15
勇者パーティがパレンテホールに到着したのはそれからすぐの事だった。
「お久しぶりです。イトナさん」
ガトウがドスの効いた声で丁寧に挨拶をすると、その威圧感ある声に後ろにいたラテリアがビクリと震えた。ラテリアが男性恐怖症だからではなく、初見だと普通にガトウは怖い。
「うん。みんな久しぶり。アーニャも、アイシャも」
「やっほー! イトナほんとうに久しぶりだ」
「変わりないようですね」
「……」
簡単に挨拶を交わす中、獣人の少年だけ不審にイトナを見ていた。確かロルフと言っただろうか。おそらく最近勇者パーティに選ばれたプレイヤーで、イトナとは面識がない。
「おい、ガトウ。本当にコレがあのマガンのイトナか?」
「そうだ。口の利き方には気をつけろ。殺されるぞ」
いや、殺さないけど……。初対面から変な印象がついてしまったんじゃないかと、変な汗が流れるのを感じながらイトナはロルフに一歩近づいた。
「初めまして。今日はよろしくお願いするよ」
出来るだけ無害である事をアピールしながら、握手を求める。ロルフは差し出されたイトナの手を一瞥すると、その手をパシンッと払った。
「前回のグランドフィスティバル決勝、一人で赤のギルド六人殺ったか知らんが、俺は俺が見たのしか信じねぇ。それと、他のギルドと馴れ合う気もねぇ」
ロルフはそう言い残すと、背中を向けてしまった。つまりはまだお前のこと認めてないからなと言ったところだろうか。
「可愛くないの」
それを見て、ニアがロルフに聴こえないようにボソリと言う。
「すみません。粋がりたい年頃でして」
ガトウが物凄い怖い目でロルフを睨みながら謝罪をした。
黎明の剣は他のギルドからのクエストを一切受け付けない事でも有名である。どのギルドとも友好関係は持たない。さっきロルフが言っていた通り、馴れ合いはしないギルドなのだ。
ただ、昔に黎明からパレンテへクエストを依頼したことで、パレンテだけは例外とされているらしい。これを知るのも、ごく一部の黎明メンバーだけだと思うけど。
「いや、過去にちょっと名を上げたからって、簡単に黎明の剣にクエストを頼むのが気に食わないのは分からなくもないよ」
「いえ、時間があれば試合で分からせて頂きたかったのですが、それはまた今度にお願いしたいと。なんでも急ぎのクエストと聞いています」
「話が早くて助かるよ」
「すぐにでも内容を伺いたいのですが……不躾ですみません。先ずは報酬からいいですか」
「あ、うん。そうだね。一応出来るだけの要求は飲むつもりだけど、なにがいいかな」
黎明の剣、しかも勇者パーティを雇うのだから、それ相応の対価を支払わなければならないのは当然のこと。サダルメリクの時みたいに一回デートなんかで済まされないことは重々承知だ。
「報酬は……イトナさんでお願いしたいと思ってます」
その要求に、後ろで「なっ!」「えぇー!?」とニアとラテリアの声が聞こえた。
「分かった。じゃあーー」
「待って待って! ちょっと待って!」
淡々と交渉が進もうとしていたのを、ニアとラテリアが間に割り込んでくる。
「ガトウ! それズルだから! それがありなら私だってイトナくんをサダメリに……!」
「そ、そうです! そういうのはいけないと思います! 絶対にいけないと思います!」
焦って止めに入る二人をガトウが不思議そうな顔を向ける。
「イトナほどのプレイヤーから報酬を貰えるなら、その本人以外考えられないだろう、サダルメリクのマスター。それに本人もいいと言っている。問題ない」
ぐるんとニアとラテリアの顔が回ってイトナの方を向く。
「いや、二人とも勘違いしてると思うんだけど、僕が黎明に移籍するわけじゃないよ?」
「「え?」」
「当然だ。そんな人身売買みたい取引はすわけないだろう」
「一定期間だけ黎明のメンバーと手合わせし続けるんだ。昔にクエストを依頼した時の報酬で頼まれたことがあったから、今回も同じかなって」
紛らわしいと怒るニアに、心底ホッとするラテリア。流石にラテリア一人を置いて他のギルドに移籍はイトナも考えていない。
「で、期間だけど……一週間くらいでいいかな」
前回の取引を参考に期間を提案する。前の依頼は七大クエスト、白骸の王デスタイラントの素材集めを手伝ってもらった時。確かあの時は三日間、黎明の剣のギルドホールに篭り決闘をし続けたのを覚えている。
「一週間……十分です。一週間もイトナさんに見ていただけるなら勇者パーティは格段に強くなれることは間違いない。異論あるか?」
ガトウがメンバーに振り返る。
「問題ない」
「おっけー」
黎明の面々、ロルフとテトを除くメンバーの軽い了承を得ると、クエストの取引は成立した。その証にガトウと握手を交わす。
プレイヤーからのクエストはこのような口約束で行われることが多い。紙に書いたところで、それはなんの力にもなってくれないからだ。それだけに問題も多いため、取引の成功には互いの信頼がとても重要になる。
「さて、前回の報酬三日間より倍以上の日付となりますと、クエスト内容はやはり未開地、でしょうか」
「うん。今回は黄金の卵の殻を取ってきて欲しいんだ」
「黄金の卵……アイシャ、分かるか?」
「前に装備製造素材で名前だけは見たことある。確か白鶏王の卵のことだ」
白鶏王の名前に、ガトウの表情が少しばかり揺らぐ。
「未開地、スカイアイランド……確かに。前回の倍以上のクエスト難易度なのは納得ですが流石に……」
「ガトウ、今回の目的は黄金の卵の殻の入手だ。名前から推測するに、ボスモンスターの一部ではないように思える。適正Lv.175の未開地だったとしても、モンスターを避けていけば勇者パーティでも入手は可能……そういうことかイトナ」
「その通りだよアイシャ」
「でもさースカイアイランドって、誰も入ったことが無いので有名じゃん? そもそもどうやっていくのよさ?」
アーニャが当然の疑問を唱える。
「行き方なら七大クエストの依頼書に書いてあんだろ。確か白灰の魔女の眼球をリベラの聖水に投げ入れる。そしたら目玉から蔓が伸びてスカイアイランドの道が生まれるだっけか。つまりこのクエストは適正Lv.150未開地ボスモンスターのトゥルーデも討伐しろってこった。そんな無茶振りでたった七日間その伝説のプレイヤー様に戦いを教えてもらう。いいクエストだな?」
ここぞとばかりに悪態を吐くロルフ。随分嫌われてしまったようだ。
「そこは僕に考えがあるんだ。ラテリア、ちょっといいかな」
ここで秘密兵器を投入する。不安そうにしてイトナの隣に並ぶと、勇者パーティの視線がラテリアに集まった。
「その子は?」
「コールの妹なんだ。今はパレンテに所属している」
「あのコールさんの……」
勇者パーティが騒めく。興味なさそうにしていたロルフも横目でラテリアを観察し始めた。
「今は正規ルートでスカイアイランドに行くのは難しいけど、飛んで行くのも可能だと思ってる。ラテリアさえ到着すればエマージェンシー・コールで勇者パーティをスカイアイランドに召集することが可能だと考えてるんだ」
「エマージェンシー・コール……コールさんのスキルか。久々に聞いた」
アイシャがなるほどと、言葉を漏らす。
正規ルートはロルフが言った通りトゥルーデを討伐しないといけない。それが可能か不可能かは置いといて、時間がかかるのは間違いない。
「つまり、フレデリカの枠にそこのお嬢さんを勇者パーティに入れると?」
「その通りだよガトウ。きっと力になってくれると思う」
「い、イトナくんちょっと……」
「ん?」
すっかり萎縮してしまったラテリアがイトナの服を控えめに引っ張てくる。サダルメリクと初めて会った時と同じ感じになっていた。きっと時間が経てばサダルメリクと同じように仲良くできるとは思うけど……。
「む、無理ですよ。さっき言いそびれちゃったんですけど、あんな遠くまで飛んで行くのは……」
「そうだよーイトナ。その子の言う通りあそこまで飛んでくのは無理。私も試したことあるけど、全然届かなかったもん」
飛翔のスペシャリストからもダメ出しが入る。でも、それはイトナも重々承知だった。プレイヤー個人の飛翔で辿り着けるのであれば、既に誰かしらがスカイアイランドに足を踏み入れているだろう。
「うん。じゃあアーニャが限界まで飛んで、そこからラテリアが飛んだらどうかな?」
「んー。それは試したことないね。それでも無理だと思うけど」
フィーニスアイランドで空を飛べるプレイヤーは珍しい。更に飛翔の操作は難しく、扱えるプレイヤーも限られる。だからこの方法は誰もが思いつくだろうけど、実践したことがあるのはあまりないだろう。
「なるほど、面白い。他のメンバーでも高さをカサ増しすれば、可能性はあるか……」
参謀も興味を示す。あとは決行……。そう思った途端、ガトウから疑問の言葉が飛んできた。
「行きはいいですが、その後は大丈夫でしょうか?」
「どういう事?」
「お言葉ですが、自分はホワイトアイランドの強豪プレイヤーの名前は全て頭に入っているつもりです。ですが、そのお嬢さんの名前は初めて聞きました。いくらコールさんの妹さんでも、妹であってコールさんではありません。今回のクエストの舞台は未開地。しかも適正Lv.175です。我々勇者パーティでも手に余るダンジョンに無名のプレイヤーを連れて行くのはどうかと」
ガトウは強さに厳しい。強さを認められれば敬意を見せるが、弱者には厳格だ。明らかに勇者パーティにラテリアを加える事を拒んでいた。
「そ、そうですよ……黎明の剣さんはホワイトアイランドで三番目に強いんですよ? 私なんか入っても……」
「おい、ちげーぞ。黎明ついさっきナナオぶっ倒して一位になったんだよ。三番目なんかじゃねぇ。一番つえーギルドだ」
ラテリアの発言を素早く訂正して、ふふんと自慢気に鼻を鳴らすロルフ。そんな得意気なロルフを見てアーニャがニヤリと笑った。
「確かにナナオはぶっ倒したけど、ロルフくんはぶっ倒す前にぶっ倒されてたけどねー」
ぷぷぷーとわざとらしく笑って挑発すると、
「あれは作戦だろ!? クソババァ!」
まんまと挑発に乗ったロルフが顔を真っ赤にしてアーニャを追いかけ回す。
それを他所にテトがガトウの説得に入ってくれる。
「別に問題ないだろガトウ。あそこに行くのにラテリアの力が必要なら入れるしかない。違うか?」
「……確かに、テトさんの言う通りではありますが……」
「それにイトナがラテリアは勇者パーティの力になるって言ってんだ。なんならラテリア護衛込みでクエストって考えればいい。気楽に行こうぜ。ガトウはちと固てぇぞ」
そう言って、テトがガトウの頭を軽く叩くとイトナに振り返る。
「と、言う訳で改めてクエスト契約成立だ。よろしくなラテリア」
「えぇ……」
「大丈夫。毎日特訓してるし、ラテリアの役割はスカイアイランドに到着してエマージェンシー・コールをするだけだよ。そこから先はテト達に任せればいい」
不安で今にも潰れてしまいそうなラテリアを励ます。
「そうですよね……はい。頑張ります。セイナさんのためにも、頑張らないと」
ラテリアは自分の凄さを分かっていない。今回のクエストで自信をつけてくれればいいのだけど。
セイナには悪いけど、イトナはいい機会と思っている。セイナがもしここにいたら絶対に猛反対されているだろう。
「私からもいいか、イトナ」
「ん? なにかなアイシャ」
「念のためラテリアのレベルとスキルを把握しておきたい。行くまでとは言っても、戦闘が全くないとは言い切れないからな」
それにいち早く反応したのはニアだった。
「それはマナー違反じゃないかな? 他のギルドメンバーのステータスを見るなんて」
「今回のパーティ構成は特殊だ、サダメリのマスターよ。ラテリアというプレイヤーがなにができて、なにができないかを把握しとくのと、してないのではクエストの成功率はだいぶ変わる。もちろん一方的に教えろとは言わない。こちらのメンバー全員のレベルも公開しよう。情報の交換、それで問題あるまい?」
「っな……! 勇者パーティのレベルを公開するって言うの!?」
「別にいい。レベルが他の者に知れたところで強い方が勝つ。そうだろ?」
アイシャの強気な発言に、ニアが怯む。確かにこれは今のホワイトアイランドの考え方ではあり得ないことだ。
「それで痛い目見るのは構わないけど? 私は外させてもらうわ」
そう言い残してニアはパレンテホールに入って行ってしまった。ここで勇者パーティのレベルを知るのはフェアじゃないと思ったのだろう。案外ニアは負けず嫌いだ。
「で、どうかな?」
「僕はいいけど……ラテリアはそれでいいかな?」
これはイトナではなく、ラテリアの問題である。昨日の特訓でイトナにスキルを見せたがらなかったし、ラテリアにも情報の意識が芽生えたのかも知れない。
「その方がいいなら……はい。イトナくんが見ないなら大丈夫です」
「え?」
なんでだろう。普通同じギルドなら見せ合うのが当たり前だけど、イトナが見せないからそうなのだろうか?
「アイシャ、手短に頼む」
「分かってる。ラテリアいいかな」
「お、お願いします」
「あー私も見る見る!」
ラテリアが、イトナに見えないようにしてウィンドウを展開すると、ラテリアを挟んでアイシャとアーニャがそれを覗きこんだ。
「Lv.78……か」
そう口に零したアイシャの声に、耳をピクリと反応させたのは獣人のロルフだった。
「はぁー? Lv.78ぃ? いくらなんでも雑魚すぎんだろ。足手まといなら向こうに着いたら一人で帰らせた方がマシだ」
「いちいちうっさいよ! ロルフも大して変わんないくせに!」
「全然違うだろ!」
がるるると再び喧嘩を始める二人。この二人はいつもこうなのだろうか。
「ふむ。支援スキルが多い……か。これなら前線に出なくても使いようがある。よし。全部覚えた」
「え? 覚えたんですか?」
「アイシャは覚えるの早いんだー。ズルいよね。だから学校のテストもいいんだって。いつも自慢してる」
「してない。お前が聞いてきてるのだろうが。次は我々の番だ。ロルフ」
「ハンッ。獣人、武道家、Lv.109」
ロルフが乱暴に亜人種とクラス、そしてレベルを口にする。それを初めに、勇者パーティのステータスが公開されていった。
「エルフのマジックアーチャーだ。Lv.115。短い間だと思うがよろしく頼む」
「リリパットのリトルウィッチ。Lv.119! ラテリアちゃんよろしくね」
「ゴブリン、シーフだ。Lv.123」
アーニャとガトウのレベルも公開される。アーニャはペンタグラムの領域と言われている120の一歩手前。ガトウはその領域に入っていた。
強い。素直にイトナはそう思う。平均のレベルも高く、パーティーバランスも悪くないクラス構成だ。
そして、この中で最も強者であるプレイヤーが一歩前に出る。
「最後は俺か。俺はまぁ、ヒューマン? 勇者のLv.130」
「ひゃ、ひゃくさんじゅう……」
勇者パーティの紹介が終わる。当たり前のようにレベルは三桁。そして、ペンタグラムのテトは玉藻のLv.125を大きく超えて、Lv.130。レベルだけ見ても、ナナオ騎士団に勝ったのは順当だったのかもしれない。
「ラテリア。パーティは助け合いだ。君の仲間はこれだけの強さを持っていると知って貰いたかった。心配はない。絶対安全とは言い切れないが、出来るだけのフォローはさせてもらうつもりだ。だからそう怯えなくていい」
「は、はい!」
アイシャが優しくラテリアに声をかけて、全ての準備が整った。
「よし行こう。スカイアイランドへ!」




