22
閃光が空を切った。
ヒュッンと鋭い音が耳を掠めると同時、トリガーを絞り、弾丸を刃に叩きつける。
メインストリートで繰り広げられていたソードマンとイトナの長い勝負もそろそろ終わりが見えようとしてきていた。
以前として変化のない全快のHPのソードマン。それに対してイトナのHPもまた、1ドットの変化も見せていなかった。
いくら攻撃を当ててもダメージのないソードマンと、いくら攻撃をされてもヒットを許さないイトナ。どちらも変わりの無いステータスだけど、それ以外の変化が見られてきた。
「すげぇ……圧倒的じゃん」
「俺たちが駆けつける必要あったのか?」
オルマの指示で駆けつけたリエゾンのメンバーが声を漏らす。
誰が見てもイトナが圧倒的優勢な状況なのに、余裕は全くなかった。
『セイナさんが八雲さんに!』
今にも泣きそうなラテリアの念話が届いたのはついさっきの話だ。
かといって、こいつを野放しにしておくわけにもいかない。
ーーあと二撃っ!
口の中でそんなことを呟いている間も、頭の中はセイナとラテリアのことしかなかった。
剣撃が舞う七連撃。
それを慣れた立ち回りでかわすと二発の銃弾を当てる。
バキッ。
今まで乾いた、手応えの無い音を立てていたイトナの攻撃が遂に成果を上げた音だった。
「……ッ!!」
片足を折られたソードマンがバランスを崩して倒れる。
「マジかよ……。本当にやりやがった」
武器の破壊。イトナがソードマンの片脚に攻撃を集中させた結果、遂に耐久力が無くなったのだ。
街の中ではダメージは無いけど、物の耐久力を減らすことは可能。
鋭い二本の刃が足となっているソードマンは片脚を砕かれたことでもう立つことは出来ない。
これでソードマンの戦闘能力は激減。今の状態なら中堅どころのリエゾンのメンバーでも十分相手にできるだろう。
「すみません! あとお願いしちゃっていいですか!?」
「え? いや、ここまできたらあんたがやった方が……」
「じゃ、お願いします!」
「お、おい!」
ギャラリーをしていたリエゾンメンバーの言葉は一切聞かず、ソードマンを飛び越え走る。
『テト、オルマごめん。あとはお願い』
それだけ念話に残して、パーティを脱退する。
向かう先はテレポステーション。
ガラガラに空いたテレポステーションに飛び込み、眠そうな眼をしたNPCに乱暴にお金を手渡す。
「和ノ国 ヤマトへ!」
ゲートが光り、向かう先へと繋がる瞬間。イトナは勢いよくゲートを通り抜けた。
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同刻。ラテリアもまた街の中を走っていた。
『セイナはまだ無事なんだよね!?』
さっきの必死なイトナの声がまだ頭の中に響いている。
八雲との一部始終を伝え終わると、イトナは急に静かになった。
『……なら大丈夫。セイナはきっと助かるよ』
必死な声から打って変わって落ち着いた声に変わった。まるで状況を全て理解してセイナの安全を確信したような言い草。
『イトナくん?』
『大丈夫。あとは僕だけでなんとかなるから』
『え? で、でも!』
そこで念話が終わった。モヤモヤが残る終わり方。ラテリアにはイトナの言う〝大丈夫〟は全然大丈夫なように聞こえなかったからだ。
イトナくん、ナナオ騎士団に入るつもりなんだ……。
それはラテリアでも分かった。なんで八雲がセイナをさらったのか。それはイトナと交渉するため。セイナの命を握り、イトナをナナオ騎士団に無理矢理加入させるために違いない。
イトナが素直にナナオ騎士団に入ればセイナの安全が確約される。だからイトナは大丈夫って言ったのだ。
でも、その選択肢はラテリアにとっては全然大丈夫なことじゃなかった。
こんな風に思ってしまうなんてラテリアのワガママなのかもしれない。セイナが助かるならイトナのこれから選ぶ選択肢は確実で正解かもしれない。でも……。
そんなの間違っている。
イトナがパレンテを抜けるなんて間違ってる。セイナだってそう思ういるはずだ。
イトナを一人で行かせちゃいけない。だから走った。
テレポステーションにたどり着き、NPCにお金を払う。そして行き先を叫んだ。
「幻想都市 リベラへ!」
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日が沈み、夜になってもかかっる虹のアーチはより一層幻想世界を引き立てていた。
そんな普段は見ることのないリベラの夜景を楽しむ暇は今のラテリアにはない。
結局なにもできなかった。
今日を振り返ると思い浮かぶのは後悔だけ。なにも出来ない自分がとても悔しかった。
今イトナがいるのはホワイトアイランド最強ギルドの本拠地。そんなところに自分一人で行ってもなにかできる自信なんてない。
だから自分ができることをすることにした。自分にできて、イトナを助ける方法。ラテリアが思いついたのは人に頼る他なかった。
ラテリアの友達で一番強いプレイヤー。サダルメリクのニア。
ナナオ騎士団と肩を並べることができるギルド、サダルメリクのマスターであるニアならイトナをセイナを助けることができるかもしれない。
ラテリアのフレンドリストの中で名前が光っている、つまり現在ログインをしている名前はイトナだけ。この前のクエストで登録したニア、小梅、ユピテルの三つの名前はどれもログアウト中を表す灰色に染まっていた。
当たり前だ。こんな夜遅くに女の子がログインしている方が珍しい。珍しいけど、でも絶対にいないわけじゃない。
サダルメリクほどのギルドなら、もしかしたら誰かまだログインしているメンバーがいるかもしれない。
これは賭けだった。サダルメリクと一緒に行ったこの前のクエストを思い出す。小梅のゼンマイは誰が何回巻いたのか確認するニアとユピテルの会話。
私が入った時はもう準備が終わってみたいだから……ユピテルは知ってる?
知ってるー。小梅、今日すっごく張り切ってたから、わざわざラヴィにメールで呼び出してたわよー。ラヴィが勉強の邪魔すんじゃねぇー! って凄い怒ってるの見たもん。
何気ない二人の会話。それにラテリアは少し驚いていた。
小梅はメールで他のプレイヤーに連絡を取っていること。ゲーム内でなく、リアルの連絡手段を持っていることにだ。
ゲームはゲーム。そう切り分けていたラテリアにはびっくりする事で、少し羨ましい事でもあった。
だとしたら。今サダルメリクのメンバーでログインしている人がいるとして、もしその人がニアと連絡することができれば……。
この考えが実現する確率がとても低いのはラテリア自身分かっていた。でも1パーセントでも希望があるならそれに縋るしか今のラテリアにはできないのだ。
大きくなっていく城、サダルメリクのギルドホールには光が一つも灯っていない。
メンバー一人一人に部屋が用意されているサダルメリクのギルドホールに光がない事は、つまり誰もいない事を意味していた。
「そんな……」
そう分かった途端、ラテリアの走っていた足が緩まる。徐々に足の動きが無くなっていき、止まる。
やっぱりダメだった。可能性が低いのは分かっていたはずなのに、落胆する肩が大きく下がる。
そもそも考えが甘かったのだ。絶対になんとかしなくちゃいけないのに、この場面で可能性が低い考えに縋ろうとした自分が。
結果的にやっぱり自分は何もできなかった。
「なんだ? こんな時間に」
「え……?」
不意に後ろからかかる女性プレイヤーの声。それに反応して急いで振り返る。
頭の上から生える長く、途中で折れた耳。亜人種、ラビットヒューマンのプレイヤーがそこにいた。
メガネをかけ直しながら珍しいものを見るかのようにしてラテリアを見ている。
いた。ログインしている人がまだ!
ラテリアはこの人を知っている。この人はサダルメリクのギルドメンバーだ。リエゾン誌で何回か見たことがある。サダルメリクの中でも有名なプレイヤーの1人だったはずだ。
「んん? あんたうちのメンバーじゃないだろ。こんな時間にうちに用が……」
「助けて下さい!」
次の瞬間、ラテリアはしがみついた。縋るように、助けを請うように。無我夢中でお願いした。
「な、なんだ!?」
「お願いします! 助けて下さい! なんでもしますので!?」
「ちょ、ちょい落ち着け! いきなりなんなんだお前!?」
グイッと力ずくで剥がされそうになるラテリア。物凄い力のステータス。それでも負けじと食らいつく。
「イトナくんがピンチなんです! セイナさんも攫われて! 早くしないと!?」
やっと見つけた希望に、焦りと興奮が最高潮に達したラテリアはニアに連絡してもらうという本来の目的を忘れて、必死に今の状況を伝える。
「イトナ? って、服引っ張るな! 伸びるだろ!」
振りほどこうとラテリアの腕を握り、ついに無理やり剥がされる。
「やめて下さい! 逃げないで話を聞いて下さいー!?」
「逃げてねーよ!? てかやめるのはあんたの方だ! 話は聞いてやるからとりあえず離れろ!」
ついに不毛なやり取りに終止符が打たれる。最後は力押しで引き剥がされたラテリアは尻餅をつく形になった。
ラビットヒューマンは服を整えつつ、はぁはぁと息を切らしながらラテリアを見下ろす。
「話は聞いてやる。イトナがどうしたって? いや、その前にお前はどこの誰だ」
「私はラテリアって言います。パレンテのギルドメンバーです」
「は? パレンテはイトナだけだろ。嘘をつくな。てかなんでまだパレンテが残ってるって知ってーー」
「私はパレンテのメンバーですっ!!」
「わ、分かった! 分かったから立ち上がるな! 動くなよ。落ち着けー……」
まるで飛びかかってくる犬を躾けるように手のひらを前に出し、ラテリアに停止を求める。
「よし。じゃあ所属ギルド情報ウィンドウ見せてみろ。チラッと見るだけだからいいだろ」
ギルド情報ウィンドウでしか見れない情報があるのを気にしてくれているのだろう。
それとラテリアがパレンテのメンバーと信じてくれてないらしい。少しムッとした顔を見せつつも、パレンテのギルド情報ウィンドウを出現させる。
「マジだ……」
ウィンドウを覗いたラビットヒューマンは驚きの様子でパレンテというギルド名とラテリアの顔を凝視する。
「マジです。だから言ったじゃないですか!」
「あー……確かに小梅がなんか言ってたな。この前パレンテがどうのこうのって」
疑って悪かったと謝りつつ、大きなあくびを手で押さえた。
「……でもその話明日でいいか? 今日はもう遅いし、眠いし……」
「今じゃないとダメです!」
「分かった! 分かったよ! そんなに興奮するな。なら早くしてくれ。明日朝早いんだ……」
それからイニティウムで起こっていたNPCの殺人事件。犯人がナナオ騎士団だったこと。今セイナが攫われ、イトナが一人でナナオ騎士団のギルドホールに向かっていること。そして、イトナがナナオ騎士団に入ってしまうこと。ラテリアなりにまとめて要点だけを伝えた。そして本題に入る。
「ニアさんに連絡を取ってもらえませんか!? ニアさんならイトナくんを助けられると思うんです!」
「ふざけんな! 今何時だと思ってるんだよ! こんな時間に電話なんて普通に考えてヒジョウシキだろ!」
「そこをなんとかお願いします! もうニアさんに頼るしかないんです。ニアさんじゃないと助けられないと思うんです……!」
本気で言っているラテリアに弱った顔になるラビットヒューマン。ラテリアの熱心が伝わったのか、大きなため息を漏らす。
「はぁ……。分かったよ。連絡してやる。連絡しなかったらしなかったでニアに怒られそうだしな……」
「本当ですか!?」
「でも先にこれだけは言っとく。確かにニアは強い。でもな、それは一人のプレイヤーとしてだ。ニア一人でギルド一つ、しかもナナオ騎士団を相手しろっていうのは無理だと私は思うぞ」
それでもいいんだなと念を押されてしまう。その言葉にラテリアの不安が募る。でも、ラテリアは頷くしかなかった。
「あとニアが電話に出なくても文句言うなよ」
そう付け足して、折れたうさ耳を片方を押さえる。
「…………………………あーもしもしニアか。悪いなこんな時間に。なんかラテリアって奴がーー」
どうやら電話は繋がったらしい。それを確認すると、ラビットヒューマンに大きく頭を下げた。
「ではよろしくお願いします!」
そしてまたラテリアは走り出す。
「おい! あんたどこに行くんだよ!?」
「イトナくんの助けに行きます! もしかしたら私でもなにか力になれるかもしれませんから!」




