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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
リトル・カレッジ
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04

「た、ただいまー……」


 自然を装うとしたイトナの声はとても弱々しく、相手の様子を伺うようなトーンになってしまう。


「ん」


 そのイトナの声にに対して必要最低限の素っ気ない返事が返って来た。

 部屋の一番奥の椅子に座っているセイナは顔を上げず、本に目を走らせている。彼女からの声だ。




挿絵(By みてみん)



 ここがイトナの所属するギルド 《パレンテ》。そのギルドホールである。

 ギルドと言っても、このパレンテはホワイトアイランド一寂しいギルドかもしれない。なぜなら現在のパレンテのメンバーはイトナとセイナの二人だけしかいないからだ。


「……」


 そして会話終了。


 片腕を失ったことをセイナに怒られるのではないかとビクビクしていただけに、会話がないのはとても気まずい。


 そもそもセイナはイトナの腕に気づいてないのだ。本から目を離さないから。


 いつもなら回復薬をセイナから受け取り、ダンジョンに向かってLv上げに勤しむところだけど、黙っているのも居心地が悪い。ここは適当に話を振って、セイナの機嫌を見てみることにする。機嫌が良ければあまり怒られないかもしれない。


「……えと、やっぱ二人だけだとちょっと寂しいね?」


「は? なに? 今更」


 相変わらず本から目を離さずに言葉を返してくる。そして、とても鬱陶しそうに。


 でも、セイナの言う通り本当に今更な話題だ。セイナと二人で暮らし始めてもう四年が経とうとしている。今更メンバーが少ないというのはちょっと不自然すぎたかもしれない。


 昔はあと四人のメンバーがいたけど、全員年齢が十八歳を超えて卒業してしまったのだ。


 この世界は子供しか入ることができない。


 歳が十八を越えるともうフィーニスアイランドに入れなくなる。それをみんなは卒業と呼んでいる。


 そんなわけで二人っきりのギルド。素っ気ないセイナと、会話があまり得意でないイトナの二人の会話はいつも少ない。


 だから今のやり取りは普段通り。普段通りなだけに、セイナのご機嫌はよく分からない。セイナの機嫌を探るために次のボールを投げてみる。


「えーっと、今日のリエゾン誌届いてるかな?」


「……そこ」


 顎で指された棚にポツンと新聞が置かれてある。それを取って広げたところで、早速会話が途切れてしまったことに気づいた。言葉のキャッチボールで例えれば、セイナに投げたボールは転がりながらも帰ってくるけど、それを拾って返そうと顔を上げれば目の前にはもうセイナがいないような状態だ。悲しい。


 仕方なく手に取ったリエゾン誌を広げる。


 リエゾン誌。ホワイトアイランドのホットなニュースが載った、ギルドリエゾンが発行している新聞のようなもの。そこに大々的に近日有名ギルドの対戦があるというものが目に映った。


「あ、近々ナナオ騎士団と黎明の剣がギルド戦やるんだって」


 それを話題に変えて振りつつ、ちらりとセイナの顔を覗き込む。

 相変わらず真剣な表情で本を見つめ、時折紙にペンを走らせている。


 緑と白を生地とした衣装を身につけ、綺麗に伸びる茶髪はとても清潔感がある。顔立ちは整っていて女性でも目を引く美人なんだけど……。


「さっきからなに?」


 イトナの視線に気付いたのか訝しげな目が向けられる。


「いや、なんでもないけど……」


「今勉強してるの。見てわからない?」


「ご、ごめん……」


「わかったら静かにして」


 端整な眉を上げて、軽く鼻息をつかれてしまう。

 せっかくの美人なのに愛嬌が未実装な性格が玉に瑕だ。なんて本人の前では口が裂けてでもそんな事言えないけど、たまにこうやって心の中でそう思ってしまうことがある。


 そんなセイナがたまらないっていう一部ファンもいるけど、イトナにはそれを理解するのはちょっと難しい。


 でも、普段から刺々しい性格ではあるが、根が凄く優しいのがセイナ。それ故にセイナはある事をしでかしてしまうと本気で怒り出すのだ。それが今イトナがセイナにビクビクしている理由。


 それは危ない事をすること。すなわち、ゲームオーバーになり得ること。


 ゲームだからといって絶対に死ぬような真似はダメとセイナからはキツく言いつけられている。

 この世界の死への価値観はセイナと一般プレイヤーでは大きく違う。


 セイナは正式なパレンテのメンバーではあるが、特別な枠。そもそもプレイヤーではないのだ。


 セイナはNPC。


 ギルドにいるのは掃除などのお手伝いさんとして雇っているノンプレイヤーキャラクター。


 だからこそ、プレイヤーとNPCの考え方の違いははっきりと出てしまう。

 本当の意味でこの世界に生きるNPCは、一般のプレイヤーと違って死んでしまったら生き返ることはできない。


 ある時を境にセイナはギルドメンバーがダンジョンで無謀な冒険をすることに厳しくなった。普段は抑揚の低いセイナが涙を流して感情的に怒ったことがあるほどだ。


 その時の怖さと申し訳なさに、それ以来できるだけ自分のレベルより一回り低い適性のダンジョンに入るよう気をつけてはいるんだけど……やらかしてしまった。


 ほんの少しの出来心。自分のLvより一回り高い適性のダンジョンに入り、あまつさえ一人でボスモンスターに挑むなんてことをセイナが知ったらどんな顔をするのか想像もしたくない。


 何もなければ何も問題ない。当初はそう思っていた。が、実際は腕一本なくしてしまったわけで、もう怒られるのは避けては通れない。

 

「ねぇセイナ、話があるんだけど……」


 勇気を振り絞る。


 そうさ。セイナは時々怖いけど、鬼じゃない。正直に話せばきっと……。


「なに? さっきから。私は今……」


 セイナの不機嫌な顔がこちらを向くと、その視線は一点に止まる。イトナの右腕に。


「その腕……」


 見開いたセイナの目が次には鋭く尖る。


「今までどこでなにをしてたの」


 ハッキリと鋭く、でも感情の薄い声色で質問が投げかけられる。


 長年セイナと一緒にいるイトナには分かる。これはめちゃくちゃ怒ってるやつだ。


「セイナ、これには色々訳があってね……」


「座って」


「嘘じゃないんだ。本当に……」


「座って」


「はい……」


 かなり昔のNPCになってしまったかのように、セイナの口からは同じ言葉しか返ってこない。ただ、言葉の圧力はNPCとは思えないほどのものだった。

 セイナの真正面の椅子に座ると、無表情なセイナと目が会う。


「私の記憶が正しければ人間の腕は基本二本あったと思うんだけど」


「えっと……」


「まさか、未開地に入ったりしてないわよね」


 より一層鋭くなるセイナの目。


 自然と視線が右へ泳いでいく。これ以上セイナと目を合わせていられない。


「私の目を見なさい」


「はい……」


「さっきまでどこのダンジョンにいたの。怒らないから言いなさい」


 怒らないからと言いつつ、すでに怒っているセイナの声が突き刺さる。


 黙っていても仕方がない。セイナのヘイトが溜まるだけだ。


「…………………………モノクロ樹海で」


「モノクロ……」


  まだどこに行ったかしか口にしていないのにセイナの冷え切った呟きが挟まる。部屋の温度が五度は下がったような気がした。

 嵐の前の静けさなのか、それ以上何も言わない。静かなセイナがあまりにも怖くて口が止まってしまう。


「それで?」


  低く、沈んだ声で続きを催促される。


「たまたまボスモンスターを見かけたんだ。ほら、あそこのボスは徘徊してるから出会うのはなかなかレアで……」


「で?」


「今日は運がいいなって、だから……」


「だから?」


 セイナの短い言葉がどんどん暗くなっていく。でももう言うしかない。


「その………………………………ボスに挑みました」


 ついに言ってしまった。未開地とは未だ誰一人も攻略に成功していないダンジョンを指す。現在、ホワイトアイランドに残された未開地は四つ。その一つであるモノクロ樹海に、たった一人で、しかもボスモンスターに挑みましたなんてセイナに言ったら、その先はもう想像もしたくない。


 それを聞いて無言で俯くセイナ。妙に長く感じる時間とその無言が放つ圧力がずっしりとイトナにのしかかる。


 少し間を置いて、


「……ダメ」


「え?」


「イトナは今日から一週間外に出ちゃダメだから!」


「そ、そんなぁ!? さっき怒らないって言ったのに!?」


 思わず立ち上がってしまう。


「そんなこと言ってない!」


 言ってたよ!


 まさかの一週間外出禁止に項垂れる。

 フィーニスアイランドは今のイトナにとって全てといっても過言ではない。自分でも中毒状態のは分かっている。


 外出禁止。つまりこのギルドホールから出てはいけないということだ。それはもうフィーニスアイランドで遊んじゃいけないと言っているようなもの。そんな生活がこれから一週間も……。想像するだけでも絶望だった。


「誰がいけないの?」


 目に見えて沈むイトナをセイナが糾す。


「僕……だけど。でも、ほら。こうやって無事に生きて帰ってきたわけだし……」


「そんなの当たり前だから」


 罰をなんとか軽くしてもらおうと言い繕ってみたものの、逆に反省してないと思われてしまったらしい。セイナの静かな怒りはもうこれ以上無いほど高まっていた。


「ご、ごめんなさい……」


「バカじゃないの? モノクロ樹海は未開地でも下から二番目の難易度でしょ」


 そう。モノクロ樹海は未開地の中で下から二番目。それより遥かに低い適性Lvの未開地ダンジョンがある。


「一番下は別の意味で難易度が高いから、案外一個飛ばして攻略できるかなって……思った……時もあったんだけど……」


 イトナが口を開くたびに状況が悪化していることに気づき、語尾が弱くなっていく。


「何回言えば分かってくれるの? 死ぬのは怖いはずなのに」


 ゲームの中で死ぬのが怖いか怖くないかと問われれば、怖いだ。これはテレビゲームじゃない。人の手で作られた出来の良すぎる仮想の世界。死ぬ瞬間はきっと現実と大差ないだろう。人によってはトラウマになるレベルだ。


「私がなんのために回復薬を作っているか分かってる?」


 普段は口数が少ないセイナがチクチクと言葉を刺してくる。

 これ以上余計なことは言わない方がいい。そう判断したイトナはセイナの向かいの椅子にそっと腰を下ろして耳が痛い言葉を頂戴した。


次回は明日の18時投稿です。

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