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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ディア・セイナ
56/119

03

「じゃあ昨日言ってた通り、ステータスの確認からいいかな?」


「はい! お願いします!」


 おやつ時の時間。イトナとラテリアはパレンテホールにいた。


 NPK事件以降、ラテリアはイトナに戦い方を教えて欲しいとお願いて、毎日イトナに特訓をしてもらっている。


 いつもなら外で行われる特訓なのだけど、今日はラテリアのステータス確認からのスタート。パレンテホールだからセイナもいて二人っきりでは無いけど、実質二人っきりの世界のはずだ。この時間が最近ラテリアの一番好きな時間。なんだけど……。


「なー」


 それを邪魔する者が一人……いや、一匹いた。


 ディアは普段出さないような甘い声を出して、イトナにスリスリと顔をくっ付けて甘えている。ディアがイトナに懐いているところを今まで見た事がなかったけど、ネコは気まぐれな生き物だ。きっと、今はイトナに甘えたい気分なのだろう。


 でもタイミングが悪かった。今はラテリアがイトナを独占する時間なのだから。


「ディ?ア?。イトナくんは私と大事なお話するんです。あっちに行ってなさい」


 まったくもーと、ラテリアはそう上機嫌で言いながら、ディアをイトナから離そうと手を伸ばす。


「??????……」


「ええ!?」


  ラテリアが伸ばす腕に気付いたディアは、普段とは違う顔を向けてくる。


 本気怒りの敵意むき出しの眼に、逆立つ毛。ディアは威嚇していた。あろうことか、テイムしたプレイヤー、飼い主のラテリアに。


 ディアをイトナから退かそうと伸ばしていたラテリアの腕がビクリと止まる。


「ど、どうしちゃったんですか!?」

 

 これ以上近づけば噛み付くぞと言わんばかりに牙を見せるディアに、ラテリアは驚きを隠せない。


 そんな戦闘態勢のディアの頭にイトナが手を乗せた。


 噛まれる。ラテリアはそう思った。でも結果は大きく違った。


「なー♪」


 ゴロゴロと喉を鳴らして、ゴロンとひっくり返る。イトナを誘惑するかのように全てを曝け出すデブネコはこれ以上なくイトナに媚びていた。


「な、なんでイトナくんにはそんななんですか!?」


「あははは……」


 こんなに甘えるディアは見た事がない。飼い主のラテリアが撫でても面倒くさそうな態度をとるだけ。一番懐いているセイナにだって、お腹を見せてまで甘えるところを見た事がない。これがいくらネコの気まぐれだったとしても納得いかない。


「今メイルキャットは発情期なのよ」

 

 そこでセイナの言葉が挟まれる。


「はつ、じょうき……ですか?」


 発情期。一瞬、理解が追いつかなかった。でも、理解が追いついた瞬間、顔がみるみる赤くなるのを感じる。発情期と言ったら、ラテリアの理解が正しければエッチがしたくてたらない時期だ。


「これ」


 開かれた分厚い本をセイナから渡される。


 そこにはメイルキャットの飼育の仕方が事細かく記されていた。重要な部分には丁寧に線が引いてある。セイナがここまでディアの面倒を見てくれているなんて知らなかった。


 思えばご飯をあげようとしても、既にセイナがあげた後でラテリアが与えた事は数回しかない。戦闘が苦手なメイルキャットはダンジョンや、イトナとの特訓には連れて行けないし、ディアはいつもセイナとお留守番。ディアの面倒を見る頻度と、過ごす時間は飼い主のラテリアより断然セイナが上だ。これではセイナに懐くのも頷ける。


 うんうんと納得していると、発情期の言葉を見つけた。確かに、今の時期がちょうど発情期だ。


「ディアって女の子だったんだ……」


 男の子のイトナに対してこんなになっているって事は、つまりディアは女の子ってことだ。


「ディア。イトナくんは人間でディアとは違うんですよ。だから……」


「?????!!」


 だらしないお腹をイトナに撫でてもらいながらも、ディアは怖い顔を作ってラテリアに向ける。叶わない恋でも邪魔されるのはイヤらしい。


 どうしよう……そんな顔をしていると、


「まぁ、このままでもステータスは確認できるから」


 そう言って、イトナはひょいとディアを持ち上げると膝の上に置いた。

 そのポジションに少々興奮気味のディアが少し気になったけど、今回は仕方ない。ひやひやする気持ちを切り替える。それにステータス確認が終わったら外で特訓の予定だ。そしたら今度こそイトナと二人っきり。密かにディアに対して対抗心を燃やしつつ頷いた。


「じゃあ、見せてもらっていいかな」


「はい。お願いします」


 ラテリアはステータスウィンドウを開くと、イトナにも見えるように近づく。こういったプレイヤー情報は本人の目の前に表示されるからだ。


「どうでしょうか?」


「ごめん、もうちょっと近づいてもらっていいかな」


「も、もっとですか?」


 ディアを膝の上に置いて動けないイトナから更に近づくようにお願いされる。

 ラテリア的にはめいいっぱい、これ以上なく近づいたつもりだった。でも、まだ足りなかったみたいだ。


 分かってはいた。ステータスを確認する時はいっぱい近づかないといけないことは。心の準備はできていたつもりだし、イトナと急接近するのを楽しみにしていた自分もいた。でもいざ近づくとなるとやっぱり緊張するというか、ドキドキするというか、なんとも言えない気持ちがラテリアの胸の中で渦巻くのだ。


 目をぎゅっと瞑り、意を決して更にイトナに近づく。これでどうだと、肩がくっつく距離。


「こ、これでどうでしょうか?」


 少し上ずった声が出た。


「……」


 返事が無い。まだ足りないのだろうか? いや、これ以上は流石に無理なはず……。


 瞑っていた眼をそっと開いてみると、そこにはステータスウィンドウを覗き込んでいるイトナがいた。


 ち、近い……。


 思わず、視線を下にずらしてしまう。そこには目があった。机とイトナの影に光る黄色い目がラテリアを睨む。「私の男に近づくにゃ!」そう言いたげだな目だ。

 でもラテリアも負けてられない。むっと少し頬を膨らませて睨み返す。

 水面下で静かに女の戦いが行われる。負けられない戦いだ。


「ラテリア、このステータスの振り分け方って誰かに教わったの?」


 そんな戦いのことに全く気付かないイトナは、ステータスウィンドウを見ながらラテリアに尋ねてくる。


「いえ、自分で振り分けました……けど、なにかおかしかったですか?」


 ラテリアはステータスの割り振りについては少し自信があった。でも、イトナの困ったような声色でその自信は直ぐに消失する。


 因みに、この時も現在進行形でディアとラテリアの戦いは続いていた。見えないイナズマみたいなのをバチバチさせながら、ラテリアは表情を崩さず巧みにイトナに返答する。


 そんなやり取りを数回すると、ステータスウィンドウから顔を離したイトナがラテリアに向き直る。


 その瞬間、ラテリアとディアはなにごともなかったような顔に戻る。ラテリアはにっこりと可愛い顔を作ってイトナに向け、ディアはお腹を見せてめいいっぱい甘える。女はこのような場面ではとても器用なのだ。


「ステータス、振り直してもいいかな?」


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