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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
ディア・セイナ
55/119

02

投稿遅れてしまってすみません!

今日から3章始まります!!!


「私、ギルドマスターのお勉強をします!」


 休日昼下がりのパレンテホール。ラテリアの指定席からガタリと椅子が動く音と、ラテリアの声が響く。

 ラテリアが立ち上がった音だ。そして、胸の前に硬い拳を作ると、高らかに宣言した。


 改めて元気な声で明言する。


「セイナさん! 私、ギルドマスターのお勉強したいです」


「ふーん」


 ラテリアの熱い決意を前に、パレンテホールは至って静かだった。


 セイナはぺら、ぺらと一定の速度で本のページを捲っている。顔を上げる素振りは一つもない。

 その本の横ではだらしなくひっくり返っているデブネコモンスターのディアは、面倒くさそうにラテリアを振り返るも、食べ物をくれる雰囲気じゃないなと即座に判断。大きなアクビをラテリアに見せつけてから再びだらける。


「……」


 分かってはいたけど、伝説のギルドパレンテ、そのマスターラテリアの威厳はどこにもなかった。


 当然である。


 ギルドマスターに就任してから何一つギルドマスターっぽいことをしていないのだから。

 このままではこの先ラテリアがギルドマスターっぽく扱われることは無いかもしれない。ラテリアの威厳、永遠の0である。


「あのぉー、セイナさん?」


「んー?」


 本に没頭しているセイナから空返事が返ってくる。


「セイナさぁーん」


 しょうがないからわざとらしく泣き付く。セイナの指定席の隣を自分の指定席にしているラテリアは、更に椅子をセイナに近づけと、うわーんとラテリアの存在をめいいっぱいアピールした。泣いてないけど。


「……はぁ。ちょっと待って」


 セイナは飽きれたようにそう言うと、本をキリのいいところまで読み進めたのか、栞を挟んで本を閉じてくれた。


「それで、なに?」


「セイナさん……」


 この時、ラテリアは感動していた。だって、この前までならラテリアのために読書を中断するなんてありえなかったからだ。


 ぱぁーと自分の表情が喜びに変わっていくのを自分でも感じながらも、この喜びをセイナに伝えるのをグッと堪える。もしそんなことをしたら面倒くさがられて嫌われるに違いないから。ラテリアも学習しているのだ。


「こほん」


 小さくせきばらいをして、喜びに乱れた心を落ち着かせる。今は喜んでいる場合じゃない。


 ラテリアの熱い決意。その理由はーーーー


「私、ギルドマスターなのに全然役に立ってないと思うんです」


「そうね」


「っうぐ……」


 セイナの間髪入れない即答がグサリと刺さる。

 あまりにもど直球な返答に、ラテリアから変な声が漏れた。

 自分で話をしといて、肯定の言葉がここまで心を抉るとは思ってもみなかった。

 もしかしたら少しは否定してくれるかも? ラテリアは頑張ってるわよ。とか言われちゃったりして……なんて、そんな期待を少しでも抱いていたのが間違いだったのだ。


 痛む絶賛成長中の自分の胸に手を当てて、ここ最近の出来事を振り返る。


 ラテリアがギルドマスターになって数日。ギルドの役に立てない自分をイヤというほど痛感する出来事が多数あった。


 NPK事件という大きな事件を解決した事により、NPC社会ではすっかり有名ギルドになったパレンテ。


 もともとの実績もあって、パレンテが今件を解決したことに疑いを持つNPCは一人もいなかった。そしてパレンテの名誉は尾ひれ羽ひれがついてNPC社会で電波のような速度で瞬く間に広がったようだ。


 結果、NPCから感謝の気持ちとして色々なアイテムが届くようになった。わざわざパレンテホールまで足を運んで。


 ありがたい……のではあるのだが、毎日、毎時間のように訪れるNPC達の対応に気の休まらない時間が長く続いた。イトナがいる時はイトナが対応をしていたけど、イトナはほとんどの時間ギルドホールにいない。基本的にセイナとラテリアがいる時間が長く、ラテリアもセイナと一緒に対応するつもりだった。


 だけど……。


 来るNPCは男性ばかり。

 男性恐怖症はだいぶ良くなったラテリアだけど、イトナ以外の男の人はやっぱり苦手だった。


「この前までNPCの皆さんがよく来ていたじゃないですか。その時も私、なにも出来なくて……」


「そうね。後ろで愛想笑いしてただけだったわね」


「うぅ……」


 セイナからトゲのある言葉をもらって更に胸が痛む。でもラテリアはめげない。


「そ、それでですねっ! 私もギルドの役に立つためになにかしないとって思うんです。それで、ギルドマスターとしてなんですけど……」


「なにをしたらいいかわからないと」


 コクリと頷く。


 ラテリアはギルドマスターの事をよく知らない。自分がギルドマスターになるなんて思いもしなかったし、そもそもギルドに入るのもパレンテが初めてだ。


 もちろん自分でも考えてみた。身近にいるギルドマスターを参考に、ニアの事を思い浮かべてみたりして。


 けど、よく分からなかったのだ。


 ニアはちゃんとしてるし、皆んなをまとめててしっかりしてる。でも、それはニアがそういう人間であって、ギルドマスターだからそう振舞っているとは思えなかった。


「別にギルドマスターだからって無理になにかしなくてもいいのよ」


「でもギルドマスターですよ? ギルドで一番偉い人ですよ?」


「別に一番偉くないから」


「え? あれ?」


 ギルドマスターはギルドで一番偉いんじゃないのだろうか。だってマスターなのだから。


「じゃあラテリアはイトナより偉いの?」


「そ、そんなことないです!」


「私より偉いの?」


「偉くないです」


「ディアよりも偉くはないわよね?」


「確かに……って、あれ? ん?」


 流石にディアよりは偉い……と思う。だって、ラテリアはディアをテイムした本人で、ディアの主人なのだから。当のディアはセイナが主人と勘違いしているみたいだけど……。


 でも、そうなのか。ラテリアはセイナの言いたいことがわかった気がした。ギルドマスターだから、一番偉いからなにかをやらなくちゃいけないではないのだ。ギルドマスターだから偉いわけじゃ無い。ギルドみんなが対等。そうセイナは言っているんだ。


「セイナさん。私わかりました!」


「やっとわかった? あなたがこのギルドで一番下ってこと」


「ディアよりは上ですよね!?」


 流石にツッコミを入れておく。セイナも薄っすらと笑っているからきっと冗談だ。そう思いたい。


「そんなどうでもいい事は置いといて、それよりもラテリアはギルドマスターってなにをする人だと思ってるの?」


 ラテリアにとってはどうでもよくない事だったけど、とりあえずそれは置いておく事にした。


「えっと、ギルドメンバーをまとめる? とか?」


「20点ね」


「低いですね……」


「他には?」


「他のメンバーより強くて、みんなを守る?」


「5点」


 ラテリアのギルドマスターイメージ像がどんどん崩れていく。因みに今のもニアをイメージした発言だ。


「そんなのがギルドマスターの役割ならあなたギルドマスターできないでしょう。メンバーをまとめられるの? メンバーより強いの?」


「む、無理です」


「ギルドマスターだからって、特別なにかしなくちゃいけないとかないのよ。大体、ギルドは同じ目標を持つ人達が集まって、助け合うためのグループなの。全部をギルドマスターに求めるより、一つ一つ適任なメンバーに任せた方がよっぽどいいギルドだと思うけど?」


「た、確かに!」


 雷に打たれたような衝撃だった。


 そうなのだ。ギルドマスターのことばかり考えていたけど、違うんだ。みんなで助け合うのがギルド。ギルドの中では上下関係なんてない。自分のできることをやればいいのだ。


「セイナさん凄いです! セイナさんはなんでも知ってるんですね!」


「別に普通」


 ラテリアの感激に無表情で言い返すセイナ。それがセイナの凄さを引き立てた。

 凄い、理解出来たと喜ぶラテリアだったけど、ふと新しい疑問も生まれた。具体的な役割分担である。ギルドに貢献できることってどんなことなのだろうか? 応用力のない自分に悲しくながら、セイナに質問を続ける。


「あの、昔の、お姉ちゃんがいた頃のパレンテのみんなはどんな感じだったんですか? 参考までに」


 ラテリアの参考に選んだのはパレンテの先輩達。会ったとのない人達だけど、憧れのパレンテメンバーがどの様にして助け合っていたのか参考にすれば間違いないと思ったからだ。


「昔の? そうね……」


 そう言って、セイナは過去を思い出すように考え込む。


 そして、ポツポツと昔のパレンテメンバーの話をしてくれた。


「役割っていうと違うけど、コールはとても真面目な子だったわね。真面目で、平等だった。だから個性的なメンバーもいたけど、上手くまとめてたように見えたわ」


 最初に出てきたのはコール、ラテリアのお姉ちゃんのことだった。セイナにここまで言わせるなんて、やっぱりお姉ちゃんは凄かったんだと、ラテリアは少しだけ誇らしげに思う。自慢のお姉ちゃんだ。


「でも、なにをやるにしても最終的な判断をしていたのはスペイドだったわね。全員の意見を上手く取り入れて角が立たないようにしてた」


 スペイドはパレンテ初代のギルドマスターだ。やっぱりマスターだけあって、しっかりした人だったようだ。


「一番ゲームに詳しかったのがクラース。言動が少しキツめだったけど、未開地の攻略や、戦いの作戦はほとんどクラースが考えてた」


 クラースはお姉ちゃんの話によく出てきていた。お姉ちゃんとはよく喧嘩していたみたいで、よく耳にしたのはクラースの悪口。ラテリアから見てあまり良くない印象のプレイヤーだ。ポジションはバリバリの後衛で魔導士。天使クラスのお姉ちゃんと近いポジションということもあってか、なかなか意見が合わなかったのだろうか。


「カロがパレンテのムードメーカーでお調子者。喧嘩とかあっても、カロが上手く仲裁……って言うか身代わりになってたわね。普段は一番子供っぽかったけど、ギルドの和が乱れた時に一番大人だったのはカロだったかもしれない」


 懐かしむ様に遠くを見るセイナ。普段は一人で静かにしている方が好きなように振舞っているセイナだけど、もしかしかしたら賑やかだった頃のパレンテも好きだったのかもしれない。


「どう? 誰がギルドマスターをやっても上手くいきそうじゃない?」


 セイナの言う通り、前のパレンテメンバーなら誰がギルドマスターでも上手くやっていけるように思えた。流石は伝説のギルドである。でも、ラテリアが一番聞きたかったプレイヤーが一人抜けていた。


「あの、イトナくんはどうだったんですか?」


 現在で唯一残っているパレンテの初代メンバーのイトナ。ラテリアの知らない昔のイトナは一体どんな感じだったのだろうか。


「イトナ? 特に何もしてなかったわね。言わたことに頷いていただけ」


「え? そうなんですか? あ、でもそうですよね。その頃のイトナくんまだ……」


 イトナの歳を逆算する。お姉ちゃんがフィーニスアイランドを始めたのは今のラテリアと同じ歳の十四歳、中学二年生だったはずだ。お姉ちゃんは四年間フィーニスアイランドで冒険して引退。入れ替わりでラテリアがフィーニスアイランドを始めて四年経つ。イトナはラテリアと同い年で、そう考えると……。


「イトナくん、フィーニスアイランド始めたの六歳……」


 下手したらまだ小学校にも通っていない歳だ。驚愕の事実を知ってしまった。


「別に驚く事じゃないわよ。いまどき」


 そうなのだろうか。幼稚園児のプレイヤーなんてこれまでに見たことなんてなかったけど……。


 う?ん? とラテリアが考える素振りを見せると、セイナの目が鋭くなった。


「そんな事より、あなたになにが出来るのかでしょう。付き合ってあげているんだからそっちを真面目に考えて」


「あ、はい! そうですよね!」


 半ば無理矢理イトナの年齢から話を戻されて、自分の出来ることを考えてみる。


 お姉ちゃんのようにみんなをまとめる……ダメ。


 決断力……これもダメ。どちらかというとラテリアは優柔不断だ。お菓子を選ぶ時もいっぱい迷うし。


 ゲームの知識。全くなし。フィーニスアイランド以外のゲームはトランプくらいしかやった事ない。しかもババ抜きのみ。


 ムードメーカー。これならラテリアでもできるかも? イトナもセイナもあまり喋るタイプじゃないし? と思ったけど、喧嘩の仲裁とか無理だ。悪くなった雰囲気をよくするのは難しい。特にセイナの機嫌が傾いた時はラテリアがどうこうするのは厳しい。


 あとは……。


「ないわね。あなたのできること」


「諦めるの早いですよぉ?」


 真顔でセイナに言われてちょっと涙目になる。セイナにないと言われたら本当にないように思えてきた。


 もう今ラテリアができることを考えるのは止めて、これからなにかをできるようになる努力の仕方を考えた方がいいかもしれない。


 でも、なにか奇跡的な発想はないだろうか。例えばそう。逆になにもできないラテリアだからこそできることとか……。


 振り返ってみれば、ラテリアはいざという時は全て他人を頼りにしてきた。イトナがヨルムンガンドの毒にやられた時はセイナ。セイナがナナオ騎士団に誘拐された時はサダルメリク。全部自分では無理と判断して助けを求めることを選んだ。結果的にそれで全てが上手く行ったのだけど。でも、それなら……。


 まだ整理できていないモヤモヤしたラテリアのできること、できそうなことを形にしていく。


「セイナさん。あったかもしれません。私のできること」


「ん?」


「助けを呼ぶことです」


「は?」


 真面目に考えなさいと威圧の視線がセイナから飛んできて、少し怯む。


「ち、違うんです。私、この人ならこの問題を解決出来るんじゃないかなーとか、人に頼るのが上手いといいますか……セイナさん顔が怖いです。まだ続きがありますから!」


「それで?」


「私、人を見る目がある? と思うんです」


「人を見る目がある?」


「はい! それでですね。私、ギルドメンバーを集めるくらいならできるかなって思ったんです」


「ギルドメンバー?」


「はい。今パレンテには三人しかいないじゃないですか。メンバーをたくさんってつもりはないですけど、昔のパレンテくらいは賑やかの方がいいかなって。せっかく集めるならいい人を集めたいじゃないですか」


 ふむと、セイナが少し考える素振りを見せる。少しはまともな提案を出せたということだろうか。そんなセイナの様子を見て、やったとラテリアは心の中で喜び、理由を続ける。


「イトナくんの目標はフィーニスアイランドを終わらせることなんですよね? お姉ちゃんから聞きました。終わらせるって全部のダンジョンの攻略を目指してるって意味だと思うんです。 それなら仲間を集める必要がありますよね?」


 そこまで言ってから、あの大蛇に追いかけ回されたトラウマが記憶に蘇る。そうなるとアレも攻略しないといけないのだ。少し気が重くなる。


 あの時はイトナ一人で戦っていて、ラテリアは役立たずだった。でも、頼もしい仲間を増やして、ラテリアも強くなればきっと倒せる……と思う。よく分からないけど、最後はスキルが使えたし。これはゲームなのだ。イトナも攻略不可能なダンジョンは無いって言っていた。


 ラテリアが唯一思いついた自分にできそうな事。それになかなか反応がないセイナに催促をいれる。


「どうでしょうか……」


「いいんじゃない。それで」


「本当ですか!?」


「あなたが人を見る目があるっていうのには異論があるけど。目標を達成させるために必要な人材を集めるのは基本だし」


「でも、私がギルドに入る時セイナさん嫌がってみたいですけど……いいんですか? 増やしても」


 ラテリアがパレンテに加入する時、セイナが物凄く反対していたのを覚えている。加入してから数日は口も聞いてくれなかった辛い時期もあった。


「……別にいいわよ。ラテリアが入ったら面倒くさくなりそうだったから嫌だっただけ。もう数人増えても変わらない」


「面倒くさそうって……で、でも入れて正解でしたよね! ね?」


 セイナさんのこと、私助けましたよね!? と、全部は言葉にしていないものの、態度で語る。


 セイナは反論しようにも、事実だったこともあり、心底つまらなそうな顔をして、読書に戻ってしまった。


「あ……」


 やってしまった、調子に乗りすぎたと、心の中で反省する。セイナは状況が下になるのがとても嫌いらしい。プライドの高い女の子なのだ。


 珍しく長く続いたセイナとの会話が止まってしまったのは残念だけど、それでもラテリアの気分は上々だった。だって、


 だって、これからイトナとの特訓が待っているのだから。


 もちろん、二人きりで。


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