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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ディア・セイナ
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12


「着きました。ここが目的地です」


 ワープゲートを潜ってサダルメリクのホームでもある幻想都市リベラまで来ると、サダルメリクのギルドホールではなくリベラの街へ入った。そこから少し歩いたところ、ここが次の目的地らしい。


 イトナの知らない店。


 そもそもイトナはダンジョンに詳しくとも、店にはあまり詳しくない。特にリベラの街はサダルメリクのギルドホールが隣接してるだけあって、女の子の人口が多い。その影響か、女の子を客層としている店が多いと聞いたことがある。つまり、ここはより一層イトナに疎遠な場所なわけだ。


 だからここまで来るまでに見てきたリベラの街並みは新鮮なものだった。


 目の前にある店も、大木を切り抜いたような造りになっていて、見ているだけで楽しい。


「あば……あばんと、がーで?」


「アバンギャルドね」


 英文字で書かれた店の看板の読み方をニアが訂正する。


「なんか強そうな名前だね」


 見た目はとてもファンシーな佇まいだけど、それに反してカッコイイ名前の店だ。


「んー、一応次世代のデザインって意味らしいわよ。イトナくんはこのお店知らないの? 結構有名だけど」


「え、そうなの? 初めて来たよ。 デザイン……だから装備店かな」


「ぶー。違います」


 妥当だと思った推理はすぐさまニアに否定される。


「まぁ、中にはいりましょ」


 そう言ってドアを潜ったニアにイトナは続いた。


 中は服だらけだった。色鮮やかな服やドレス、鎧、またはアクセサリーが綺麗に飾られている。

 やっぱり武器屋。言葉の綾で防具屋か。そう思ったが、よくよく見ると違った。アイテムに視線を合わせてもステータスが表示されない。


「なるほど、デザイン屋か」


 言葉のまま、デザインを売るお店。フィーニスアイランドでは装備を、主に防具のデザインを現物から好みのデザインに変えることができる。わりと戦略的にも重要で、なんの装備をしているかの情報を相手に与えないとか、あとは動きやすいとか。でもこのお店は戦いの用途でデザインされた物に見えない。つまりオシャレ用だ。


「ニアもこういうオシャレするんだね」


「あ、失礼ね。私だって女の子だからオシャレするわよ。今日だって…………いや、いい。言ったら負けた気がする」


「え?」


 ニアは戦闘重視の範囲でオシャレをすると思ってたって意味で言ったのに、珍しく少し機嫌が崩れたように見えた。女の子は難しい。


「それにしても品揃え凄いね」


「そりゃそーよ。装備デザインじゃこのアバンギャルドを超えるところはないってくらい有名なんだから。女の子専用だけどね」


「へー。じゃあラテリアになんかお土産で買って行ったら喜ぶかな」


 すると、ニアからチョップが飛んできた。かわいいチョップがイトナの頭にポンと当たってそのまま停止する。


「イトナくん」


「……はい」


「イトナくんはデートを分かっていないようですね」


「なんかダメなことした、かな?」


 そこでわざとらしい大きなため息が吐かれる。呆れられたため息だ。


「デート中に他の女の子のプレゼントを買うってどうなのよ……」


「ご、ごめん……」


 全くその通りだった。ニアに言われるまで全然気づかなかった自分に少しがっかりする。


「デート中は私のことだけを見る。いい? 分かった?」


 まるで小さな子供にものごとを教えるかのようにして言う。ニアの目が本気だったので、ここはとりあえず素直に頷いといた。


「さて、もうすぐ夏だから夏用のデザインを買いに来たの。夏服。いろいろ着てみるから良かったのを教えて。イトナくんの好みでいいから」


「え、僕なんかよりニアが自分で決めた方がいいよ。ファッションとか全然わからないし」


「いいの。あくまで参考にするだけだから。こっち来て。着替えるところ奥だから」


 店は中々広かった。人道も広々としていて、他のプレイヤーが道を塞ぐことは無さそうだ。


 奥へ進むとカーテンで区切られた試着室が幾つもあった。

 デザインは防具やアクセサリーに付与して初めて形になる。購入する前は自分の装備に付与が出来ないため、店で用意された装備に付与して試着することになる。一回自分の装備を外す必要があるから、このような試着室が用意されているのだろう。


「それじゃ私がいいって思ったやつ着ていくから感想言ってね」


 そう言うとニアがカーテンの中に入って行った。でも、直ぐにカーテンの隙間から顔だけを出して、


「覗いちゃダメだからね」


 と一言残した。


「う、うん」


 思わず釣られて返事をしてしまった。


 何故か試着室で顔だけ出されると、カーテンの中にあるニアの姿について変なことを想像してしまう。今入ったばっかりだし、服は着てると思うけど。


 そんなイトナを見て、ふふんっとしてやったりな顔を見せると、カーテンの中に戻って行った。


「そこまで計算してやったのか……」


 恐るべしニア。


 しかし、ニアがいなくなると男のイトナにはこの場所は居心地があまり良くない。前にサダルメリクのギルドホールに入った時のように、他の女の子プレイヤーからの視線を感じた。この場所では男は異物だ。


「みんなもニアみたいに中で選べばいいのに……」


 イトナの素朴な疑問。こうやって品が並んではいるけど、店内でウィンドウを開けば一覧で見れる。ニアは飾ってある服を見ないで試着室に入ったから、中でウィンドウを広げてデザインを選んでいるのだろう。その方が効率がいい。

 前にコールに言われたけど、ウィンドウで見るより実物を見た方が楽しいとか。イトナには分からない感覚だ。


 意識のしすぎか、過剰に視線を気にしていると、シャッとカーテンが開く音がした。


「いッ!?」


 そこには予想外なニアの姿。下着姿のニアがいた。


 イトナの持てる最高速で顔を逸らす。


「に、ニア、服! 服着て!」


「着てるわよ。ちゃんとよく見て」


 そっとニアを確認すると、やっぱりニアは下着……と思ったら少し違った。


「……水着?」


「そう。水着。変じゃないかな?」


 そう言ってニアは自然な流れで控えめにポーズをとって見せる。わざとなのか、女の子特有の部分が強調してきた。その度にイトナの視線がニアの顔から胸の方へ落ちそうになったけど、なんとか持ちこたえる。


「……夏服じゃなかったの?」


「んーまぁ水着も夏服じゃないかな?」


 なんとも曖昧な返事が返ってくる。


「聞いてない……」


「言ってないもん。だって言ったらイトナくん逃げそうだし」


 正直今すぐに逃げ出したかった。でも流石にここまで来て逃げるのは男らしくない。

 

「今度ラテリアちゃんと海行く約束したのよ。その時の水着買っとこうと思って。どうせならイトナくんが好きな水着がいいじゃない?」


「い、いいよ僕のことは。って、僕も行くことになってるの?」


「当たり前じゃない。手強そうだけどセイナさんも誘ってサダルメリクとパレンテ合同で」


「それ、男僕だけじゃ……」


 それに対しては知らなーいとニアがそっぽを向く。


「やっぱりいいよ。女の子だけで楽しんでくれば……」


「それはダメ!」


「え」


 なぜか強い却下。どう考えてもその面子の中にイトナが入るのは不自然だと思うけど。


「と、とにかくイトナくんは参加決定してるの。小梅もイトナくん来るって言ったら喜んでたし、ユピテルも面白そうって言ってたし」


 小梅のは素直に嬉しいけど、ユピテルの方は悪意あるように思えるのだけど……。


 でもそこまで計画してるのに水を差すのは可哀想だとも思った。特に小梅の落ち込んだ顔は胸に来るものがある。それに考え方によっては中々楽しそうだ。海に出るモンスターはダンジョンじゃないのに特別強く設定されている。それをサダルメリクのメンバーと討伐するのもありだ。


 せっかくのお誘い。いや、誘われるを通り越して参加確定してだけど、強く断る理由もない。


「……じゃあ参加させてもらおうかな。僕も水着買っとかないとか」


「うんうん。よし、じゃ私も次の水着に着替えるね」


 それからニアの水着ショーを居た堪れなく思いながら観賞させてもらった。


 正直に言って、ニアはどの水着も似合っていた。言葉にすれば〝似合ってる〟以外の言葉が見つからない。なのに、水着が変わる度に感想を求めてくるニアにイトナは困った。


「んー、これ、ちょっと子供っぽいかな?」


「僕は可愛いと思うけど」


「ほんと? ありがとう」


 さっきから同じようなことしか言っていない気がする。女の子を褒めるボキャブラリーの乏しい自分が悲しい。唯一の救いはニアはそんなイトナの言葉でも嬉しそうな顔をしてくれることだ。


「さて、イトナくんに飽きられちゃうし次で最後にしようかな」


 それを聞いてホッとする。でも、ニアがカーテンの中へ消えていく間際、不敵な笑みを浮かべたのがたまたま見えてしまったせいで不安が膨らむ。


「またなにか考えてるな……」


 だいたいニアの考えそうなことは分かる。露出の多い水着辺りを最後に披露して、イトナの反応を楽しむ魂胆だろう。だけど、今の状況からして回避は不可能。甘んじて受けるほかない。


「前から思ってるけど、いちいち反応するからいけないんだよね……」


 ニアがこれからやってくることが分かっているならちゃんと心構えしとけばだいぶ違うはず。


 前にラテリアの男性恐怖症克服のアドバイスを貰った時と同じだ。無心を保てば……。


 そんなことを脳内でブツブツと考えていると、アラームが鳴った。


 頭中で鳴るアラーム。念話の呼び出し音だ。ウィンドウを出して見れば、相手はラテリアから。


『ラテリア?』


『イトナくんですか!? 大変です! セイナさんが……ッ きゃっ!』


 出てみれば、聞こえてきたのは血相を変えたラテリアの声だった。悲鳴のような声も聞こえる。


『え!? ラテリア!?』


『や、やめっ! やめて下さい! そこはダメーー』


『ラテリア? ラテリア!?』


 そこで念話が途切れた。


 唐突なラテリアからの念話。


 聞こえてきたのは何者かに襲われているかのような言葉。


 大変? セイナが?


 血の気が引くのを感じた。ラテリアの慌てる声。なにかかが今起きている。パレンテホールで。


 街の中なら安全。それは絶対なはずなのに、この前のNPK事件が頭に過る。


 また予想外のなにかが起きた……?


 ラテリアとセイナのピンチ。ラテリアの鬼気迫る声はただ事ではない。自然とイトナの足が店の外を目指して走り出す。でもニアのことを思い出して店の出口付近で急ブレーキをかけた。


 ニアに一言言っておかないと。


 ……いや、一秒でも欲しい。戻ってる暇はない。緊急事態だ。ニアには悪いけど後で連絡を入れよう。とりあえずは……。


「あの、すみません!」


「はい?」


 近くに居た店員に声をかける。優しいそうな顔をした男性のNPC。


「一番奥の試着室で水着を選んでいる人がいるので、見て感想を言ってあげて下さい!」


「え?」


「よろしくお願いします!」


 うん。これで一先ずはよし。


 心中でニアに謝罪し、イトナはパレンテホールへ向かった。


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