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06

「えっと、じゃあ今日はどこに行こうか」


 あれからなんとか怒るラテリアをなだめて、やっと今日の行き先を決める話までたどり着く。


 こうして、どこのダンジョンを攻略をするかギルドメンバーと決めるのも四年ぶりだ。あの頃は行き先が未開地ばかりだったけど、既に攻略済みの軽いダンジョンを探索するのも、たまにはいいかもしれない。


 ラテリアのレベルでちょうどいいダンジョンを頭の中でいくつかピックアップしながら、ラテリアの言葉を待つ。今日はずっと待っててくれたラテリアの意見を尊重しよう。


「実はですね。もう行き先は考えてあるんです。これです」


 そう言ってラテリアは一枚のチラシを取り出す。クエストの依頼書と最初は思ったが、カラフルなのを見るとどうやら違うようだ。


 そのチラシには〝難攻不落! これを攻略できる者は現れるのか!? 超山盛りスイーツここに爆誕!〟と丸文字でデカデカと書かれている。


「えっと、これは?」


「よく行くお店で頂いたんです。期限限定で、この超山盛りスイーツを制限時間内に食べきると、このお店の一ヶ月無料券がもらえるんです」


 ……なるほど。ダンジョンとかクエストじゃなくて、お店のイベントに挑戦か。


 イトナの考えていた予定とだいぶ思考が違ったけど、一週間ほったらかしにしてしまった手前、ラテリアがこれに挑戦したいというなら喜んで参加するしかない。


 でも大食いのイベントかぁ……。


 正直なところ、あまり気が進まない。イトナは小柄で、どちらかというと少食だからだ。ダンジョンの攻略とかレベルやステータスが絡むことなら得意だけど、これはあまり戦力になってあげられそうにない。


 そして、言い出した本人はというと、たくさん食べるようには見えない。ラテリアの背はイトナよりも少し低いくらいだし、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。アドバンテージがあるとすれば女の子だから甘いものが好きくらいだろうか。だいぶ辛い戦いになりそうだ。


 チラシを受け取って細かいルールを確認する。ルールは以下の通り、

 ・もし食べきれなかった場合の支払いは、客の負担になる。

 ・パッシブスキルの使用は不正行為とされてしまう。

 ・イベントの挑戦は一回のみ。

 ・三人一組での参加。


 以上である。一見特別なルールは無いように見えたけど、最後のルールに少しだけ引っかかった。


 ……三人一組?


「ラテリア、ここに三人一組って書いてあるけど、もう一人は?」


 イトナとラテリアだけでは一人足りない。三人一組がルールなのだから、きっと二人での参加はダメであるだろう。


「え? 三人いますよね?」


「僕とラテリアと?」


「セイナさんですよね?」


 当たり前じゃないですか。と言っているかのような顔。

 本人の許可はちゃんと得ているのだろうか。セイナの方を向く。


「行くわけないでしょ。そんなの」


 こっちも当たり前でしょ。と言った顔だ。

 セイナは必要最低限にしか外に出ない。過去に一度、強引に街の外に連れ出したことがあるけど、それっきり。セイナが嫌がることをお願いするのは至難の技だが……。

 ラテリアは諦める気はないようで、そっとセイナに近寄る。


「ギルドに入って初めてのお出かけですし、セイナさんも……ギルドの全員で行きたいです」


 まずは控えめに出るラテリア。それに対してセイナは、


「そんなの知らない。私はギルドのお手伝いで雇われてるだけなの。それ、業務対象外だから」


 バッサリ切り捨てた。


「じゃ、じゃあお金を払います! これで業務対象内です!」


「払うって、あなたお金持ってないでしょう」


「ぅっ……」


  痛恨の一撃を貰ってラテリアがやられてしまう。そういえば、男性恐怖症の克服クエストでラテリアは全財産を使っていたのを思い出した。パレンテに加入してからずっとここにいたってことは、お金を稼いでない。現在ラテリアは一文無しである。セイナはすぐそれに気づいたのだ。


 返せる言葉が早くも途絶え、ラテリアの口がピタリと止まってしまう。


 勝負あり。やはりラテリアの口ではセイナは微動だにしなかった。


 まだセイナを連れて行くにはと方法を絞りだそうと頭をフル回転させている感じだが、ラテリアの口は当分動きそうにない。


 仕方ない。これまでのお詫びも含めて、セイナには悪いけどイトナは助け舟出してあげることにした。


「僕からもお願いするよ。お金が問題なら僕が払うからさ」


「イトナくん!」


 イトナの援護に喜ぶラテリア。一方のセイナは……ちょっと目を合わせられない。怖い。


 目を合わさずしても感じる威圧。セイナは一言も声を出していないのに「なんでイトナの失態に私が付き合わなくちゃいけないの」と空気が語ってくる。

 そんな居心地が悪い空気が肌に刺す中、不意に音が響いた。


 ぽーん。ぽーん。


 頭の中で鳴る一定の間隔で弾む音。これは念話に呼ばれている信号。目の前に現れたウィンドウに相手の名前が表示される。


 念話の相手は珍しい人物。あのリエゾンのギルドマスター、オルマからだ。


「ご、ごめん。ちょっと念話」


 イトナとしてはちょっと嬉しいタイミングでの念話。セイナの顔の確認は後回しにして念話に出ることにする。


『久しいなイトナ』


 子供とは思えない程の、落ち着いた大人っぽい声が頭に流れる。


『久しぶりだね。オルマ』


 オルマの声を聞くのは何年ぶりだろう。


 今はリエゾンのマスターであるオルマだけど、昔は黎明の剣のメンバーだった。当時はそれなりに顔を合わせる関係だったけど、テトがギルドマスターになるのと同時にオルマはリエゾンに籍を移動。それからはぷっつりと姿を見なくなり、手紙でのやり取りのみ。今日は本当に久しぶりの念話になる。


『挨拶は程々にして、取り急ぎ聞いてもらいたい話がある。今からうちのギルドホールに来てもらえないか』


「『え、今から?』」


 急なことに思わず声が漏れてしまう。

 これからラテリアと出かけると話していたばかりだ。


 でも、今まで無かったオルマの念話連絡。もしかしたら余程のことがあったのかもしれない。


『緊急事態だ』


 念を押すようにしてオルマが言葉を付け加える。あのリエゾンを束ねるオルマがここまで言うなんて。いったいなにがあったというのだろうか。


 様々な思考を巡らせてる中、視界になにやらジェスチャーするラテリアが映った。目が合うと念話の邪魔をしないようにか、スケッチブックに文字を書いてそれをイトナに見せてきた。


 〝今日一緒に出かけてくれなかったらお姉ちゃんに言いつけます〟


『…………………………オルマ奇遇だね。実は今僕も緊急事態なんだ』


 嫌な汗が背中に流れる。今日コールが言っていた「あ、私の可愛い妹を泣かせないでよ? いくらイトナくんでも許してあげないんだから」が頭の中で鮮明にリピート再生される。


『これはイトナにも関わることだ。余程のことでなければこっちを優先してもらいたい』


『ごめん。こっちも相当ヤバいんだ……。夜じゃダメかな?』


 ラテリアは両手で持ったスケッチブックで口元を隠しながら頬を膨らませてる。本人はあれで怒っているつもりなのだろう。でも、正直可愛かった。


『……そうか。急な話だし仕方ない。今日の深夜になるが、一時にリエゾンホールで待っている。これそうか?』


『その時間なら大丈夫。行けるよ』


『助かる。よろしく頼む』


 そう言ってぷつりと念話が切れた。かなり遅い時間の指定に少し不思議に思いながら。大丈夫、断ったから。とラテリアに伝える。


 さて。


 後の問題はセイナだけになる。どうやって説得したものか。昔はコールが上手く納得させてたのに、イトナとラテリアでは手に余ってしまう。


 オルマとの念話で一拍置いたことで、セイナは本を読み始めている。依然として顔に〝私は絶対に行かないから〟と書かれてあった。

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