12
神秘のオアシス。
幻想的な泉の上に七人の天使が舞い降りた。
「なんの冗談だこれは!」
「ユッピー様がいっぱいいます!」
「ちょっと小梅!」
大変な事になった。
泉に落ちたユピテルは七人に増えて、泉の女神と一緒に現れたのだ。
「貴方の落としたユピテルさんはどのユピテルさんでしょうか」
女神が困ったイトナを見て楽し気に尋ねてくる。《久延毘古ノ神眼》が使えないと知ってだろう。
「イトナくん! さっきのスキルを使えば!」
「ごめん。もう切っちゃったから今はクールタイム中なんだ」
「クールタイムはどれくらいなの?」
「あと三日……かな」
「三日!?」
難易度5のスキルのクールタイムは異様に長い。
難易度5はそれ程切り札って事だ。
「ど、どうすればいいんですか!?」
ラテリアが緊急事態に気づき慌てる。
どうしよう。
落ち着こう。
まずは状況確認だ。
「もし間違ったユピテルを選んだらどうなる?」
「間違った? いえ、もし貴方方が正直でない答えをした場合、罰として何も与えません。この場合……アカウントを削除させていただきます」
泉の女神が答える。
正直って、あくまでもそういう設定ってことか。
しかし、マズイな。
選択を誤ったらアカウント削除。アイテムと同じ扱いか。
「アカウント削除!? 嘘でしょ!?」
「アカBANはやり過ぎだろ!」
「「ふえぇぇぇん。助けてニアちゃーん」」
七人のユピテルの情けない声がハモる。
ヤバイ。全然違いがわからない。
全員全く同じ動きだ。
本物のユピテルが動き出して、それを真似ているような誤差はない。
「ユピテルがいなくなるなんて冗談じゃねーぞ!」
「そうよ! もうすぐグランド・フェスティバルの予選なのよ!」
ユピテルの喪失はサダルメリクにとって大きすぎる損害だ。
「なにかいい手はないの?」
「うーん……」
今回は多分やきっとで選んじゃいけないものだ。絶対に外しちゃいけない。
確実に当てるんだ。
しかし、ずっと頼ってきたせいで思い浮かぶのは《久延毘古ノ神眼》、それ以外となると浮かぶものがない。
「ねぇ。あの中で本物は一人なんでしょ? なら本人に聞いてみればいいんじゃないの?」
「そ、それです! 流石ノノアちゃん。本物のユピテルさんはどちらですか」
「「本物は私よー!」」
全員のユピテルが手を挙げて自分が本物と主張する。ダメじゃん。
「違う。ちゃんと本物ってわかる質問をするのよ」
そうか。ユピテルしか知らない事を聞いて、正しく答えられたユピテルが本物って事ってことだ。
「でかしたリエゾンの! えっと、昨日食べだ夕飯はなんだ?」
「カレー!」「ハンバーグ!」「鯵の開き!」「オムライス!」「麻婆豆腐!」「すき焼き!」「ビーフシチュー!」
よし! 全員違う回答だ。……で、どれが本物だ?
「ちょっと! 私達が分からなきゃ意味ないじゃない!」
「す、すまん。えっと、えっと……」
「ズルは禁止です」
女神はそう言うと、人差し指を一振りする。
すると、全員のユピテルの口にテープが貼られた。
「「ん"ー!?」」
これでユピテルの口が封じられた。
「ちょっと! ズルって! 当てられそうになったからって、できた事を途中でできなくする方がズルじゃない!」
「……最初にズルをしたのはそちらです。できるんだからしょうがない。でしたっけ? 恨むなら今までズルをしてきたそこのプレイヤーを恨んでください」
イトナを見てフンと鼻で笑う。
今までの仕返しって事か。
この女神、性格悪いぞ。
女神のくせに心が狭い。女神ならこの泉くらい深い御心を持ってほしいものだ。
「どーすりゃいいんだよ!」
「どうするって……そうだ! イトナくんが最初に言ってたけど、全員とって逃げちゃうとか?」
「全部って七人のユピテルをか? いらねーよそんなに!」
ラヴィがさらっと酷いことを言う。
「「ん"ん"ん"ー」」
それにユピテル達が涙目で抗議を上げる。
そもそもあの女神から奪い取るのは本当にオススメできない。
なんたって、あのニーズヘッグが手出しできないくらいに強いから。
「もう正攻法で見分けるしか……」
「マジか……」
この女神の性格だと爪の長さが微妙に違うとか、絶対わからないような違いで用意していそうだ。
そんなせこい違いだと、どれが本物か見分けるのは厳しい。
運要素が絡まってくる。
本当に切羽詰まってきた。
確率は七分の一。
最悪ユピテルのアカウントは……。
「小梅、本物のユッピー様わかりますよ?」
「え?」
お通夜のような雰囲気の中で、小梅はきょとんとした顔で言う。
「小梅、一回でも間違えちゃいけないの。適当じゃダメなのよ?」
「適当じゃありません」
小梅は真顔だ。
本当に適当ではなさそうだ。
……小梅の中ではだが。
「なんでって説明できるの?」
「できます。まず、ユッピー様の指輪は赤色です」
そこでみんながユピテルの指輪を確認する。
確かに一人だけ色が違う。
「おお! 小梅偉いぞ!」
そうだ。こうやって一つずつ見分ければ、確率は上げられる。
消去法であと六人。
六分の一だ。
「あと、ユッピー様の着ている服のボタンは四つです」
「……それはわかんねぇ」
「ちょっと待って、前に撮ったビューショットを確認すれば……うん。合ってる。ボタン四つ!」
ボタンが四つのユピテルは三人だけ。
一気に絞れた。
「小梅ちゃん凄い!」
「こりゃ、もしかしたらもしかするぞ!」
ここに来て小梅が大活躍だ。
「それでそれで?」
それから小梅は手の体温を指摘した。
どうやらユピテルは冷え性で手を握ると少しひんやりしているらしい。
イトナにはわからない情報だったが、ニアが「前に、冷え性って言ってたかも」と呟く。
凄い。
本当に凄いぞ、小梅。
言われれば確かにと思うものだけど、どれも些細なものには違いない。それをこの短時間で的確に見破るなんて、そうそうできるものではない。
これで二人に絞られた。
あと一人だ。
「それで? 本物のユピテルはどっちなの?」
「こっちです!」
小梅が迷いなく指をさす。
その目には自信があふれていた。
みんなの期待の視線を前にしても、この堂々たる自信。
もう確信していると、小梅先生はそうおっしゃっている。
「一応理由を聞いてもいい?」
「はい。ユッピー様、昨日はハンバーグだったって言ってました!」
「「最初からそれでいいじゃん!」」
全員から総ツッコミがはいる。
それを最初に教えて欲しかった。
いや、でも、最初に小梅がそう言っても、みんな信じなかったかもしれない。
小梅があそこまで本物のユピテルを言い当てたからこそ、みんなの信頼を得たのだ。
小梅が正解を言い当て、無事、ユピテルが解放される。
ユピテルは泣きながら小梅に抱きついていた。
小梅はいつもユピテルの側にいる。
小梅といえばユピテル。
ユピテルといえば小梅。
そんな二人の絆が、今回ユピテルを救ったのかもしれない。
感動の瞬間だ。
ラテリアが涙して、抱き合う二人を見ている。
……まぁ、そもそもユピテルを泉に落としたのは小梅なんだけどね。それは黙っておこう。
因みに、神秘のオアシスでユピテルは何が強化されたのか教えてもらえなかった。
ステータスなのか、レベルなのか、イトナとしても興味があるのだけど、顔を真っ赤にして「イトナくんはダメー!」って言われた。
イトナだけダメらしい。謎だ。
それから、聖水泉に戻り、ラヴィが《巨人の斧》を使って、スカイアイランドへ続く大樹を切り落とした。
ラヴィは斧も使えこなせるらしい。
華奢な体なのによく大きい武器を使えるものだ。
大樹を切り落としたことで、聖水泉から水が湧き出し、リベラが元の姿を取り戻どしていく。
これで一件落着。
想定より、かなり大変な思いをした気がする。
そもそもの発端はイトナだけに言いづらいけど、問題は小梅だ。
この先、いざ命に関わる時が来た時、こうもトラブルが発生すると取り返しがつかないことになる可能性は大いにあるだろう。
要注意人物だ。
「一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなったわね」
「おつかれー」
「お疲れ様です」
緑が芽吹いていくリベラの風景を見ながら、お互いに労いの言葉を交わす。
「この後どうしよっか。時間も中途半端になっちゃったし」
これからクエストに行くには際どい時間。それに人数も中途半端だ。
「軽く打ち上げして解散しましょうか。今年の夏はイベントが多いです。こういう時に宿題を片付けるようにした方がいいでしょう」
「ま、そうだな」
「そうね。宿題は計画的によね」
「小梅、今日は算数やります!」
宿題という単語にみんな嫌な顔一つしない。
優秀か。
微妙な顔をしているのはイトナだけだ。宿題なんてないんだけどね。
「そうそう。一応、リエゾンにトゥルーデの報告も終わらせちゃいたいかな。イトナくんもいるし」
「んー。僕はいない方がいいかな」
「そう? じゃ私から報告しておく」
こういうリエゾンへの報告はホワイトアイランドでは暗黙のルールとなっている。報告すれば、その情報を拡散してくれるし、win-winではある。
トゥルーデ攻略はサダメリの名誉挽回のためだったしね。
それに、攻略情報が公開されることはいいことだ。知識面でプレイヤー全体の技量が底上げされる。
「あー。あと海ね。次の日曜日。ラテリアちゃんには言ってあるけど、イトナくんもちゃんとセイナさんを連れて来ること。お願いね」
あ。
そうだった。海だ。頭から抜けていた。
「小梅は大きな浮き輪で遊びます!」
「お前、浮き輪程度で浮くのか?」
しまった。かなり言いづらい雰囲気だ。
「あー、あの、ニア。その事なんだけど……」
事情を説明する。
黎明との約束の関係で、グランド・フェスティバル予選まで時間があまりが取れないこと。
つまり、イトナは海にはいけないことを。
ガトウと約束を交わした時にニアもいたし、嘘を疑われることはない。
けど、ニアの顔はとてもつまらなそうだ。
「まぁ、しょうがないわよね」
口ではあまり文句を言ってこない。
ダブルブッキング……とはいえ、聞こえは悪いけど、海の予定はニアが勝手に入れたものだからだろうか。
「ほんとごめん」
「もったいないなぁ。こんなハーレムメンバーで海なんてそうそう無いぞイトナくん」
ラヴィが肘で突いて来る。
イトナとしてはそれが決していいとは限らないんだけどな。
「ニア、そんな顔しなくてもいいじゃないですか。予定が合わなかったらグランド・フェスティバルが終わって、落ち着いてから行けばいいじゃないですか」
「……」
風香の提案を聞いて、ニアはチラリとイトナの方を向く。
「うん。グランド・フェスティバルの後なら予定ない……かな」
グランド・フェスティバルの本戦が終わり次第、チュートリアルを終わらせるつもりだったけど、その前に最後の息抜きをするのも悪くない。
「絶対?」
「約束するよ」
『また神秘のオアシスに行ってくれる?」
「え?」
いきなり念話が飛んできた。
ニアはジッとこっちを見ている。
『二人っきりで』
『……前向きに考えておくよ』
「そう? じゃあ許しましょう」
許された。
二人っきりっていうと、どういう展開になるか何となく予想はできるけど、しょうがない。すっぱりと振る男になるのだ。
ニアとは友好的な関係でいたいから、言葉は選ばないとだけど。
「日曜日の海は無しですか?」
ニアのお許しをもらえたが、今度は小梅が口を尖らせる。
「別に年に二回海に行っては行けないなんてルールはありません。次の日曜日も、その後も行けばいいじゃないですか」
「二回も行っていいんですか!?」
小梅は大喜びだ。
せっかくの夏休みだ。楽しみがいくつあってもいい。
それに最後の夏休みになるかもしれない。
……いや、やめよう。
ループしているイトナが言ってはいけないことだ。
今回でこんなゲームは終わらせる。
だからきっと、また楽しい夏休みはやって来る。
ユピテルは胸が強化されました。




