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 ダンジョンといえば、薄暗く、気味が悪く、そして緊張感が常に纏わり付く、言わばモンスターの巣窟とイメージするだろう。


 古都イニティウム南ゲートを抜けたすぐ先にあるダンジョン 《始まりの森》はそのイメージと反して心地よい日差しがさし、生息するモンスター達はのどかに暮らしていた。


 手を出さない限りプレイヤーに襲いかかって来ない穏やかなモンスター達はどれも可愛らしい容姿で初心者プレイヤーを迎えてくれる。そんな場所には似合わない二人の高レベルプレイヤーが腰を屈めて、長く茂った草むらを掻き分けていた。


 魔的ルーエのクエストから数日。


「イトナくんの方はいましたか?」


「んー。こっちにはいそうにないかな」


 ゲームではなかなか行わない作業。はたから見れば草むしりでもしているのかと思われる、こんな行動にもちゃんと意味があったりする。


 明日はセイナがパレンテに雇われた日。ラテリアとの会話の中でたまたま出てきて、それにラテリアは凄く反応。お祝いましょうと乗り出してきたのである。


 今までセイナがパレンテに来た日を祝ったことはない。そのことも話すと、記念日は大切にしないとダメですよと控えめに怒られてしまった。


 その話の流れでセイナになにかプレゼントをしたいとなり、ラテリア調べでとあるペット用モンスターを用意することになったのだ。


「セイナさん喜んでくれるかな?」


「うん。きっと喜ぶと思うよ」


 多分セイナはその喜びの感情は外には出さないと思うけど。


 《メイルキャット》。イトナとラテリアが探しているモンスターの名前だ。メイルキャットは戦闘は苦手だけど、ペットとしては優秀な働きをしてくれる。賢く、上手く調教すれば買い物もできるようになる。ギルドホールの家事全てを一人でこなしてくれているセイナにはぴったりなペットだ。引きこもりが更に強まりそうではあるけど。


「セイナさん、私といるときいっつも素っ気ないんです。これでもうちょっと仲良くなれるといいんですけど……」


 思い出したかのように寂しそうな声でそんなことん呟く。


「え? ラテリアはセイナと結構仲良いと思うけど?」


「全然そんなことないです! だってセイナさん私と話してるときずっと本読んでるんですよ?」


 確かにこの前見た時のセイナの態度は素っ気ないように見える。でもそれはラテリアにだけではない。誰にだって同じように、距離を取るのがセイナだ。いや、一人ニアという例外がいたか。


「いつも楽しそうに話してたから気にしてないと思ってたよ」


「だって楽しい話は楽しそうに話さないと、楽しくなさそうじゃないですか」


「たしかに、その通りかもしれないけど……」


 ラテリアとセイナとでは普段の温度差が大きいのだろう。だから余計セイナが素っ気ない態度を取っているように見えてしまう。

 セイナだって別にラテリアを嫌っているわけじゃない。あの態度は照れ隠しの一種だとイトナは思っている。現にセイナはラテリアの話を聞いていて、ヘビの数が増えていることを指摘していたわけだし。話自体はちゃんと聞いているのだから。


「でもこれでセイナさんも私に心を開いてくれるはずです!」


 なんの根拠もなく自信満々のラテリア。このために小梅から借りてきた金色の笛、魔笛ルーエを握りしめる。


「喜んでくれるといいね」


「はい!」


÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷-÷


「……なにこれ?」


 セイナはラテリアを怒っていた。少なくとも、セイナはそのつもりだった。


 ラテリアとテーブルを挟んで椅子に座ったセイナは、ほぼ毎日続くラテリアへの文句に怒りを通り越して呆れた声を上げたのだ。


 パレンテホール。決して広くないリビングでの出来事。

 向き合うラテリアとセイナ。その横に少し眠たげなイトナがいた。


「ねこねこ丸です!」


 セイナなりに怒ったつもりだったのに、ラテリアは気づいていないのか、純粋無垢な声で返してくる。


 ねこねこ丸。そのへんてこな名前はきっと今テーブルに置かれた生物のことを言っているのだろう。この黒くて丸々とした獣のことを。


「なーご」


 その獣と目が合うと、挨拶をしているのか、やる気のない鳴き声を鳴らしてきた。


「私思ったんです。私とイトナくんが出かけいる間セイナさん一人ぼっちじゃないですか? 寂しいじゃないですか? そこでこの子です! ねこねこ丸なんです」


「なーご」


 ラテリアに同調するかのようにまたひと鳴きする。それと同時にイトナが大きくあくびをするのが視界の端に映った。


「全然意味わからないんだけど」


 そうは言ったものの、どうしてこうなったのかセイナはことの発端に少し思い当たりがあった。

 昨日、ラテリアが可愛いモンスター特集なる雑誌を持ち込んできたのだ。その時に「セイナさんはどの子が好きですか?」と聞かれて、メイルキャットを指差した記憶がある。きっとあれが原因だったに違いない。


「今日はセイナさんがパレンテに来た記念日なんですよね? イトナくんから聞きました。だからセイナさんの喜ぶものを用意したんです」


 これが私からのプレゼントですと言わんばかりにデブ猫をズズズとこっちに押してくる。


「なーご」


 目の前まで押されてきたデブ猫が可愛くない鳴き声を披露してきた。

 ラテリアはきっとセイナのことを思ってこの猫を連れてきたのだろう。一人ギルドホールにいる時に寂しくないように。

 現にラテリアは今、褒められ、感謝されることを期待する目でこっちを見ている。


 正直、やりづらい。セイナそう思った。ラテリアは今までのパレンテの中でセイナの一番苦手なプレイヤーかもしれない。


 セイナも鬼ではない。いつも冷たい言葉で突き放してもめげずに毎日歩み寄ってくる健気なラテリアに少々心を痛めていた。そう思う自分が居るのとは半面、ラテリアの思い通りになるのが癪に思う自分もいる。


 今のラテリアにどういう言葉を返してあげるのが正解か、それははっきりと分かっているつもりだ。それでも、セイナの口から出る言葉はいつも後者の自分だった。


「逃してきなさい」


「え? でもセイナさんネコ好きだって……」


「言ってない」


「で、でも一人でいるよりか誰かと一緒の方が絶対に楽しいです。せっかくセイナさんのために……」


「それはあなたがそうなだけでしょ。私は一人の方がいいの。勝手なことをしないで」


 次々と否定するセイナにラテリアの声に明るさが消えていく。気づけばラテリアの顔は焦りと悲しみが入り混じったように曇らせていた。


 いつもならめげずに明るく振る舞うラテリアだけど、今日は様子が違う。


「なんで……嘘をつくんですか?」


「嘘なんてついてないわよ」


 ラテリアの声から完全に活気が失われる。それだけでパレンテホールは驚くほど、居た堪れない空気に変わった。


「だって……、一人でいたら寂しいです。私知っています」


 この前までの男性恐怖症だったラテリアの経験と重ねて言っているのだろうか。一人部屋に閉じこもり、塞ぎ込んでいた。そんな話を何度も聞かされている。


「だから、あなたと私は違うの」


 間違ったことは言っていない。人の価値観はそれぞれなのだから。特にセイナとラテリアではその違いのブレはかなり大きいように思える。本当にセイナは一人でいる時間を辛いと思ったことはない。寂しいもなにも、ギルドホールにいるこれが仕事なのだから。


「て、でも、セイナさんが喜ぶと思って……今日はセイナさんの記念日だから……」


 泣く。そう誰もがわかるほど、瞳の中いっぱいに溜まった滴が今にも溢れ落ちそうに揺らぐ。そんなラテリアを見てもセイナの口は止まらなかった。


「余計なお世話。こんなの貰っても全然嬉しくないから」


「ッッ!!」


 涙が溢れる瞬間、それを隠すように振り返り、ラテリアはパレンテホールを飛び出して行ってしまった。


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