15
相手を甘く見ていた。
ワープゲートを潜った先に笑みを浮かべて立つ金ピカたちを見てイトナはそう思った。
「おいおい。話してる途中でいきなり逃げるなんて酷いだろぉ?」
先回りされていた。ワープゲートを使わずにアイテムを使用したのだろう。それ以前になぜイトナたちの行き先を知っているのか。
ラーメン屋での話を聞かれていた以外考えられない。
「っ!?」
遅れて到着したラテリアも金ピカたちを見て息を呑む。
「……なんでラテリアに付きまとうの?」
「付きまとってなんかいないだろう? ただ、クエストを手伝ってあげたいって言ってるだけじゃん」
全く話にならなかった。
少なくともイトナとは違った常識をこの人達は持っているようだ。
「異常だと思うよ。話を盗み聞きして、高価なアイテムを使ってまで追いかけて来るなんて。ラテリアが運営に通報したらアカウントを停止にされてもおかしくない」
ゲーム内でも無法地帯なわけじゃない。過剰な嫌がらせは禁止されている。通報して、それが確認されれば対処される。
「それはラテリアちゃんが決めることだろ。俺たちはラテリアちゃんが困ってるなら助けてあげたいだけさ」
「……ラテリアは男の人が怖いんだよ。だからもう少し待ってくれないかな。もう少しで……」
「あー。もう面倒くせーな」
金ピカの仮面が剥がれた瞬間だった。
ガラリと態度を変えた金ピカが背に装備していた長剣を引き抜く。綺麗に研がれた刃は日の光を反射してキラリと光る。
「どいつもこいつも先に目をつけたのはこっちだっていうのに横から割り込んできてよぉ」
「割り込んできてって……?」
「これで何人目だっけ? なぁ」
「カースさんそいつもやっちゃうんですか? まだ弱そうなガキですよ?」
「教育だよ教育。歳上の言うことが聞けないようじゃぁ社会に出て大変だからなぁ。俺って優しいんだ」
ヘラヘラ笑いながら金ピカが長剣を振り下ろす。イトナの鼻先で止まった剣先にラテリアが震え上がっていた。
「そういうのは……暴力はいけないと思います!」
ラテリアが声を振り絞る。
「大丈夫だよラテリアちゃん。これはゲームだから。そう。ここはゲームの世界だ。ゲームで決めようじゃないか。強い方が正義ってわけだ」
【カースから決闘を申し込まれました】
そう書かれたウィンドウが目の前に出現する。承諾、拒否の選択ボタンがあって、その下に細かなルールが記載されている。
「やめるなら今のうちだぞ」
「イトナくん……」
心配そうなラテリアの声が後ろから聞こえる。
「大丈夫だよ。僕、強いから」
詳細のルールにデスゲームマッチと書かれた一文を確認する。お互いどちらかのHPをゼロになるまでの時間無制限のルール。そして、負けた方はこの世界で死んだ時と同じペナルティを受けることになる。つまり、負ければ丸一日ログイン不可。
勝てば一日だけだけど、この人とは会わなくて済むようになる。イトナにとっても都合のいいルール設定だ。
「僕、強いから。へぇ!」
「ゲームの世界では見た目だけで喧嘩を売る人を選ばないほうがいいと思うよ」
見下した笑いを飛ばす金ピカを前に承諾の文字に触れた。
「あ?」
途端、二人の身体がワープし、一定の距離が取られる。
二人を中心にして、円蓋を描くようにして〝KEEP OUT〟と書かれた黄色と黒のラインが張り巡らされる。決闘はなんでもありなプレイヤーキルと違って、ちゃんとした試合だ。第三者の割り込みを防ぐように、こうして一定の空間に立ち入り制限ができる。
今回はそのつもりじゃないけど、決闘は見せ物になる。設定によっては観戦不可にもできるけど、金ピカはイトナを公開処刑したいらしい。派手なKEEP OUTのラインに、円蓋の外から視線が集まるのを感じる。
程よくして、覆っていたラインが透明化し、視界が広くなった。
「お! 決闘だ! 決闘!」
「決闘ってあの二人? 歳、少し離れてない? あの子大丈夫?」
「なんか揉めてたみたい。こりゃ、一方的になりそうだな」
人気があまりいない場所とあって、ギャラリーは十数人。
イトナが負けると予想する声、憐れむ声がちらほら耳に届く。その中に、心配そうな表情を浮かべるラテリアの姿があった。
「おい、さっさとしろよ」
二人を挟んで〝Ready?〟と、ブロック型の文字が浮かんでいて、その下に六十からのカウントダウンが始まっている。決闘前の準備時間で、お互い準備が整えばカウントを待たずにその場で決闘が始まるシステムだ。
特に装備を変えるつもりもないから〝OK〟の文字に触れる。
二人の準備が終わり、カウントのブロックがゴナゴナに砕けた。
残った〝Ready〟のブロックが青く染まり、徐々に赤に染まっていく。
青から黄色へ。
黄色から赤へ。
それが真っ赤になる頃、ブロックが弾けた。
決闘開始の合図。
それと同時に地を蹴った金ピカが一気に距離を詰めてくる。
金ピカの武器は両手持ちの長剣。対してイトナの武器は二丁の銃。立ち回りで有利を取るなら一定の距離を維持するのがベスト。けど、イトナはあえて接近を許すことにした。
全く動かないイトナを見て、カースはニヤリと笑う。恐怖で動けなくなったとでも思ったのだろうか。
一足一刀の間合いに入り込み、斜め上へ大きく振りかぶった金ピカの長剣が白く煌めく。イトナはそのモーションとスキルエフェクトの輝きで技を見極める。
あれは 《一刀断魂》。
一太刀で魂を断つと名ずけられた高火力の技だ。隙が大きく、癖のある攻撃。長剣を扱うクラスが取得できる上級スキルで、もし直撃すれば即死。掠っても、大きくHPを持っていかれる。
超火力のスキル。だけど、ゲームは強い技が必ずしも勝利に導いてくれるとは限らない。
普段に考えるならば回避を選択をするのがベターだが、あえてその選択を止めた。
イトナは足を動かさずに腕を動かした。右手に握った銃で狙いを定める。そして銃口から黒いスキルエフェクトを輝かせた。
迎え撃つ。
スキルとスキルが衝突した場合、純粋に威力の高い方が相手のスキルを貫通させる。
スキルの持つ威力。
プレイヤーのステータス。
武器の性能。
そして、当たりどころで威力が細かく計算されれ、結果が反映される。
「おっらぁ!」
少しの溜めから物凄い勢いで長剣が迫る。一刀断魂という高火力スキルに加え、長剣という武器。どちらを取っても威力はイトナの方が弱い。
お互いのスキルが交錯する。
どちらのスキルが威力が高いか。それで勝負が決まる。金ピカを含め、ギャラリーの誰もがそう思っていただろう。
イトナの放つ弾丸は金ピカから大きく左に逸れる。そして、金ピカの白い光を纏った剣撃が一閃を描くーーーーーーはずだった。
ギンッ! と鈍い音が響く。
「…………なっ!?」
剣撃はイトナに届くことなく弾かれた。
「なんだ? 今なにやった?」
「嘘……あの子凄くない? 銃弾で剣を弾いたわよ」
イトナの狙いは剣を弾き返すこと。
剣を振り切る手前の威力が最も少ないタイミングに剣先に弾丸を当てたのだ。
タイミングと当たりどころで大きく有利を取った結果、威力計算はイトナに軍配が上がった。
ギャラリーが剣を弾いたトリックを口にして、やっと現状を理解した金ピカは驚きの目でイトナを見下ろす。
ゲーム内の数字では表せないプレイヤースキルで大きな差を見せつけたところで、余っている左手の銃口を金ピカの額に向けた。
「もうラテリアに近づかないって約束するなら僕がサレンダーしてもいいけど、どうする?」
金ピカだけに聞こえるように小声でそう伝えると、顔を真っ赤にして剣を振り下ろしてきた。
直撃する軌道じゃなかったからそのまま見送る。
「調子に乗りやがってガキィ!」
でたらめに振る剣を簡単に避け続けてる度にカースの額に血管が浮き上がってくる。
別に自分より格下に強さを見せつける趣味はイトナには無い。早々に手元を狙い、武器を撃ち落とす。
とてもあっけない試合だ。
カースの剣はクルクルと回りながら放物線を描き、手の届かないところへ着地した。
そのまま銃口はカースの頭へ向けられる。このままトリガーを握れば銃弾は金ピカの頭に穴を空けてほぼ確実にHPを削り切るだろう。
「さ、サレンダーだ!」
デスペナルティはどうしてももらいたくなかったらしい。
降参を意味する言葉に決闘は終了する。〝イトナ WIN〟の文字が浮かんで、立ち入り制限の空間が解除された。
その直後、金ピカはスペアの剣を取り出し、イトナに斬りかかってきた。
「おっと」
刃が頬を掠める。次に別方向殺気を感じた。紅く鋭い魔法弾が飛んでくる。
これは避けようかな。
いや……。
そう思ってからやっぱりやめた。ギャラリーの誰かに当たる。カースの奇襲攻撃に回避に不安定になった体勢を無理やり捻って二発の発泡。魔法の相殺に成功する。
「なんだ? PKか!?」
「巻き込まれるぞ! 逃げろ!」
運悪くここのワープゲートがあるのは街の中ではない。だから決闘でなくてもスキルが襲いかかってこれたのだ。
ノコノコ山脈付近の適正レベルは40程。当然この辺りに集まるプレイヤーのレベルもそれに近い。推定Lv.90はある金ピカ達の攻撃が直撃したらひとたまりもないのは当然だ。
一目散に逃げるギャラリー達。
決闘以外でのプレイヤーキル。一般的に嫌な目で見られがちなこの行為もオンラインゲームならではのもの。違反ではない。
プレイヤーのキルに成功すれば、そのプレイヤーが所持しているアイテムがランダムで一つドロップする。そんな報酬があるだけにプレイヤーキルは珍しいものではない。
ギャラリーとしては巻き添えで一日ログイン不可と、アイテムを失うなんてたまったものじゃないだろう。
「囲め! 殺れ!」
金ピカが叫び散らしながら繰り出す金ピカの斬撃を弾き飛ばし、大きく仰け反ったところでイトナは身を引く。
上位プレイヤーという立場上、アイテム目的で狙われる事も少なくない。プレイヤーキルに慣れているイトナは呆気なく包囲網から脱出した。
このままここで戦闘を行えば、周りに被害が出る。
「ラテリア走って!」
「ふぇ!?」
ワープゲートを潜っていくギャラリー達と、ワープゲートの管理NPCがハラハラとこっちを見るのを確認しながら、逆方向のノコノコ山脈に向かって走り出す。
「ど、どうしちゃったんですか!?」
「ごめん。これは僕が悪いかも!?」
素直に決闘で勝っておけば良かったのに、調子に乗ったせいで金ピカの逆鱗に触れてしまったらしい。
「よくわからないですけど、こっちです!」
ラテリアがイトナを追い抜いて先行する。でも……。
「ラテリアそっちはっ!」
ラテリアの走る方向には確か大地に大穴が空いていたず。つまり行き止まりだ。
「大丈夫です。私、飛べますから!」
なるほど。確かにクラスが天使であるラテリアが飛翔スキルを習得していてもおかしな話ではない。
ただ、飛翔スキルの操作はとてつもなく難しい。そのせいで習得していても使えない人がほとんどなはずだけど……。
「い、イトナくん手を!」
控えめに手が差し出される。
まだイトナに触れることが怖いのだ。
でも今はそんな事は言っていられない。すぐ後ろには血相を変えた金ピカ達が追ってきている。
大穴に飛び込む寸前にラテリアの柔らかい手を握った。
「飛びますっ!」
イトナとラテリアの足が地面から離れ、大穴に飛び込んでそのまま落ちていく……。




