24
黒い稲妻が走る。
「セイナ!」
「イトナ!」
瞬く間に移動したイトナはセイナが伸ばした手を掴み、抱き寄せる。
セイナが無事なことを温もりで確かめながらも、視界から玉藻と八雲は外さない。
誰の行動よりも速くセイナの元に辿り着いたのもつかの間、次にセイナの元にたどり着くのは紫の閃光だった。
玉藻の持つ閉じた扇子の先から放たれた光速の魔弾はソードマンの首を貫通して迫っている。
見開かれたイトナの目にはしっかりとその魔弾が映った。
さっき見えた未来と完全に一致。大丈夫。反応できてる。
「ッ」
もはや感覚のレベル。短く息を漏らし、銃口を地と平行に向け、引き金を引いた。
スキルはない。通常の攻撃。それは玉藻の放った魔弾を垂直に貫き、天井へ向かう。
「まぁ……!」
イトナの繰り出した神業を目の当たりにして、玉藻が目を見開き、声を漏らす。
「悪いけど、ギルドに入る話はなかったことにしてもらうよ」
「あら。逃げられるとでも? あなたとそのNPCがこの場に揃った時点で私の勝ちなのよ」
扇子から覗かせる玉藻の艶美な笑みが余裕を語る。
分かっている。依然として不利なのは。
セイナはNPC。玉藻でも八雲でもつつくだけでHPを空に出来るほどか弱い存在だ。その気になれば容易く殺されてしまう。
でも、絶望から不利に変わった。可能性が生まれたんだ。この違いはかなり大きい。
ラテリアが切り開いたこのチャンスに乗っかって踏み切ってしまった。交渉は決裂。もうあとには引けない。
「守りきる。絶対に」
それだけ言い残してスキルを発動させる。 《相棒の呼び声》。
セイナの元へ駆け寄る前に落としておいたもう一つの銃の元へ瞬間移動をする。
普段見せることのない移動スキルに、あっけに取られるセイナをラテリアに引き渡す。
「セイナを!」
「はいっ!」
ラテリアがセイナの腕を引っ張って全速力で出口に向かう。
それを一目にイトナは七つの尾に立ちはだかった。
両手に構えた銃を硬く握りしめる。相手は二人。現最強ギルド。その一人はペンタグラムの実力を持ったプレイヤー。
いくつもの強そうな肩書きが頭の中をグルグル回る。
それでもイトナのやることは変わらない。冒険を選択した今、冒険をする他ないのだから。
「本気になっちゃってなに? あなたがそこで通せんぼしてもなんの意味なんてない。だって私は動く必要なんてないもの」
玉藻が裾から一枚の札が抜かれる。
「私の憧れでもあるあなたを招待したのよ? なにも用意してないわけないじゃない」
にんまりと不気味に笑みを浮かべる。同時に札が蒼炎に呑み込まれ、消えていく。
札を媒体とした魔法スキル。
まずい。
「ラテリア飛んで!」
叫びながら身を翻す。
玉藻のクラスもまた 《妖術師》。八雲が死霊魔術で味方を増やし、エンチャントでステータスを強化するのに対して、玉藻は全くの逆。相手を状態異常に陥れたり、マイナスの効果を付加する 《ディスエンチャント》のスキルを操る。そして、高火力の 《冥属性魔法》で敵を削る。
対になるスキルを持つ二人は互いに相乗効果をもたらす。
そして妖術師のクラスで特徴的なのは、あらかじめ札にスキルを込めて無詠唱で魔法スキルを発動できること。
しかし魔法スキルを込めた札は妖術師にとっては文字通り切り札である。
反則じみた無詠唱効果にはもちろん色々と制限がある。その一つが使用回数。プレイヤーのレベルに依存すると聞いているけど、高レベルの玉藻と八雲。二人合わせてどれ程の札を持ち合わせているかは定かではない。
その貴重な一枚を使った。イトナではなく、後ろを走る二人に。
「っ!?」
足元に展開されつつある紫黒の魔方陣に気づくラテリアがイトナの声に習って翼を出現させる。
「と、飛びます! セイナさんはしっかり捕まっててください!」
「痛っ。痛いんだけど」
がっしりとセイナを抱きかかえて飛翔するラテリアに苦情を訴えるセイナ。
それを聞く余裕がないのか、そのままぐんぐんと高度を高めていく。
魔法陣から距離を取る。
そう。それでいい。一先ずは。
札から発動される魔法の厄介なところは無詠唱という発動時間短縮だけじゃない。詠唱が聞けない分、その魔法スキルがなにか判断するには、魔法陣から出た魔法を目視するしかないところだ。
魔法の範囲外に逃げるための情報が寸前になるまで分からない。
その直後、魔方陣から火柱が立ち昇った。
まるで地獄の門が開かれたかの様に。業火が容赦なくセイナ達を飲み込もうと咆哮を上げる。
ラテリアの飛翔速度より昇る火柱の方が圧倒的に速い。そして先に飛んだラテリア達に高い天井があっという間に迫る。
「ちょ、ちょっと。このままだと……!」
「任せてください! 飛ぶのは得意なんですっ!」
天井にぶつかる直前。ラテリアは身を翻して旋回する。
本当にギリギリ。
天井に掠るようして、使える距離ギリギリまで使い、最高まで高めたスピードで魔法範囲を見事脱出して見せた。
「やった! セイナさんやりました! セイナさん見ましたか!?」
「分かったから腕を緩めてくれない? 痛いんだけど」
そんな緊張感のない普段通りな二人の会話を聞きながら、心の中でラテリアのファインプレーに称賛を送る。
でも、状況が良くないのは変わらない。
玉藻が出した火柱が一つしかない出入り口である襖を塞いでいる。玉藻の狙いはこれだったのだろうか。ここからの脱出手段がなくなった。
畳から派手に噴き出す炎。こんな状況でも火事にならないシュールな光景を確認して、今の最善手を模索する。
出入り口が塞がれてる今、セイナを脱出させることはできない。
でも、あれはスキルだ。永遠に燃え続けるわけじゃない。長く見積もっても一分で収まる。
その間セイナを守りきれれば。守りきって、セイナを外まで連れていければイトナたちの勝ちだ。いや、そもそも……。
「もう終わっただろ。セイナがこっちにいる以上僕はナナオ騎士団に入らない」
「なにを勘違いしているの? さっきも言ったでしょう。あなたとそのNPCがこの部屋に揃った時点で私の勝ちって。そのNPCには死んでもらうわ。そしてあなたはナナオに入るの」
意味がわからない。セイナの誘拐がイトナをナナオ騎士団に無理やり入れる手立てじゃなかったのか?
セイナを殺してしまえばイトナがナナオ騎士団に入る理由はなくなる。今、玉藻がセイナを殺す理由があるとするならば、それは八つ当たりとしか思えない。
でも玉藻は勝ちを確信している。セイナが死ねばイトナがナナオ騎士団に入ると本気で思っている。
そもそもイニティウムではNPCを殺していた。今回はたまたま生け捕り出来たから交渉しただけで、当初はセイナを殺そうとしていたように見える。
セイナを殺せばイトナがナナオに加入する。その意味を今知る必要はない。イトナがやることは変わらないのだから。
戦闘は避けられない。
ラテリアはセイナに付いている。つまり一対二。いや……。
八雲が一歩下がり、玉藻が一歩前に出てくる。
一対一。
玉藻の狙いはよく分からない。少なくとも八雲と二人がかりでくれば言わずもがな圧倒的に有利のはずだ。
相手の行動をいちいち考えている余裕はない。一先ずはこの状況をラッキーと思っておくことにしよう。
「最後に選ばせてあげる。今あなたが素直にナナオに入ってNPCを逃がすか、NPCを殺してナナオに入るか」
「……僕はセイナとパレンテに帰ることを選ぶよ」
「現在この島で最強の私に過去のあなたが勝てるとでも?」
火の粉が舞い散る。それだけが殺風景な和室を彩り、決戦を引き立てた。
「勝負よイトナ。そして私の物にしてあげる」
玉藻が扇子をパチンッと畳むと同時に、イトナの体が素早く動いた。




