14
憂鬱だ。
イトナは再度思う。
憂鬱だと。
現在、イトナはテトを連れ、二人で黎明ホールへ向かっている。
隣に歩くテトは呑気に頭の後ろで手を組んでいて、口元はだらしなくニヤついている。
それを見て鼻で小さくため息も吐きたくなる。
「どうしたんだ? 元気ないな?」
テトがイトナの憂鬱に気づいて、不思議そうな目で見てくる。
「テトは嬉しそうだね」
「そりゃそうよ。ついにパレンテに入れたからな」
「まだ入れてないけどね」
ついさっきまでのことを思い出す。
パレンテホールでセイナが半ば勢いで決めた事だ。
確かに、玉藻の心操を解くことだけを最優先で考えれば、これが今思い当たる中では最善策だろう。
ただ、大きな問題もある。
それはテトの移籍だ。
黎明と、黎明との間に大きな問題がある。
「んあ? そうなのか?」
ああ、胃が痛くなってきた。
こういう役回りばっかりイトナに回ってくる。
イトナにはもう縁のない事だけど、婚約相手の両親に娘をくださいと言うのはこんな感じだろうか。
ガトウお父さんとアイシャお母さんにテトをくださいと言って、快く頷いてくれるだろうか。
まぁ、普通ダメだよね。
でも、テトがいないと人数も戦力も予選を勝ち抜くのは難しい。
テトは必須だ。
出来るだけ波風立てず解決したいものだけど……。
「どうした、マジで顔色悪いぞ? なんか変なの食べたか?」
「そんなんじゃないよ。わかるだろ。これからテトを引き抜くって宣言しに行くんだ。いい顔されない事を言いに行くのに、意気揚々って事にはならないよ」
「違うだろ。引き抜くんじゃなくて、俺がパレンテに行くんだ。イトナは悪くないだろ」
何言ってんだ? とテトは相変わらずの顔のままだ。
「過程より結果なんだよ。テトがパレンテに入る。そうなれば黎明の人達はパレンテにテトを取られたって思うんだよ」
「そうなのか?」
「そうなんだよ」
本当なら、慎重に根回しをして、緩やかに、段階的にテトの移籍の話に持っていきたかった。
でも、そうもいかない。
というのも、予選の申し込みが今日の23時59分までだから。
今日中に誰がどの競技にエントリーするのか決めて申し込まなくちゃいけない。
つまり、今日中にテトにはパレンテに加入してもらう必要があるのだ。
黎明が既に申し込んでいた場合は、エントリーメンバーのギルド脱退ができなくなるため、諦めるしかなかったけど、テトの話によるとまだ申し込んでいないらしい。
申し込みはギルドマスターしかできないから、テトが言うのなら間違い無いのだろう。
そんな話をしていると、あっという間に黎明ホールにたどり着いた。
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黎明ホールはサダメリ城に負け無いほどの……いや、それ以上の広さを持っている。
ただ、作りはサダメリ城に比べると簡素で、入ってすぐに広大なホールががあり、柱と階段以外には何もない。
ただただ広い空間。それが黎明ホールの殆どを占めている。
この空間はナナオホールと同様、戦闘可能エリアの設定がしてある。
メンバー同士で対人戦の腕を磨くためだ。
そんな黎明ホールに入ると、中には誰もいなかった。
何度も黎明ホールに来たことあるけど、毎回こんなものだ。
黎明ホールにメンバーがいる事は殆どない。
黎明ではメンバーがギルドホールを活用するのは、ギルド戦が終わった後の反省会や、ギルド内のイベント事くらいで、それ以外の事ではクエストの待ち合わせくらいにしか使われない。
だから、広く誰もいない空間はいつ見てもがらんとしている。
サダメリとはギルドホールの扱い方が大違いだ。
「いつもの上の部屋だ」
テトが予め集まるように伝えてくれている。
イトナが呼ばるいつも同じ部屋だ。
来客用の部屋なのだろう。
部屋の前についてイトナの緊張が最高潮に達する。
もう手汗とかヤバい。
そんな手を軽くノックしようとすると、横からテトがガチャリと開けてしまった。
「おーす」
「来たか」
部屋の中では勇者パーティが勢揃いしていた。
楕円形のテーブルの奥に大きなウインドウが浮かび上がって、そこには予選の競技と勇者パーティの名前が何パターンか並んでいる。
どうやら予選のエントリーについて、ギリギリまで練っているようだ。
そこにはバッチリとテトの名前が書いてある。
話しづらいやつだ。
「よくいらしてくれました。イトナさん。
ロルフ、前の席をイトナさんに譲れ」
「ッチ」
ロルフが機嫌悪く立ち上がる。
「あ、いや、いいよ。大丈夫」
「いえ、これから大切な話があるのですから」
ガトウの鋭い眼がイトナに刺さる。
ガトウの眼はいつも鋭いが、いつもイトナに向ける眼とは違っていた。
「……」
成る程、もうテトから話はしてあるってことか。
不機嫌そうなロルフはイトナの見ている範囲でいつも通りだけど、アーニャなんかは腕を組み、口をへの字にしてイトナに冷たい視線を送っている。
フレデリカは……ガイコツだから表情がイマイチわからない。
「そうだね」
いつもと違うピリピリした雰囲気の中、イトナは普段通りを心掛ける。
下手に出ても、ビビっていてもダメだ。
結局言う事は変わらないのだから。
ロルフと入れ替わって、一番奥の席に着く。
「アイシャ。それしまっとけ」
「わかっている」
アイシャがウィンドウを消す。
「さて、先ずはイトナさんに感謝します。わざわざ来ていただいて」
「?」
感謝?
感謝されるような事をした覚えはない。
感謝されていないような空気なのは確かだ。
それにみんな表情が硬い。
むしろ感謝とは逆なのではないだろうか。
「話はテトさんから聞いています。パレンテの移籍の事は。
本来、この問題はイトナさんには無関係です。
引き抜きとなればまた話が変わってきますが、それは違うと分かっています。何年も前からパレンテに入りたい。そう、テトさんから聞いていましたから。
そうなれば、イトナさんに非があるわけではあるわけではありません。
お気遣いいただいて申し訳ないです」
あら。
なんかガトウが都合よく解釈してくれている。
言っていることは間違っていない。
もともとテトが勝手に入りたいと言いだして、それにいいよと答えただけーーなんて、果たしてそんな都合のいい解釈をしていいのだろうか。
「だからアーニャ。そんな顔するんじゃない」
「いーや! 納得いかないね!」
バンとテーブルが強く叩くと、アーニャは椅子の上に立つ。
「確かにテットンは前からパレンテに入りたいって言ってたよ?
でもさ、ずっと断っていたのに、このタイミングでオーケー出すのおかしくない!?」
アーニャが抗議を申し立てる。
ああ、
まさしくそうだ。
イトナは今までテトの加入を拒んできた。
またギルドを始めたくなったらと言う曖昧な返事で、テトをキープしてきたのは事実だ。
そんなつもりではなかったとしても、このタイミングでテトを入れると言いだしたのなら、変わりないだろう。
「その通りだガトウ。今回ばかりはアーニャの言い分が正しいと思う」
続いてアイシャが立ち上がる。
そうだよな。
やっぱりそんな甘くはない。
当然だけど、黎明にとって今のイトナは悪者だ。
悪者になるってわかっていた。
わかってここに来ているけど、やっぱり今までいい関係でいた人達からこうも言われると心が痛い。
「ロルフも言ってやりなよ!」
「俺はいい」
「はぁ!? いつもぶーぶー文句言ってるのにどうしたのよ!?」
「俺は黎明に入りたくて前にいたギルドを抜けてきた。だから俺には言う資格ねぇ。俺がテトと同じ立場だったらやりたいようにやる」
「……なんだよそれ」
ロルフは俯いたままだった。
きっと、テトには抜けて欲しくないって気持ちは強いのだろう。
でも、自分を殺してテトの気持ちを優先した。
口は悪いが、ロルフは思っている以上に優しい子なのかもしれない。
「フレちゃんは? フレちゃんも言いたい事言わなきゃ」
「私は……テトと一緒がいい。いなくなっちゃうのは、寂しい」
「そうだそうだ! もっと言っちゃえ!」
「でも、嫌々ギルドに残るのは……違うと思う」
「へ?」
「これはゲーム、だから……テトの好きなように、するべき……だと思う」
フレデリカも俯いたままだ。
モジモジする指先は、互いの指が当たってカタカタと音を立てる。
きっと、ロルフと同じ心境なのだろう。
そんな様子を見たアーニャの頬がかすかに膨らんだ。
「なにさなにさ! みんないい子ぶっちゃってさ!
私はそんなに甘くないからね! 絶対にテットンには黎明に残ってもらうんだから!」
アーニャは断固たる意志だ。
椅子の上に仁王立ちして、イトナに威嚇する。
「やめろアーニャ。そんな態度を取ってもなにも変わらないだろう」
「じゃあどうしろって言うのさ!」
「まずは会話だ。喧嘩して対立してなにになる。
イトナが予選エントリー締め切りギリギリでテトを入れると言い出すんだ。それなりの理由があるくらい少し考えればわかるだろ」
「む……」
アイシャはアーニャを嗜めて、椅子に座らせる。
「ガトウもいいな。私はそう簡単に諦めたくないんだよ」
「任せる」
アイシャが取り仕切って、取り敢えずはこの場を鎮めてくれた。
でもやっぱりテトの影響力は強いと再認識する。
今の様子を見ての通り、黎明の中でもギスギスしている。
しかし、テトがいなくなることで解散になっても面白くない。
「イトナ。見ての通りだ。口ではテトを尊重しているが、みんなテトと、勇者パーティでグランド・フェスティバルに出たいと思っている。
ここにいるほとんどが最初で最期の機会なんだ。黎明をここまで積み上げてきたこのメンバーで挑みたい。
それはわかるな?」
「わかるよ」
それが分かっているからこそ、心が痛い。
彼らは四年前の初代黎明パーティから引き継いで、ずっと上位をキープしてきたんだ。
それはグランド・フェスティバルと言う大舞台に向けて頑張ってきたと言っても過言ではない。
だからこそアイシャの真剣な眼差しに目を背けたくなる。
でも、
それでもだ。
これからのことを考えれば心操の対処法が最優先だと思う。
それを説明できないからもどかしい。
「イトナはそんな横暴じゃないことくらい、我々も理解している。このタイミングでテトをパレンテに加入させる、それほどの理由があるはずだ。
聞けば何かテトの移籍以外の方法を提案できるかもしれない。話して貰えないか?」
「……わかった」
イトナは脳内をフル回転させながら頷くしかなかった。
また作り話の嘘をつかないのかと、嘘を重ねる自分にウンザリしながら。
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アイシャはイトナの話を聞いて苛立ちを隠せなかった。
イトナは言葉を選んで慎重に話していた。
自信なさげに、こちらの表情を伺いながら。
そして、時折目を泳がせながら。
内容よりも、アイシャはそれに苛立ちがあった。
イトナは嘘をついている。
それが目に見えてわかったからだ。
テトを加入させる理由も少し無理がある。
ナナオのマスターである玉藻が精神的な病気で?
実の妹の八雲と喧嘩して?
リアルで二人を合わせることが難しくて?
仲直りさせるために?
ログアウトが不可能になる予選決勝で二人を当てる?
そのために八雲がパレンテに入って、決勝に行くための戦力のためにテトが欲しい?
イトナの話はこんなところだろうか。
最初は理解しようと努力をしたが、途中で諦めた。
いくらなんでも話がチグハグすぎる。繋がっているようで繋がっていない。
即席で作った嘘にしてもお粗末なものだ。
とにかく、嘘話を理解しようとするのは無理な話だし、意味がない。
ふざけるなよ。
こっちは真剣なのに。
そう思う中で、なぜと疑問もあった。
なぜ嘘をつく?
なんで嘘をつく必要があるんだ?
アイシャは気づくとイトナが嘘をつく理由の方に頭を使っていた。
もしかしたら、今話した話の半分くらいは本当なのかもしれない。
本当の話に嘘を無理くり混ぜ込んだせいでトンチンカンな話になっているんじゃないだろうか。
話せない部分だけ嘘でごまかしている。
そう考えれば、イトナの話がチグハグなことには納得いく。
では、仮に半分本当だったとしよう。
半分だけイトナの話を信じた上で、考える。
もし、半分だけが本当ならどの部分だろうか。
恐らく、目的だ。
目的は真実で、それに合わせて理由に嘘をついている……と思う。
つまりは、八雲と玉藻を予選の決勝で当てたい。
イトナの目的はこれだ。
だがなんだ。八雲と玉藻を戦わせて何になる。
目的から理由を逆算しようとしたが、さっぱりわからない。
わかるポイントとえば、八雲と玉藻。ナナオ関連ってことか。
それが分かれば尚更思う。
ふざけるなと。
他のギルド内のことなんて知ったことではないし、精神的な病気とやらは、リアルで専門の病院に行くべきだ。
まぁ、そっちは嘘っぽいが。
少なくとも、うちのギルドには関係ない。
イトナは未だに話を続けている。
明らかな嘘話を。
「もういい」
イライラした声色で、イトナな話を遮る。
イトナが黙る。
イトナも分かっているのだろう。自分の嘘がバレバレな事は。
しかし、ここでイトナに感情的に当たっても仕方ない。
このメンバーでアイシャは冷静でいる事が仕事だ。
深く静かに息を吐いて整理する。
テトを取られるか取られないかの話で言えば、こちらが不利だ。
結局はテトの意思で全てであり、パレンテに入りたいと言っている以上、どうしようもない。
一つの可能性とすれば、イトナの説得だった。
イトナが今まで通りテトの加入を許さなければいい。
しかしこれも無理なようだ。
本当の理由に話すつもりがないのだから、
あのイトナが嘘をついてまで、テトを入れたがっている。
もはや、テトのことで引くつもりはないのだろう。
だから、もはや黎明はテトを諦めなければいけない。
現状、これを変えるのは難しい。
……くそ。
諦めきれない。
四年だ。
四年間、目指してきた大会だ。
そう簡単に諦めがつくわけがないだろ。
しかし、
諦めなくてはならない事は確定したと言っていい。
そしてそれを、どう納得するか……ギルドメンバーにどう納得させるかだ。
今の状態はもうその段階まで来てしまっている。
現にアイシャ自身納得できていない時点で、他人を納得させるのは難しい。
それに、今の話をされたせいで、余計に納得がいかなくなってしまった。
まだ、イトナがグランド・フェスティバルに出たくなったからと単純で、自分勝手な理由を言ってくれた方がまだ納得できた。
さて、どうする。
考えろ。
これを失敗すると黎明の剣の崩壊に繋がりかねない。
アーニャは今にでも火を吹き出しそうだ。
「……すまないが、今ので納得しろと言われても難しい」
「まぁ……そうだよね」
イトナは気まずそうに頬を掻いて、ため息混じりに息を吐く。
なんだよ。
ため息をつきたいのはこっちの方だ。
「こうなった以上、我々が納得できる材料が必要だ。それが無いとうちはバラバラになる可能性が高い。
勇者パーティと言われているくらいだからな。テトは黎明の顔なんだよ。
テトを見て、黎明に加入したメンバーも多いんだよ」
イトナは黙って頷く。
イトナもバカでは無い。少なくともテトよりは。
こちらを理解しようともしてくれている。
理解しようと努力してくれている。
「そこでだ。うちのやり方に合わせてもらえないか。それがシンプルでわかりやすい」
「黎明のやり方?」
「そうだ。せっかくのゲーム。我々と戦い、我々が勝てば、少なくともグランド・フェスティバルまでの間はテトは黎明にいてもらう。イトナが勝てば……、好きにすればいい。
それでいいな」
アイシャはイトナではなく、一番不満の声を上げているアーニャに確認を取る。
「……いいよ。で、ハンデは?」
当然のようにアーニャは言う。
当然のようにハンデの話を出すなんて、もう、プライドなんて気にしてなんていられないって事か。
しかし、ハンデがないと勝てないのも事実だ。
イトナの規格外の強さはよく知っている。1on1では話にならないだろう。
「それでいいよ。ハンデは……任せるよ」
「そうか。では、イトナ対、テトを抜いた我々五人……でどうだ」
「わかった」
「……そうか」
これ以上ないこちらが有利な条件を出したつもりだった。
それでもイトナは申し訳なさそうな顔で、その条件をのんだ。
そんなイトナの様子を見ただけでアイシャは悟った。
そうか。この条件でもイトナには敵わないのかと。
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テトがイトナを連れてきて数十分後、アイシャは黎明ホールの床に倒れていた。
両腕を広げ、仰向けに倒れ、ぼーっと天井を眺めている。
負けたのだ。
びっくりするほど呆気なく。
へし折られた己の武器を持ち上げれば、今にも思い出す。
あの弾丸のように速い動きで全員の武器を破壊するイトナの通り過ぎた影を。
「終わったな」
遠くからガトウの声が聞こえた。
「まるで相手にならなかったな。目標を目で追って撃ち抜くクラスなのに、まるで追えなかった。ガトウはどうだ」
「俺も同じようなものだ。今までコンマ数秒の世界で勝ってきたと思っていたんだが、全然動体視力が追いつかなかった。流石イトナさんだ」
思い知らされた。
やはりイトナは雲の上の存在だ。
ズルしてると疑いたくなるくらいに突き抜けている。
しかし今の時代、そんな不正は有り得ない。
ましてや、子供しかいないこのゲームでは尚更。
「……イトナは宙を蹴っていた。だから追いつかないんだ」
「ほう」
唐突なロルフの声に耳を傾ける。
「俺たちは多分、無意識に、大体の予測を立てて目で追っているんだ。でも、イトナの動きはそれを逆手に取っている。どうやってるか知らねぇけど、何度も宙を蹴って予想外の動きをしてんだ。だから跳んでもスピードが落ちてなかった」
「よく見てたな。でも宙を蹴るのならロルフも持っていただろう」
「あれは一回限りだ。何回も使えねぇんだよ」
「そうか……。ギルド戦で一位をとって浮かれていたが、俺たちはまだまだ強くなれるって事だ」
やはり、イトナとの手合わせは得るものが多い。
いいアイディアがどんどん浮かんでくる。
「私も……。罠みたいなスキルに、やられた。近づいたら、発動するの。後衛クラスは、使えると強いと思った」
「なるほど、罠か。確かに、距離を詰められた時に、事前にセットしたスキルが自動で発動したらカウンターになるのか。面白いな」
敗北の後は皆沈んでいたが、口を開ければ何だかんだ、次の目標が飛び交った。
いつもそうだ。
今はギルドの序列は一位だけど、それまでに何度も負けてきたし、これからも負けるだろう。
でも、その負けからどう成長するかが重要なのである。
そうやって成長して、そして……。
「なんだよみんな!」
アーニャが大声を上げて遮る。
アーニャだけは未だ納得できていないか。
「どうしたアーニャ。俺たちは負けたんだ。パレンテも予選に出る。つまりあのイトナに勝たないといけないんだ。負けるのが今か、予選かの違いだ。
それに、確認もしただろう? この条件で負けたらテトを譲るって」
「それでもだよ! それでも、終わるのがこんななんて……嫌だよ!」
ああ、そうか。
終わったのか。
自分で言った言葉で、気づく。
年齢的に次のグランド・フェスティバルはない。
そう、これで終わりだったのだ。
残りのギルド序列一位枠と推薦枠。
テトがいない状態で果たしてどれほど頑張れるか。
それは確かに……悔しいな。
言い返せる言葉がない。
でも、事前に確認はしたはずだ。
確認して、納得した上で負けたんだ。
なら、飲み込んでもらわないと。
「落ち込んでいるところ悪いが、まだ終わっていない。まぁ、アーニャがその調子なら終わったのかもしれないけどな」
「なにさ!終わったようなもんじゃん! テトを取られてさ! 勇者パーティなのに、勇者いなくなっちゃったじゃん!
そりゃ、自信がないわけじゃないよ。テトがいなくたって代表になってやれるさ!
でも、そうじゃないでしょ! 私は、勇者パーティで頑張りたいんだよ!」
「そうだな。俺も同じだ。その希望も込みで、まだ終わってない」
「はぁ!?」
ガトウが立ち上がる。低い身長で、倒れた勇者パーティを見下ろす。
「たった今、イトナさんから念話が来た」
「なんだよ。ごめんなさいって? 謝るくらいならやるんじゃーー」
「テトさん、帰ってくるって」
「「「「……はぁ?」」」」
なんだと?
だったら、さっきまでのはなんだったんだ。
「条件付きだ。我々がホワイトアイランド代表ギルドになり、パレンテが代表から落ちたらテトさんは戻ってくる。
イトナさんの目的はあくまでもナナオの玉藻。目的が済めば、無理して勝つつもりもないと。
まぁ、もしナナオと当たる前にうちと当たったら容赦しないだろうがな」
「なにそれ! じゃあ最初からそう言えばいいじゃん!」
気づけば皆、体を起こしていた。
そうだ。そう、最初に言ってくれればここまでの事には……いや、なったか。
テト無しでも負けるつもりはない。でも、わざわざテトを手放して戦力を減らす必要もない。しかし、それでもなぜ言わなかったのか……。
ああ、そうか。
あの場では言えなかったのか。
「テトさんの前で言えないからだろう。ナナオとの用が済めば、優勝を目指さないと言っているんだから。
あまりいい事ではない……。
でも、そうであっても、うちにテトを戻してくれる。そう言ってくれた。
そういう事か? ガトウ」
「そうだ」
「意味わかんな。意味わかんな!」
ぴょーんとアーニャが立ち上がる。
「じゃあ、まだ可能性は残ってるんだね」
「ああ、可能性しかない。なにせ予選までにあのイトナさんの指導をみっちり受けられるからな」
「よーし! ちょっとレベリングしてくる! ロルフも付いてきな!」
「おう!」
「いやまて。その前に予選のエントリーを済ませてからだ」
結局、やることは変わらないってことだ。テトがいても、いなくても。
半年近く、テトがいない状態でやってきたんだ。
なに、一週間でテトの穴を埋めて見せるさ。
黎明の剣が折れることはない。




