12
次の日。
「イトナ様!」
ワープゲートを勢いよく潜り抜けてきたサダルメリクの〝バーサーカー〟こと小梅は、元気よくイトナの名前を呼ぶと、もの凄い勢いでイトナの元に駆け寄ってきた。
イトナとぶつかる寸前で止まった小梅に思わず少し身を反らしてしまう。
「お、おはよう」
テトから貰ったクエストの集合時間。時間ぴったりに現れた小梅のテンションは言わずもがなだった。イトナより背が低い小梅は目を輝かせながらイトナを見上げる。
「おはようございますイトナ様! で、あの! いきなりで失礼は承知で伺いますが、あの!」
強く握られた拳を二つ、胸の前に置いた小梅は興奮しすぎて、伝えたい言葉を言えていない。そんな小梅の気持ちを表しているかのようにお尻から伸びたコンセントがバチンッバチンッと地面に鞭を打っている。
「えっと、クエストの依頼書かな? はい。これ」
今日挑戦するクエストの説明が書かれた依頼書を小梅に渡すと、それを食い入るように読み始める。どうやらご所望の物はあっていたようだ。
「イトナくんおはよー」
小梅に少し遅れてワープゲートを潜ってきたのはユピテルとニアだった。
「おはよう。これで全員?」
イトナから声をかけたのは小梅だけ、あとのメンバー集めは小梅にお願いしたんだけど、この大物二人を連れてきてくれたようだ。
「うん。五人……かな。一人足りないけどこのメンツなら大丈夫よね?」
パーティは最大六人で組むことができる。今回はイトナとラテリア。サダルメリクからニア、小梅、ユピテルで五人だけど、ラテリアを除いた四人は〝未開地〟にも挑めるほどの、ホワイトアイランドで最上位のレベル帯にいるプレイヤーだ。一人くらいいなくても十分すぎる戦力が集まった。
「うん。急だったから二人は来れないと思ったよ」
二人とも有名なプレイヤーだけあってパーティのお誘いはたくさん来るはずだ。イトナが誘った時にはもう予定が埋まっていると思っていたけど、どうやら運が良かったらしい。
「ふっふっふー。それがねー。ニアちゃんったら本当は約束があったのに、大事な用を思い出したーっなんて断ってこっちにむぐぅ!?」
「うん。本当偶然! 予定が空いてたから丁度良かったわ。今度からは小梅だけじゃなくて私にも直接誘ってね?」
ユピテルの口を押さえたニアが表情一つ変えずにニッコリと言う。なんだこれ、ニアがちょっと怖い。その傍ら、一生懸命ニアの手を剥がそうとするユピテルだけど、ニア手は微動だにしない。どうやら〝力〟のステータスはニアの方が高いらしい。
「う、うん。これからはそうするよ……」
本当は「なんでわざわざ約束をキャンセルしてこっちに?」って聞きたかったけど、ニアの笑顔がそれを許してくれなかった。
「イトナ様! Aランクのクエストですね! 伝説の予感が高まってきました!」
「うん。三部しか無いし、報酬は先着で一つって書いてあるからかなりのレアアイテムが期待できそうだね」
クエストによっては、このクエストのように依頼書に限りがあるものがある。このクエストは三部だから最大で三つのパーティしか挑戦することができない。更に報酬が先着で一つとなると三パーティの内、一パーティしか報酬を受け取ることができないのだ。
このように難しく、競争率が高いクエストの報酬は手に入れにくい分レアの可能性が高い。
この前の小梅が受けていた〝伝説の剣〟のクエストも、依頼書からこれらの説明をちゃんと読んでいればハズレだって分かったと思うけど……。
「先着一つですか!? それは急がないとですね!」
興奮が頂点に達した小梅のコンセントが大きく揺れる。
「あっ……」
今までは上下に動いて地に鞭を打っていたコンセントがいきなり大きく右に振るわれた。
「ん”ー!?」
コンセントの行き先はユピテルの顔面。抑えられたニアの手の中で悲鳴をあげる。
そこで向かってくるコンセントに気づいたのか、ニアが素早く手を離した。
ごーん。
これが正しい効果音だろうか。実際、不幸にも直撃をもらったユピテルの顔からは音は出ていないけど。そんな音が聞こえそうな勢いだった。
「……? あっ、ユッピー様! 今のイトナ様の話を聞いていなかったのですか!? 先着一つです。そんなところで顔を両手で押さえてうずくまっている暇はありません! 立ってください!」
さっきの悲しい事件を当の本人は知らないのか、うずくまるユピテルの腕を引っ張る。
鬼か……。
引きづられていくユピテルの姿に哀れみの目を送るイトナとニア。そこで自分の裾が控えめに引っ張られていることに気づいた。
「あの、イトナくん……」
「ご、ごめん!」
小梅がいろいろ凄すぎてラテリアのことをすっかり忘れていた。今日ラテリアはサダメリメンバーと会うのは初めてなのに、まだ紹介すらしていないじゃないか。
ラテリアは今の現状にとても動揺している様子。サダメリの繰り出すハードなコントについて行けてないようだ。まぁ、ついて行けてる人はこの場に一人もいないんだけど……。
「ニア、ラテリアのこと紹介したいんだけど」
「そうね。でも小梅があの調子だから移動しながらしましょうか。止まっているとまたあのシッポの犠牲者が増えるから」
「そうだね……」
一先ずは興奮を抑えきれない小梅を追うことからイトナ達のクエストは始まった。
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薄暗い広い通路が続く。
ダンジョン 《古代王の秘密墓地》はピラミッドをイメージしたような遺跡型のダンジョンである。
上の階層に進むにつれてフィールドは狭くなり、モンスターが強くなっていく。出現するモンスターはゴーストタイプなのが特徴的で、たしか最深部にいるボスモンスターはミイラみたいな奴だったはずだ。
今回のクエストは上の階層ではなく、地下の階層に進むよう依頼書に書かれていた。
このダンジョンには元々地下なんてなく、このクエスト専用の特設ダンジョン。ある意味未開地と同じである。ランクAのクエストとあって、難易度も高めと考えといていいだろう。
だからイトナ達はまず地下へ続く階段の探索から始めていた。
「ラテリアちゃんはコールさんの妹さんなんだよね」
その道中。最初に話を切り出してくれたのはニアだった。
「はい。ラテリアと言います。今日はよろしくお願いします!」
相手が女の子ということもあって、ラテリアは怖がっているようには見えないけど、ニアに対するラテリアの言葉はどこかぎこちない。
「コールさんに凄い似てるー。目とかホントそっくり」
小梅から逃げてきたユピテルが覗き込むようにラテリアを観察し始める。有名プレイヤー二人に囲まれてすっかり縮こまってしまっていた。
無理もない。みんな顔見知りでラテリアだけ初対面なのはやっぱり居心地がいいものではないし、相手が有名プレイヤーになると、立場的に自分がい下と錯覚してしまうのはよく分かる。ここは両方のことを知るイトナがなんとかしないと。
「そういえばラテリアもユピテルと同じ天使クラスなんだよ」
「えー? ラテリアちゃんも天使なの? じゃあおねーちゃんとも一緒だ」
「はい。お姉ちゃんも天使だったみたいで……」
「うんうん。ラテリアちゃんが天使になったのは納得だよー。知ってる? 天使クラスって女の子で、しかも可愛くないとなれないんだよー?」
「そ、そうなんですか?」
「ほんとほんと。ね、イトナくん?」
「え? 確かにそういう話はあるよね」
ユピテルの話はあながち嘘ではない。クラスは初期クラスからプレイヤーのスタイルに合わせて変化していく。天使クラスは聖属性の魔法を扱うクラスでは最終段階に近いクラスとも言われていて、それなりに高レベルのプレイヤーしかなれない。
今のところ天使クラスになったと報告があるのは女の子のみ。しかもどの女の子も可愛いと男性プレイヤーから多く言われている。
「イトナくんはどう思う? ラテリアちゃんと私、可愛いと思う?」
「え?」
「……」
なんでだろう。ラテリアから凄く強い視線を感じる。
「う、うん。可愛いと思うよ? 二人とも」
とりあえず無難な回答をしておく。嘘じゃない。二人とも本当に可愛いと思う。でも素直に可愛いって言うのはちょっと照れ臭い。
「えー? なんか本音じゃないように聞こえるー! ね、ラテリアちゃんもそう思わない?」
「私もそう思います!」
「そ、そんなことないよ!?」
照れ隠しの態度は二人には不評だった。
ユピテルは冗談で笑っているけど、ラテリアの方は冗談に見えない。本気の不満顔をイトナに向けてきている。
ラテリアの視線は痛いけど、少し馴染めてきたみたいで良かった。少し話ができるようになればラテリアならあっという間に仲良くなるだろう。あのセイナとも上手くやっているんだから。
そんな感じでダンジョンを探索していると、張り切って大きく先行していた小梅が地下へ続く階段を見つけたのはすぐのことだった。
「うわぁ……」
禍々しい雰囲気を纏った階段の先は幽冥。先がまったく見えない。いかにも何か出てきそうな不気味さに天使二人がたじろぐ。
「私こういうオバケ系苦手ー」
「私もです……」
入る前から弱音を漏らすユピテルにラテリアも頷いて便乗する。
確かにこれは怖い。遊園地のオバケ屋敷とはわけが違う。なにせ出てきたモンスターは容赦なく襲いかかってくるのだから。
「ニアはこういうの大丈夫?」
「私は大丈夫だけど……」
ニアが振り返る。視線の先にはさっきまで威勢よく先頭にいたはずの小梅が、いつの間にか最後尾で怯えて震えてる。一番の問題がこれだった。
「小梅は……小梅は伝説の武器が欲しいです!」
涙を滲ませながら意気込みを口にしているけど、小梅の感情を表す尻尾はへにゃりと萎れて元気が無い。
「小梅、怖い系が全くダメなのよ。虫とか気持ち悪い系は大丈夫なんだけど」
異常な怯え様だ。まさか小梅にこんな弱点があったなんて。
「今回はやめとく? 伝説の武器ならまた今度でも……」
「い、行きます!」
「でも行くとしたら小梅が一番前になっちゃうけど大丈夫?」
ニアが意地悪にそんな事を言う。
「え……」
でもあながち間違ってはいない。
小梅のクラスは 《メカニック》の前衛クラス。イトナは中衛。ニアは特殊なクラスだけど、全体を守ることを考えたら中衛だろうか。魔法系の天使クラス二人は後衛。このパーティの前衛は小梅しかいないのだ。
イトナが前衛を代わってあげたいのは山々だけど、今回のクエストはAランク。イトナだけで前線を抑えきれる保証はない。
「小梅、今回は諦めなさい。これで無理してパーティが壊滅したらみんな明日フィーニスアイランドに入れなくなっちゃうんだから」
「それでも小梅は……小梅はっ!」
伝説の武器は欲しい。でも怖くて仕方ない。小梅の中で欲望と恐怖が戦っているのが目に見えてわかった。
ゆっくり前に出て、恐怖心を抑えてなんとか階段の先をそっと覗き込む小梅の姿はどこか健気に見える。
「小梅ちゃん……」
その姿に、ラテリアから心打たれた様な声が漏れる。
ほんの少しの間それが続くと、やがて小梅の小さな手が拳に変わった。
唇をきつく締め、何かを決心したように地下へと続く階段へ振り返る。
「小梅……行きます!」
小梅のゼンマイが音を立てて二回回る。それを合図に、小梅は地下へ続く暗闇に突進していった。
「た、大変です! 小梅ちゃんが一人で!」
「大丈夫。小梅は中に入っちゃえば後はそんなでもないから」
「そ、そうなんですか?」
苦手を除いて実力だけで考えれば、小梅にとってこのダンジョンはあまり脅威では無い。
「小梅に続こう。ニアが先行でいいかな」
「分かった。イトナくんは殿よろしく。ユピテル、ラテリアちゃんついて来て」
「はーい」
「が、頑張りますっ!」
小梅を追って飛び込むニア。それにユピテルとラテリアが続く。
ここからがAランククエストの本番。程よい緊張感と期待を胸にイトナも後に続いた。




