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《R.I.P》これが今回のクエストの名前。冥福を祈る、安らかに眠れといった意味だ。
フィーニスアイランドの雰囲気を盛り上げるフレイバーテキストには〝ええいっ! 我の眠りを妨げるこの耳障りな音色を消してくれ! 報酬はこの音色だ。まだ眠らないお前達には嬉しい報酬だろ?〟と書かれてる。
どうやら墓に眠る古代王からのクエストらしい。
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暗闇が薄く晴れる。
長く細い階段を抜けた先には広々とした部屋が待っていた。
部屋を照らすのは青く揺れる松明。
そして部屋を埋め尽くすのは魑魅魍魎。
ダンジョントラップの一つ〝モンスターハウス〟。それと変わらないほどのモンスターがフロアいっぱいに蠢いていた。数は百は越えるか。
「小梅ちゃん!」
それだけのモンスター相手に、一足先に突進した小梅は一人戦闘を開始していた。
小梅の小さな体躯が舞う。武器などない。細工なしの己の手刀でモンスターの急所を的確に裂いていく。
小梅は止まらない。壊れた汽車のように、自分からモンスターの群れに突っ込んでいく。
〝バーサーカー〟まさにその名に相応しい狂戦士ぶりに、さっきまで心配していたラテリアの口が開いたまま停止する。
「何回ゼンマイ回したか分かる?」
「入る前に二回。入ってから三回かな。もう当分止まらないわよ。あの子」
「あの、どういうことですか?」
「えーと、小梅はねー……はい。これの四ページ目」
どこから出したのかユピテルがラテリアに渡したのは小さなメモ帳。タイトルには『小梅の取り扱い説明書マル秘』と書かれてある。
「これは……小梅ちゃんの取り扱い説明書?」
「企業秘密だからみんなには内緒よー?」
あのメモ帳はいつも小梅と一緒にいるユピテルが書いたもので、前にイトナも読ませてもらったことがある。ユピテルが書いたにしては意外と中身はちゃんとしていて、小梅のことが詳しく記載してあったりする。
小梅のクラス 《メカニック》はとても特殊なクラスだ。
まず、武器を持たない分、高いステータスを備えている。装備をしていない状態なら小梅がホワイトアイランドで一番高いステータスを持っているのは間違いないだろう。
武器の購入、整備が必要ないのはお得なクラスだけど、全身が機械でできているという設定が故に〝自分が動く〟には動力が必要となる。その動力がゼンマイと、コンセントなのだ。
物理的な動力はゼンマイ。魔法的な動力はコンセントを通して外部から補充を行う。
その二つの中で、小梅にとってより重要なのは物理的な動力。
物理攻撃を主軸にしている小梅は、ゼンマイの動力をより消費するからだ。また、歩くなどの基本動作でもほんの少しゼンマイを消費しているのも注意点である。
だから、ゼンマイの動力は小梅の生命線。ゼンマイを消費しきったら最後、小梅の体は完全に停止してしまう。これが小梅最大の弱点である。
さらに厄介な点はゼンマイを巻くところにある。背中に付いているせいで、攻撃自身で巻くことは出来ないのはもちろん、そんじょそこらのプレイヤーでは一回も回せないほどにメチャクチャ固いからだ。
力のステータスが高いテトが回した時の八回が最高記録で、イトナがやっても時間を一杯かけて一回巻ければいい方だったのをよく覚えている。
次に、魔法的な動力。これは他のプレイヤーのMPから補充することができる。
こっちはプレイヤーとMPを回復させる回復薬を用意できれば手軽に補充が出来るけど、補充するプレイヤーで動力の質が大きく左右される。魔力のステータスが高いプレイヤーほど質がいい魔力を補充することが出来るのだ。
補充した魔力は主に小梅が攻撃する際に付加される雷属性に使われていて、魔力の質の良し悪しでこの付加ダメージに影響される。
……と、確かあのメモ帳にはそんなことが書かれてあったはずだ。他にも好きな色は金色とか、なんでメイド服を着ているのかなど書いてあっただろうか。
「あの、この蝶々のイラストで重要って書いてある部分……。動けなくなっちゃうって書いてありますけど、ゼンマイをいっぱい回しちゃって大丈夫なんですか?」
「それ、蝶々じゃなくて天使ー!」
真剣なラテリアの発言なだけに、冗談ではなくイラストを間違われたユピテルは頬を膨らませて怒る。
「大丈夫……かは分からないけど、あれはスキルなんだ。小梅の」
「スキルですか?」
「 《ベルセルクモーター》。強制的にゼンマイを回して、一定時間爆発的にステータスを上昇させるスキル。なんだけど……」
「あれを使うと副作用で手足が止まらなくなっちゃうのよ。さっきから小梅止まってないでしょ? ずっと走って、ずっと攻撃し続けないといけないの。効果が切れるまで」
そう。もう小梅は止まることができないのだ。思えば入り口で使ったのは無理矢理自分を動かすためだったのかもしれない。
「効果ってどれくらい続くんですか?」
「一回で一分くらいかしら? 今五回使っているから五分……」
使い始めてもう一分くらい経つ。まだ五分の四の時間を残しているにもかかわらず、部屋のモンスターは最初に比べてもう半分は減っている。
「小梅ちゃん凄い……」
見たところモンスターのレベルは80から85。小梅の正確なレベルは知らないけど、多分120行かない辺りだろうか。
レベルの差、そして切り札と言ってもいいスキルを使った今の小梅を止められるモンスターなどここには存在しない。
荒れ狂う手刀。ひらりと舞うロングスカートの中から繰り出される足技。小梅が通り過ぎるところにモンスターの死骸が生まれていく。
「楽ちんでいいわねー」
ユピテルが呑気にそんなことを言う。
確かにもうフロアのモンスターは小梅の手で〝掃除〟し尽されようとしている。ここまで他の四人はなにもしていないのにもかかわらず。でも……。
「ゼンマイ五回回したって言ったよね? 今日どれくらい巻いてきたの?」
ペンタグラムであるテトの力をもって八回。五回以上巻けるプレイヤーなんてそういないはずだ。
序盤で飛ばし過ぎてしまった分、後半の小梅のペースを考えなくちゃいけない。残りのゼンマイはどれくらい残っているのだろうか。
「んー、私が入った時はもう準備が終わってみたいだから……ユピテルは知ってる?」
「知ってるー。小梅、今日すっごく張り切ってたから、わざわざメールでラヴィを呼び出してたわよー。ラヴィが勉強の邪魔すんじゃねぇー! って凄い怒ってるの見たもん」
「小梅を入れなかったらうちで一番力があるからねラヴィは。でも確かラヴィが巻けるのって……」
「五回くらいねー」
「「……」」
「それって……スキルの効果が切れたら小梅ちゃん……」
「停止しちゃうわねー」
停止する。戦闘中でもなんであろうと完全に動けなくなる。
「そ、それって大変なんじゃないんですか!?」
「はぁ……なんであの子全部使っちゃうのよ……もう使っちゃったならどうしようもないけど」
「ど、どうするんですか? 一回戻ってまたゼンマイを……」
一度ゼンマイを巻きに戻る。きっとそれがベストだろう。でもあの小梅がここまで来て戻るって言っても言うことを聞かない気がする。
「……いや、クリアしよう。小梅のスキルが切れるまでにこのクエストを」
「でもあと三分しかないですよ?」
このダンジョンはピラミッド型。予想では地下も逆ピラミッドになっていて、階層を進むごとにダンジョンの広さは狭まっていく……と思う。
小梅は今のところ一撃でモンスターを捌いている。
オーバーキル。
小梅の攻撃はここのモンスターを倒すために必要なダメージを遥かに超えているのだ。次の階層、その次の階層も一撃でも不思議ではない勢い。
ダンジョンが狭まって、ここと同じ障害物のないモンスターハウス状態なら単純に考えて階層を降りるほど攻略ペースは速くなっていくはずだ。
「イトナくんいつもは大人しいのに、こういうところは無茶苦茶なこと言い出すわよね」
「そうかな。このメンバーならいけると思うし……簡単にクエスト達成しちゃってもつまらないしね。冒険は……」
「できるかできないか、分からないのが冒険。スペイドさんがよく言ってた。いいわ。それでいきましょう。ユピテルは小梅に支援を。ラテリアちゃんは……」
「ラテリアは僕に支援お願いできるかな」
「はい!」
モンスターはもう数少ない。このフロアは小梅に任せて次のフロアに続く扉に向かって走る。
「天空を駆ける光の風をーー 《ヘイスト》!」
ラテリアの支援魔法がイトナを包む。
《ヘイスト》は、対象プレイヤーの敏捷ステータスを増幅してくれる補助魔法。
「ユピテルも早く小梅に補助魔法!」
「ひーん。私急ぐの苦手なのよー」
四人が扉に着くと同時に、小梅はフロアのモンスターを全て倒し終えた。




