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 時間ぴったりに集合場所に足を運んだイトナは、いつものオルマ、テト、イトナの三人パーティを作っていた。


 イトナが犯人を取り逃がしてから数日。NPKの犯人は姿を現していない。リエゾンという大きな組織が動き始めたのを知って様子を伺っているのか、それとももうやめたのか。


 今日何事も無かったら、この件に関しての人員を大幅に減らすとオルマが宣言していた。自分が逃してしまったせいでこんな状況になってしまったのは歯痒いけど、それはオルマにとっても同じだろう。プレイヤーは全員学生。こんな時間に毎日動き続けるとリアルに支障が出てきてしまう。


 各パーティが決められた位置に移動。イトナもテトと分かれて一人で持ち場に向かった。

 イトナの持ち場は最初と変わらないパレンテのギルドホールから近い地域だ。オルマによると犯人の出現位置はこの辺が多いらしい。


『あーあ。今日でおしまいか。なんかスッキリしないよなー』


 最初以来姿を現さない犯人にテトが声をあげる。


『そうだね。このまま犯行も終わってくれればいいけど……』


『不気味だよな。犯人は何が目的なんだ?』


 昼間の検証で犯人の手口は確定した。街の外で調教されたモンスターに攻撃指示を行っているのは間違いない。それでも不明な点も多く残っている。その一つが犯人の目的。


 あの時、イトナなHPは大きく削られた。こっちはスキルも使えなければダメージも与えられない。相手にとっては圧倒的に有利な状況。それにも拘らずトドメを刺さずに、逃げることを選んだ。

 NPCは殺って、なんでイトナは見逃したのだろうか。プレイヤーをキルすることに成功すれば、そのプレイヤーの持ち物をランダムに一つ奪うことができる。でもNPCはなにもない。犯人が得することは一つもないのだ。


『うーん。単純なアイテムとかじゃないみたいだよね。なにか個人的な恨みとか? でもNPCに恨みを持つプレイヤーなんているかな……』


『俺はそういうのはよくわからないな。私怨ってやつ?』


『テトは嫌いな人とかいないの?』


『いないなー。いたとしてもPKとか嫌がらせはない。だってカッコ悪いだろ。ぶつかるなら正々堂々とだ』


『テトらしいね』


『おう、一応この世界じゃ俺も 《勇者》だからな。ゲームの中くらい正義の味方演じてたいもんだ』


 テトのクラスは 《勇者》。長剣を使う前衛職では最終段階の一端でもあり、ホワイトアイランドのペンタグラムでは唯一の前衛職でもある。


 テトの憧れであるパレンテ初代マスター、スペイドの背中を追って、辿り着いたクラス。正義感があり、常に強者を求めるプレイヤーに与えられるクラスだ。


『理由はなんであれNPCが殺られているのは見過ごせない。僕はテトのような正義感なんてないが、NPCはこの世界の一部だ。ゲームを好き勝手に壊されるのは許せん』


『オルマはなんか堅いよなー。いいじゃん悪い奴は倒すで』


『堅くない、普通だ。お前はもう少し考えたほうがいい。僕はそんな考えなしでもペンタグラムの位置にいるお前が好きじゃない』


 そんな真反対の性格を持つ二人の会話を聞きながらイトナは欠伸を噛み殺していた。昼寝をする予定を街内ダメージの検証に変えたのが祟ったのか、瞼が凄く重い。


『悪いなイトナ。今日で最後だ、明日からはゆっくり休んでくれ』


『ううん。元はと言えば僕が逃がしちゃったせいもあるし大丈夫』


 噛み殺したはずの欠伸を気づかれたのか、オルマから声がかかる。


『そういえば犯人はイトナにダメージを与えたんだよな? ってことは相当強いんじゃないか?』


『え? うん。多分相当なレベルだとは思うけど……』


 相手は三人。自惚れたくはないけど、自分の実力が低いとは言えない。特に敏捷特化のイトナにどんな状況であれクリティカルな一撃を入れるにはそれなりのステータスが必要だ。それを考えると高いレベルなのは間違いないだろう。


 そもそもエビルコングもソードマンもそこまで強くないモンスターなのだ。野生で出現するレベルは55から60。ビーストテイマーが育成したとしてもLv.70行けば凄い方だろう。

 理由はビーストテイマーの武器となる調教したモンスターでも、HPを0にしてしまえば生き返らせる方法はないからだ。大切に育てて、レベルを上げて強くしてもいつかはやられてしまう。強さを求めるには安定しないクラスの一つだ。


 そう思っていたけど、今回の件で考えを改めないといけないかもしれない。力、敏捷。どれを取っても予想を越えるポテンシャルを持っていた。ステータスだけを見ればLv.100はあるんじゃないだろうか。余程運よく死なずに育ったのか、それとも別のなにかが付加されているのか……。


『うぉー! 俺の前に出ねぇかなー。強いなら俺も戦ってみたいぜー』


 強いと再確認すると、勇者の血が滾ったのかやる気に満ちる。

 でもスキルなしで考えるなら前衛であるテトは動きやすいし、現れてくれるならテトの前がベストなのかもしれない。


『これは遊びじゃない。見つけたら確実に仕留めろ』


『分かってるって。俺は悪に手加減はしない。なんせ、俺は勇者だからな』


÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷


 いつもの捜索が始まってからしばらく時間が流れる。今日はいつもと違って静かな念話が続いた。やっぱり二人も寝不足なのかもしれない。


 静かな夜。今日も何事も起こらず終わりそうな気配をチラつかせていた。


 気が緩まないように気をつけながらも、とりあえず担当の地区の道を一通り見回り切ったイトナはまた最初から見回るために、路地を抜けて一回メインストリートに戻る。その時だった。


「イトナ!」


「え?」


 突然かけられた聞き慣れた声に振り返る。


「せ、セイナ!?」


 そこにはパレンテホールにいるはずのセイナがメインストリートを一人歩いていた。出ちゃダメとあれほど言ったのに。


 イトナは急いでセイナの元まで走る。


「危ないからギルドホールから出てきちゃダメだって!」


 最近殺人鬼が出ていないとは伝えたけど、夜中一人で外に出ちゃダメとキツく言ったはずだ。


「心配しすぎ。はい。これ」


 四本の試験管。セイナはこれを届けるためにわざわざ来たらしい。


「回復薬は助かるけど、本当に危ないんだって。僕とセイナじゃ違うんだから」


 セイナはNPCでLv.1。なにかが起こってからでは取り返しがつかない。


「違わない。何度言えばわかるの? 私じゃなくて、自分の心配をしてって。それに、最近犯人出てきてないんでしょう? そんな焦らなくてもーー」


 カチャリ。


 鋭いなにかが地に当たる音が響く。


 聞き覚えのある嫌な音。


 全身から鳥肌が立った。


 嘘、だろ……。


 一番恐れていたこと。それが今目の前で起ころうとしている気がする。


「セイナ逃げーー」


「イトナ後ろ!」


 セイナの叫び声と同時、感じ取った気配を頼りに飛び上がった。


「ヴヴゥー! ヴーッ!!」


 後ろにいたのはえらく興奮したエビルコングが地団駄を踏んでいた。充血した赤い目で跳躍しているイトナを見上げ、キツく睨めつけている。


 エビルコング!? 違う、こいつじゃない!


 予想とは違う敵でも目は離せない。


 だが、この瞬時に回避を取ったイトナの行動は間違いだった。背後でなにかとすれ違う。


 跳躍し、上へ向かうイトナとは逆。下へ落下するなにか。


 カチッ。


 セイナのすぐ後ろに舞い降りたなにかは、既に細く鋭い腕を振り上げていた。


「ッ!」


 セイナはまだ反応出来ていない。出来たとして、Lv.1のセイナがこいつの攻撃を避けるなんて出来るわけがない。


 マズイ。


 マズイ、マズイ、マズイ、マズイ。


 首が切断されたあのNPCとセイナの姿が重なる。

 今目に映るのはまさに絶望的状況だった。

 足はまだ空中。スキルも使えない。どう足掻いてもすぐにセイナの元に行くのは不可能。


 ーー絶対に間に合わない。


 そうわかった途端、自分の表情が崩れ落ちるのがわかった。


 なんでもいい。自分がここで死んで1%でもセイナが生き残れる行動があるならそうしたい。


 でも、それさえも許されない。セイナを守れない。何もかもがもう遅い。


 セイナが……セイナが死んでしまう。


 容赦なく振り上げられた刃がついに動く。セイナを首を跳ねるために。

 一寸の狂いもない軌跡を描きながらセイナの命に迫る。



 そしてーー。



「セイナさんっ!」


 絶望の光景が揺らぐ。

 横から突然現れた柔らかい桜色の影はセイナを押し倒すようにして突進してきた。


 既に振り下ろされている刃。でも、倒されていくセイナとの間に生まれた空間の僅かな時間が生まれた。


 ーー間に合う。間に合え!


 足が地に着いた瞬間蹴り飛ばし、手を伸ばす。

 奇跡的に生まれた小さなチャンス。迷いなくソードマンの鋭い刃を素手で掴み、思いっきり押し出した。


 ギシンッ!


 刃が地に突き当たる音が鳴り響く。


 押された斬撃はセイナからギリギリ逸れて、空を割く形になった。


 まさに間一髪。


 小さな奇跡を産み出した桜色の天使は、セイナを力強く抱きしめ、体を強張らせていた。もしイトナが失敗していても、身を挺して守るラテリアがセイナまで刃を届かすことを許さなかったかもしれない。


「ラテリア……よかった。本当に……」


 思わず二人を抱きしめたくなる。それをグッと堪えた。まだ終わったわけじゃない。


 NPKの犯人を睨む。


 四肢、胴体、全てが剣のモンスター。ソードマン。そいつは地面に突き刺さった腕を引き上げると、後ろに大きく距離を取り、もう片方の腕を〝投げ飛ばして〟きた。


「ッ!」


 今回は逃げないのか!?


 それよりも狙いは対峙するイトナじゃない。セイナだ。

 ブーメランのように弧を描いた大きな剣はイトナを迂回して、セイナとラテリアを目指している。


 させない。


 させるわけがない。


 既に武器を抜いていたイトナは空を飛ぶ剣に銃弾を放つ。

 スキルなしの銃弾でもなんとか剣の勢いを弱め、セイナに届く一歩手前で地面に突き刺さる。


「ヴヴゥー!」


「ひぃっ!?」


 それもつかの間、後方。興奮したエビルコングがセイナ達に襲いかかる。

 ソードマンとは違い、大振りの力強い拳がセイナを狙う。


「飛ぶよ!」


 二人を抱え、拳を避けるのと同時にエビルコングを飛び越える。

 全てが紙一重。でもこれで挟み討ちの形勢を脱出することに成功した。


「な、なななんでモンスターが街の中にいるんですか!?」


 慌てふためくラテリア。そうしている間にもエビルコングとソードマンが体勢を直す。


「ごめん。説明してる時間はないんだ。とにかくセイナが狙われてる!」


「セイナさんがなんで……」


 話をする時間は与えてくれない。

 ソードマンの刃が光る。あれはスキル発動の光。


「セイナを連れてリエゾンのギルドホールに! セイナをお願い!」


「は、はいっ! セイナさんしっかり手を繋いでてくださいね。走ります!」


「ちょ、ちょっと!」


 ラテリアに引っ張られながらセイナが走り出す。


 同時、鋭い突き攻撃が頬を掠める。


 同時、エビルコングの巨体がイトナを飛び越え、セイナ達の後を追う。


 悔しいが今のイトナにはどちらか一体しか足止めできない。敏捷ステータスが高い方は明らかにソードマン。だからこいつを引き受けよう。


 選択肢は間違っていない。これが最善策だ。あとはラテリアに任せるしかない。それでも、そう分かっていても膨れ上がる不安が治まることはなかった。


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