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「じゃあ最初からからあれを狙ってたって言うの?」
ギルド戦終了後、コロッセオを後にしたイトナとニアは次の目的地に向かうその道中、先のギルド戦の話で盛り上がるのは当然のことだった。
フィーニスアイランドが好きなら誰もを熱くする戦い。改めて序盤から追ってみればかなり完成度が高い戦いだったとイトナは思う。
その理由をニアに説明すると、これからの行き先を聞いたイトナに「ナイショ♪」とイタズラな笑顔で言っていたニアの顔が真顔に戻った。
「多分そうなるかな。じゃないと序盤中盤わざと不利にした理由が見当たらないし」
ギルド序列が入れ替わったあの試合の後、直ぐに号外のリエゾン誌が街にばら撒かれた。
それを読んでみると、『時間に救われた勇者パーティ。時をも味方につけて序列一位ギルドに君臨』と大きな文字で書かれていたのだ。それを読んだニアが「全くその通りよ」と漏らしていたので、アレが偶然じゃないと言ったのがきっかけだった。
「不利だったのはフレデリカがいなかったからよね?」
「うん。今回の作戦はフレデリカがアーニャの魔法を耐えなくちゃいけなかったからね。それまでにHPを削られるわけにはいかなかったんだよ」
あらかじめアーニャのサンダーストームの等倍ダメージを受けても耐えられる検証は行っていたのだろう。
「だからって、試合のほとんどの時間を不利にしてまでする作戦なの?」
ニアの言う通り別の戦い方もあっただろう。ただ、より確実に勝ちを取りにいくならこの作戦は有効的だ。
「ナナオ騎士団と黎明の剣の実力が五分だからだよ」
「え?」
「実力が五分だとどっちに勝ちが転ぶか分からない。むしろ引き分けの可能性の方が高いよね」
「確かに、引き分けはよくあるけど……」
サダルメリクにはよくある結果。お互いに点数が入らず引き分けとなるのは、上位ギルド同時の戦いではよくあること。
でも、黎明の剣は引き分けではなく、勝ちを狙った。
「シンプルな考え方だよ。ギルド戦のルールは最終的にポイントが高かった方が勝ち。言い方を変えれば、どんなに不利でも、どんなに状況が劣勢でも、その終わった瞬間だけポイントが高ければ勝ちになる」
「つまり、時間調整をして最後に点数を入れたってこと?」
「うん。多分アイシャの作戦だよね」
「じゃあ、あのタイミングで極光剣を発動したのも……」
全て作戦通り。最初から試合のストーリーを逆算して作っていた。
ほとんどの時間、具体的に言えば極光剣の発動は試合終了の一分前に発動させなければならない。その二十九分間、五人で耐え凌ぐことは確実ではない。
だから八雲ではなく玉藻を狙ったのだろう。ポイントのバッファを取るために。
玉藻はペンタグラムであることから、レベルも相当高いことが予想できる。少なくとも、テト以外のプレイヤーよりは高いと。テト以外の前衛が一人くらいやられても逆転できるように。
「あーあ。なんかイトナくんから聞けば聞くほど負けた気がする!」
「え、なんで?」
「イトナくんには見えてて、私には見えなかったってことが。だって、聞くまで偶然勝ったとしか思えなかったもん。私だって一応サダルメリクって序列二位のギルドマスターなんだからそれなりにプライドがありますとも?」
「ご、ごめん……」
確かにちょっと熱が入って調子に乗っちゃっただろうか。反省しながら横を向くと、口を尖らせるニアの顔があった。
「なーんてね! イトナくんが私より全然強いのは分かってるし。それより黎明。なんか差付けられちゃったかなーって思った」
そう言って少し俯くニア。イトナはあの試合を見て、ただ「すごかった。まる」と思っているだけでいいけど、ニアは違う。黎明の剣から一位を取るには、サダルメリクが黎明の剣に勝たなければいけないのだから。しかも時間はあまりない。グランドフィスティバルのギルド序列枠が確定するのは夏休み。来月にまで差し迫っているのだから。
「あ、でも今回の黎明の剣の作戦、成功はしたけど偶然の部分もあったよね」
「どこに? イトナくん、最初から全部狙ってたって言ってたじゃない」
「でもタイミング的には本当にギリギリだった。もし最初、アーニャのふざけた行動がなかったら……」
「っあ」
ニアも気づいたのだろう。あのアーニャ奇行はアイシャの反応から察するに、想定外だった。その想定外で数秒時間を稼いでいたのだから。
もしあの数秒がなかったらきっと結果は変わっていただろう。その数秒耐える時間が長くなり、ガトウのHPは尽きていた。かといって極光剣の発動タイミングを速めていたなら今度はフレデリカが倒されてしまう。試合はもう一転していたに違いない。
「確かに。それ、もうちょっと早く言ってよ!」
「あはは……。でも今度からはちゃんとした作戦を考えるのもいいかもね」
いくら偶然だったとしても、黎明の剣の作戦勝ちだったのには違いがないのだから。
「うちの子達に作戦かー……」
憂鬱そうに声を上げるニア。作戦を勧めておいて、サダルメリクが作戦に向いているかというと微妙なことにイトナも気づく。
「風華とラヴィはいい感じで動いてくれると思うけど……」
「問題は後の二人だから!」
「そうですよね……」
「ふぇーん! ニアちゃん作戦なんだったけー」と泣きつくユピテルの姿が思い浮かぶ。自分のスキルもメモ帳を見ながら詠唱してるくらいだし……。もう一人は「小梅、あの伝説の武器初めて見ました! あの人と戦いたいです!」とか言いそうである。作戦を無視して。
「…………よく考えたら、ガチガチに作戦を決めちゃうと作戦が破綻した時に臨機応変にできないから、今まで通りでいいかも?」
上手くフォローしたつもりだったけど、もう、どっちよ? と言った目を向けられてしまう。
「こうなったら新戦力を加えないとね」
「え、ああ。なるほど」
今のサダルメリク選抜パーティである通称ヴァルキュリアの一枠はまだハッキリと決まっていなかったのを思い出す。
だけどいきなりヴァルキュリアの即戦力を捕まえるのは難しい。トップを狙えるような強いプレイヤーは既にどこかしらのギルドに所属しているだろうし、サダルメリクには女性プレイヤーという縛りもある。
「アテはあるの?」
「あるわよ」
「え、マジ?」
「うん。マジ。現在進行形で大物を攻略中」
現在進行形? ジッと見てくるニア。それを見て察する。
「いや、僕男だし……」
「大丈夫。私、ギルドマスターだから」
ニアが権力を振りかざす。
「それに僕はパレンテってギルドに入ってるから……」
「じゃあ合併だね。セイナさんとラテリアちゃんもサダルメリクに入ればいいんだ」
「ええっと……」
ニアの目が本気で言っている。
この時期になると上位ギルドの勧誘は激しくなる。今は黎明、サダメリ、ナナオの三ギルドだけど、これを倒してやろうと、グランドフィスティバルの期間だけ各ギルドから強いプレイヤーだけを集めたギルドが結成されても不思議ではない。現に四年前はそうだった。
だからサダルメリクもこの期間だけルールを捻じ曲げて男のプレイヤーを入れることを視野に入れていてもおかしくはない。
次の回答を真面目に考えていると、ニアが堪らずと言った感じにップっと吹き出した。
「冗談。冗談よ。流石の私でも男の子を入れるってのは難しいかな。あ、本気にしちゃった?」
そう言ってイトナの頬をつついてくる。
「……時期が時期だし、ちょっとだけ?」
冗談冗談と言いながら、ニアは改めてジッとイトナを見てきた。
「……女装したらいけるかな」
「……冗談だよね?」




