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「何がどうなっているんだ!」
アイシャの叫び声が聞こえる。それに対してラテリアは全力で謝罪をした。
「ごめんなさいいいいいい!?」
知性を持ったいくつもの蔓に捕まったラテリアは、完全に身動きを封じられていた。
スカイアイランドへ引き上げられ、まず最初に目にしたのは巨大な花だった。赤と黄色が入り混じった不気味な花で、巨大な口がついている。その口の中に見えるのは無数の尖った歯。それを見た瞬間、ラテリアは青ざめた。
植物型の巨大モンスター。しかも肉食に違いない。
パニックになったラテリアは無我夢中で一つのスキルを発動させるしかなかった。エマージェンシー・コールを。
そして今に至る。
空中、しかも巨大モンスターの真上に緊急召集された勇者パーティもまた、この状況に戸惑いを隠せなかった。
「でけぇ!?」
「あれは……ハニーソーンじゃねえか!?」
「巨なる者が住まう島……なるほど。地上に存在するモンスターがそのまま巨大化したのが生息しているのか」
召集直後、勇者パーティが瞬時にモンスターの考察を進める。
「そんなことより見て! ラテリアちゃんがヤバいことになってる!」
アーニャの声に、視線がラテリアに集まる。
「な、なんですかこれぇ!?」
ラテリアに絡みついた蔓の先にある蕾から、白い液体が噴射され、ラテリアをベトベトにしていた。甘ったるい匂いがラテリアの鼻にまとわりつく。
「ラテリアちゃんめっちゃエロいことになってる! いいなー。触手系エロは役割的に魔法少女の私なのに」
「ハニーソーンは獲物に甘い蜜を塗って食す習性がある。その蜜に毒は無いが、他のモンスターが寄ってくる状態異常が発生する。大きいだけあって量も凄いな……気をつけろ」
各々がラテリアのあられもない姿を見て他人事のように感想を言う。
「ええい! ガトウ、そんな情報は今はいい! アーニャはバカなこと言ってないでなんとかしろ! このままじゃ全滅だ!」
ハニーソーンの巨大な口へ真っ逆さまに落下中の勇者パーティ。このまま何もしなければスカイアイランド到着早々に全滅するのは目に見えている。
唯一危機感のあるアイシャから空中戦のスペシャリストに指示を飛ばす。
「無理無理。だってさっき限界まで飛んでたんだよ? あと十分くらいは飛べないよー。……こいつ燃やす?」
「いや、やめとけ。地上にいるハニーソーンはそれ程でも無いが、こいつはLv.170だ。下手にダメージを与えて怒らせたら手のつけようがなくなる。ここは前衛がなんとかするしかない」
ガトウはそう言って、ナイフを握り投擲した。それは鋭い軌道でハニーソーンから伸びる無数の蔓の一つに突き刺ささる。気がつけばナイフの元にガトウの姿が現れていた。スキル、相棒の呼び声を使ったのだ。
優秀な移動スキルにより手に入れたのは足場。畝る蔓を蹴り飛ばし、ガトウは落下するアーニャを抱えてハニーソーンの範囲から離脱した。
「ガトウさんカッケー! 結婚する?」
「ロルフはアイシャを。テトさんは一番難しいですが、ラテリア行けますか?」
ガトウはアーニャの冗談を無視して、他のメンバーに指示を出す。それに頷いて返事をしたテトは、ガトウを習って足場へ移動を始める。
一方のロルフは武器が無い。相棒の呼び声という移動スキルがない武道家は、別のスキルを使用した。
「おっらぁ!」
空気を蹴り飛ばすスキル。接近戦を得意とする武道家が敵に接近する際に使う汎用的なスキルだ。それを上手く使い、アイシャの腕を掴むと、乱暴に投げ飛ばして救出する。
次々とこのピンチから逃れていく勇者パーティの中、囚われの身となっているラテリアは遥か上にいた。
この獲物だけは取られまいと、ハニーソーンは蔓を伸ばしてラテリアを遠ざける。
それを見てテトは唇を舐めた。
ゲームといえど不規則に動く、しかもほぼ縦に伸びる足場を連続して跳躍し登るのは簡単なことではない。ステータスでもスキルでもない、テトの持つ身体能力と勘でラテリアの元へ登り行く。
もちろんハニーソーンは黙ってそれを見ているわけが無い。ラテリアの四肢を縛る四本の蔓以外のものが、鞭のようにしてテトを襲う。
それを器用に避け、時には利用して一気に上昇すると、ラテリアを縛る四つの蔓を一閃した。
「見事だ」
ガトウが賞賛の言葉を贈る。
華麗な動きでハニーソーンの捕縛を解いたテトは、ヌルヌルになったラテリアをキャッチし、そのままハニーソーンの攻撃範囲から逃れた。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
「いいってことよ」
地上に着くと、ラテリアはお礼を言って逃げるようにしてテトから距離を取った。
ラテリアが男性恐怖症であることを知らないテトは不思議そうに頭をかしげる。
「しかしミスったな」
「え?」
「着地。まぁ、勢いをつけた方向的に無理だったけど、みんな向こう側だ」
見れば、勇者パーティの面々が見当たらなかった。巨大なハニーソーンを挟んだ、反対側にみんながいるらしい。迂回して合流しようにも岩山が邪魔をし、その逆は断崖絶壁だ。
「ど、どうしましょう」
パーティの分断。それはラテリアでも知っているほどに非常に危険なことだ。迷宮型のダンジョンでパーティを分断させる罠があるのだが、掛かってしまえば高確率で壊滅すると言われている。パーティのバランスを失うからだ。
もちろん適正レベルにかなりの余裕を持っていれば話は別だが、今回はそれは当てはまらない。
『二人とも無事か』
アイシャからパーティ念話が入る。
『ああ、こっちは無事だ』
『よかった。クエスト開始早々メンバーが二人も削れたらやっていけないからな。一先ずは未だ達成することができなかったスカイアイランド到着を祝おう。少々想定外もあったがラテリアのおかげだ。感謝する』
『いえ、そんな……』
予想外にも自分の名前が出てびっくりする。でも、飾らない褒め言葉がとても嬉しく感じた。
『これからだが、こっちはモンスターとエンカウントする気配が無い。そっちも同じならとりあえずアーニャの飛翔が可能になるのを待って合流しようと思う』
『ああ、そうだな。こっちもモンスターは大丈夫そう……ん?』
『どうかしたか?』
『なんかめっちゃ音がする』
その変化に、ラテリアも気づく。ブーンと虫が飛ぶような羽音。それが森の奥から聞こえてきて、次第に近くなっていく。
その方向を見ていると、現れたものは最悪だった。
「は、はははハチです!?」
「キラービーだ!」
赤と黒のシマシマを持つハチは、キラービーというモンスター。現実の世界でも身近にいる怖い存在のハチをモデルにしているせいで、若手のプレイヤーが特に怖がるモンスターでもある。
通常のハチより何倍にも大きくした、人の顔くらいの大きさが普通のキラービー。でも、今ラテリアの前にいるキラービーはラテリアよりも大きい。二メートルはありそうだった。
「やべぇ、逃げろ! こっちだ!」
森の中、根が向き出す凸凹の足場に気をつけながら、テトの指示に従って懸命に追う。
力のステータスに特化しているはずなのに、ラテリアよりか全然早かった。
『大丈夫か?』
『いや、大丈夫じゃない! キラービーの群れに襲われてる。合流は無理そうだ』
『えー? キラービーって、巣に攻撃が当たらなかったら襲ってこないんじゃなかったけ? ここの仕様?』
アーニャの言う通り、キラービーは罠のような敵だったはず。モンスターとの戦闘中に攻撃がキラービーの巣に被弾してしまうと群れで襲ってくる厄介なモンスター。
でも今回は攻撃は一切していない。さっきハニーソーンに少し攻撃をしていたけど、逸れたものは一つも無かったはず。なのにどうして……。
走る中、ラテリアは必死に考える。普段は襲ってこないモンスターなのだ。うまいことヘイトを下げることが出来れば攻撃を止めてもらえるかもしれない。
「さっきガトウが言ってたけどさ……」
走りながら、テトが振り返ってラテリアを見る。
実は気づいていた。そうかもしれないと予想はできていた。ハニーソーンの蜜はモンスターを引き寄せる。ラテリアについたぬるぬるの白濁液がそうさせているんじゃないかと。
「なぁ、服脱いだら襲われないんじゃないか?」
「そ、そんなことできるわけないじゃないですか!?」
真顔でとんでもないことを言ってくるテト。そんなこと出来るはずがないのに。
「んじゃ、しょうがないな」
そう言うと、テトは走るスピードを緩めてラテリアと並ぶ。
「な、なにをするんですか?」
「このままじゃ追いつかれる。俺が持って走った方が速い」
「え」
そんなことを言って、ラテリアの許可を得ずにテトの腕が、ラテリアを抱き寄せた。
「や、やめ……っ」
「よっと」
そのまま肩に担ぐようにラテリアを持ち上げると、一気にスピードを上げた。
「ひいぃぃぃぃぃ!?」
男の人の肩に担がれている。その事実も耐え難く嫌だけど、それ以上に目の前にある光景の方がラテリアにとって恐ろしいものだった。
担がれているせいで、後を追うモンスター達がはっきりと確認できる。前を向いて入っていたから気づかなかったけど、ラテリアを追うモンスターはキラービーだけじゃなくなっていた。巨大なカマキリや、アリのモンスターが群れを成して追いかけてきている。
でもテトのスピードのおかげで離している。そう思っているのもつかの間、ズルっと、ラテリアの体が前に……テトの背中の方に滑っていく。
「ふぇ!?」
「なんかぬるぬるして持ちにくいな……」
「お、落ち……落ちっ……!」
「持ち方を変えるぞ!」
ラテリアの足を引っ張り体勢を整えると、肩から降ろされ片腕で脇に挟むようにしてラテリアを持った。
とても人を持つような持ち方では無い。実際、人の力だと無理だろう。だけど、この世界の力のステータスがそれを実現させた。
「ちょっと、これは……」
ラテリアがやめて欲しいと言う前に、テトは加速する。突き出た木の根を蹴飛ばし、上下左右に大きく揺れるせいでラテリアの発言は許されない。
「やっぱ滑るな……お?」
「え?」
「なんかしっくり来た!」
「ちょっ! そっ、そこぉっ! はっ! ダメぇ、で、すぅぅぅ!?」
大きく揺れながら、ラテリアは切れ切れに絶叫する。
滑ってなんども持ち直すテトの手が落ち着いたのは、ラテリアにとってあり得ない場所。
男の人が触れてはいけない女の子の聖域。
あろう事かその場所は……ラテリアの胸だった。
学校のクラスのみんなと比べても発育が進んでいるラテリアの胸は、テトの手に引っ掛けるのにちょうどよかったらしい。
「っ!?」
それが聞こえているのかいないのか、テトが揉むように動いた気がした。……いや、確実に揉んでいた。
「よし、だんだん乾いてきたな。あと少しの辛抱だ」
「いやあ、あああ、ああぁ、ぁぁぁ、ぁぁ……………」




