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02

 るん、るん、と鼻歌混じりでステップを踏む。

 今日もホワイトアイランドの空は透き通るような晴天。絶好の冒険日和。

 ラテリアとしては、冒険よりもピクニックの方がいいと思うところだけど、この際どちらでもいい。


 男性恐怖症の克服クエストが無事終わって、念願のギルド 《パレンテ》に加入したラテリアは、楽しみにしていたギルドの活動を目の前に胸を躍らせていた。


 お姉ちゃんから何度も聞かせてもらったギルドの話。もともとパレンテに、そしてイトナに興味があってフィーニスアイランドを始めたラテリアにとって、この時をどれだけ待ちわびたことか。思わず鼻歌を歌ってしまうくらいだ。


 スキップ混じりで人気のない路地を進むこと数分後、パレンテのギルドホールに到着した。


 まだ慣れないドアを前にして、ほんの少しだけ緊張の気持ちを感じながらギルドホールのドアノブを握る。


「こんにちはー……」


 パレンテのギルドホール。いつもなら「ん」と素っ気ない返事がセイナから返ってくるのだけど、今日はその声が無い。お買い物に行ってるのだろうか。


 きょろきょろと見渡してみるが、どうやら誰もいないらしい。薬品の匂いがほのかに漂う部屋を見渡しながら、いつも座っているラテリアの指定席にちょこんと腰掛ける。


 自分の所属しているギルドのギルドホールだけど、どうも落ち着かない。馴染まない空間にそわそわしながら数分の時が流れると、ガチャリとギルドホールのドアが開いた。


「あ……」


 ギルドホールに入ってきたのはセイナ。パレンテのお手伝いとして雇われているNPC。だけど、歴としたパレンテのギルドメンバーだ。

 ラテリアの予想通り買い物に出ていたのか、腕には買い物カゴを下げている。


「こんにちは、セイナさん」


「ん」


 セイナはいつもの素っ気ない返事を返しながらラテリアの脇を遠すぎて、買ってきた物を棚にしまい始める。

 セイナはNPCながら回復薬を作ることができる 《薬剤師》でもある。買ってきたものは薬の調合に必要な材料だろうか。見たことのない薬草と液体が入った瓶がカゴの中から覗かせていた。

 セイナは改めてラテリアを見るなり、時計を確認する。


「……今日は学校サボり?」


「ち、違います!」


 いつもより早い時間にいることを指摘するセイナから鋭い言葉が飛んでくる。

 今は午後の一時。普段なら午後の授業を受けている時間だ。それに対してラテリアは慌てて否定し、理由を伝える。


「今日は特別な時間割で午前中で終わりだったんです」


「そう」


 特に興味がなさそうな声が返ってくる。セイナらしいけど、こう続くとちょっと寂しい。

 でも今日はそれをすぐに忘れてしまうほど期待を寄せている日だったりする。


 今日でパレンテに加入してちょうど一週間。残念なことに、あれからイトナの姿を一度も見ていない。


 理由はラテリアがパレンテのギルドホールに着く前に、イトナは早々とダンジョンに潜ってしまっているからだ。


 毎日ギルドホールに入るたびに「イトナくんは?」とセイナに質問するのだけれど、それに対して返ってくるのが「もう行った」これが六回も続いている。

 それを聞くたびに落ち込んでしまうけど、仕方ないと思うしかない。


 ラテリアのLvは77。低い……とまでは言わないけど、それほど高くないのも事実だ。それに比べてイトナのレベルは……いくつなんだろう? 正確な数字を聞いたことはないけど、間違いなくラテリアよりずっと上。それだけは確かだ。だから仕方ない。


 イトナはラテリアの男性恐怖症の克服を手伝ってくれている間、ずっとダンジョンに入ってなかった。ラテリアの依頼したクエストが終わった今、イトナは心置きなくダンジョンに行けるようになったわけだ。

 イトナが向かうダンジョンはきっと凄い難しい場所。ラテリアが付いて行ったところで足手まといだし、迷惑になってしまうだろう。


 そうやって今で諦めてきたけど、今日は違う。午前で学校が終わって、今日はイトナよりラテリアの方が早い。

 ギルドホールで待っていればイトナに会える。そして、優しいイトナは待っていたラテリアを見て「今日は一緒にどこかに行こうか」と声をかけてくれるだろう。


 そこまで妄想してラテリアの顔がにやける。

 そう。今日こそ、初めてのギルド活動をするのだ。わくわくが抑えきれず、ついまた鼻歌を交えてしまうのを許してほしい。


「ちなみにイトナならもう行ったから」


「………………え?」


 妄想にふけていたせいで、セイナの突然な言葉がうまく聞き取れなかった。気のせいだと思うけど、今日はセイナから聞くはずのないセリフが聞こえた気がする。


 だって、今日は絶対にイトナより早い。同い年のイトナは今頃、学校で授業を受けているはずだ。

 絶対に気のせい。もしくは幻聴だったとは思うけど、念のためセイナに聞き返す。


「……今、なんて?」


「だから、イトナはもうダンジョンに行った。待っても来ない」


 ガーン。


 頭の中でなにかが鳴り響いた。人はショックを受けると本当に頭の中でガーンと鳴る。それを身をもって知るラテリアだった。


「ど、どうして……イトナくん、学校は……? もしかして……サボりですか!?」


「なんかソウリツ記念日って言ってたわね」


「そ、そんなぁ……」


 創立記念日。予想外の祝日にラテリアはがっくしと大きくうなだれた。


 泣きたい。今日は絶対に大丈夫だと思っていただけに、この仕打ちは反動が大きすぎる。ラテリアは全ての気力を失い、テーブルの上に上半身が倒れこんだ。


 昨日だってそう。寄り道をしないでまっすぐに家に帰ったはずなのに、イトナはとっくにダンジョンの中。でも、昨日はまだいい。明日は午前授業だからと希望があったから。


 でも今日はそんな希望がない。希望を失ってしまった。もしかしたらこのままずっとイトナと会えないんじゃないか、そんな風にも思えてきてしまう。


 お姉ちゃんから聞いていた話と全然違う。話の中だとイトナはずっとお姉ちゃんと一緒にいたじゃないか。


 ーーーーお姉ちゃんとは一緒にいたのに、なんで私とは一緒にいてくれないの……?


 そう思うと、ラテリアの沈んでいた気持ちが怒りに変わり始めた。

 よく考えてみたら、新しく加入したラテリアを一週間もほっといて、一人でダンジョンに行ってしまうのはおかしくないだろうか。いや、絶対におかしい。考えれば考えるほどイトナが悪く思えてくる。 


「ぅ~~……」


 ラテリアの怒りが唸り声となって外に溢れ出る。こうなったラテリアはもう誰にも止めることは出来ない。沸々とこみ上げるこの気持ちが治まるまでラテリアは唸り続ける。


「う~~……」


「……」


「うう~~……!」


「うるさい」


「はい……」


 ぴしゃりと言われたセイナの苦情には逆らうことはできなかった。仕方がないので唸るのをやめて頬を膨らますことにする。

 そんなラテリアの顔を見てか、セイナは呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ……、そんなにイトナと行きたいなら念話すればいいじゃない。ギルドに入ったんだからギルド念話したら?」


 ギルド念話。セイナに言われたこの機能はラテリアでも知っている。

 どんなに離れていても特定の人と会話ができるのが念話である。個別、フレンド、パーティ、ギルドと様々な種類があって、セイナの言っているギルド念話は文字通り所属しているギルドメンバー達とどこでも会話できるものだ。パレンテにはイトナとラテリアしかいないから二人だけの会話ができるけど……。


「それは……ダメです」


「なんで」


 怒りの感情が出てくる前に考えていたことが、また頭の中に浮かぶ。

 イトナと釣り合わない自分の強さと、この前まで自分が拘束してしまった罪悪感。そしてなによりイトナには悪く思われたくない。


「だって……念話までして、面倒くさいって思われて、嫌われちゃったら嫌だし……」


 今抱えてる複雑な悩みをセイナに打ち明ける。同じ女の子であるセイナなら、きっと焦れったいこの乙女の気持ちをわかってくれるはず。そう思って、もじもじと、恥ずかしがりながらも相談してみた。


「なにそれ、面倒くさ」


「そんなこと言わないでくださいよぉ!?」


 思われたくないことを、目の前の人に言われて思わず涙目になってしまう。セイナは容赦ない。思ったことをズバズバ言ってくる。


「別にいいじゃない。新規加入者をほっといているイトナが悪いんだから。それに……」


「……それに?」


「あなたの相手をする私が可哀想。面倒くさい」


「そんなこと言わないでくださいよぉ!?」


 厳しい言葉に心をえぐられる。セイナは表情をあまり変えないから本当か冗談かわかりにくい。そもそもラテリアの方を向いていない。現在進行形で薬の調合中だ。もし本当だったらどうしよう。「冗談ですよね?」と聞きたいけど、それを聞いたら本当に面倒くさがられそうだからやめといた。


「じゃあどうしたいの」


「えっと、自然な感じで……。できればイトナくんから誘ってほしいかなって」


 今思ってることを正直に言う。イトナから誘ってもらえれば間違いない。少なくともラテリアと一緒にいることが嫌でないことが分かるし、それだけで安心する。

 それを聞いてか、セイナはかったるそうに目を細めた。

 明らかに面倒くさそうな顔を向けてくる。


「そんな顔しないでくださいよぉ……」


「はぁ……。とりあえず、イトナより早く来て会いたいなら明日ね」


「え?」


「明日用事があるって言ってたから回復薬取りに来るの遅くなるって言ってたから」


「ほ、本当ですか!?」


 予期もしなかった嬉しい情報に、机に伸びていた自分の体がピンと起き上がる。


「嘘言ってどうするのよ。あと、イトナより早く来るだけじゃダメだから」


「どうしてですか?」


 なんでダメなのか理由がわからなくて首を傾げる。イトナより早くここに来ていればラテリアの妄想通りことが進んでいく。イトナの人の良さならそう思ってて間違いないはず。


「明日あなたの妄想通り誘われたとして、それで終わり。また次の日からイトナは一人でダンジョンに行くでしょ。それでいいなら別にいいけど」


 セイナの言うことはごもっともだった。確かにこれでは問題は解決されていない。


「よくないです……。でも、しょうがないです。だって私……」


 そんな卑屈な態度のラテリアを見てか、セイナは寂しそうに目を逸らす。


「そういうところまであの子に似てるなんて、本当最悪ね」


「え? なんですか?」


「なんでもない。そんなことよりも自分の口で伝えなさい。だいたいイトナがいけないんだから怒ってみせればいいじゃない」


「でも……」


 ラテリアがイトナに怒るなんて可能なのだろうか。そもそもラテリアは産まれてこれまで人に怒ったことなんてない。それに……。


「怒ったら怖がられて、嫌われちゃうかも……」


「はぁ……。そんなことで嫌われるわけないでしょ。もしそうなら私はとっくに嫌われてる」


 ああそうか、とラテリアの中で凄く納得する。イトナがセイナに怒られてるところを結構見ているけど、イトナはセイナのことを嫌っていない。


「確かに! セイナさんいつも怒ってますもんね」


「……それ、どういう意味?」


 ギロリと睨むセイナの目がラテリアに突き刺さる。

 しまった、と失言を漏らしてしまった自分の口を塞ぐラテリアだが、もう遅い。慌てて弁解を取り繕う。


「ち、違います! 悪い意味じゃなくて、その……。そう! いい意味で言ったんです!」


 ラテリア苦し紛れの、もとい意味不明な言い訳に、怒りを通り越して呆れたのかセイナは思わず鼻息を漏らす。


「まぁいいわ。とりあえず、伝えたいことはちゃんと言わないとダメ。わかった?」


「はい。頑張ります!」


 セイナからもらったアドバイスを受け取り、とりあえず怒った顔の練習から始めるラテリアだった。

今回から毎日1回更新です。 20時頃を予定しています。

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