13
イトナは蹴り破るかのようにしてパレンテホールのドアを乱暴に開ける。
「セイナ!」
まず目に入ったのは床に散乱したフラスコやビーカーだった。
何者かに荒らされた形跡。やはりパレンテホールに襲撃者が現れたのだ。
でもおかしい。今のパレンテホールにはイトナのフレンド登録したプレイヤーしか立ち入れない設定にしてあったはず。
玉藻や八雲はもちろん、イトナが信頼しているプレイヤーしかここに入れない。
「イトナくん逃げて下さい!」
様々な思考を高速で巡らせてる中、不意に叫ぶようなラテリアの声が聞こえた。
しまったと後悔する。一回見渡して、視界に入った人物がいない事を過信して、もう犯人はここにいないと勝手に思い込んでいた。
ラテリアの声がする方へ慌てて振り向けば、既に何者かがイトナに飛びかかってくるところだった。
「ッ!」
唐突な攻撃にイトナの反応が遅れて、そのままあっけなく押し倒されてしまう。
「ッく!?」
強く頭を壁にぶつけた。
頭がチカチカする中、引き剥がそうと敵の体を掴む。
とても軽い体だった。装備は軽装なのか、密着する体は柔らかい。
「なー♪ なー♪」
そして耳元から聞こえて来たのは、予想外にも甘くさえずる女性の声だった。
ぺろり。
「え?」
湿ったなにかがイトナな頬をなぞった。
なんとか犯人を視界に入れる。
イトナに馬乗りになっているのは、イトナのよく知っている人物だった。
「セイ、ナ?」
目と鼻の先にいるの顔は見間違えようがない。セイナの顔だった。
でも様子がおかしい。いつものセイナと違う。行動もそうだけど、表情も普段と違うどこか色っぽい、うっとりした顔。そんな顔でイトナを見つめている。
不謹慎だろうか。セイナとラテリアがピンチなのかもしれないのに、セイナに向けられるその顔にドキドキしてしまうのは。
不意に動くセイナの頭。
予告もなく、更に近づいてきたセイナの顔は、ぺろりとイトナの口元を舐めた。
「ッ!? せ、せせせセイナ!?」
「なー?」
それに、どうしたの? と、セイナが無邪気な顔を向けてくる。
「イトナくんから離れて下さい!」
「ゔ〜〜〜〜〜〜〜!!」
「ひぃ!?」
イトナを助けようと、立ち上がったラテリアはセイナの威嚇に怯む。
ラテリアはボロボロだった。いつも整えられている髪はぐちゃぐちゃになり、服も薬品まみれになっている。少しやつれているようにも見えた。
「いったいなにがどうなって……」
明らかにセイナの様子がおかしい。まるで獣になったかのようにラテリアを威嚇している。
「なー♪」
威嚇によってラテリアが寄ってこないことを確認すると、すりすりと頬をイトナに擦り付けてきた。
まるで犬や猫だ。言葉を発せない動物は態度で自分の気持ちを伝える。敵とみなした者には威嚇をし、自分の方が強いとアピールするのだ。逆に好意を持った者には擦り寄り、甘える。今のセイナのように。
「離れなさい! これは命令です!」
ラテリアがなぜかセイナに命令を下す。その声に再び振り返ったセイナは涼しそうな顔でラテリアを見据えた。
「ディア!」
「なー!」
ディア?
今の一連のやり取りでイトナは一つの予想を立てる。ラテリアはセイナのことをディアと呼んだ。それはおかしな話で、ありえないことではあるが、確かに今のセイナの行動はディアそのものだ。
つまり、イトナの上に乗っているのはセイナの体をしたディアということなのだろうか?
だからラテリアはセイナの体をしたディアに対して、〝どきなさい〟と命令をしたのだろうか。なら、ディアにとってテイムした本人であるラテリアの命令は絶対のはず。だけど……。
セイナはラテリアの命令を無視して、見せつけるようにしてイトナに体をくっつけた。セイナの胸が顔に押し付けられる。
「あーーーー!」
そんなもの効かない。どんなもんだと言っているかのように、セイナは勝ち誇った顔でラテリアを見返す。ラテリアはそれを見て頬をパンパンにして怒った顔を見せた。
「ディア?」
そう呼んでみると、セイナはイトナへ振り返り自分の名前を呼んでもらえたことを嬉しそうな表情を浮かべた。
間違いない。とまでは言えないけど、今のセイナがセイナではなくて、ディアである可能性がぐんと高くなった。なら、本物のセイナはディアの……。
そんなことを考えていると、イトナの上にいるセイナが不慣れな手つきで自分の服を握る。
「ディア?」
すると、セイナの体に身につけている服を引きちぎらんばかりに引っ張りだした。
「せ、ディア! それはダメです! 服は脱いじゃ……」
「ゔ〜〜〜〜〜〜〜……」
「っひぃ」
ラテリアが止めようと近づこうとするが、ディアは威嚇。自分のオスが別のメスにに取られる。そんな風に思っているのだろうか。
ラテリアに警戒しつつ、ディアは乱れた服から手を離すと、今度はなにやらモジモジし始めた。服の次はスカートが気になるのか、うざったそうにスカートを引っ掻くような動きをする。
そこでイトナも気づいた。現在の状況を。イトナが思っている以上に危険な状態であることを。
ディアは絶賛発情期中だったことを思い出す。だから最近ディアは男であるイトナに甘えてきている。でもその行動は目的の過程。目的は交尾。子孫の繁栄。
もし、その行為を実施しようと考えているなら。その行為に邪魔なものは……。
「っ! だ、ダメっ! それだけは絶っっっっっ対にダメです!」
取り乱すラテリア意味がやっと理解できた。できてしまった。
スカートの下から薄く緑がかった布のようなものが姿を現した。それは綺麗な、下になるほど細くなっていくセイナの脚からスルスルと落ちていく。
「パンツは脱いじゃダメーーー!!」
意を決したラテリアがセイナに飛びかかる。パンツを履かせようと。
「な”ーーーーー!!」
ディアもそれに威嚇して構える。そしてーー
二人は衝突した。動くのが早かったラテリアがディアを押し倒す形になり、ラテリアが優勢見えた……けど……。
倒れた勢いでスカートがふんわりと開いていた。まるで花が開花するかのように。
そして、見えてしまった。
「ッ!」
それに素早く気づいたラテリアはパシンッとセイナのスカートを押さえる。
「……ッ!?」
それもつかの間、その隣でもピンク色の花が満開になっている事に気づいたラテリアは、イトナ顔負けのスピードで自分のスカートを押しつぶす。
直後、ラテリアの涙いっぱい含んだ瞳がイトナに向けられる。
「み、見ました!?」
「え、いや……」
「見ましたよね!?」
「えっと……」
「どっちの、見たんですか……?」
ここで発言を間違えてはいけない。そして、少しの沈黙も許されない。イトナは咄嗟に判断した。今答えるべき正しい回答を。
「……両方?」
正直に答えた。
「うわああああああああああああああああん!!」
次の瞬間、イトナな視界は黒い塊に遮られた。柔らかい毛並みと、肉がイトナの顔にのしかかり押し倒される。
ディアだ。
その後、滅茶苦茶にされた。
顔を。
まるで記憶を剥ぎ取るかのように。
グチャグチャにされた。
散々な目に遭った後、なんとかして重いディアを持ち上げると、その更に上に顔があった。ラテリアでもセイナでもない顔が。
「……ニ、ア?」
今イトナが倒れている位置は、パレンテホールの出入り口前だ。イトナが勢いよくイトナがドアを開けて、そのまま閉まっていない。つまり、外から丸見えだった。
嫌な汗が流れる。ニアはいつから見ていたのだろうか。
いつも愛想よく笑顔を見せてくれるニアが、今は滅多に見ない蔑んだ目でイトナを見下ろしている。結構前からこの状況を見られていたのかもしれない。
「説明してもらうからね。イトナくん」
ニアの声はそれはもう冷え切っていた。
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