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辺りは蜃気楼に包まれていた。
地面は柔らかい砂が広がり、ペンペン草一つ生えていない味気ない風景が続いている。時折見えるのは腕が生えているようにも見える、絵に描いたようなサボテン。それが蜃気楼に揺れ手を振り、砂に沈む足を一生懸命上げて歩くラテリアを応援していた。
「ここら辺でいいだろう」
アイシャの合図で、パーティの進行が止まる。
ここはホワイトアイランドの辺境地。白灰の魔女トゥルーデが住まう、モノクロ樹海の近くまで来ていた。
見晴らしが良く、スカイアイランドと程よい角度の位置がこの辺りらしい。セイナがコツコツ貯めていた回復薬を全て持ち出し、万全の物資をインベントリに詰め込んで、最高のコンディションで作戦が始まろうとしていた。
「ほ、本当にやるんですか?」
「まぁなんとかなるだろ」
ラテリアの最後の確認に、適当な返事が勇者から返ってくる。
ラテリアは不安で堪らなかった。
ここまで来る途中で聞かされた勇者パーティの参謀が提案した作戦はラテリアでも分かるほどに無茶苦茶なものだったからだ。
もともとイトナの作戦を軸にして建てっているのだけど、もしセイナが聞いていたら全力で否定される作戦内容。
背景と思っていた中浮く大地はやはり遠い。ラテリアの飛行でも全然届かない位置にある。
そんな場所に行く作戦。それはーー。
「作戦のおさらいだ。まず私が弓スキルで皆を打ち上げる」
「次に俺ら物理組がテトさんの剣で投石機の容量でアーニャとラテリアを打ち上げる」
「そこから私が出来るだけラテリアちゃんをスカイアイランドに近づけて、ラテリアちゃんが飛翔スタート」
「私がスカイアイランドに到着したら、エマージェンシー・コールで皆さんを召集する……ですよね?」
その通りだとアイシャが頷く。
「特に物理組が難しい。普通はやらない連携だ。行けそうか?」
「俺は問題ない」
もうイメージが固まっているのか、ガトウが即答する。その横で、テトが難しそうな顔をして頭を掻いていた。
「なぁ、なんかみんな分かってるみたいで言いにくかったんだけど……、トウセキキってなんだ?」
「……やはり分かってなかったか」
「ほ、本当に大丈夫なんですか?」
堪らず再度の確認をするが、アイシャには顔を逸らされてしまった。
「テトさん。こんな感じです。こう、私がテトさんの剣を持ちまして、アーニャがこの辺に乗ってます。テトさんはこの部分を思いっきり叩いて貰えば、アーニャ達が飛んでいくと」
ガトウが丁寧に説明をする。ラテリアの中でぼんやりとイメージをしていたものと大体一致していたけど、やっぱり無茶苦茶な方法だった。空中を飛んでいる中で剣先に立たないといけないのだ。しかもアーニャと二人で。
「ああ、アレだ。公園によくある…………シーソーゲームだ?」
「シーソーな」
「そう、それ! そんな感じか」
「その通りです。子供でも分かりやすい例え……流石テトさんです」
感服致しましたと、ガトウがテトを敬う。それをロルフがハンッと鼻を鳴らした。
「ガトウ、お前がそう甘やかすからいつまでたってもバカなんだ」
アイシャが呆れて言う。テトというプレイヤーは余り頭が強いわけではないらしい。ラテリアの中でゲームが上手い人は戦略とか効率とか考えないといけないから頭がいい人ばかりだと勝手に思っていたけど、そうではないようだ。
「で、鈍臭い後衛クラスがその剣に乗るなんて出来んのかよ。しかも飛んでる最中に」
ラテリアの言い出せなかった事をロルフが言ってくれて、ラテリアは何回もそれに頷いた。その通りだ。超人みたいなトップクラスの前衛ならそんな曲芸も可能かもしれないけど、ラテリアにはとてもじゃないけど無理だ。体育の授業で平均台だって上手く出来ないのに。
「舐めちゃ困るよ! ガトウ、乗るからちょっと剣持ってて!」
そう言うと、アーニャが剣先に片足つま先立ちをして見せる。
「っほ!」
更には箒を剣先に立て、箒の先に立って見せた。
「嘘……」
魔法のクラスになる人は皆運動音痴……のはずなのに、アーニャが驚異的なバランス能力を披露する。その高さで、ドヤァとロルフを見下ろした。
「お、俺だってそれぐらい出来る! 箒貸せ! テト見てろよ!?」
「つまらんことで張り合うな! アーニャ、ラテリアを持ちながら乗れるか?」
「それくらい余裕のよっちゃんよ」
「だそうだ。それでいいか?」
「は、はい! 是非それで……」
ラテリアが不安だったのはお見通しだったらしい。これでよしとアイシャが大きく頷く。
「よし。やるぞ」
アイシャが武器である弓を手に取る。そして、詠唱が開始された。
アイシャの紡ぐ、美声な詠唱に世界が応える。
乾ききった砂に緑色に輝く芽が出たと思うと、それがにょきにょきと成長していき、巨大な弓へと姿を変えていく。
弓の形をした植物に巨大な杭のような矢がセットされると、そこに勇者パーティの面々が跨っていった。
「ラテリアちゃんも早く! 一番前!」
「あ、はい!」
アーニャに言われて矢の一番先頭に跨る。
長い詠唱だ。輝きからして難易度4のスキル。詠唱が終わりに近づいたのか、ぐぐっと弓がゆっくりと上に傾き、引かれていく。
「ラテリアちゃん、これ結構勢い強いからもっとしがみついた方がいいよ」
「え?」
アーニャに言われて後ろを向くと、後ろで跨っている前衛クラス達も振り落とされないように、しっかりと矢にしがみついていた。
それを見て、ラテリアも慌てて抱きつくようにして矢にしがみつく。
その瞬間。
「っい!?」
ーーーーラテリアは息が出来なくなった。
もの凄い空気の圧力がラテリアを襲う。
射られたのだ。
凄まじい勢いで天に向かっていく。
もしかしたらこれが絶叫マシーンのようなものなのかもしれない。とラテリアは思う。男性恐怖症のせいで遊園地に行ったことはないけど。
でも息が上手くできないだけに、テレビで見るようなキャーといった悲鳴を上げる事も許されない。だから心の中で絶叫しといた。心が叫びたがってるんだ。
(きゃ??????!)
恐らく強大なモンスターに使用する目的であろう魔法の巨大矢。それが空に浮かぶ島へ向かって突き進んで行く。
突き進んで、突き進んで、突き進んで、突き進んで行く。
ラテリアが行ける飛行高度より遥かに高いところまで来て、やっと矢の失速が始まった。それでもまだ目的地まで遠い。
「そろそろだ。ガトウ、ロルフ行くぞ!」
「はい」「おう!」
テトのかけ声で三人が器用に弓の上に立つと、ガトウを残して二人が大きく跳躍した。
「よし。乗れ」
ガトウが地面と平行になるように長剣の飾り部分を持つ。
「ラテリアちゃん、乗るよ!」
「お、お願いします」
不安定な減速中の巨大矢の上に平然と立ち上がった小さなリリパットの少女は、自身より一回りも二回りも大きいラテリアを持ち上げた。お姫様抱っこだ。
「ガトウヤバい。ラテリアちゃんめっちゃいい匂いする!」
繊細なバランスが必要な足場で、一ミリも動かないように心がけているラテリアを他所に、ラテリア髪をアーニャはくんくんと匂いを嗅ぎはじめる。
「に、匂い嗅ぐのやめてください!」
「いいから乗れ!」
「ちぇー」
二人から怒られて、アーニャは渋々と剣先に乗る。
その更に上空、テトとロルフの準備も整っていた。
「よし、アーニャが乗った。ロルフ、思いっきりやれ。足の裏な!」
「おう! 見てろよオレの火力を!」
テトが空中で逆さまになり、足を空に向ける。その更に上でロルフが拳を光らせた。
「オッッラァー!!」
両手を重ねて作ったロルフの拳が思いっきりテトの足裏に叩きつけた。
単純な火力に特化したスキルが、テトの降下の勢いへ変える。
そこからテトも剣を構える。凄まじく、隕石のような勢いで落下しながら、剣を振りかぶり、テトもまた高火力のスキルを発動させた。
「どっせええええええええええええええい!」
超高速で落下するテトが素晴らしいタイミングで、ラテリアとアーニャが乗る剣の柄にスキルを叩きつける。同時にアイシャの放った巨大矢も真っ二つに両断されたのが見えた。
その瞬間、ラテリアとアーニャが空へ向かって吹き飛ばされた。
「ひゃっほーーい!」
「ひいいいぃぃぃぃぃぃぃ!?」
アイシャのスキルと比べれば威力は落ちたのだろう。息が出来ることで、ラテリアは絶叫を口にすることに成功した。
想像していた絶叫マシーンの悲鳴など出ずに、素の絶叫をラテリアは叫んだ。
それでも、ぐんぐんと上昇して行く時間が長くなるにつれて、ラテリアも徐々に慣れ始めてくる。冷静に下を見てみれば、今自分がいるのは雲よりも高い位置にいる事を知った。ラテリア個人では辿り着けない高さだ。
「凄い……」
「高いねー。ラテリアちゃんは高いところ苦手?」
「いえ、普段からよく飛ぶので苦手ではないと思いますけど……」
規格外の高さ。これで怖くないと言える人はそういないんじゃないだろうか。ラテリアはいざとなれば自分で飛べるから幾分余裕があった。
「よーし。そろそろ箒に乗るよ。 ラテリアちゃん後ろに乗って」
アーニャが箒を出現させると、ラテリアを丁寧に乗せて、アーニャも跨る。ラテリアは落ちないように小さなアーニャの体に掴まった。
今までの飛び方、もとい飛ばされ方に比べれば優雅なものだった。お尻がちょっと痛いけど、安定した足場がラテリアに余裕を持たせて、改めてフィーニスアイランドを見下ろす。
「わぁ、隣の島も見えます!」
「あれはグリーンアイランドだよ! なんか上手くやればお隣の島にも行けそうだねー」
普段見ることのできない絶景に、スカイアイランド到着の目的を暫し忘れて、目に映るものを楽しんだ。
イトナにも見せてあげたいな。なんて思っていると、箒の上昇が鈍くなり、少し揺れる。
「ありゃ、私はここまでか」
もう少し行けると思ったのにとアーニャが残念がる。きっと、二人乗りのせいで想定より距離を稼げなかったのだろう。
「んー。まだ結構あるけど……ラテリアちゃん行けそう?」
「どうでしょう……」
スカイアイランドまで相当近付いてはいたが、ラテリアから見てもまだちょっと遠い。
「うーん。よし、最後に風の魔法でラテリアちゃんを吹き飛ばして距離を伸ばそうか!」
「え、また飛ばされるんですか!?」
アーニャの提案にラテリアは驚く。
作戦成功のためには仕方のないことだとは思う。でも、飛ぶのはいいけど、飛ばされるのはもう懲り懲りと思っていたラテリアだった。
「大丈夫大丈夫。優しくやるから!」
「スキルに優しくとかそんなのありませんよね!?」
そんなことを言い合ってるうちに、アーニャの箒が完全に停止する。
一メートルも無駄に出来ないと、ラテリアは翼を具現化し、羽ばたいた。
「ラテリアちゃんゴー!」
スカイアイランドを指差し、そう言い残して飛翔を失った箒と共に、アーニャは落下していく。
そして雲の中にアーニャの姿が消えそうになる時、緑色の光が雲を覆った。
魔法だ。アーニャが詠唱をしている。そう思った瞬間、アーニャを覆っていた雲が消し飛んだ。
猛烈な風の魔法でかき消されたのだ。
「え?」
目に見えない風の激流がラテリアを飲み込む。
「ええええええええええええ!?」
優しくって言ったのに、優しいと言う言葉とはかけ離れた暴風がラテリアを吹き飛ばした。
平衡感覚を失いながらグルグルと無様に飛ばされる。
体勢が安定した頃にはスカイアイランドはすぐそこにまで来ていた。
「これなら……!」
辿り着ける。そう確信して力強く羽ばたいた。
羽ばたく。羽ばたく。羽ばたく……。
進めど進めど、思ったよりも進みが悪い。目の錯覚だったのだろうか。確かに近づいているはずなのに、まだスカイアイランドに辿り着くことが出来ない。
「あと、もう少し……」
翼の光が弱まってきている。みんなにここまで送って貰ったのにと、ラテリアは最後の力を振り絞る。
「頑張れ。頑張って私の翼!」
自分の翼を励まし、応援して、必死に羽ばたく。
もうスカイアイランドの地上に着くのは無理と判断して、下に垂れている蔓のようなものを目指した。あそこに捕まることができれば、あとは自力で登っていける。
「あと……少し!」
もう手を伸ばせば蔓を握れる。そう思った時、ガクッとラテリアの高度が下がった。
「っあ!」
翼が消えた。飛翔の時間切れだ。こうなってしまうと少し休まないと再び飛翔することはできない。
「ま、まだです!」
奇跡的にも今日のラテリアは冴えていた。フル回転したラテリア頭で、渾身の一手を叩き出す。
「ゴッドウィング!」
突風を出すスキル。それを地上目掛けて放ち、その反動でラテリアの体は少しばかり上昇した。
そして目標にしていた蔓に手を伸ばす。
「やった!」
周りの蔓と比べると綺麗な緑色の蔓。それをなんとか片手で掴むと、蔓もまた握り返すかのようにラテリアの手に巻きついてきた。
「え?」
蔓はまるで生きているかのようにラテリアに巻きついてくる。手の甲から、手首へ。どんどんと体を這って伸びてくる。
ラテリアは後悔した。なんでこの蔓を選んでしまったのだろう、と。なんで他と比べて色が違う異様なものを選んでしまったのだろうか、と。
そのままぐんっと蔓に引き上げられ、スカイアイランドの地上に無事到着……いや、有事と共に到着したのだった。




