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《帝龍 ニーズヘッグ》とは、 Lv.190のホワイトアイランド、果てのダンジョンである白の世界樹の門番である。
この世界でたった十二体の龍の名を持つボスモンスターの内の一体。
それはは堅牢な黒い鱗を持ち、鯨ほどの巨体を誇っている。
普段は地中に姿を消しているが、目がない代わりに敏感な聴覚をもっており、縄張りである白の砂漠に立ち入る物がいれば地上へ姿を現わし、龍の名に恥じない暴力的なステータスを持って容赦なく蹂躙する。
七大クエストのボスの多くは、ヨルムンガンドの住まう《彷徨う大蛇の洞穴》の祠や、コカトリスの卵のように、攻略の手掛かりになるようなギミックが用意されている。
しかし、龍にはそのようなものがなく、シンプルにあらゆるステータスが高い。
それが、格下のプレイヤーの攻略を許さない理由の一つである。
それに加え、ニーズヘッグの特質はなによりも地中での移動速度だ。
随分前に、こんな実験をした事がある。
この広大な白の砂漠で、真反対に人員を置いて順番に石を投げてみるというものだ。
白の砂漠に石を投げいれれば、それに反応してニーズヘッグが姿を現わす。そこで真反対側からすかさず石を投げた場合、どれ程の速度で真反対側に姿を現わすか。
結果は約2秒。
直径20キロはありそうな距離を2秒だ。
もはやワープと言っていい。
そんな驚異的な移動速度をもっているせいで、過去に白の砂漠を多くのプレイヤーで囲い、一斉に白の世界樹を目指すというイベントがあったが、物の見事に殲滅された。
それ以来、真面目に白の世界樹を目指そうとする者はいなくなった。
せこい小細工は効かない。それが龍種なのである。
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イトナが白の砂漠の境界線をスタートラインに見立て構える。
その少し後ろにラテリアが構え。
更にその後ろにみんながいる。
作戦をおさらいしよう。
まず、小梅が小石を投げ入れる。
これでニーズヘッグは最初に小石に食いつく。
その隙にイトナがスタートを切り。
白の世界樹を目指して真っ直ぐ駆け抜ける。
次にラテリアだ。
ニーズヘッグの使命は白の世界樹の死守。
つまり、ターゲットは白の世界樹により近いプレイヤーを優先する。
だからラテリアにはイトナより前に出ない程度の位置で神秘のオアシスの捜索を行ってもらう。
まぁ、ラテリアに追いつかれるつもりはないが。
そんなせこい小細工をフルに活用して今回は神秘のオアシスを目指す。
「準備はよろしいでしょうかー!」
緊張感のない声で小梅が合図をする。
それに腕を上げて応えた。
「それではぴっちゃー小梅。参ります!」
小梅が程よい小石を拾い上げると、大きく脚を上げる。
そしてオーバースローのピッチングフォームで小梅は思いっきり腕を振り抜いた。
小梅ほどのステータスを持つプレイヤーが本気で投球すれば、どれ程の距離を飛ばせる事が出来るだろうか。
これならだいぶ離れた位置にニーズヘッグが現れるはずだ。
そう思うのも束の間、すぐ後ろでカッと変な音がした。
ん?
その次にイトナの目の前を何かが通過した。
上から下へ。
なんだとそれを目で追うと、それは小石の破片のようなもので、ちょうど白い砂の上に着地したところだった。
「すとらーいくっ! ばったーあうっ!」
そんな小梅の楽し気な声が聞こえ、
次の瞬間、目の前の白い砂が大爆破したかのように吹き上がると、その中に真っ黒な巨体が姿を現した。
「ぐおおおおおおおおおお!」
目が無い丸く長い顔。
穴があるとかでは無い。元々目が無い生物のような作り。
見間違えることはない。
怒りの咆哮を上げ、現れたのはニーズヘッグだ。
目がなくとも気配でわかるのか、この場にいるプレイヤーが何人いるか確認しているかのように頭を動かす。
「ひぃっ!」
ラテリアのビビる声が聞こえる。
「なにがストライクだ! 暴投もいいところだろ馬鹿野郎!」
大方、小梅の投げた小石は地面に叩きつける形で投げられ、その衝撃に耐えられず割れた破片の一つがさっきイトナの前に落ちてきたやつなのだろう。
みんな白の砂漠の外側にいる。
ニーズヘッグは白の砂漠から出ることはできない。
だからといって、ここが安全とは言えない。
ニーズヘッグは仰け反るように首を引いた。
口角から粒子のような光が漏れ出る。
やばい。龍の息吹が来る。
「ちょっとちょっとちょっとー! 大変な事になってるんじゃないのこれぇ!?」
「みんな私の後ろに!」
「え」
ニアがバックラーを構える。
「《サンクチュアリィ・オール》!」
強力な全方位防御スキルを発動させる。
「《ウォーシールド》! 《スターシールド》! ……」
続けてニーズヘッグの息吹に受けて立つと言わんばかりに次々と盾を並べていく。
いけるのか?
真っ向からの攻撃を防ぎきれるのか?
レベル差50以上で、相手は龍だぞ?
いや、無理だ。
いくらニアが防御特化のプレイヤーだとしても、部が悪すぎる。
特に龍の中でもニーズヘッグの息吹とは相性が悪い。
そもそも、ラテリアがニアの元へたどり着けていない。
ラテリアとニアのどちらかでも欠ければ、今日中にクエスト完了が難しくなる。
どうする。
もう息吹をキャンセルさせるには遅すぎる。
龍の息吹は必ず放たれる段階まで来ている。
直撃は耐えられない。
でも、直撃でなければ……いけるか?
どうにかして息吹の軌道を変える。
余波も激しいが、これならニアがなんとか出来る範囲だと思う。
よし。
これで行こう。
息吹の軌道を変える。
つまりガツンと一発強い攻撃を頭に当てて、出元をずらしてやればいい。
時間がない。
でも焦るな。
早すぎてもダメだ。
息吹を撃つ直前に、角度が重要だ。
「《フェイタルストライク》!」
最大限まで威力を込めたものを撃った。
漆黒の銃弾は音もなく、ニーズヘッグの顔めがけて放たれる。
瞬時に反応したニーズヘッグは、ほんの少し、イトナの方を向く。
だが、避けるまでの反応はできていない。
フェイタルストライクの弾はニーズヘッグの顔側面に直撃する。
その直後、龍の息吹が放たれた。
遅れて、シュンッと細い音が耳に届く。
凄まじく早い光線が空を駆け、ニアの展開した盾の端を粉砕しながら、みんなの斜め後ろの地面を貫き潜り込んだように見えると、
一瞬の間を挟んで、地面が膨れ上がってーーー。
大爆発が起こった。
「っく!」
強烈な爆風が襲いかかり、ニアが最初に展開した《サンクチュアリィ・オール》が揺れる。
「きゃっ」
ニアのスキルに入ることができなかったラテリアは短い悲鳴を残して、紙切れのように吹き飛ばされる。
「ラテーーうぉおっ!」
ラテリアを追おうとするも、爆風がイトナのところまで到達し、大きく吹き飛ばされた。
視界が回る。
そんな中でも、地面の方向と着地する距離の間隔に集中する。
着地したらすぐにやらなくてはいけない事があるからだ。
あの様子だと、ニアのスキルは耐えきれないかもしれない。
ラテリアと同様に吹き飛ばされたとしたなら、みんな白の砂漠の中に落ちる可能性がある。
小梅、今はチュートリアルだから笑い事で済むけど、これが本番だと大変なことにだぞ。
白い砂に足がつく。
細かい砂は柔らかく、衝撃が少ない。
着地と同時、イトナは全速力で白の世界樹を目指して走った。
イトナが走り出すと、後ろから強烈な気配が迫るのを感じ取る。
「……よし、いい子だ」
ニーズヘッグは白の世界樹に最も近いプレイヤーを狙う。
ニーズヘッグしかいないこの砂漠は、奴さえ惹きつけてしまえば、他のところに脅威は無くなる。
これでみんなが白の砂漠内にいてもとりあえずは安全なのだが……。
そもそも無事かどうかが心配だ。
『ラテリア、無事?』
『ゲホ、ゲホ、な、なんとか生きてます』
よし。ギルド通話でラテリアの安否ができた。
あとはニアたちだ。
これはイトナから確認するより、パーティに参加しているラテリア経由の方が早いだろう。
パーティに入っていれば、みんなのHPができるはずだ。
『みんなは?』
『見当たらないですけど、無事みたいです! でも、みんな砂漠の中にいるみたいで……ど、どうしましょう!?』
誰もゲームオーバーになっていない。なら、風香もきっと大丈夫だろう。
『オーケー。大丈夫。ニーズヘッグは僕が惹きつけてるからそっちは安全なはず。ラテリアはオアシスの捜索を始めて。みんなには砂漠から出るように伝えてくれるかな』
『わかりました! でも、イトナくんは?』
『大丈夫。コイツは得意なんだ』
『え?』
そこでギルド通話を終える。
ニーズヘッグが地中に潜って先回りし、イトナの前に立ちはだかってきたからだ。
あまり使われていないだろう翼を大きく広げ、まるでここから先は通さないと言っているかのようだ。
でも、イトナには焦りはなかった。
帝龍 ニーズヘッグ。
奴は間違いなく、このホワイトアイランドで二番目に強い。
この前ギリギリで倒したトゥルーデより遥かに強い。
でも、何故余裕があるのか。
それは、コイツを何度も何度も倒した事があるからだ。
ニーズヘッグは固定のボスモンスターであり、世界が切り替わっても変わらない存在。
ループプレイヤーにとっては、特にホワイトアイランドのループプレイヤーであるイトナにとっては、攻略し尽くした相手だ。
レベルが、格が上だろうとも、はっきり言おう。
今のイトナでもソロで攻略可能だと。
まぁ、専用の装備を用意して、3日ほどかければの話だけど……。
でも、足止めくらいなら今の装備でも十分だ。
だから、実はというと石を投げ入れるなんて狡い事しなくてもなんとかなったんだよね。
あれはあれで必要な演出だった思ったんだけど、今になっては全くの無意味になってしまった。
まぁ、とりあえずはコイツの相手だ。
「さて、せっかくだし少しの間、練習相手になって貰おうかな」
様々な武器を砂漠に突き立て、イトナはニーズヘッグを見上げた。
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ニーズヘッグと危険なじゃれ付き合いを楽しむこと数分、ラテリアからオアシス発見との連絡が届いた。
予定よりかなり早い発見だ。
やっぱり空から探せたのが大きいのだろう。
少し物足りなさを感じつつも、イトナはニーズヘッグから手を引き、神秘のオアシスでラテリアと合流した。
「《エマージェンシー・コール》」
ラテリアが召集すると、みんな感銘を受けた良いな声を漏らした。
「おぉー……」
その気持ちはよくわかる。
ここ神秘のオアシスは白の砂漠とのギャップが激しく美しい場所だからだ。
砂漠の中に緑が……といよりも、少しだけ緑がかった白い水晶のような植物が辺りを彩っている。
草も木も花も、キラキラ光るその中央に、
驚くほど透き通った泉があり、そこには風に揺られて水面をたゆたう宝石のような紫陽花。
幻想都市リベラを超える幻想的絶景がここにある。
綺麗な景色とかあまり興味がないイトナでも、最初ここに来た時は息を呑んだものだ。
「綺麗……」
「見てください! ここの花、全部クリスタルでできてます!」
「ホントだ。かってぇ。すげーな。でもこれ植物なのか? こんなの初めて見るぞ」
やっぱり女の子はこういうのが大好きだ。
ここまで綺麗だとそれもわかるような気がする。
「あ、ごめん。すっかり見惚れちゃったけど、小梅! ちょっとこち来なさい」
ニアが怒った口調で小梅を呼ぶ。
「なんて言うの」
「先程は大変失礼致しました」
小梅が頭を深々と下げる。
その頭をニアがぽこっと叩く。
「NPCのマネじゃなくってちゃんと謝りなさい」
「ごめんなさぁい……」
ニアの怒ったような空気に押されてか、小梅はしょんぼりと謝る。
まるで小梅のお母さんだな。
「なんとかなったし、大丈夫だよ。でも次はふざけないようにね」
特にチュートリアル後は勘弁してもらいたい。
「ふざていいのはユピテルとだけにしなさい」
「はい!」
「え?」
それに小梅は元気よく返事をした。
うん。まぁ、メリハリは大事だからね。
「それにしてもホワイトアイランドにまだこんな所があったなんてね」
「夜になるともっと綺麗だよ」
暗くなると月明かりでより水晶がより光って見えるからだ。
ただ、黒い体を持つニーズヘッグは夜空と保護色見たくなるからあまりオススメはできないけど。
「へぇ。いいなぁ。見てみたいなぁ。ねぇ、イトナくん。今度は二人っきりで……」
「ニアさん!」
ラテリアが嗜めるように割って入る。
おこである。
イトナもそこまで鈍感なわけではない。自分が2人に好意を持たれているのは理解しているつもりだ。
嬉しい……けども、それに応えることはできない。
別にヘタレだからってわけじゃない。
いや、ヘタレかもだけど、そこじゃない。
そもそも、生きている世界が違う。
今のフィーニスアイランドにいるプレイヤー達と、イトナのいた世界は別なのだ。
これは様々なフィーニスアイランドで得た情報で結論付けたもので、恐らくは間違ってはいないと思う。
詳しいことはまた別の機会にしよう。
そして、歳だ。
もうあまり考えないようにしてはいるけど、イトナの生きた時間はもう170歳を超えている。
もはや人間の生きれる年月を超えている。
恐らく。いや、間違いなくリアルのイトナの体は死んでいるだろう。
そう。もう死んでいるのだ。
今どうしてここに存在できているのかは分からないし、こんなファンタジー世界で理由を考えても解答は得られないだろう。
でも、普通に考えてイトナの本当の体はリアルにある死んでいるのは確かだ。
恋愛しても相手を悲しませるだけだ。
このゲームの終末がクリアでもゲームオーバーでも、どちらにせよそこで必ずお別れがある。
イトナとの恋愛の先に、明る未来はないのだ。
……どうせモテ期が来るなら生きているうちに来て欲しかったな。
いや、多分昔の自分だったらなかったか。
そんなことで、煩悩を捨ててこのゲームを終わらせることに専念する。
こんなにも長くこの世界で生きているのはそのためなのだから。
「イトナくん?」
「あ、ごめん。少し考え事。ちゃちゃと終わらせちゃおうか。ニア、クエストで貰ったアイテムを」
「はい。これをこの泉に落とせばいいのね?」
ニアがインベントリから《風化したなにかの塊》を取り出す。
そして、それを泉に落とした。
ドポンと音を立てて、沈んでいく。
それをみんなで見守り、見えなくなるくらいになると、
泉がペカーと光った。
「おお」
すると、泉の中から1人の女性が現れ、水面に佇んだ。
水の中から現れたというのに、一切濡れていない。
乙姫様のような格好をしたその人物は、とても優しい顔で辺りを見渡し、イトナを見つけると露骨に嫌そうな顔をした。
この女神はいつもそうだ。
「女神様です! 女神様が出てきました!」
小梅は尻尾を振って大喜びだ。
イトナもこれを最初に見せられた時は素直に凄いと思ったものだ。
「NPC?」
「うん。でも、特別なNPCでめちゃくちゃ強いから奪い取るなんてことはしないようにね」
「貴方の落としたアイテムはこのアイテムですか? それともこのアイテムですか? それともこのアイテム? それともーー」
「え、ちょっと」
「おいおい……」
泉の女神は童話になぞって、アイテムを出してきた。
しかしその数が全然違う。
童話では二つだった。
でも、宙に並べられたのは七つ。
しかもその七つとも全てが瓜二つの物で、どれが本物か見分けがつかない。
「これは……?」
ニアが指をさして尋ねる。
ここは童話になぞられていないからだ。
「アイテムのグレードアップだからね。ノーリスクってわけじゃないんだ。この中から正解を当てられれば、グレードアップされたアイテムが貰える。失敗したら……」
「失敗したら?」
「没収されちゃう」
つまりは七分の一の確率で強化成功ってことだ。失敗したら何も残らないけど。
「ちょっと! 聞いてないんだけど!」
「ま、まぁ。ちゃんと必勝法はあるから」
「必勝法って、これ全部同じに見えるんだけど」
「一応些細な違いはあるんだよ」
ニアとラヴィが近づいてそれぞれの《風化したなにかの塊》を確認する。
「確かに。これとこれとじゃ色が若干違う……気がする」
「これもここの凹みが少しだけ違うかも?」
「……こりゃあれか。落とす前にビューショットをいろんな角度から撮っとけばいいのか?」
ビューショットとは視界を画像として保存する機能だ。写真って感じで。
「必勝法ってそういうこと? 違いが些細すぎてビューショットがあっても自信を持てないんだけど……。もしかして失敗したらまた最初から?」
失敗したらそうなる。
でもラテリアがいるし、やり直しし放題ではある。
けど、必勝法はそれじゃない。
「ビューショットは正攻法かな。必勝法は別にちゃんとあるから」
「ねぇ、イトナくんってこういうの多くない? 事前にちゃんと言っといてほしいかな。いつも手伝ってもらってる側だけど、知らなくて取り返しのつかないことをしちゃうかもしれないじゃない」
「ごめん……」
ニアに怒られた。
そうかな。確かに情報を勿体ぶる癖があるかもしれない。
嫌な癖だな。直さないと。
「それで? その必勝法は?」
「正確に見破るスキルがあるんだ」
「なんだよ。またイトナ頼りの方法かよ」
ラヴィが文句を垂れる。
こればっかりはね。みんなできちゃったら装備を強化し放題になってしまう。
《風化したなにかの塊》の前に出ると、スキルを使用した。
「《久延毘古ノ神眼》」
ミスティア戦でも使用した全てを見通す心眼を得るスキル。
見た対象の様々な情報が文字や数値で表示される。
他のループプレイヤーと比べても多数のスキルを持つイトナのでも主力にしているスキルで、かなり便利なものだ。
「なにそれ! 目が青色になってる。カラーコンタクト見たい!」
そう。これらの魔眼とか心眼とかのスキルを使用すると眼の色が変わるらしい。
たしか《未来視悪魔ノ魔眼》だと赤だとか。
自分では自分の目の色はわからないから聞いた話だけど。
わざわざ鏡の前で使用するのも勿体無いしね。
しかし、何故かニアが嬉しそうだ。
「ねぇ、イトナくんちょっとだけこっち向いてくれる?」
「ん?」
「……うん。もう大丈夫」
「……?」
なにが大丈夫だと言うのだろうか。ニアは何故か満足気だ。
「見て。レアイトナくん」
「あ!」
どうやらビューショットで目の青いイトナを撮ったらしい。
「い、イトナくん! ちょっとこっち向いてください!」
何故かラテリアも撮りたいらしい。
別にいいけど、そんないいものじゃないと思うけどなぁ。
撮影会も程々に、並べられた 《風化したなにかの塊》を確認すると。
視界には情報が出て、 《風化したなにかの塊(偽)A》《風化したなにかの塊(偽)B》と並んで行き、(偽)が付いていないのを見つける。
「落としたのはこれで」
正解を選択すると泉の女神はつまらなそうな顔をする。
「……正解です。正直者にはこちらをお贈りしましょう」
感情のない棒読みでとりあえず台詞を読んだ感じだ。
このNPCはイトナを嫌っているのだ。
どうやらこのNPCは特別なようで、イトナと同じようにループしているらしく、イトナの事を覚えている。
嫌われているのはズルして当てているからだろう。
でも、できるんだからしょうがないよね。
並んだ《風化したなにかの塊》が宙で円を作るように回り出し、一つに収束する。
そこに現れたのは金色に輝く立派な両刃の斧だった。
「金色!」
それに小梅は指差して大喜びだ。
金色好きだからね。小梅は。
イトナはその斧を手に取り、ニアに渡す。
一応確認したけど、アイテム名は《巨人の斧》。これで間違いない。
「流石イトナくん。クエストが更新されて、これを使って大樹を切り落とせだって」
「やったな」
後は戻って大樹を切り落とすだけ。
どうやらこのクエストの山は越えたようだ。もう終わったと思って問題ないだろう。
それなら何かついでに強化しておこう。
ここにはそう頻繁には来ないし、《久延毘古ノ神眼》も、クールタイム的にそうホイホイ使えるスキルではない。
インベントリを開き、強化可能な装備を探す。
といっても、イトナの所持する装備の殆どは極限までに理想に近い物ばかりだ。
そんな中で、一つだけ強化の余地がある装備を選ぶ。
最近ラテリアの装備素材のためにと買った奴だ。
せっかくだし、これを強化しとこう。
「あーーーー!!」
《マジカルステラ》をインベントリから取り出すと、横でノノアが指をさして声を上げた。
「え、なに?」
「それ! 私の!」
ノノアの?
いやいや。これはこの前ちゃんとお店で買ったやつだよ。
「それ! ずっと前から私が買おうとしたやつなのに!」
「あ、ああ。そういう事か」
どうやら前々からノノアが買おうと目をつけていたらしい。
多分買うためのお金を貯めている間に、イトナが買ってしまったってところだろう。
「なんかごめん……」
「うぅ……」
「ノノアちゃん……」
でもこういうのは早い者勝ちだからさ……。
恨めしそうに見てくるノノア。
余程欲しかった装備だったらしい。
何故かこっちが悪い事をしたみたいな気持ちになる。
とりあえずは強化だ。
《マジカルステラ》を泉に投げ入れ、作業的にグレードアップを済ませる。
性能を確認すると、武器自体の基本性能が何割か上昇し、3つ付いているエンチャントもグレードアップしている。
前は魔法自動照準、魔法反動軽減、魔力アップLv.4。
それが魔法必中、魔法反動無効、魔力アップLv.7へ変わっている。
はっきり言って神武器といって差し支えない出来だ。
かなりレアなエンチャントである魔法必中は、頼り過ぎると腕が鈍ることから意見が分かれるけど、実際かなり強い。
必中の文字通り、相手を追尾するからだ。
ただ、これに頼り慣れると、このエンチャント無しではやっていけなくなる。
魔法必中のついた更に強い武器を見つけるしか無くなるのは少し不安なとこらだ。
でも、予想を超えるグレードアップに満足する。
未だノノアによる横からの恨めしい視線が痛いけど、《マジカルステラ》をインベントリにしまった。
ニアも武器の強化を羨ましそうに見ているけど、これをサダルメリクの装備でやってしまうとちょっと贔屓が過ぎてしまう。
それから、滅多に来れない場所だし、せっかくここまで来たのだからと、もう少しだけゆっくりしていく事になった。
ここでしか採取できないアイテムもある。
各々散らばって採取や、風景のビューショットを撮って回る。
イトナも植物の採取の最中だ。
「イトナくんがお花を摘んでるなんて、なんか変ね」
ニアが顔を覗かせて面白そうに言う。
こう見えてもイトナは植物に限らず素材の採取はマメな方だ。
いざ欲しくなった時にまた取りに行くのは手間だからね。
「ちょっとセイナにね」
「ふぅん。女の子にお花を……ねぇ」
「調合の素材にだよ」
「好きな男の子からこんな綺麗な花を貰ったら嬉しいんだろうなぁ」
女の子にお花をね。
セイナにそんな意味で渡したらどんな顔をするだろうか。そんな暇があるなら気の利く素材を一つでも多く取ってこいとか言われそうだ。
「あの、イトナくん」
「ん?」
「この花ってここでしか取れないんですよね? これをセイナさんに渡したら、無断でこんなところまで来たってバレて怒られるんじゃ……」
う、確かに。
最近はそこら辺寛容になってきたと思うけど、どうだろう。
でも危ない橋とわかっててわざわざ渡らなくてもいいか。
もう採取してしまった水晶の花を見る。
「ニア、この花いる?」
「そんなので貰っても全然嬉しくないんだけど」
怒られた。
そりゃそうだ。
その一方、小梅とユピテルは泉を覗き込んでいた。
「そこの二人落ちないようにね」
「「はーい」」
一応注意しておく。
今までその泉に入ったことのあるプレイヤーはいないけど、なんかやな予感がするんだよね。
「お魚!」
「どこー?」
「あそこ! あそこです!」
「んー?」
「小梅ー。ユピテルー。そろそろ帰るわよー」
「はーい!」
そろそろ引き上げようとニアが声をかける。
それに元気よく返事をした小梅が、立ち上がってこっちを振り向く。
その時だった。
「え、あ!」
小梅が振り向いた拍子に、尻尾のコンセントがユピテルの後頭部に直撃する。
そしてそのままーー。
泉の中へ落下した。
「……? ユッピー様?」
それから泉がペカーと輝き出す。
そして、
悪い笑みを浮かべた泉の女神が姿を現した。




