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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ディア・セイナ
71/119

18

 どれくらい時間がたっただろうか。ラテリアにとっては無限にも感じられるほどに最悪な時間だったことは間違いなかった。


 テトの足が止まったのはハニーソーンの蜜が乾き、モンスターの群れから逃げきった頃。

 ただ揺れていただけのラテリアだったけど、走っていたテトよりも圧倒的にげっそりしていた。


 未だにぐわんぐわん揺れる頭を振るい、ラテリアは急いでテトの魔の手を振り払うと大きく距離を取る。


「なっーーなななっ、なっ!?」


 ラテリアは自分の腕で自分の体を抱き寄せ、言葉にならない声を発した。


「ふぅ。大丈夫だったか?」


「だ、大丈夫なわけ無いです!」


「どうかしたのか?」


「お、おおおおっぱーーー!?」


「……ん?」


 本当に自分のしたことが分かっていないのか、疑問を持った顔をラテリアに向けてくる。でも、ラテリアが胸を庇うようなポーズを取っているのを見て、テトは合点がいったように、手の平に拳を落とした。


「あー、それな。すまん。柔らかかったからつい」


「…………………」


 あー、それな?


 柔らかかったからつい?


 信じられない。


 信じられない。信じられない! 信じられない!!


 女の子のお、おっぱ……胸を揉んでおいてこの人は全く悪びれていない!


 ラテリアは顔を真っ赤にして怒りやら、恥ずかしさらやら、穢らわしさで震えた。そして、瞳に込み上がってきたものがみるみると溜まっていく。


「お、おい。別に泣くほどのことじゃ……」


「最っっっっっ低です! あなたは最低です! 最低のセクハラ勇者ですぅー!?」


 ラテリア精一杯の罵倒を飛ばす。


「しょうがないだろ!? 俺のが速いし、助けたんだからむしろ感謝してくれたっていいんだぜ?」


「感謝なんてするわけないじゃないですか! 揉む必要ないじゃないですかぁ!?」


 胸を揉まれるという、ラテリアにとって前代未聞のセクハラを受けたせいで、パニックに近い状態になっていた。

 男性恐怖症の症状が制御不能になったのか、はたまたイトナとの特訓の成果がここにきて発揮されたのかは不明だが、普段絶対に男の人には言わない言葉がラテリアの口から溢れ出てくる。


「わ、悪かったって。でかい声出すな。またモンスターが来ちまう。でもよ、減るもんじゃないし……、そんな怒ることか? むしろ増えるって話を聞いたことあるぜ? 嫌なことは前向きに捉えた方がいいぞ」


 この瞬間。いや、これより前から分かっていたけど、ラテリアは確信した。テトというプレイヤーとは絶対に仲良くできないと。たとえイトナの友達だったとしても、こんなデリカシーの無い人と仲良くするなんてありえないと。


「もう知りません! イトナくんに言いつけ……」


 そこでラテリアは言い止まる。そんなことを言ったらイトナはラテリアのことをどう思うだろうか。いや、そもそも知られたくない。


「……ませんけど!」


「なんだそれ?」


 テトが呆れた顔でラテリアの失敗発言を一掃する。これ以上無いくらい怒っているはずなのに、ラテリアの怒りがイマイチ伝わっていないのが余計に腹ただしい。


 う??と低く唸っていると、テトはこの話は終わりと言わんばかりにアイシャとの念話を始めてしまう。この状況では正しい行動だけど、やっぱり気に食わない。


「とりあえず合流地点はあの高い木のところだ……なんだ、まだ怒ってるのか?」


「怒ってません!」


 ふんっとそっぽを向くと、「じゃあ行くぞ」とテトが先に行ってしまう。


「あっ」


 このダンジョンでは無力なラテリアはテトの後についていくしかない。渋々と、でも確実な距離と壁を作りながらテトの後を追った。



÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷?÷



 テトのことは嫌いだけど、ダンジョンの攻略は流石と言わざるを得なかった。


 音を頼りにモンスターの徘徊を察知して、エンカウントを避けて進んでいく。かなり遠回りの道順でも、確実に、安全に目的地へ近づいていた。


 あれから会話は一つも無い。テトが怒っているラテリアに気を使ってるとか、話しかけづらいとかでは多分無い。


 ラテリアから背中しか見えないけど、相当に神経を尖らせているのが分かる。またモンスターと出会ってしまえば逃げるしか選択肢は無い。そして逃げたら目的地から遠ざかってしまうからだ。


 スカイアイランド来てから驚きの連続で、このダンジョンに来た目的がラテリアの中で薄れていたけど、ここにはセイナを助けるために来ている。そう考えれば、テトはセイナを助けるために頑張ってくれてるとも言える。


「それでも許しませんけどね……」


 それはそれ、セクハラはセクハラ。複雑な気持ちを抱きながらテト追っていると、近いところから物凄い音が聞こえた。


「な、なんですか!?」


 思わずラテリアの方から沈黙を破ってしまう。地鳴りを感じるほどの爆音。近くに危険があるのはラテリアでも理解できた。


「アイシャだ」


「え?」


 テトの向く先を見る。そこには緑の光が天に昇り、それが雨のように降り注がれる。


 紛うことなきスキルの輝き。しかも特大のスキルだ。場所は合流地点としていた一本の高い木の近く。そこで戦闘が行われている。この適正Lv.175の圧倒的なモンスターを相手に。


「なんで攻撃を……」


「行くぞ!」


 ここでは戦闘を行わず、黄金の卵の殻というアイテムを入手する作戦だったはず。


 いったいどんなイレギュラーが起きて戦闘が開始されたのだろうか。


 不安が募る。このまま戦闘に合流したらどうなってしまうのか。Lv.78のラテリアになにができるのだろうか。


 ただただ不安になりながらも、今はテトの後についていくしかないラテリアだった。

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