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地の見えない穴へ落ちていく。その勢いは時間が経つにつれて早くなるように感じられた。
落ちて、落ちて、落ちて……。
落ちていく……!?
「……え!? あれ!? と、飛べてません!?」
一向にラテリアが飛翔する気配がない。そもそも飛翔するのに必要な翼が未だラテリアの背中に具現化されていなかった。
「落ち着いて! スキルをちゃんと発動させないと!」
どんどん落ちていく。このまま落ちたらタダでは済まない。イトナにも焦りが出始める。
「なんで!? どうして!? スキルが発動しません!?」
わたわた慌てるラテリア。
スキルが使えない。街の中じゃないんだしそんなことはない。
こうなったらイトナがなんとかするしかない。落下の衝撃を殺すために地面に高火力のスキルをぶつければ落下死は免れるはず。
「えっ……?」
イトナが構えた銃口からスキル発動を表す光が出ない。
スキルが、発動しない!?
まずい。スキルが使えなくなる即死トラップ? いや、一目で分かる大穴がトラップなんてことは……。
今はそれどころじゃない。どう着地するかだ。
この高さから地面に激突したら二人ともHPゲージが消し飛ぶ。
スキルがダメならアイテムしかない。手探りで 《帰還の魔石》を取り出す。これで街にワープを……。
「っ!? アイテムも……!?」
地面が見える。でも、アイテムも発動してくれない。
ダメだ。もうーー。
息を呑んで硬く目を瞑る。
その次の瞬間、物凄い衝撃が背中に訪れた。でも、物凄い衝撃と感じ取れる程度のもの。なにか柔らかいものが敷いてあるのか、沈むようにして落下の衝撃を抑えたのだ。
「……」
完全に止まり、目を開ける。
……生きてる?
自分のHPを確認すると、ダメージを全く負っていない。無傷の状態だった。
「ラテリア?」
ラテリアも無事だろうか。さっきまで握っていた手が無い。辺りを確認しようと体を持ち上げようとするが、失敗した。
「あれ?」
体が動かない。地面に接着剤でくっつけられたかのように起き上がれない。
「な、なんですかこれー!?」
すぐ近くでラテリアの悲鳴が聞こえる。首をなんとかその方向に捻じ曲げた。
「ラテリア大丈夫!?」
「だ、大丈夫じゃないです! 体が……ネバネバしたのにくっついて気持ち悪いですぅー!?」
ネバネバしたもの?
そこで気付いた。イトナとラテリアの下にあるもの。それは地面じゃない。白くてネバネバした、まるで……巨大な蜘蛛の巣のような。
ホワイトアイランドには何種類もの蜘蛛型モンスターが存在する。その中にはこんな大きな巣を作るものもいる。プレイヤーを捕食するために。
「ら、ラテリア動いちゃダメ!」
そしてこんな風にプレイヤーを捕らえると、糸の振動に反応して巣の主が寄ってくるのだ。
ウィー……ン……。
変な、機械音が聞こえた。モータが回るような、何かロボットが動くような音がはっきりと。
とても、嫌な予感がした。
その方向に恐る恐る顔を向ける。
「ロボット……?」
そこには巨大なメカが天井に張り付いていた。
鋼鉄で出来た八本の足に、二本の巨大な鎌。全身はメカニックな鎧に覆われていて、目と思われる箇所には顕微鏡の対物レンズのような物を装着している。
蜘蛛の型をした大型モンスター。
《クイーン・リーパー》Lv98。
HPバーの上に金色で書かれたモンスターの名前。金色はボスを表す色だ。
イトナが今までに見たことの無いボスモンスターがすぐそこにいた。
「ひぃ……っ!」
さっきまで騒いでいたラテリアもボスモンスターの存在に気づいて息を呑む。
「い、イトナくん。た、食べられちゃいます……。大きなクモさんに……食べられちゃいます……!」
ラテリアは巨大な蜘蛛のモンスターを目の前に震え上がる。
「ラテリア、大丈夫。落ち着いて」
まだ諦めるのは早い。今のイトナは手も足も動かせないけど、ラテリアは落ちどころが良かったのか、上半身から上が糸から離れている。
「僕の腰にあるナイフを取って糸を切って。できる?」
それに対してラテリアは三回頷くと糸に触れないよう慎重に手を伸ばす。
「と、取れました」
「オーケー。それでまず僕の腕に付いてる糸をお願いできるかな」
「はいっ」
ナイフを糸に当てる。ナイフの性能が良いおかげか、すんなりと切断できた。
自由になった腕を使ってもう一本のナイフを握る。
「ありがとう。あとは自分の周りの糸を切って、一回下に落ちよう。この高さならダメージは無いから」
そう言ったのと同時に、糸が大きく揺れた。
クイーン・リーパーが上から落ちて、巣に着地したのだ。逃げようとするイトナたちに気づいて。
「き、来ました!?」
「急いで!」
普段サブの武器として使っているだけあって、イトナはすんなりと周りの糸を切断していく。
全ての糸を切断し、そのまま落ちて巣から離脱することに成功。でも……。
「ーーっ! ~~っ!」
ラテリアの方はそう上手くいっていない。普段扱わない武器に、今の状況。焦って空回りしている。中々巣から脱出できずにいた。
「ラテリア落ち着いて、ゆっくり正確に切っていけばいいから!」
ウィー……ーー
クイーン・リーパーのレンズがラテリアへ向く。ガチャリ、ガチャリと硬いものが擦れる音を響かせながら大股でラテリアに迫ってきた。
「嫌っ……! もう! ひゃっ!?」
ラテリアのガクンと沈む。
蜘蛛の巣からやっと抜け出せたと思いきや、まだ糸が足に残っていたらしく宙吊りの状態になってしまう。
「あっ!」
ガクンと落ちた勢いでラテリアの手からナイフが離れる。カランッと音を立てて地面に落ちたナイフにもちろんラテリアの手は届かない。
「あ……ぁ……」
ラテリアに付いた糸は後二本。ナイフを落として、助かる見込みが無くなり絶望の声を口から漏らしていた。
まずい。
ラテリアが宙吊りになっている位置は地面から約十メートル上。糸は両足に一本ずつ付いている。
銃弾だと穴は開いても切断できない程の太さ。
スキル無しで跳躍しても届く高さでもない。
助けられる可能性があるとすれば……。
手に持ったナイフに目を向ける。
ナイフの投擲。
うまく投げれば一回の投擲で二本の糸を切断することができるかもしれない。
ナイフを握りなおす。
考えている暇はない。迫るクイーン・リーパーはラテリアのすぐそこにいるのだから。
横に振りかぶって狙いを定める。
スキルは使えない。完全に自分のセンスで当てなくちゃならない。ナイフは一本。チャンスは一回。
クイーン・リーパーがラテリアの真上に到着する。前足を器用に使ってラテリアを引き上げようと糸を持ち上げるその瞬間。イトナはナイフを力一杯投げた。
ブーメランのように横に弧を描いて回転しながら空を進む。
そして回転する刃はラテリアの右足を自由にした。
「ふぇ?」
一本切れたことでラテリアの体が少し傾く。そのせいで左の糸には掠れただけで切断まで至らない。
「え? ええ!?」
でも十分だった。薄くなった糸はラテリアの体重に堪えられず、どんどん伸びて行く。
「よし!」
「ギギッ!」
悔しそうに歯軋りをするような音がクイーン・リーパーから発せられる。まだ諦めたくないのか、ラテリアが作った巣の穴に顔を突っ込んでラテリアを捕まえようと前足を伸ばす。
「ナイフで糸を切って!」
ラテリアに向かって叫ぶ。
あと少しで地面につく。手を伸ばせば届く位置に落としたナイフがあるはずだ。
「は、はいっ!」
巨大な蜘蛛は無理やり巣をこじ開けようともがいているが、自分で作った糸の耐久が高くて手こずっている。
その隙にナイフを拾い上げたラテリアは最後の糸を切断。無事両足が地面に着いたのを確認して退路を探す。
ドーム状になった巨大な空間。真上からは外の光が漏れているけど、到底登れる高さじゃない。仕方なく周りに幾つも空いている横穴に視線を移す。どうやら全てが通路になっているようだ。
イトナたちがいる位置から一番近い横穴に目を付けて指を指す。
「あそこに!」
未だ自分の作った巣をこじ開けることに苦戦しているクイーン・リーパーを置いて、全力疾走でこの場を後にした。




