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白蛇神の大冒険から三日ほどの時が流れた。
あれから毎日、ラテリアはそれなりに久しぶりの人たちに会っている。
古都イニティウム東部にあるオシャレなお店 《ロイヤルハニー》のテーブル席には二人の男女が腰掛けているのがよく目に付く。
つまりここはそういうお店らしい。待ち合わせの場所を選んだのは相手の人だったから入るまで全然知らなかった。
「どおラテリアちゃん。このお店なかなかいいでしょ」
「はいー……」
どこか自信に満ちた顔でそんな事をいう相手に苦笑で返してしまう。
今日で七人目の男の人。
ラテリアは男性恐怖症が良くなってからそれまでに自分に想いを寄せてくれた人達に一人ずつ返事を返している。
クエストを依頼する前のラテリアは返事をする前に怖くて逃げ出してしまったから、このまま返事をしないのは相手に悪いと思ったからだ。
「で、話ってなにかな?」
顔が少し強張る。男性恐怖症が良くなってから今日までに色々な男性と話してきたけど、やっぱり男性恐怖症が完全に治ったわけでは無かった。
しかもいい返事を返しに来たわけじゃない。もし逆上されて、酷いことをされたらと余計な事を考えてしまうと竦んでしまう。
「この前の返事をちゃんとしようと思って……」
「ああ、うん。せっかくだから僕も教会で式を挙げようかと思ってね」
「はぁ……」
この人はこういう人なのだ。だからこの人に返事をするのは最後にしたのである。
名前はヒューイット。レベルも高くて有名なギルドに所属しているらしい。清潔感のある長髪で尖ったエルフの耳をしている。
ヒューイットとは一回だけ同じパーティになっただけでよくは知らないけど、一目惚れとかで告白をされてしまったのだ。
ヒューイットは容姿、性格、レベルにとても自信がある発言が多く、告白の言葉は「僕と結婚させてあげよう」だ。
ほとんどの人は逃げ出したラテリアを見た時点でフられたと思っていてくれたけど、やっぱりこの人はそうでは無かったらしい。
フィーニスアイランドの結婚というシステムはリアルでいうところの付き合うにあたる。
結婚した同士でパーティを組むとステータスが少しだけ上昇したり、特別なイベントクエストが受けられたりする。
その少しのステータスのために結婚をするプレイヤーもいるらしいけど、結婚という言葉には女の子のラテリアにとって夢のあるもだ。ゲームでもするならやっぱり好きな人としたい。
「ラテリアちゃんってどこのギルドに所属してるのかな?」
「えと、私はまだギルドに入ってなくて……」
本当はギルドに所属している。でも、なぜだかイトナにはパレンテに所属していることは周りに伏せていてほしいと言われているのだ。だから無難に無所属ということにしておいた。
「丁度いい。なら僕のギルドに入ろう。結婚もすることだし都合がいいだろう?」
ラテリアの無所属という設定はヒューイットには都合が良かったらしい。そのせいて話がどんどん進んでいってしまう。
「あのー……」
「そうそう、式の日程だけどーー」
「あの! 私の話を聞いてください!」
席を立ち上がり、勇気を出して出した言葉は店内中に響いた。
店内のお客、店員がラテリアのテーブルに視線が集まる。
ラテリアは男性恐怖症を完全に克服できなかったけど、あのクエストで得たのはそれだけじゃない。
「私は……私はあなたと結婚しません!」
勇気を出すこと。勇気を出して一歩前に出ること。
「な、なんだって……?」
心の底から驚いたような顔をしながら間抜けた声だった。丸くした目がラテリアを捉える。やっぱり相当自信があったらしい。
「えと、私はヒューイットさんのことを好きではありません。だから結婚はできません」
周りの目が気になって、最初の威勢のいい声は消え、声のボリュームがだいぶ落ちてしまった。でも断る言葉をちゃんと口にできた。
「なんでだ? 僕のレベルは105だぞ!?」
見当違いの言葉に周りから少し笑い声が聞こえる。それを耳にしたヒューイットは自分の言ったただのレベル自慢の言葉に気付き顔を赤くし、なぜかラテリアを睨んだ。
「僕のなにが気に入らない!」
少し荒げた声でラテリアに問う。
「気に入らないわけじゃないんです……その……」
そこで少し考える。ラテリアとしては平和に、お互い傷つかずにことを終えたい。どうすればヒューイットを悪く言わないで諦めてくれるか、そのセリフを幾つか考えて思いついた通りに口にする事にした。
「そのですね……そう! 私、ヒューイットさんのこと少し苦手なんです」
嫌いと言わずに苦手という言葉を選んだ自分にナイスと思いながら自信満々に言う。
「な……」
「あと、最近す、好きな人……じゃなくて、少し気になる人ができて……だからごめんなさい!」
ぺこりと頭を下げる。
店内の注目の渦中、無残にも振られたヒューイットは、プライドがズタズタにされ、怒りでわなわなと震えた。
「お前、絶対に後悔させてやる」
ラテリアにしか聞こえない低い小さな声で脅すと、席を立ち、店を出て行ってしまった。
「……怖かったぁ」
店からヒューイットの姿が完全になくなったのを確認すると、ラテリアはホッと息を吐いた。といってもあのヨルムンガンドに比べればと思うとまだ余裕を持てた。
これで無事全員に返事ができた。一人だけ、ヒューイットだけは綺麗にはいかなかったのが残念だけど、背負っていたなにか重いものがスッと取れたような気がした。
どこか軽くなった気持ちで席を立ち上がり、テーブルの端にある伝票を手に取る。
「あ……」
この後、ヒューイットが出さなかったことにより、自分の手持ちじゃ足りないことに気づいたラテリアは再び席について、どうするか長考するはめになった。




