25
セイナの目に、二つの光が交差する。
ーーーー速い!
目にも留まらぬスピードでイトナの剣撃が玉藻に迫る。
普段イトナは二つの銃をメインの武器としている。相手は長距離戦を得意とし、接近戦を苦手とする妖術師だからか、今は鋭く研がれた黒曜石の短剣、バゼラートを二つ握っていた。
イトナは神速。それはセイナでも知っていることだ。二人の攻撃がぶつかり合ったと思った時には、すでに別の場所で火花を散らせている。目で追うのも難しいイトナの連撃を玉藻は畳んだ扇子で受けていた。
薄っすらと紫黒の光を纏う扇子は硬化の魔法がかけられているのか、イトナの持つバゼラートの刃を通さずに弾く。
本職では無いはずの二人の武器なのに、重なるたびに衝撃の波が和室の中で波紋し続ける。
これが指五本に入る実力者、ペンタグラム同士の戦い。一般の戦いの規模より、一回りも二回りも違う。
こうしてペンタグラム同士で一対一の戦いはフィーニスアイランドが誕生してから数えるほどしかない。ほとんどの戦いはギルド対ギルドになるし、最初の四年はパレンテがペンタグラムを独占していたせいだ。
息を呑む攻防が続く。
敏捷型のイトナのスピードに玉藻は少し焦りの色を見せながらも、なんとか攻撃を対応し切っているように見えた。
おそらく玉藻はクラスから考えて魔力のパラメータに多くのポイントを注ぎ込んでいるはず。それでも接近戦でも戦えるのはやはりペンタグラムになるための一線なのかもしれない。
「……セイナさん?」
壮絶な戦闘を目の前に少し惚けた声でラテリアがセイナに尋ねる。
セイナの握った小さな拳は震えていた。悔しかったのだ。何もできない自分が。
「大丈夫です。セイナさんは絶対に守りますから」
多分、セイナが怖がって震えていると勘違いしたのだろう。
力強くそう言って、真剣な目で辺りを見張るラテリア。後ろに下がった八雲がなにかしてこようものなら、それからなんとしてでもセイナを守る。そんな意気込みが伝わってくる。
息をするのも忘れる攻防。
イトナの戦闘を間近で見たのはこれが初めてではない。それでも、何度見ている普段セイナには弱気なイトナとのギャップで余計に違って見える。
普段は口で圧倒。文句ばかり言って偉そうなことを言っているセイナだけど、ここではラテリア以上になにもできない。
自分のせいでこんなことになっている。自分が夜遅くに出歩いてしまったのが全ての始まりだ。そう自覚しているセイナの中で、なんとも言えない悔しさが広がっていく。
回復薬を作ることしか能がないセイナはただただ、見守ることしかできなかった。
÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷
視界が火花で一杯になる。
心の中が燃える。
想像以上の現実に、汗を流しながらも思わず唇端が大きくつり上がる。
やっぱりそうだった。
素晴らしい。
欲しい。
絶対に自分の物にしたい。
玉藻の中で歓喜の感情が上がる。
玉藻はクラスの性質上、接近戦は苦手だ。その弱点を克服するために八雲から武器硬化のエンチャントスキルを習い、接近戦の鍛錬をかなり積んだつもりだ。
でも、イトナの繰り出す剣撃はその上をいっていた。イトナも純粋な接近戦は不得意のはずなのに。
やはり考える事は同じ。自分の弱点を無くそうとしたのは玉藻だけでは無いのだ。
なんて素晴らしいのかしら。
四年前に見たパレンテの伝説の数々。時が過ぎて、それが自分の妄想だったんじゃないかと思い始めてきていた今、改めて再確認できた。全然色褪せていない。
八雲に手を出さないように言いつけたのはこのためだ。今のイトナの実力を自分自身で感じ取りたかったから。
でも確信した。イトナがナナオ騎士団に入れば、今のトップ争いは一瞬でケリがつくだろう。あのサダルメリクから点数を取ることだって容易。黎明の剣なんてもうお話にならないほどの差がつく。
ホワイトアイランドのギルドバランスに大きな影響を与えるのは間違いない。
未来を想像するほど心が震える。
誰もが認める圧倒的な最強ギルド。かつてのパレンテと、憧れのパレンテと同じ位置になれる。自分が作ったギルドが。
このまま行けば確実にイトナからナナオ騎士団に入れてくれと懇願してくるはず。玉藻の書いたシナリオ通りに着々と事が進んでいるのだから。近い未来を思い浮かべると笑いが止まらない。
でも、これがイトナの実力じゃない。メインの武器を使ってないし、あの〝マガン〟のスキルも使っていない。
ここに来て欲が芽生える。イトナの実力をもっと見たい。
当初の予定ならイトナの実力を確認できたらすぐにでも八雲を加えて一気に決着をつける予定だったけど……。気が変わってしまった。
「もっと、もっとよイトナ! あなたの本気を見せて頂戴!」
イトナの攻撃を弾いたタイミングで畳んでいた扇子を広げ、スキルを発動させる。
一扇ぎ。
それだけで巻き起こった突風がイトナを仰け反らせ、自ら出した攻撃の反動で、玉藻も大きく後退する。
イトナと玉藻の距離は離れ、中距離に持ち込む。この距離を保つためにもう一つスキルを発動させた。
二人を挟んだ空間に魔方陣が四つ展開され、そこから兵士が生まれ出る。
肉体を失った兵士。骸骨の姿をしたモンスターがイトナの前に立ちはだかった。
「さぁマガンを使いなさい。でないと……そのNPC死んじゃうわよ!?」
骸骨の戦士達はイトナ無視して後ろに隠れているNPCを狙うように指示を出す。
この骸骨は召喚主の強さに比例して決まってくる。つまり、ペンタグラムである玉藻が呼び出したこの子達の強さはかなりの上等。これだけの強敵を同時に相手するにはその不慣れな武器じゃ難しいはず。
骸骨達はカタカタと歯を鳴らしながら低姿勢で構え、アサシンの如く俊敏な動きで走り出す。
これでイトナは銃を抜く。そう確信していただけに、イトナがバゼラートを構え直した時には思わず口を開けたまま停止してしまった。
バゼラートが煌る。スキル発動のエフェクト。
風が流れるかのようにスルリと刃が走る。
その軌道は骸骨達の首元を通過していき、あっという間に距離を詰められる。
「ッッ!?」
スキルで骸骨を殲滅? いやこれは……。
スキルの輝きが増す。まだスキルは発動されていない。鮮やかな漆黒の光は更に強くなる。
「…… 《デス・バイト》」
死のひと噛み。
呟くように口にした双剣士の難易度4攻撃スキル。別クラスのスキルでここまでの高難易度を習得してるなんて……っ!
スローモーションにも感じる一瞬。クロスされた二つのバゼラートが玉藻の首元を狙って伸びてくる。
ギンッと乾いた音が響く。
なんとか首の間に、開いた扇子を滑り込ませることに成功し、バゼラートを食い止める。
「っく……!」
今のは……危なかった。
冷たい汗がドッと流れる。
あんなスキルを首に貰ったらどんなペンタグラムでもひとたまりもない。HPが一気に消し飛ぶだろう。
スキルを終えた微かな硬直を使って、改めて距離を取り直す。
自分の愛用している武器を見ると二つの穴が抉られるようにして空いていた。
それを静かに眺めながら込み上げてくる何かを抑え込む。
『……八雲、そろそろお遊びはおしまい。決めるわよ』
『はい。姉さん』
念話で八雲の参戦を指示する。
もう手加減はしない。捻り潰してあげる。あなたの大切なものを全部壊してあげる。
もう玉藻の計画完了はもうすぐ目の前まできていた。




