09
深夜一時。
イニティウムの中心にそびえ立つ、天に向かって長く伸びた時計塔。今やイニティウムの象徴ともなっているこの建物がリエゾンのギルドホールである。
この高い塔にある沢山の窓からは光が漏れ、ここ一帯の街灯代わりにもなっているようだった。
リエゾンというギルドは特殊であり、そのギルドホールも特殊である。一階はオープンスペースになっていて、リエゾンのメンバーじゃなくても出入りが可能な設定がされてある。これはパレンテのギルドホールも同じだが、規模が違う。
プレイヤーの支援を目的としたリエゾンホールに立ち寄るプレイヤーは数多。あのテレポステーションに匹敵するほど混雑する時もあるくらいだ。
普段は開けたままになっている大きな扉も、プレイヤーが少ない今は閉じられていた。〝本日の活動は終了しました。〟と書かれたプレートがドアノブにぶら下げてある。
待ち合わせはリエゾンホール。イトナはプレートを無視させてもらって、軽く扉を押した。
ギィ……と蝶番が軋む音が響く。
人一人通れるほどの隙間だけ開けて、イトナはギルドホールの中に入り込んだ。
「ここに来るのも久しぶりかな」
図書館を彷彿させるように書物がぎっしり詰まった幾つもの棚が両端に並ぶ。
ここにはフィーニスアイランドのありとあらゆる情報が詰まっている。ステータスの細かい解説からダンジョンの詳細なマップ、複雑な攻略の手引きまで。現在知られているフィーニスアイランドのほぼ全ての知識が凝縮されている。ここは、いわば攻略サイトとして活用されているエリアだ。
そんな本棚に囲まれた道を直進。すぐに円状の広いスペースが見えてくる。
広間には既にたくさんのプレイヤーがいた。見たところパーティを組んでいるらしく、六人で塊を作っている。どうやら呼ばれたプレイヤーはイトナだけじゃないらしい。
普段、奥のカウンターに受け付けが並ぶこの広間はリエゾンがメインで活動しているエリアになる。ここでリエゾンメンバーがフィーニスアイランドの悩みや相談に受け答えする場所なのだ。
一括りにサポートと言っても、様々なものがある。「パーティを組む人がいない」と相談すれば、同じLv帯のプレイヤーを集めてパーティを作成。「どうしてもクリアしたいクエストがある」と相談すれば、リエゾンのメンバーが用心棒としてパーティを組んでくれることもあるらしい。他に語りきれないほどの対応を行っているのがこの場所なのだ。
そんないつもの初中級者プレイヤーで活気のある雰囲気と違う、張り詰めた空気のこの場所に自分の居場所を探す。
昼間呼ばれた時に行けなかったイトナも悪いけど、オルマからは時間と場所しか伝えられていない。察するに、ここに集まったメンバーとパーティを組まされるのだろう。かと言って、自分からパーティ入れてくださいなんて言える雰囲気でも無い。ここは広間の端でオルマからの連絡を待つことにした。
人目を避けるようにして、端の壁に背中を預ける。そうしてからすぐのことだった。
「お、イトナこっちだ」
おーいと大きく手を上げてイトナに声をかけてきたのは、高校生ぐらいの男だった。
背中には紅いヒーローマント、長剣を背負い、左肩と急所にだけ強固な鎧を装備している。見るからにバリバリの剣士プレイヤー。そして古くからの友達、ギルド黎明の剣マスターのテトだ。
ニアと並ぶペンタグラムの実力プレイヤーは散乱するパーティ群の中で一際存在感を発していた。
「久しぶりだね。テトも呼ばれてたんだ」
イトナの知っているプレイヤーがいて少しホッとする。
「おう。旧友のオルマからの頼みだからな。深夜でも早朝でもなんのそのだ」
腰に手を当てながら身体を軽く捻り、背中にある剣の柄を見せてきた。柄に刻まれたギルドの紋章がキラリと光る。
「今日のことテトはなにか聞いてる?」
「ああ、イトナは聞いてないんだっけか。夕方いなかったもんな。俺は知ってるけど、俺は説明下手クソだし、ぶっちゃけよく分からんかった……。本人から聞いてくれ」
そう言って、テトからパーティの申請が届く。特に迷うこともなくパーティに参加すると、メンバーはテトとオルマの二人だけのパーティだった。
『来てくれたか。この時間だと戦力を集めるのは一苦労だ、助かる』
パーティ念話が頭に響く。念話を使ってるあたり、オルマはここにはいないらしい。
『その割には結構人がいるみたいだけど……』
広間に作られたグループは八つ程ある。全てがフルメンバーの六人パーティなら四十八人いる計算だ。
『いや、ほとんどがうちのメンバーだ。主力のほとんどが欠席で、あまり強い面子じゃない』
言われてみれば、装備だけの判断になるけどあまり強そうじゃない人が結構目に付く。Lvは50から80といったところか。
『ニアは来なかったんだ?』
イトナとテトに声をかけたなら、この三人と同期とも言えるニアにも声をかけたと思うけど、辺りにニアの姿はない。そもそも女性プレイヤー自体一人もいないように見える。ニアならこの時間でもこれそうだけど……。
『ニアは呼んでいない』
『はぁー? なんで呼ばなかったんだよ。ニアがいたらやる気に満ち満ちてテトさん五倍は強くなってたぞ』
『呼べば来てくれたかだろうが、こんな時間に女の子を誘えるわけないだろ』
『紳士かよー』
ブーイングをするテト。そういえばテトは昔からニアのことが好きなんだっけ。ニアに告白した回数は数知れず。結果は全て玉砕だけど……。でも、本気でニアのことが好きで、ここまで素直に伝えられるテトはちょっと羨ましい。
『そろそろお喋りはお終いだ。時間になる。話は持ち場に移動しながらしよう』
『持ち場?』
『そうだ。これから各パーティには指定された地域を見回ってもらう』
大人数でイニティウム全体の見回り。やっぱり。
『殺人鬼……』
『……ほう。やっぱりテトとは違ってイトナは話が早そうだ』
『ひでぇ』
この後、イトナは今日行ったお店、オアシスがある地区、テトはその近くの雑貨の通りを巡回するようオルマに指示された。イトナとテトがバラバラで行動する事になった理由は人員不足と、戦力のバランスを考えるとこうなるらしい。たしかにこの広大なイニティウムを全て見回るとしたら人がもっと欲しいところだ。
『そえばオルマはどこ見回ってんだ?』
『……テト。お前はさっき僕が散々説明したのに全く理解してないだろ』
オルマが少し呆れた声を漏らす。
『街に悪者が出たからその退治だろ? そんぐらい俺でも理解できるって』
『……まぁいい。イトナは既に知ってるようだが一応情報を共有しておこう。先日、NPCからクエストの依頼があった』
オルマの話は昼間聞いた話と差異がないものだった。
夜中、イニティウムでNPCが殺されている。その犯人はプレイヤーでもNPCでもない、バケモノのような容姿をしている……らしい。など。
ほとんどの語尾に「かもしれない」「らしい」と確信がないような言い方だった。けど、NPCが殺されている部分だけ確信を持っているように聞こえる。
『プレイヤーで実際に目撃した人はやっぱりいないの?』
『いる。今回はNPCが足を運んでわざわざ依頼された今までにないクエストだ。それで調査を始めてみたんだが……昨日うちのメンバーでその現場を目にできたのがでた。だから今回声をかけた』
『現場って……NPCが襲われる?』
『そうだ。目の前ですっぱりと首を斬り落とされたらしい』
首を切り落とされたら、どんな防御ステータスを持っていても即死の攻撃だ。そんな攻撃を非力なNPCに行うなうなんて。
オルマの情報は本物なのだろう。今までに嘘だったことは一つもないから。
NPCが殺されている。それは本当に現実で起こっていることだった。
『なんでそんな酷いことを……』
『目撃したプレイヤーから聞いた犯人の外見はNPCに聞いたものとはだいぶ違っていた。関節のない細長い形をしていたと。毛も生えてなければ翼もなかったらしい。かなりのスピードらしく、あっという間に返り討ちになったようだ。強さは中級プレイヤー個人よりも上を行く。今回パーティで行動させてるのはそのためだ』
関節のない細長い形? イメージしにくい表現だけど、NPCたちの間で流れている噂のものとはだいぶ離れていることは分かる。
『犯人の目的はなんだと思う?』
『わからない。そもそも目的を持っているかも怪しいな。プレイヤーに被害がないNPCの殺人だ。PK。いや、NPCキルだからNPKか。このクエストを持ってきたのもNPCだし、運営側が用意したなんらかのイベント……とも考えられる』
『なるほど』
流石オルマだ。的を得ている。
確かに運営側が用意したクエストなら全て納得いく。街の中にモンスターがいても、街の中でNPCが殺されていても、この世界の神と言ってもいい運営なら、絶対的なルールを無理やり曲げてこの状況を作ることは可能かもしれない。でも……。
本当にそうなのだろうか? この世界の一部といっていいNPCを殺すなんて。そもそも子供しかいないこの世界でこんな残虐なイベントを起こすなんて変じゃないだろうか。
『結論を出すには情報が少なすぎる。ただ殺人鬼がいるのは間違いない。後はそうだな。被害者は全員女性ってことだ。たまたまかもしれないが』
これでオルマの情報は終わりのようだ。イトナの知っていたこととあまりあまり変わりがなかったけど、昨日目撃したプレイヤーの外見が噂のもの全然違うということが引っかかる。
噂が回っていくうちに、いろいろ尾ひれがついたのだろうか。ラテリアのヘビの話のように。
『でよぉ。オルマは今どこにいるんだ? 今の話でもさっぱりだぞ』
『オルマはリエゾンホールじゃないかな』
『え、なんで? 誘っといて自分はサボりかよ』
『いや、もし殺人鬼に会ったら戦闘になるからだよ。街の中でスキルが使えないから、オルマのクラスだと戦うのはちょっと難しいんだと思う』
オルマのクラスは変わりなければ 《大魔導師》。魔法を主にして戦うクラスで、魔法を使うにはスキルを使わないといけない。いくらオルマがペンタグラムで強いプレイヤーだとしても、魔法を使えない状況での戦闘は無力に近いだろう。
『あー。なるほどな。そうならそうと先に言ってくれよ』
『言わなくても普通察しがつくだろう。お前はもう少し考えることを覚えたほうがいい』
『うっへー』
『とりあえず話はこれで終わりだ。他のパーティとも連絡を取らないといけないから、僕は一旦離れるぞ』
他のパーティはほとんどリエゾンのメンバーって言ってたから、パーティ念話とギルド念話を使い分けて全体の状況の把握、連絡をオルマが担当してくれているようだ。
この事件、なにか嫌な予感がする。そんな胸騒ぎを感じながら夜空を見上げる。今日の月はいつもの夜より明るい天満月だった。




