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「もう……ダメです。走れません……足が……」
こうして地面にへたり込むのはもう何度目だろうか。あれから数えたくない程ヨルムンガンドと遭遇し、その度に全力疾走の逃亡劇を繰り広げてきて、とうとうラテリアに限界が来たようだ。
「今日はここまでにしようか」
もう結構な時間になってしまっている。今日これ以上探索しても危険が大きいだけだ。
結局、今日中にダンジョンを出られなくてラテリアの表情が沈む。
「ごめんなさい。私の、せいですよね」
こうなったのは自分のせい。そんなことなんてないのに自分を責め始めるラテリア。きっと大穴を飛ぶと自分が言い出したのを今でも気にしてしまっているのだろう。
「全然そんなことないよ。運が悪かっただけだから」
元はと言えば、イトナが調子に乗ったからだ。全てラテリアが悪いわけじゃない。
「……はい」
気休めにもなったかわからない自分の言葉。こんな時、テトとかニアならもっと気の利いた言葉を言ってあげられるんだろうな、と思ってしまう。
「明日なんだけど、何時にできるかな。一人で始めちゃうと危ないから」
この後、明日はお昼頃フィーニスアイランドに入ると打ち合わせて、ラテリアから先にログアウトしてもらった。
ラテリアがいなくなったのを確認して、来た通路を振り返る。
「さて……」
自分の武器である銃を取り出すと、何発か地面に撃ち込んだ。微かに削れた地面を見て、こんなものだろうと頷いた。
それから来た道を遡るため、再び足を動かし始めた。
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薄暗い果てしない通路が入り組む迷宮を、記憶を辿って進んでいく。
「これ、道間違えてたらマズイよね」
念のため、道を曲がるときは後ろを振り返ってその景色を頭に叩き込む。万が一、道が間違っていたっしてもラテリアがログアウトした他の場所までは戻れるように。銃で削った地面だけが目でわかる目印になっている。
来た道を戻っていく。だから今辿っている道でモンスターとエンカウントしてしまったら別のルートに変更なんてできない。そう思った矢先だった。
「ギギギ……」
道を折れた先にアラーネ・リーパーが姿を現わす。
数は一体。天井に張り付いていて、そこからイトナを見下ろしていた。
一体程度なら一人でもなんとかなる。銃を握り、一歩前にでると、天井にいたアラーネ・リーパーが飛びかかってきた。
今日見たクイーン・リーパーとは打って変わって俊敏な動き。
イトナは振り下ろされた鎌を避けて、下に入り込む。こいつの弱点は腹の下。周りは硬い機械的な鎧に包まれているけど、ここだけは体がむき出しになっている。
「ギギッ!?」
銃弾を撃ち込んだのと同時に悲鳴を上げで、硬い脚を畳んで弱点を守ろうと丸くなる。
下から抜け出したイトナは戦闘を続けず、その場を離れた。
前なら難しかったかもしれないけど、今の自分なら十分に勝てそうだ。それだけ確認出来れば充分。アラーネ・リーパーが丸まって動きを止めているうちに通路の向こうまで駆け抜けた。
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アラーネ・リーパーを数回潜り抜け、やっと目的の場所に着く。
このダンジョンに落ちてしまったのは運が悪かった。最初に中ボス、次にボスモンスターに追いかけられて、挙げ句の果てには遭難。でも、ここまで迷わず来れたし、ヨルムンガンドに遭遇しなかったのは運が良かった。やっとツキが回ってきたのかもしれない。
「やっぱり祠かな……」
ヨルムンガンドから逃げる途中に見かけた怪しい祠。どうしても気になって、ここまで戻ってきたのである。
フィーニスアイランドはゲームの世界。
ゲームだったら、ダンジョンにこんなものがあったら絶対になにかがある。と思う。
一歩近づいて祠の中を覗く。
「ノコノコ?」
そこにあったのは、当初ラテリアと捕まえようとしていた希少モンスターのノコノコの像が祀られていた。
ノコノコの形をした石の彫刻には古びたお札が貼られている。
「ふむ……」
よく分からないけど、なんとなくどうすればいいかわかる。
ぼんやりと光るお札。つまりこれを剥がしてみればなにか起こるんじゃないだろうか。
「……」
どうしようかな。
お札に手をかけてから躊躇う。
お札といえば、なにか魔除けのような効果か、なにかを封印している。そんなイメージがあるアイテムだ。これを剥がしてなにやら危険な事が起きる可能性があるかもしれない。
「吉と出るか、凶と出るか、か」
なんとなくだけど、罠じゃないような気がする。こんな〝罠です〟と書かれているようなものが本当に罠とは思えなかった。
もしかしたら、難攻不落のこのダンジョンの攻略に繋がる仕掛けかもしれない。
もう既に最悪な状況だ。落ちるところまで落ちている。これがもし罠だとしてもさほど変わらないだろう。イトナの中で興味心が勝り、そのままお札を引き剥がした。
「……?」
引き剥がしたお札から光がなくなった。
辺りに気を配り、耳をすませる。でも、なんの変化も見られない。
光が消えた。ただそれだけだった。
「なにも起きないって事はないと思うけど……」
ここからは見えない場所に変化があったのだろうか。頭を悩ませながら剥がしたお札の裏をなんとなく見る。
「〝一〟?」
読みづらいけど、そこには漢数字の一が書かれていた。
この数字にどんな意味があるのか、そもそも一じゃなくて汚れがそう見えるだけなのか……。
目を細めてお札を観察する。
そこで違和感に気づいた。
「これは……」
違和感はお札にじゃない。自分の視界の端にあった。
見慣れたアイコンが並んでいる。でもそれは今ここでは表示されないはず、少なくてもさっきまでは無かったもの。
「スキルが使えてる?」
パッシブスキルが発動してることを現わすアイコンが視界端に表示されていた。スキルが使えないはずのこのダンジョンでだ。
常に発動できるパッシブスキルをイトナは普段三つ付けている。そのうちの一つだけが発動しているのを見ると、今まで通り全てのスキルが使えるようになったわけではないようだ。
そこでまたお札に書かれた漢数字に目が止まる。
「もしかして……」
このダンジョントリックを理解できた瞬間、鳥肌にも近い感覚が湧き上がってきた。
お札の裏に書かれた漢数字のスキル難易度が使えるようになっている。つまりイトナが今使えるのは一番低いスキル難易度1のものだけ。
スキル難易度は1から5まで。ってことは残り四つ、ダンジョンのどこかにこんな祠が用意されているんじゃないのだろうか。
そして仮に全ての……いや、四までのお札を剥がすことが出来ればあのヨルムンガンドの討伐を可能することが十分にできるようになる。
「あと四つか……」
大きな収穫を得たイトナは足を軽くしてその場を後にした。




