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男性恐怖症克服クエストが始まってから約一週間が経った金曜日。
日は完全に沈み、月の優しい光がフィーニスアイランドを照らす。
若手のプレイヤーがもう寝ようと、この世界から離れようとする時間。今日も学校が終わってから夕食を挟んでラテリアのクエストを進行していた。
「ラーメン?」
「はい。ラーメン屋さんでラーメンを食べるのも憧れで……。テレビでよく見るんですけど、カウンターに出てくるラーメンってすっごく美味しそうじゃないですか?」
話題はラテリアの好きな物。その中でラーメンという、ラテリアのイメージとは少しかけ離れた食べ物が出てきて少し驚く。
このご時世、ラーメンならコンビニで手軽に買うことができる。お湯を入れれば簡単にできるやつだ。でも、ラテリアの言っているラーメンはそれではなく、グルメ番組に出てくるようなお店のラーメン。つまり。
「店員が怖そうな男の人で食べに行けないと」
「そうなんです! 怖そうなオヤジさんがラーメン作ってるじゃないですか。私それがダメで……」
そういうことだった。全部がそうじゃないと思うけど、分かる気がするイメージ的に頑固そうみたいな。
「じゃあ慣れてきたら一緒にラーメン食べに行ってみようか。ホワイトアイランドにもラーメン屋さんあるし」
「本当ですか? ラーメン屋さん、行ってみたいです!」
こんな感じで男性恐怖症が治ったらやってみたいことを会話に組み込むようにした。これもニアのアドバイス。克服するために嫌なことばかりだとどうしても気が滅入ってしまう。でも、克服に近づく毎にご褒美があればモチベーションがグッと高まるとか。
その甲斐あってか、最初は一言二言の会話しかできなかったけど、今ではここまで自然に話せるようにまでなった。もちろん目を合わせながら。
「今日はここまでにしようか。だいぶ良くなってきたんじゃない? 普通に話しできてるし」
「やっぱりそうですか? えへへ。実は私も最近いい感じだと思ってました」
「うん。この調子でいけばすぐ治っちゃうんじゃないかな。男性恐怖症」
「そうなったら……嬉しいです」
今日もいい感じでラテリアの男性恐怖症クエストは終わりになった。着々と克服に向かっているように思う。
「また明日。イトナくん。セイナさん」
今日もまたギルドホール内でラテリアがログアウトするのを見送ると、セイナの視線を感じて振り返る。
「これ、いつまで続けるつもり?」
「いつまでだろうね……」
あれから毎日ラテリアと会っているけど、やる事は同じ。イトナと目を合わせること。そして会話をすること。
でも成果は出ている。
相変わらずラテリアの顔は赤くなっちゃうけど、確実に良くなってきている。
ラテリアは凄い大人しい女の子。それが一番最初に感じた印象だった。でも今ではちょっと違う。イトナに慣れてきて、表情が豊かになり始めたラテリアは最初のイメージと打って変わってとても元気な雰囲気が出てきている。そういう変化があるたびに男性恐怖症克服へ近づいていると実感できた。
「流石にもう飽きたんだけど」
「別にセイナの見世物じゃ無いんだけど……」
セイナは本当に退屈そうにフラスコをクルクル回す。
一応、最初はああだったセイナもこのクエストに付き合ってくれている。ラテリアもイトナと二人っきりよりも女性のセイナがいてくれた方が断然いいだろう。
「もういいんじゃない? これ以上見つめあっても得るものは少ないと思う」
「うーん……」
セイナの言うことも分かる。でも急いで失敗したくない。それに……。
「それとも外にいる人が気になるの?」
「それも、あるかな」
ラテリアがここに来るようになってから外に誰かの気配を感じる。街中でも発動できるパッシブスキル 《視線察知》が良く反応するのだ。
多分、ラテリアをつけているプレイヤーがいる。あれだけ可愛い顔をしているから、ラテリアに想いを寄せているプレイヤーが一人や二人いてもおかしくはない。
「そんなのイトナがいれば問題ないでしょ。一人くらい」
「そうかなぁ……」
セイナには一応ラテリアをストーカーしているプレイヤーがいることを伝えている。
でも、五人はいるのだ。ラテリアのストーカー。
この事はラテリアには知られたくない。男の人に付きまとわれてるなんて知ったら男性恐怖症じゃなくても怖いに決まっている。過去、イトナも同じような経験をした事があるからよく分かる。
なんとかして解決できればいいんだけどまだその考えが纏まってない。
ラテリアがログアウトした今は視線察知のスキル反応はすっかり消えてしまっている。やっぱりラテリアがいなくなってしまったらもう興味はないようだ。
すこし厄介な問題を抱えながら、イトナも今日を終わることにした。
次回は0時投稿です。




