことを意味する。ギルド念話のメンバーからして、ニアを除いた主力メンバーは揃っているように見えた。
なら、サダルメリクが攻められて苦戦を強いられる相手なんてそうそう……。
ニアが門を潜ると、ここはサダルメリクのギルドホールではないんじゃないかと目を疑った。
綺麗に整えられてした庭はぐちゃぐちゃにされ、代わりに雇っていたであろうNPCの死体が辺りに転がっていた。
「なに……これ……」
見るに堪えない光景が、そこには広がっていた。
NPCにも容赦無く攻撃なんて、一体誰が……。
その瞬間、ギルドホールの窓が割れた。
その乾いた音がニアまで届き、窓ガラスを割っただろう物体が、ニアのすぐ側まで転がってきた。
「ニア……様……」
「こ、小梅!?」
転がってきたのは頭だった。体を失った小梅の頭。それがそこにあった。
思わず口を押さえる。
「逃げて下さい。ここはもう……」
掠れたロボ声で、逃げるように促す。HPはほとんど残っていない。
「一体なにが!」
小梅を助けようと手を伸ばすと、ニアの手が届く前に何かが小梅の頭に突き刺さった。
「っ!?」
それがトドメとなり、微かに残っていたHPが無くなった小梅は光に包まれて四散する。
突き刺さった得物は円を描くような曲線の刃物だった。
それを辿るように、ニアは震える顔を上げていく。
真っ黒な鎌。それが地に突き刺さり、その上に膝を曲げて乗るプレイヤーがニアを見下ろしていた。
「あー……やっと死んだよ。首飛ばしても死なねーのは驚きだよなぁ?」
漆黒のローブを身に纏った人物。そのプレイヤーが無感情に言う。
「あなた……なんで……」
「遅かったな守護神。お前がいないとサダメリも拍子抜けの雑魚で困ってたんだ」
その煽りに、ニアは髪を逆立て武器であるバックラーを出現させる。
「怒るなって、そっちが先に手をだしたんだろ? なにやったか知らんが、うちのマスターは偉く不機嫌だ。今朝もやらかしたしな」
ローブを捲り、ドクロの仮面を付けた顔を曝け出す。今日この顔を見るのは二度目。今朝のギルド戦で勇者とゴブリンの二人に抑えられていたナナオ騎士団の前衛。
「死神、アクマ!」
「マスターは向こうで大忙しだから代わりに俺が宣言しよう」
鎌を引き抜き、ニアの首を狙った大振りの斬撃を繰り出す。それを容易くバックラーで受けた。
防ぐことが容易な簡単な攻撃。その行為こそがアクマの挨拶でもあった。
「戦争だ。サダルメリク」
今日日、ホワイトアイランド三大ギルドが大きく動き出す。
誤字の修正を行いました。




