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ラテリアちゃんはチュートリアルちゅう?  作者: 篠原 篠
グランド・フェスティバル予選
116/119

13


 今日は八雲と会う日だ。

 セイナも予めピックアップしていた薬を揃えられたみたいだし、こちらの準備は万端である。

 後は八雲が来るのを待つだけ、

 なのだけど。


「ねぇ、本当にここでいいの?」


 イトナは小声でセイナに質問する。

 これで同じ質問をするのは何回目だろう。ここまで同じ質問を重ねれば、質問というより、確認といったほうがいいかもしれない。


「しつこいわね。いいのよここで」


 セイナはイトナに見向きもせず、ぶっきらぼうに言う。

 現在、イトナはパレンテのギルドホールにいる。自分のギルドなのだから当然なのだが、問題なのは八雲との待ち合わせが、ここである事だ。

 横を見ればもくもくと夏休みの宿題をしているラテリアがいる。

 そう。ラテリアがいるのだ。


 ラテリアと八雲。

 NPK事件で、二人の間で一悶着あったと聞いている。

 わざわざそんな関係の二人を合わせてまで、八雲をここに招くのはどうだろうか。

 不安だ。

 まさかセイナが外に出るのが面倒くさいってだけの理由ではないだろうと、願いたい。


 それにさらに付け加えれば、ラテリアの正面にノノアがいる。

 なんか最近は当たり前のようにノノアがいる気がする。

 それはまだ心操の口止め料を何にするか決めかねているからか。

 確か、定期的に顔を出すのはセイナとの約束だった気がする。


 そんなノノアは何をしているかというと、夏休みの宿題をしているわけではなく、さっきイトナが貸してあげたおもちゃで遊んでいた。

 幼女が喜びそうな魔法のステッキ。つまるところ《マジカルステラ》だ。


 神秘のオアシスで強化されたそれは、ノノアの知っていた頃の《マジカルステラ》に比べて大幅にグレードアップしている。

 買った時は一億リムだったけど、今売れば十億はくだらないと思う。そんな代物だ。


 ノノアに「みせて、みせて!」とせがまれたので貸してあげると、魔法を使っているわけでもないのに楽しそうだ。

 時折「いいな」「いいなぁ」と漏らしている。


 そんなパレンテホールに八雲を招くというのだ。

 大事な話をするというのに。

 なんども確認してしまうのは、おかしくないとイトナは思う。


 とはいえ、セイナはイトナが一番信用している人物だ。

 きっとなにか考えでもあるのだろう。

 もしそうなら面倒臭がらずに事前に言って欲しいけど。

 って、イトナが言えたものじゃないか。



÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



 八雲は時間ぴったしにパレンテホールに訪れた。

 秒針の針で見てもぴったしだ。

 入り口で時計とにらめっこでもして測っていたようにぴったし。相変わらず律儀な性格だ。


「失礼します」


 そんな言葉と一緒にドアを開けた八雲の顔は、ちょうど影が差さっていたからか、落ち込んでいるような暗い雰囲気を纏っていた。

 それに、心なしか顔が強張っているように見える。


「いいわよ、入ってきて」


 まるで面接官のように、セイナは座ったまま対応する。


「失礼します」


 八雲は控えめに一歩入ると、丁寧にドアを閉じた。


「ナナオ騎士団の八雲! 本当に来た!」


 ノノアが嬉しびっくりした態度で八雲を見る。

 それから「黎明にサダメリにナナオ。やっぱり三強ギルドはパレンテと繋がりがあるんだ」とか呟いている。


 そんなノノアは置いといて、宿題をしていたラテリアが音なくゆっくりと立ち上がった。

 勝手な主観だけど、ラテリアから只ならぬ雰囲気を纏ってるように感じられた。

 八雲の方を見ているせいで、イトナからはラテリアがどんな顔をしているかはわからない。

 ラテリアはそのまま八雲のほうへ歩き出した。


 あ、まずい。


 ラテリアを止めないと、

 と脳内では思った。でも、咄嗟に体が行動しなかった。

 それはラテリアがまさか立ち上がって、八雲に向かっていくなんて思いもしなかったからだ。


 イトナの中でのラテリアはそんな喧嘩っ早くない。

 八雲が来ても、「セイナさん逃げてください!」なんて言って、セイナを庇おうとする。

 そう。守ろうとすると思っていたからだ。

 まさか、いつも保守的なラテリアが前に出るなんて……。


「ラテリアさん……」


 逸らしそうになった目を堪えてラテリアを見ている。

 そしてそのままラテリアは八雲の手を両手で握って……。


「話は全てセイナさんから聞きました八雲ちゃん!」


 そう、涙ながらの声でラテリアが言った。


「え?」

「八雲ちゃんとお姉さんの事も、セイナさんを誘拐したのも全部演技だったって事も、全部聞きました!」

「え?」

「私にもお姉ちゃんがいます。だから分かります。私も何か力になれることがあれば言ってください!」

「は、はぁ……」


 八雲はラテリアに圧倒されながら、なにがなにやらと言った様子でセイナを見る。

 それはイトナも同じだ。


 まぁ、少し考えればわかる。セイナがラテリアに適当な事を吹き込んだのだろう。

 だからセイナは八雲をここに呼んでも大丈夫と言ったのか。

 しかし、なぁ。

 実際に帰らぬ人となったNPCがいた以上、それを演技というのはちょっと無理がある気がするけど、ラテリアはセイナのことで頭がいっぱいで忘れているのだろうか。


「……あの、ラテリアさん。あの時の事は演技ではありません。姉さんの指示ではありましたが、私が自分の意思でやった事です。

 恐らくセイナさんが気を利かせて、そう言って下さったんだと思います。本当にすみませんでした」


 八雲は八雲で考えて、今の状況を察したようで、申し訳なさそうに頭を下げた。

 セイナの施しに甘えず、正直に謝った。

 つくづく八雲は真面目だと思う。

 そんな八雲を盲目にさせるほど、NPKの時の八雲は玉藻のために必死だったのだろう。


 そんな八雲の真摯な謝罪に、ラテリアが目を丸くする。


「あ、頭をあげてください八雲ちゃん!」


 あたふたするラテリア。

 頭を下げ続ける八雲。

 なにこれと、こっちを見てくるノノア。


「た、確かに演技だって、ナイショにされていましたけど、そんな謝る事じゃ……」

「いえ、演技ではありません。全て本当のことなんです!」

「え、ええ? でも、セイナさんが演技だったって。人質役をお願いされたって……。そうですよね?」


 ラテリアが振り返る。


「ええ、そうよ」

「ほら!」

「ほらって……ですから、それはセイナさんが気を利かせて……」


 話がループしている。

 ラテリアはセイナの話を信じ切って、八雲の話に聞く耳を持たない。


「八雲。ちょっと」


 セイナが八雲にこっちに来いと、視線だけで手招きする。


「あの、私はこんな事を望んでいるわけじゃ……」


 八雲はセイナのところまで来るなり、困った顔で小声で苦情を漏らす。


「そう。でも、今のままの方が都合がいいの。

 あなたのお姉さんの件がすぐに済むとは限らないのはわかるでしょう? いちいちうちのメンバーとギスギスされても面倒なのよ」

「でも、私はこれ以上……」

「あなたの罪悪感なんて知った事ではないわ」


 すげない態度のセイナ。

 どうやら別に八雲をのことを思ってしたわけでなく、ただラテリアと面倒になる事を嫌がっただけ……と思わせてるんだろうな。

 セイナらしい。


「もし謝りたいなら、話を信じてもらえるくらいには仲良くなる事ね」

「なんの話をしてるんですか?」


 ラテリアが覗き込むようにして二人の間に入ってくる。

 何も知らない顔で、二人を見比べる。


「八雲があなたにちゃんと謝りたいってうるさいのよ」

「へ? さっき謝ってくれましたよね? 大丈夫ですよ。お姉さんを助けるためだったんですよね?」


 ラテリアが首を傾げて、柔らかい笑みを八雲に向ける。

 気を使っているのか、私は全然気にしてませんよと、顔に書かれているような笑みだ。


「……簡単に謝罪もさせてくれないという事ですね」

「……? どういう事ですか?」

「いえ、なんでもありません。このことはまた改めて」

「ん? んー?」


 置いてけぼりのラテリアは傾げるしかない。

 八雲は八雲で、セイナからそういう罰をもらったんだとか勝手な解釈をしたようだ。


「今日は大事な話をしに来てもらったのよ。ラテリアはあっちで宿題でもしていなさい」

「はい。ささ、八雲ちゃんはこの席をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 八雲は少し戸惑いを見せながら、ニコニコとラテリアの引いた椅子に腰掛ける。


「あ、そうです。これ、ちょっとしたお土産です」


 思い出したかのようにインベントリから紙袋を取り出すと、それをセイナに渡す。


「あら、気がきくじゃない」

「皆さんで召し上がってください」


 セイナが紙袋のから取り出したのはモナカだった。だいぶいいお店のようで、箱のデザインも大層なものだ。


「ラテリア、宿題はいいからお茶を淹れてちょうだい。この前教えたやつを使って。いい方のお茶よ」

「あれですね。わかりました!」


 ラテリアがパタパタとセイナの部屋に入っていく。

 お茶汲みは本来セイナの仕事だと思うけど……。

 NPCがギルドマスターにお茶汲みの指示。

 今更言うまい。パレンテは通常運転だ。


「えっと……」


 八雲が気まずそうにチラリとノノアを見る。ノノアは有名を見るような目で終始八雲を凝視していたからバッチリ目が合ったはずだ。


「私はノノア! リエゾンの報道部よ!」


 待っていましたと言わんばかりの勢いでノノアは自己紹介をする。


「リエゾンの方なんですね。私は……」

「知ってるわよ! ナナオ騎士団のサブマスターでしょ。有名人だもの!」


 ノノアはなかば強引に八雲の手を握って縦に振る。


「あの、それでリエゾンの方がなぜここに?」

「一応その子も間接的にミスティアの被害者なの。あなたほどではないけどね。だから事情はそれなりに知っているの。ここにいる理由は口止めしているから。リエゾンなんかに情報が漏れたら取り返しがつかなくなるでしょ」

「そうなんですね」


 八雲が納得したように頷く。


「私は実際にイトナがミスティアを倒すのを見たの! 凄かったんだから!」


 ノノアが自慢気に語ろうとしたところで、セイナの部屋のドアが開いて、湯気が立つお茶を乗せたお盆を慎重に持つラテリアが出てくる。


「お茶入りましたよー」


 ラテリアがお茶を配り終え、全員にモナカが渡ったところで、本題を切り出すことにする。


「じゃ、始めようか」

「そうね。と言っても、昨日の今日みたいなものだし、話すことはあまりないと思うけど、まめに状況報告をしてもらうことにこしたことはないでしょう」

「はい。よろしくお願いします」


 八雲は椅子に深く座り直して姿勢を正す。そして思い出したかのように、表情に影がさした。


「最初に報告しないといけないことがあります」


 ぽつりと切り出した八雲の様子を見れば、それがあまり良くない報告なのは簡単にわかった。


「話してみなさい」


 セイナが髪をかきあげて、お茶を一口飲んでから変わらないトーンで言う。


「大変話し辛く、申し訳ない話なのですが……。

 すみません。先日ギルドを追放されてしまいました」

「はぁ!? 嘘!? 追放!?」

「っとと!」


 ノノアががばっとテーブルに身を乗り出す。

 その勢いで倒れそうになったお茶をラテリアが慌てて抑えた。


「うるさい。そんな事でいちいち話の腰を折らないで。話に口を出さないって昨日約束したでしょう」

「そんな事って、全然そんな事じゃないでしょ! 大変なことよ! だって八雲はナナオのサブマスターなのよ!?」


 慌てるようにしてメモ帳とペンを取り出すノノアに、セイナがキッと睨みつけた。


「あなた、まさかこの情報をリエゾンに売るつもりじゃないわよね」

「え、あ……。これは癖で……」


 ノノアが申し訳なさそうにしまうと、セイナは睨む目をゆるめて、深くため息を吐く。


「あなたねぇ……次に口を挟んだら出てってもらうから。ラテリアも」

「え、私もですか!?」


 ノノアとばっちりをラテリアはションボリと口を噤む。

 お口にチャックがかかり静かになった二人を見て、セイナはこれで良いと頷くと、


「ごめんなさいね。それで、なぜ追放? まさか何もしてないのに追放って訳ではないでしょう」


 セイナは特に驚きも見せずに話を戻した。


「昔の話をしたんです。病室にしかいなかったので、些細なものしかありませんけど、姉さんとの想い出の話をしたんです。そしたらイトナさんの言う通り、姉さんが取り乱すように激昂して……」

「いきなり追放されたと」

「はい……。申し訳ありません。軽率な行為で台無しにしてしまって」

「そうね。もう少し考えればこうなる可能性くらいわかったと思うけれど」

「すみません……」


 八雲の視線が完全に下に落ちてしまう。

 それを見たラテリアは何か言いたげだけど、今はお口にチャックだ。


 八雲の追放。確かに少し考えればわかる事態ではあった。

 先日イトナの見た玉藻を思い返せば、八雲の追放を聞いてもそこまでの驚きは無かった。

 やっぱりか。と、むしろ納得できたくらいだ。

 やはり過去を思い出させる行為は、心操に対して何かしら効果がある。そう確信しても良いかもしれない。


「でも、グランド・フェスティバル間近のこの時期に八雲を追放するなんて余程取り乱したみたいだね」

「いえ、どうでしょう。

 私は姉さんとクラスが被っているので、パーティバランスを考えると私が外されるって話は前からありましたので……。

 サブマスターの肩書きもただ姉さんの妹ってだけで、実力なら私なんかより強いプレイヤーはいましたから」


 それは違うな。

 もし本当に八雲を外した方が強いパーティになるのなら、とっくの前に外していただろう。それがナナオ騎士団だ。

 今の八雲は玉藻に拒絶されたせいで、考え方が後ろ向きになっている。


「申し訳ありません。せっかく色々準備をして頂いたのに……もちろん用意して頂いた薬は買い取りますので……」


 今にも泣き出しそうな声だ。

 これで玉藻の心操を解くのを見限られるとでも思っているのだろうか。

 そんな事はないのに。

 しかし、そうか。忘れていたけどアクマの件もあった。

 ナナオにいる八雲にならと今更ながら思ったが、今それを言うのは空気が読めなさすぎだろう。

 今はアクマのことはどうでもいい。


「あー、まぁ、そね、そう気を落とさないで。追放は残念だったけど、もともとセイナの薬は望み薄かったんだしさ。結局はこうなって事だよ」


 こういう雰囲気は苦手だ。

 だけど、セイナを一人で喋らせてると八雲の心が折れかねない。ここはひとつフォローを入れとく。


「でも……」

「確かに、薬を試せなかったのは残念だったよ。八雲がもう少し先の可能性を考えられていれば試せたかもしれない。そこは反省しよう。

 それに、僕らも事前に言えなかったのもあるし、八雲一人がミスをしたわけじゃないと思うよ。

 昔のことを思い出させれば心操が解ける可能性が高いーって話したんだから、八雲が行動を起こしてこうなる事も予想できただろうしね」


 セイナをチラリと見る。

 目を逸らされた。

 反論は無いと受け取っておこう。


「せっかく来てもらったんだからさ。失敗した事より、次のことを話そう」

「イトナくん……」


 お口にチャックにしていたはずのラテリアから輝きの目を向けられる。それには気づかないふりをしておいた。


「ありがとうございます。イトナさん」

「最初にも言ったけど、心操の事はよく分かっていないんだ。そう簡単に解けるとも思っていない。

 これから色々試して失敗が続く方が多いと思うんだ。だからいちいち落ち込んでいると疲れちゃうよ。根気よく、次の方法を考えて行こう。ね、セイナ」

「……なにカッコつけてるのよ、バーカ」


 いい方向に持って行ったのに、セイナの一言でカッコつけ野郎になった。

 思い返せば恥ずかしいセリフを並べていたかもしれないが、ここは言い訳も、恥ずかしがってもダメだ。

 ただ苦笑いを浮かべる。これが一番傷口が浅い。


「でもまぁ、そうね。イトナな言う通り、今回はどのみちこうなっていたでしょう。でも、今回の玉藻の様子を見れば、昔の事を思いさせることが効果的なのは証明できた」

「次は玉藻が逃げられない状況で、昔の記憶を思い出せる。ってところかな」

「そうね」


 しかし、なかなか難しい問題にぶつかった。

 八雲の話だと、リアルの八雲は病院のベッドからあまり動けないし、そもそも玉藻はお見舞いに来ていない。

 リアルで玉藻が逃げられない状況を作るのは難しいだろう。


 ならフィーニスアイランドの中でとなる。

 でも、フィーニスアイランドはゲームだ。

 これまでにイトナはギルドホールから追い出され、八雲はギルドから追放された。ゲームの仕様上、距離を置かれる方法が多すぎる。

 スキルなり、アイテムなり。

 例え、根気よく、どんなに追い詰めたとしても、最終手段としてログアウトされてしまえば、イトナたちはもう玉藻を追うことができない。

 チュートリアルが終わった後なら、いくらでも逃げ道を防ぐ方法はあるのだけど……。


 少し考えてみたけど、難しい現状を再確認できたくらいだった。


「……なかなか難しそうだね」

「すみません。リアルの私がもっと自由なら良かったのですが」


 八雲も同じ現状を理解したようだ。セイナを見ても、ジッと食べ終えたモナカの包み紙を見ているだけで、口は動きそうにない。


 これはもう、最悪チュートリアルの終わりを待つしかないのではと思いはじめた頃、ノノアがおずおずと手を挙げた。


「ようは逃げられなくてログアウトできない時を作ればいいんでしょ?」

「そうだけど」

「最長十五分だけなら心当たりがあるんだけど」

「え?」

「これ」


 ノノアが一つのウィンドウを出すと、それを三つ複製してみんなの方にスライドさせる。

 ウィンドウを見てみると、それはグランド・フェスティバル予選の公式ページだった。

 そこにはグランド・フェスティバル予選のプログラムと、行われる競技の説明が事細かく記載されている。

 分量はかなりのもので、ウィンドウの下部には15ページにも渡っている。


 が、これがどうしたと言うのだろうか。


「12ページを見てみて」


 ノノアの言われた通りにページを移動する。

 そこには、グランド・フェスティバル予選の決勝トーナメントのルール記載があった。


 グランド・フェスティバル予選は大まかに二つに分かれている。予選の予選。次に予選の決勝トーナメント。

 予選の予選では、六種類の競技が用意されていて、パーティメンバーの一人一人が各一種類の競技を選び、競い合う。

 予選で全六種の競技の合計成績が上位16のギルドまで絞り込まれ、上位16ギルドによるトーナメントが組まれる。

 トーナメントは準決勝までは互いのギルドから三人のメンバーを選出し、1on1の決闘を行なって、先に二勝したギルドが勝ち残っていく。

 決勝だけはパーティ全員でのぶつかり合いで、通常のギルド戦と変わりないルールが採用されている。

 ……そのはずだ。


 イトナはこのページを見なくても大体のルールは把握している。

 前回参加したのもあるが、ループしているイトナは何十回目もグランド・フェスティバル予選を経験しているからだ。


 だから今更このページを見てもと思いつつ、目を通してみる。


 準決勝までは1on1を三試合。

 一試合十五分。

 等々。

 内容はイトナが知っている内容と差はない。

 流し読みしていると、一つの項目に目が止まった。


 試合中のログアウト機能は停止されます。

 ※ただし、緊急ログアウト機能は作動します。緊急ログアウトされ場合、不戦敗となります。


 そう、ログアウト機能停止の旨の一文が羅列されたルールの項目に紛れ込んでいた。


「確かに。公式大会の試合中はログアウトできない!」


 緊急ログアウトというのは、リアルで自身の体に何か問題が発生した場合に、強制的にログアウトされる機能である。

 大きい地震などの災害時や持病の発作時がそうだ。

 だから試合中は自分の意思でログアウトできない。そうルールに明記されているのだ。

 ログアウトがそもそもできないイトナにとっては関係ないルールだから頭から抜けていた。


 これは一筋の光明じゃないのだろうか。


 ログアウト以外にも試合中はアイテムも、逃げるスキルも使用できない。

 しかも1on1。試合が終わるまでは二人っきりになれる。

 今求めている条件が全て合致する。

 セイナもこの好条件に何度も頷いた。


「……いいじゃない。お手柄よノノア。これを利用すればかなり可能性があるんじゃないの?」

「ですが、これって決勝トーナメントでナナオ騎士団と当たるまで勝ち上がらないといけないんですよね。それはちょっと……」


 八雲が口籠る。

 言いたいことはわかる。

 今の八雲はフリーでギルドに所属していない。

 そんな八雲が、最低上位16位まで残れる強豪ギルドに加入し、代表メンバーに入れてもらわないといけない。

 もう予選が差し迫った今、八雲を入れてくれる強豪ギルドはあるだろうか。

 もう予選の競技内容が発表され、優勝を狙うギルドは勝つために準備を進めている。

 いくら八雲が元ナナオ騎士団サブマスターだったとしても難しいだろう。


「そうね。今からじゃギルドに入ることすら難しいわね」


 特段気を使うわけもなく、セイナはありのままの事を言う。


「でも、そんな事はいっていられませんよね。少しでも可能性があるのなら、頑張りたいです。どうすればいいか分からなかったこれまでよりも、明確にやる事が決まっているんです。

 だから今までより全然いいに決まっています。ありがとうございます! 頑張ってみます」


 八雲は拳を握って、やる気満々に立ち上がると頭を下げた。


「やる気を出すのはいいけど、当てはあるの?」

「ありません。ですが、有名なギルドを当たってみます」

「お得意の土下座で?」

「そうですね。私の土下座なんかで入れてもらえるのなら、何度でも頭を地に擦り付けます。私にはそれくらいしかできませんから」


 セイナの皮肉にも八雲は顔色一つ変えない。

 さっきまでの落ち込んで、謝ってばかりの八雲はもういない。

 イトナの知っている律儀でしつこくて諦めが悪い、イトナの苦手だった昔の八雲に戻ったように見えた。


 それを見てセイナは薄く笑みを浮かべると、改めて立ち上がった八雲を見上げる。


「あなた運がいいわね。一つだけ知ってるわよ。高確率であなたを入れてくれる、優勝候補になりうるギルド」

「ほ、ほんとですか!?」

「ええ、ほんとよ」


 はて、そんなギルドがあっただろうか。

 少なくともイトナには心当たりがない。

 セイナは焦らすようにゆっくりとズズッとお茶を口に含むと、次にラテリアの方を向く。


「ラテリアが協力してくれたらだけど」

「私ですか?」


 不意な事に、ラテリアは驚くにも驚ききれていないような抜けた声を出す。

 しかし、ラテリアが協力となると……ああ、そうか、そういう事か。

 なるほど。なるほどなぁ。

 確かに。八雲は運がいい。本当に、運がいい。

 まるで星の巡り合わせが八雲を味方しているようだ。

 

「そうよ。それで? 協力するの? しないの?」

「し、します! するに決まっているじゃないですか! 私が出来ることで八雲ちゃんのお姉さんが助かるなら、なんだってします!」


 その返事に、セイナは一瞬悪い笑みを浮かべた。


「そう! よく言ったわラテリア。言質取ったわよ」

「はい! 言質でもなんでも取ってください!」

「ラテリアさん。ありがとうございます。このご恩はいつか……」

「ううん。当然だよ! 友達じゃないですか!」

「え?」

「え?」


 二人が真顔で顔を見合わせる。

 友情の温度差がとてつもない。

 この場合、八雲の方が正常だと思うけど。


「くださらない話は後にしてちょうだい。そんなことより、そのギルドなんだけど」

「はい。今すぐにでも行ってみます」

「行く必要はないわ。だって、あなたの入るギルドはうちだもの」

「「へ?」」


 再び八雲とラテリアが顔を見合わせる。


「パレンテに八雲を入れる。いいわよね、ラテリア」

「も、もちろんです! ようこそ八雲ちゃん!」


 ラテリアは八雲の手を両手で握り、上下に振る。


「いや、でも……」

「え、嫌ですか?」

「嫌じゃないです! とても嬉しい……ですけど……」


 八雲が言いづらそうに口籠るって、困惑する。

 そうだろう。今のパレンテはイトナとラテリアしかいないんだから。

 八雲が入っても三人。

 〝今のままでは〟人数が足りない。

 だから、


「足りない分はこれから入れる、だよね。セイナ」

「その通りよ」


 セイナが頷く。

 八雲が入れるギルドがないなら作ればいい。

 それも、八雲の事情を知っているメンバーでならこの上ない環境だ。


 「でも誰を……」と、八雲が言いかけたところで、ノックもなく無遠慮な勢いでドアが開いた。

 まるでタイミングを見計らったかのような、グッドなタイミングで。


「おーす! 今日も来た……珍しい客が来てるな?」


 当然のように入ってきたテトは、八雲を見るなり目を丸くする。


「ちょうどいいところに来たわね。テト、あなたパレンテに入りなさい」

「お? おお! 入る! 入るぜ! っていいのか?」

「ダメに決まってるじゃないですか!」


 反射的にラテリアが拒絶する。

 断固たる拒絶だ。

 ラテリアはさっきまで八雲に向けていた笑顔を捨て、ものすごい顔で顔でテトを睨む。


「ダメに決まってないわよ。

 あなた、さっきなんでもするって言ったわよね」

「でも、だって、あの人は……あ……」


 テトを指差して、何か言おうとして開いた口が固まる。

 ラテリアも遅れて理解したのだろう。

 セイナがなぜ、ラテリアが協力すればと言ったのか。


「そ、そういう事……ですか?」

「当たり前でしょう。

 優勝できるくらいの戦力が必要なんだから」


 テトを指差した腕が震える。

 目元はちょっと泣きそうだ。

 そんなに嫌なのか。


「決まりね。

 次にノノア。あなた、テトがいるギルドに入りたかったんでしょ? あなたも運がいいわね。入れてあげるわよ、テトがいるパレンテに」

「うそ……」

「嘘言ってどうするのよ。私は生まれてこれまで嘘をついた事がないの」


 さっきラテリアに嘘ついてたじゃん。

 イトナと八雲にしかわからない、わかりづらい冗談を言うな。


「うそうそうそ!? ほんとぉ!?」

「しつこいわね。言っておくけど、あれだけLv.100って自慢していたんだから結果を残しなさいよ。結果を残せないのならいらないから」

「残す! めっちゃ残すんだから!」


 ノノアは椅子を蹴って立ち上がると、嬉しさ余ってぴょんぴょん飛び跳ねる。


 上位五人の称号を持つ勇者テト。

 元ナナオ騎士団サブリーダーの妖術師八雲。

 レベルが三桁に乗っている魔法少女ノノア。

 そして天使ラテリア。


 客観的に見ても、かなり強い面子だ。

 特にテトと八雲はグランド・フェスティバルの代表パーティにいてもおかしくないプレイヤー。

 ノノアだって決して弱くないし、ラテリアはやればできる子だ。

 そこにイトナが入る。

 セイナが言う通り、優勝候補と言っても申し分ない。


「すっご! テトとイトナ、八雲もいるんでしょ!? もう負けなしじゃない!

 で、で!? 残りの一人は?

 あ、もしかして、もしかすると、サダメリのニアだったり!?」


 ノノアの興奮が最高潮に達している。


「そんなわけないでしょ。これで終わりよ。ここにいるので全員」

「終わりなわけないじゃない。グランド・フェスティバルの予選はね、六人ぴったしのパーティじゃないと参加できないんだから。

 ほら、ここ! ここに書いてある!」


 ノノアがさっきのウィンドウの指差す。

 でも、そんなことはセイナも知っている。

 パレンテは四年前にも参加したんだから。


「前回の予選、どこが優勝したか知ってる?」

「そんなの常識よ! パレンテでしょ! たった五人で優勝したんだから有名……あれ?」


 そう言って改めてウィンドウを食いつくように読み直す。

 でも、やっぱり六人で参加と書いてあるようで、目を細めてる。

 目を擦っても、六人で参加は絶対条件だ。


「今回はルールが変わったみたいね」

「変わってない。周りにはたった五人でーってなっているけど、ちゃんと六人でエントリーしてるのよ。ほら、そこにある優勝パーティの写真を見てみなさい」


 セイナに促されるまま、ノノアは写真を確認する。

 そこにはちゃんと六人が写っているはずだ。


「確かに六人写っているけど……え、これ、本当に言ってるの?」


 写真とセイナを交互に見比べて驚く。


「セイナが参加したってこと?」

「そうよ」


 そういうことだ。

 実はセイナは前回のグランド・フェスティバルにパレンテとしてエントリーしている。

 もちろん、Lv.1だから戦闘等、ステータスが関わることはできないけど、予選の競技の中にはボードゲームのような頭脳戦を趣旨としているものがあって、それならセイナでも成績が残せる。

 予選までは活躍ができるのだ。

 予選での成績は、ギルドの最終順位は公開されても、個人の成績は公開されない。

 公開されて行われる決勝トーナメントからはセイナを除く五人で行ったため、セイナの活躍はギルド内でしかわからなかったって事だ。


「私が参加するからには、負けは許さないんだから」



÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷−÷



 色々な人がパレンテに入る。

 そう決まってから数分後。

 パレンテホールにはラテリアと八雲の二人だけが残っていた。


 ノノアはリエゾンを抜けるために、リエゾンホールへ。

 テトとイトナは、テトがギルドを抜けるために黎明ホールに向かったからだ。

 セイナはみんなが出て行くなり、自室に入ってしまった。


 だから残ったのは八雲とラテリア。

 二人っきりになってしまった。


「なんだか、色々なことがあってビックリしてしまいました」


 皆がいなくなった勢いで静かになったところで、八雲がポツリと呟いた。


 本当に色々な事が、しかもとんでもない事が、物凄い勢いで決まっていった。

 セイナというNPCには毎回驚かされる。

 八雲はそうつくづく思っていた。


「ほんとですね。まさか一気に三人もギルドメンバーが増えるなんて思いませんでした」


 隣で苦笑いするラテリア。


「すみません。私のために……後でお礼を言わないとですね」


 そうだ。お礼をしなくちゃいけない。

 いっぺんに色々決まったせいで、お礼どころか、発言一つ出来ていなかった。

 まだ、頭が追いついていない部分もある。

 そもそも、なんで黎明のギルドマスターがパレンテに入る事になっているのだろうか。

 テトは二つ返事で入ると言った。

 もしかして、前からパレンテに入る入らないの話があったのだろうか。

 まずそこから知らない。

 八雲は知らない事だらけだ。


 でも、結果だけはどうなったか理解したつもりだ。

 色々なギルドのメンバーがパレンテに入ってグランド・フェスティバル予選の優勝を目指す。

 その過程でナナオ騎士団と当たり、姉さんと、玉藻と八雲が二人っきりになる時間を作ってくれるために。

 そんな事がことの数分で決まってしまったのだから、やっぱり驚きだ。


 その短い時間を作るために、セイナが色々と動いてくれたのだ。

 前に殺そうとした八雲のために。

 感謝しても、しきれない。


 あと、ラテリアにもだ。

 ラテリアにも酷いことをしたはずだ。

 なのに、なんでこんなにも純粋な目で八雲を心配してくれるのだろうか。


「ラテリアさんも、ありがとうございます」

「ううん。とんでもないよ。一緒に頑張ろう! って、一番頑張らないといけないのは私ですね……。

 あ、でも、その前にお互いのことを知らないとダメですよね。ギルドはチームワークが重要なんですよ。お姉ちゃんが言ってました」


 ラテリアはそう言いながら、いつのまにか空になっていた八雲の湯のみにお茶を注いでくれた。


「あ、すみません」

「なので今日はたくさんお話ししましょう。八雲ちゃんの話聞きたいです」

「そうですね。私も早くラテリアさんと友達になれたらと思ってます」

「え、まだ友達じゃないの?」


 ラテリアに本当にびっくりした顔をされてしまう。

 どうやら本気でラテリアには友達と思って貰えているらしい。

 八雲がおかしいのだろうか。

 八雲の考える友達のハードルを他の人より高いのだろうか。


「すみません。学校とか言った事がないせいでしょうか。いまいち、友達という関係がわからなくて……。決して、ラテリアさんが嫌いというわけではなく、ただ、わからないと言いますか」

「そうなんですね。私は会ったらもう友達だと思ってましたけど……確かに。友達ってどこから友達なんでしょうか」


 考えた事がありませんでしたと、ラテリアまで悩み出してしまう。

 でも、会ったら友達理論はちょっと大雑把過ぎると思うけど。


「あ、そうだ。中学一年生の時に流行った友達の儀式をやりましょう。これをやればもう友達です!」

「友達の儀式ですか?」

「はい。身につけているものを一日だけ、交換こするんです。髪飾りとか、ストラップとか。

 物の貸し借りをする仲になれば、それはもう友達です」

「なるほど」


 確かに。

 友達とはなにかと色々考えてみたけど、結局、始まりはきっかけなのかもしれない。

 何かの縁で出会って、何かのきっかけがあれば、それはもう友達なのかもしれない。


 では早速と、ラテリアは自分の身につけていた髪飾りを渡してくれた。

 可愛らしい、羽根の髪飾りだ。


 それならと、八雲も髪飾りを外す。

 姉さんから貰った髪飾りだ。


「これでもう友達ですね」


 お互いの髪飾りを交換して付ける。

 たったそれだけで、本当に友達になれたような気がした。


 それから、二人はたくさん話をした。

 姉さん以外の人とこんなに話したのは初めてかもしれない。

 そう思うほど、たくさん、たわいのない話をした。


 ログアウトするこれにはもう、八雲の中でもラテリアは友達。

 そう自然と思えた。

 八雲にとって、初めての女の子の友達だ。


挿絵(By みてみん)

わき

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