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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
グランド・フェスティバル予選
119/119

16


 打ち合わせから30分ほどが経った。

 それ程の時間が経った頃には、大体のことが決まった。


 エントリーはこんな感じ。


 第一競技、バベル:イトナ

 第二競技、キューブ:テト

 第三競技、アイランド・オリエンテーリング:ラテリア

 第四競技、ワンヒット・ワンダー:ノノア

 第五競技、ルーラー・オン・ザ・ボード:セイナ

 第六競技、トイ・ガーデン:八雲


 もっと時間があれば、他の強豪ギルドのメンバーがどの競技にエントリーするかを予想して決めたいところだけど、時間がない今回はしょうがない。

 それに、それをやったとしても、大して変わらないと思っている。

 結局は適材適所。得意分野をやったほうがいい。


 イトナとテトは大体なんでもいける。セイナはボードゲームで決定となれば、後は三人が何をやるかだった。

 少し考えれば簡単なことだ。

 ラテリアの長所は飛べること。ならオリエンテーリングはかなり有利だ。目的地にひとっ飛びなのだから、かなりのアドバンテージだろう。


 ノノアは純魔法クラスだ。なら、火力担当になるのは必然的だ。

 残る八雲が悩ましかった。余ったどの競技も前衛有利と思われたからだ。

 だから敢えて一番ルールが複雑なものを選んだ。ルールが複雑なもの程、経験が生きるからだ。

 八雲のレベルを見ればかなりの経験者。それ程悪い結果にはならないと思う。


「ま、こんなところね。ノルマは16位以内よ」

「16位以内、ですか……」


 誰がなににエントリーするか決まったところで、セイナがしれっとプレッシャーをかける。

 予選が通過できるのは上位16ギルド。だから全員が16位以上をとれば安泰って考えだろうけど。


「あの、因みに、どれくらいの数のギルドが出場するんですか?」

「まだ発表されていないから正確な数は分からないけど……前回は120くらいだったかな」

「ひゃ、ひゃく!? そんなにギルドがあったんですね……」

「いや、ギルドにつき1パーティだけエントリーだからね。複数のパーティでエントリーするために新規でギルドを作るってこともあるんだ」

「120人のうちの16人……」


 ああ、ラテリアがの自信がどんどん小さくなっていく。


「そ、そんなに不安にならなくても大丈夫だよ。エントリーが多いのは四年に一度の大会だし、参加だけしてみようって人が殆どなんだ。優勝を狙おうってギルドは多くても30ギルドくらいなんじゃないかな」

「そうですよ、ラテリアさん。それに、全員で平均16位ならいいんです。イトナさんやテトさんならもっと上位だと思いますし、私もできるだけいい順位を狙いますので、そんなにプレッシャーに思わなくて大丈夫ですよ」

「八雲ちゃん……」


 ラテリアは涙ながら、白磁のように白い八雲の手を握る。

 八雲は大袈裟ですよと、困った顔で笑った。


 それから、ラテリアはパレンテでのエントリーを済ませた。セイナが入力のチェックをしていたから間違いはないだろう。


「予選まであと一週間。各自、ちゃんと準備をしておくこと。あと1人で考えないように。必要な薬があれば早めに言っておいてちょうだい。用意しておくから」


 そう、セイナが各自でどう工夫して上位を狙って行くか宿題を出して、今日のところはおひらきになった。


 一度にたくさんのことを考えても仕方がない。

 取り敢えずは、落ち着いて自分のできることを考えるってことだね。


「イトナ、イトナ!」


 皆んながログアウトする中、ノノアがとことことやってくる。


「ん? なに?」

「ちょっとこっち」


 そう言って、イトナの裾を引っ張って、パレンテホールに連れ出される。

 なんだ。

 特に心当たりはないけど、されるがままついて行く。


 外に出てすぐ。キョロキョロと見渡して、ノノアは誰もいないことを確認する。

 なんだろう。内緒話でもあるのかな。

 ノノアがこっちを見上げる。といっても身長は見上げる程差はない。顎を上げたくらいか。


「わたし、決めたわ」

「ん? なにを?」

「あの不気味な人形の話。口封じのために貰うものよ」


 ああ。あの件か。

 でも、パレンテに入ったしその話は残ってるのかな? ラテリアには何もないし。

 いやいや、それでも拡散されたらマズイ。

 欲しいものがあるなら可能な範囲でならなんでも渡そうじゃないか。


「わたしに無詠唱を教えて……!」


 と、そんなことを言ってきた。

 無詠唱?

 はて、無詠唱ってなんだ。詠唱ってことは魔法スキルを使うための詠唱のことだろうけど。


「無詠唱って?」

「誤魔化したってダメよ。ちゃんと見たんだから、イトナが詠唱無しでバンバン魔法を使うところ!」

「あー……」


 あれか。

 ミスティアとの戦いのことを言っているのかノノアは。

 しかし、あれは……。


「ねぇいいでしょ。無詠唱ができるようになれば、かなり強くなるよ。そしたらパレンテにとっても嬉しいじゃない」


 うん。

 まぁ、そうだろう。

 そのノノアが言うところの無詠唱ができれば、それはもう魔法クラスとしてはかなりの強さを得る。

 魔法スキルを早く使える。これだけでもう強い。

 できるようになれば、の話だけど。


「んー。どうかな……」

「なんで! 同じギルドなんだから教えてくれたっていいじゃない!」

「あー、いや。教えたくないとかじゃなくてね」

「じゃあなんでダメなのよ!」


 ダメとは言ってません。

 けど、どうやらノノアは意地でも教えてもらいたいようだ。

 お金や装備とかの物をあげるって話だと思っていたのに、まさか技術を教えて欲しいなんて。


「ダメじゃないけど、難しいんだよ。凄くね。とても一週間でなんて無理なんだ」

「そんなのやってみないとわからないじゃない! ……ちなみにイトナはどれくらいでできるようになったの?」

「……30年くらい?」

「ふざけないでよ!」


 ふざけてないよ。本当の話だよ。

 と言っても信じてはもらえないか。

 正直、どんなに才能があっても流石に一週間は無理だ。

 あのミスティアだって半年かかったんだぞ。

 それがイトナの知る最速レコード。

 イトナが習得に30年かかったのは……単に才能が無かったから。

 純魔法クラスのノノアならもっと早く習得できるとは思うけど……。


「イトナができるなら、私だって練習すればできるはずでしょ!

 こう見えても私、物覚えはいいんだから!」


 と、ノノアは自信満々に胸を張った。


「そうは言ってもなぁ」


 教えること自体はやぶさかではない。

 しかし、時期が悪いんだよな。

 最近なんでもタイミングが悪い。テトの件といい、ノノアの件といい。

 でも約束は約束だ。

 こっちの都合で渋ってても仕方ない。


「……わかった。でも、二つ条件を出してもいいかな」

「条件?」


 ノノアがなんで口止め料に条件があるのよと、眉をしかめる。

 まぁまぁ、話を聞いて欲しい。


「大会の予選はもう一週間くらいしないし、ノノアの担当してる競技の準備をおざなりにして欲しくないんだ。それが一つ」

「そうね。それは当然ね。負けたら意味がないもの」


 納得してくれたようでよかった。

 ノノアの競技は特に準備が重要だ。準備の時点で勝敗が決まると言ってもいい程にね。


「もう一つは、条件と言うよりもお願いなんだけど。できなくても、途中でやめないで欲しいんだ」

「途中で?」

「うん。今までにも教えた人は何人もいるんだけど、ほとんどは途中で諦めちゃうんだ。できないってね」

「ふん。大丈夫よ。わたしはそんな根性無しじゃないもん」

「それだけ難しいってことだよ」


 みんな最初はノノアと同じようなことを言ったものだ。

 でも、みんな諦めていった。できたのはほんの一握りのプレイヤーだけだ。

 条件としては、とりあえずはこんなものか。

 やる気を出して思想詠唱の習得に取り組んでくれるのはイトナにとっても嬉しい。


「今から時間は?」

「大丈夫よ!」

「じゃあ、早速やってみようか」

「そうこなくっちゃ!」


 ノノアは純粋な笑顔を浮かべる。

 さて、その笑顔がいつまで続くだろうかね。



÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



 場所を変える。

 前にラテリアと特訓していた場所。

 人気ひとけはなく、もう日は沈んで辺りは真っ暗だ。


「じゃあ始めようか」

「はい!」


 畏ったようで元気な返事が返ってくる。

 とりあえずは言葉で説明する事にしよう。

 イトナは何事もできることは言葉にできるように努めている。

 それは教える立場になる事が多いからだ。


「まず、ノノアは無詠唱って言っていたけど、あれは厳密にいうと無詠唱じゃないんだ」

「無詠唱じゃないの?」

「人によっては無詠唱って言うかもしれないけど、僕は……、習得して人は皆こう呼んでいる。思想詠唱と」

「思想、詠唱」


 ノノアが繰り返す。


「そう。なんで無詠唱と呼ばないか。それは詠唱はしているからなんだ。頭の中でね」

「頭の中で詠唱?」

「例えるなら、朗読と黙読の違いかな。本を読むときに、朗読と黙読なら読み終える速度は明らかだよね」


 思想詠唱とは、詠唱を音読ではなく黙読で行い、魔法発動までの時間を圧倒的に短縮する技術である。

 だから決してノータイムで魔法スキルを行使しているわけではないってことだ。


「勘違いする人もいるんだけど、これはシステムによるスキルじゃ無くて、技術なんだ」


 訳せばスキルも技術も同じような意味だけど、大きな線引きとして、システムによるスキルでは無い事。これはとても重要な事だ。


「だから一度できたからって、次上手くいくとは限らない。ここまではいい?」

「いいけど……そんなの聞いたことない。もしかして、バグを利用したテクニックとかしゃないわよね? もし不正だったら……」

「……いや、それはないかな」


 ノノアはこれは仕様を逸脱したものではないかと、捉えたのかもしれない。

 その線はイトナも考えたことはある。

 でもこれがバグかどうかの切り分けはイトナには不可能だし、便利だからできなくなっても困る。

 このゲームの運営と言っていいのかわからないけど、ゲームマスターは思想詠唱のことは知っているだろう。

 100年以上使っているのだから、もし思想詠唱がバグを利用した不正行為ならとっくにできなくなっているはずだからだ。


 しかし、ノノアに100年くらい使ってるけど大丈夫とは言えない。


「運営にも報告したけど、仕様って回答が来てるんだ」


 ゲームマスターに確認済み。

 そういう事にしといた。

 ノノアは納得したようなしてないような微妙な顔をしている。


「実は魔法スキルも呪文を詠唱しないと行使できないなんて、どこにも書いてないんだよ」

「そうなの?」

「うん」


 これは本当だ。

 魔法スキルを習得すると、呪文のテキストが与えられる。

 しかし、これを詠唱しなければいけないなんて、どこにも説明は無い。勝手にプレイヤーが詠唱しないといけないって思い込んでるだけ。

 そういうことにしておこう。


「じゃ、早速やって見せようか」


 剣技とか目で見える動きがあるスキルならレクチャーしやすいんだけど、思想詠唱だと目に見えない部分だからやって見せる意味は薄いかもしれない。

 でも、できるってことを見せるのは重要だよね。


 ノノアのクラスは魔法少女。

 なら魔法少女が習得するスキルで見せたほうがいいか。


 適当なスキルを決めて、イトナはマジカルステラを手にして、軽く掲げた。


「《ファイアーストーム》」


 そうイトナがスキル名を唱えると、ゴウッと炎の渦が立ち昇った。


「こんな感じかな」


 振り返ってみるとノノアは思想詠唱のやっているのをジッと見ていたのか、真剣な目と合う。


「スキル名は言わないといけないの?」

「いや、言わなくてもできるよ。今のは思想詠唱が成功してるって意味で唱えただけ。でも、最初はスキル名を言ったほうが成功率高いかな」


 一応完全なる思想詠唱も見せておくか。

 今度は《サンダーストーム》。そういえばストーム系はアーニャが好む系統のスキルだったかな。


「どうかな」

「やってみる!」


 もうやってみたくてうずうずしていたのか、ノノアの手には既にステッキが握られていた。


「《シューティングセブンスター》!」


 ノノアも真似てスキル名を唱える。

 しかし何も起こらない。ノノアの声がこだましただけだ。


「……」

「最初からできたらもう思想詠唱は出回ってるよ」


 それから数分、ノノアはひたすらスキル名を唱え続けた。


 シューティングセブンスター。

 シューティングセブンスター!

 シューティングセブンスター!!

 シューティングセブンスタァ!!!

 …………。

 ………。

 ……。

 …。


「はぁ…はぁ……だぁーーーっ! もーーーっ! できないっ、できないっ、全ーッ然できなーいっ!」


 余程気合いを入れてとなえたのか、スキル名を言っているだけなのに息切れを起こしている。

 そして、うんともすんとも言わないステッキを睨み始める。


「武器のせいじゃないよ」

「……わかってる! 自分に腹を立ててるだけ!」


 全然進歩がなくて若干むすっとしてるノノア。

 だから言ったじゃないか。難しいって。

 そんなノノアは唇を尖らせたまま、今度はグルンっとこっちを見てくる。


「ねぇコツ! コツとかないの!?」


 ふむ。

 コツ。

 コツか。

 コツと言ってもなぁ。

 なかなか言葉にするのが難しい。

 さっきは何事も言葉にできるように努めているって言ったけど、こればっかりはなぁ……。


「んー……そうだな。思想詠唱はとにかく難しいんだ。だからまずは速度は度外視にして、ゆっくりと正確に詠唱すること。

 あと、感覚としてはスキルの開花と近いかな。詠唱は口に出して詠まなければいけないって、勝手な思い込みを払拭する必要があるから、詠唱しなくても当然魔法が使えるって思い込むこと。

 あとは……」

「あとは?」

「んーまぁ、気合いかな」

「……なんとなくわかったわ」


 ノノアは大仰に頷く。

 凄いな。今のでわかったのか。


「つまり自分との戦いってことね!」


 自分との戦い。

 いいことを言うね。まったくもってその通りだ。


 ノノアは再びステッキを構える。

 「こう?」「こう!」と自問自答しながら、練習に励んだ。

 きっと、ノノアの中では色々な感覚を試しているのだろう。

 それで正解だ。

 おざなりにやっても何の意味もない。

 物事に例えるのは口笛の練習に近いかもしれない。

 開ける唇の形と、出す空気の勢いと量。

 それを色々試して上手く重なれば口笛ができるみたいな。

 一度できれば、それをひたすらに繰り返して覚える。

 そんな感じだ。

 その一度成功するハードルが高いのだけどね。


 さて、

 イトナの教えられる事はこれくらいだ。

 あとはノノア次第。

 努力が続けば数年でできるようになるだろう。


 と思いつつも、ノノアは時折ステッキを睨む。

 だから武器のせいじゃないって。


「試しにこっちでやってみる?」

「え、いいの!?」


 ノノアが恋する乙女のような目でマジカルステラを見つめる。

 そんなにか。

 ギルド内での武器の貸し借りは珍しい事ではない。

 マジカルステラをノノアに渡す。


「なんだかできるような気がするわ」


 それは気のせいだよ。


「《シューティングセブンスター》!」


 すると、マジカルステラの先端にある宝石がぽうっと微かに光ったように見えた。


「みた!? 今光ったよね!? 光ったよ!」


 マジかよ……。

 マジ、マジカルステラかよ……。


「光ったね……」


 もしかしたらノノアはミスティアを超える未だかつてないほどの天才かもしれない。



÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



「どこほっつき歩いていたのよ」

「ちょっとノノアとね」

「ロリコン」

「いや、ノノアに思想詠唱を教えてほしいって言われたんだよ」

「ふーん。ま、ちょうどいいじゃない。それがあなたの役割でしょ」

「まぁ、そうなんだけどさ、思想詠唱ならセイナの方が……」

「NPCに何言ってるの。私は薬。アレクは鍛冶。クリスは魔宝石。色々な武器に浮気してるイトナは戦闘技術の伝授って決めたでしょ」

「そうだけどさ……」

「まぁ、ノノアのことはいいわ。それよりも予定のことは考えてるの?」

「予定?」

「明日から一日中黎明に行くんでしょ」

「ああ、うん。その予定だね」

「予選までも一週間。イトナなしであの子たちが16位まで取れるの?」

「僕は大丈夫だと思ってるけど」

「私は不安で仕方ないのだけれど」

「一応まったくは考えてないわけじゃ無いよ」

「ならいいけど」

「セイナも、海に行く準備はしたの?」

「は? 行くわけないでしょ」

「僕はほら、黎明との約束で行けないからさ。ニアに言ったらかなり不機嫌になっちゃって」

「そうでしょうね」

「だから、セイナが代わりに絶対行くって言っちゃったんだよ」

「なに勝手なこと言ってくれてるのよ」

「冗談は抜きでさ、平和な夏はもう今年で最後になるし、思い出を作ってきなよ。僕の分もね。ラテリアも喜ぶと思うよ」

「……」

「考えておいてよ。どう転んでも、もう最後なんだから」

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