10
幻想都市リベラのワープゲートをくぐると、あたりは一変していた。
ワープゲートを囲う水辺は干上がり、水気を失った大地が広がっている。
今朝見た時とは大違いの景色。その変わり果てた姿に思わずゾッとした。
そして、リベラの異変にいち早く気づいたプレイヤー達がそれを一目見ようと次々とワープゲートから出てくる。
ここが混まないうちに、足早に街の外へ向かった。
街の外は荒野が広がっていた。
ぺんぺん草一つ生えていない……ってわけでもない。見渡す限りのってわけではないし、奥には緑も見える。
しかし、遠目に見える緑との境目は少しづつ後退していき、荒野が広がりつつあるように見えた。
「やばいな」
これは他人事では済まされない。多分自分がやっちゃった事だ。
それから急いで聖水泉に向かった。
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聖水泉の洞窟には既に人集りができていた。
全員女の子。多分サダルメリクのメンバーだろう。
それを掻き分けて奥へ進んでいくと、白と黒の大樹の前にはイトナの知るメンバーが揃っていた。
「あ、イトナくん!」
そのラテリアの声に、みんなが振り返る。
「ご、ごめん」
とりあえず謝った。悪い事をしたら先手謝罪。セイナさんから学んだ基本だ。
「これ、イトナくんが?」
「う、うん……」
それにニアがやっぱりと、深くため息を吐いた。
「最近イトナくんの具合が悪くないって聞いていたからこっちから連絡しないようにしていたけど、やるなら一声欲しかったな。一応みんなで手に入れたアイテムなんだし」
「そう、だよね。ごめん」
素直に反省するしかなかった。
そうだ。いくら分け前で眼球を貰ったとは言え、みんなで手に入れたもの。
新たなダンジョンへ繋がる道ができるイベントはみんなでやるべきだった。
スケジュールが詰まっていたからとは言え、少し考えなしだったか。
「その事は置いといて、さて、どうしたものでしょう」
ニアが腰に手を当てて、大樹を見上げて言う。
「やっぱりこれが原因だよね」
「そうですね。今広がっている原因の中心部がここになっていますし、間違いないでしょう」
それには風香が前に出て答えてくれた。
調べるのが早い。
でもそうか。やっぱりこれのせいか。
「ま、そんなに気にしなくていいわよ。イトナくんがやらなくても、いずれ誰かしらやっていたんだし」
そう言ってもらえるのはありがたい。
ありがたいけど、反省はしないとね。
「でも、このままにするのもね。うちの評判にも関わるし、自慢のお城も周りが荒野じゃ映えないし」
サダメリ城はそうだとして、サダルメリクの評判? なんで関わるんだ? イトナがやったのに。
なんでと聞こうとして、やっぱりやめた。少しは自分で考えよう。
こんなにして綺麗だったリベラを汚したのはイトナだ。イトナが悪い。
でも、それはイトナを知っている数人だけ。
何も知らない人が見ればどう思うか。
ああ、そうか。
聖水泉からスカイアイランドへの道ができるのは有名な話だ。トゥルーデの眼球を投げ入れるいった手順まで。
となれば、トゥルーデを誰が討伐して、その眼球を手に入れたかって話になる。
ニアがリエゾンにトゥルーデ攻略の事を話しているかによるけど……いや、周りが騒いでないところを見る限りまだ言っていないか。
とにかく、トゥルーデを倒したのがサダメリと周知されれば、この一件はサダメリがやった事になってしまう。
まずったな。
誰かがいつかはやっていたとしても、自分のやった事がサダメリのせいになってしまうのはとても罰が悪い。
しかし、どうしたものか。
ぱっと思いつくのはこの大樹を切り落としてしまう事だ。
確かお伽話でも、そんな結末だった覚えがある。
でも、そんな事が可能なのだろうか。
例えば通り道を塞いでいる木とか、ギミックのあるオブジェクトなら切り倒せるだろう。ひでんマ○ンのいあいぎりとかで。
でも、この大樹はダンジョンの入り口だ。システムとして破壊は許されないのではなかろうか。
「すぐには名案は出そうにありませんね」
「そうね。いつまでもここにいてもしょうがないし一旦……。ん?」
ニアが言いかいいかけるも、何かに気づいたのか、ピタリと止まって何もない宙をじっと見ている。
それはニアだけでなく、その場にいる風香とラヴィもそうだ。
それぞれ、何もない別々のところを見ているよに見える。
因みに小梅とユピテルはこの場にいない。
ログインはしているみたいだし、どこかにいっているのだろうか。
「朗報ね。この木をなんとかする方法が見つかったわ」
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スカイアイランドへ続く大樹を切り落とすクエストがリベラの集会所に張り出されていた。
そう、サダメリのギルド通話に報告があったらしい。
そんなわけで、早速サダルメリク城の会議室に集まった。
みんなで。
サダルメリクとは一応初対面であるノノアも一緒だ。
サダルメリク城は知り合いで、女の子であれば誰でも入れてもらえる。
風香とラヴィはノノアの事に気付いているみたいだけど、特になにも言わなかった。
別に悪いことはしていないし、報道もいい感じにしてもらったしね。
あと、聖水泉にいなかった小梅とユピテルも合流した。
あの場にいなかったのは、スカイアイランドに行っていたからだそうだ。
ユピテルは髪をボサボサにして、なんだか疲れ果てた様子。小梅はどこかすっきりしたようないい顔だった。
まぁ、あの二人で行ったのだから、ユピテルにとって残念ながらオチがついたんだろうと想像はつく。
そんなことを考えていると、横でラテリアが心配そうに大丈夫ですか? とユピテルに聞いていた。
なんでも二人は《記憶の魔石》でスカイアイランドの位置を記憶しに行ったらしい。
もしかしたらスカイアイランドへの道を断つことになる。その前に、別の手段で行けるようにしておくのは当然の考えだろう。
で、行きは良かった。小梅がユピテルを肩車して、ぴょんぴょんと大樹を登り、あっという間にスカイアイランドに着いた。
が、帰りに問題が起きた。
「小梅、一回空を飛んでみたかったんです。行きは肩車したので、帰りはユッピー様の番です」
そう、小梅が言ったそうな。
作戦はこうだ。
スカイアイランドから飛び降りる。
ユピテルが小梅を抱えて飛ぶ。
なんてシンプルかつ分かりやすい作戦なんだ。
しかし、小梅の体重を考えれば難しい話である。
無理と悟ったユピテルは当然のように拒否をした。
が、それが失敗だった。
小梅は行きは肩車してあげたのにとむくれ、無理やりユピテルを捕まえて、ダイビング。
もしも、ユピテルが自主的にやってみようかとでも言っていれば、ユピテルが小梅を抱えて落下していく絵になる。
ユピテルが小梅を抱えているのだから、いつでも小梅を放せるような体勢だ。
しかし、拒否した結果、小梅はユピテルに乗っかるようにして、背中にしがみついた。逃すまいと。
これでは小梅が放さないかぎり、ユピテルに体重がかかったまま。
スカイダイビング。
しかもこれはただのスカイダイビングではない。パラシュートのないスカイダイビングだ。
これを人はなんと呼ぶのか。
そう。ただの飛び降り自殺だ。
背中ではユッピー様! 小梅飛んでます! やりました! とはしゃぐ小梅。
目の前にはみるみる近づく母なる大地。
ユピテルの脳内では小梅のやりました! が殺りました! に変換される。
そんな中、風に手元を狂わせながらも、なんとかインベントリからアイテムを取り出して、死を免れた二人だった。
そんな一部始終をユピテル涙ながら語っていた。
「災難でしたね……」
「小梅と一緒だと毎回そうなのよー。もー」
とは文句は言いつつも仲のいい二人だ。
小梅と言ったらユピテル。ユピテルと言ったら小梅。色々な方向で楽しいコンビである。
「で、その肝心なクエストなんだけど」
少々ガヤガヤしながらも、ニアが話を進める。
こっちが本題だ。
「ちょっと困った事になったわ」
なにか問題があったのだろうか。
そうニアが話を切り出してる最中に、ラヴィと風香がクエストのコピーを全員に配ってくれている。
配布されたクエストを見ると、題名には〝リベラの幻想を取り戻せ〟。
内容にはこう書かれていた。
〝神秘のオアシスにて、巨人の斧を手に入れろ〟
簡潔に一文だけ、そう書かれているだけだった。
つまりはこうだ。
神秘のオアシスという場所に行って、巨人の斧を入手してくる。きっとその斧であの大樹を切り落とせることができる。そんなところだろう。
「誰かこの神秘のオアシスって場所に心当たりがある人いる?」
その問いかけに、この場にいる皆んなが沈黙した。
そう、ニアが困っていたのは目的の場所が聞いたこともない名前だったからだ。
「クエストがあるなら後は簡単って思ったんだけど、まさか知らない場所なんてね。なんだか懐かしい感じ」
懐かしいというのは、このゲームのサービス開始から一年くらいは、クエストを受注しても場所がわからないって事が多かったからだろう。
当時は目的のダンジョンを探すのも手探りだった。
「オアシスってくらいだから砂漠地帯にあんじゃねーのか?」
と、ラヴィ。
「そうですね。しかし、モノクロ樹海周辺にそんなものがあるとは聞いたことありません」
「クエストを受注すると現れる……とか?」
「その線もあるわね。でも、砂漠と言ったらもう一つあるじゃない。そっちの可能性の方が高くない?」
「白の砂漠か。だとしたらこのクエストの難易度はとんでもねいぞ。白の世界樹の庭じゃねーか。どうするんだ? 一応リエゾンで情報仕入れてみるか? あ、お前リエゾンのだろ? なんか知ってるか?」
「私は知らないけど、上に聞いてみれば何かわかるかも……」
あーだこーだ意見が飛び交う。
この時、イトナは完全に会話に入るタイミングを失っていた。
というのも、イトナはその神秘のオアシスがどこにあるか知っているし、これまでに何度も行ったことがあったからだ。
別に秘密にしておきたいとか、そんな事は何にもない。むしろこの件はイトナがやらかしてしまった事だし、率先して協力していきたい。本当に言うタイミングを逃しただけだ。
「あの」
おずおずと控えめに手を挙げる。
そのイトナの声にピタリと会話が止まった。
過敏という言葉を使っても差し支えがないほど、待ってましたと言わんばかりに場が静まり、イトナに視線が集まる。
イトナでもそんなに鈍感ではない。そんなみんなの目には期待が込められているのがわかった。
「その場所なら知ってる……んだけど」
黙っててもしょうがないからさっさと吐いておく。
こういうのは時間が経つほど言いづらくなるものだ。
「んっだよー。知ってんじゃねーかよー」
「さっすがイトナくん。頼りになるー」
「流石です!」
なんだかイトナが知っていたのをわかっていたようなな声色が混じっている。
頼りににされているのは嬉しい事だからいいけどね。
「知ってるって事は行ったことがあるのよね?」
「うん。みんなの考察どおり、それは白の砂漠にある。前に白の世界樹を攻略しに行った時に一度立ち寄ったことがあるんだ」
なんて言ったけど、ちょっと嘘をついた。
白の砂漠は白の世界樹とセットのダンジョンとなっているからだ。
つまり、固定のダンジョンであり、毎回の世界で白の砂漠は存在している。
この世界になってからは一回しか行っていないのは事実だけど、過去のフィーニスアイランドを含めれば、イトナは何度も訪れたことがあった。
「あーやっぱり……、白の砂漠、かぁ」
場所がわかっても、みんなの嬉しさはあまり感じられない。
それもそうだろう。
白の砂漠は白の世界樹とセット。
白の砂漠があるところに、白の世界樹があり。
つまりはホワイトアイランドで最も難易度が高いダンジョンってことだ。
過去にパレンテが平均レベル100程で通過できたダンジョンではある。
しかし、白の世界樹の最上階まで辿り着いたと聞いた当時の黎明の剣とサダルメリクは、我こそともと挑み、白の砂漠を超えられずに終わっている。
当時のパレンテは特別強かったのもあるが、それ以上にイトナがいることが大きかった。
もう卒業するメンバーだからと、イトナの知りうる知識でモンスターを回避し、最上階まで導いたからだ。
ちょっしたチートみたいなものだ。
ついこの前にやっとの思いで攻略したトゥルーデがLv.150。Lv.175を一段飛ばしでLv.200となるとなかなか苦いものではある。
「行けるかな、今の私たちで」
「行くだけなら行けんじゃねーのか? だってずっと前にパレンテが入ってるんだろ? いくら強いと言われたパレンテ様でもウチらよりレベルが低い時だったんだ。特別な行き方かなんかがあるんじゃないか?」
「それはそうかもしれないけど……そういうのって簡単に聞けないでしょ」
ニアは色々細かいことまで気を使ってくれているようだ。
親しき仲にも礼儀あり。そういう情報を当たり前のようにタダ聞きするのは良くないってことだろう。
「いや、大丈夫だよ。特に今回は僕のせいだしね。協力は惜しまないよ」
別に減るものでも取られるものではない。情報はどんどん共有しよう。
「お言葉に甘えて、今回もイトナ頼りになりそうですね」
「それでそれでー? その場所のモンスターとかは大丈夫なのー? だってLv.200なんでしょー?」
「大丈夫。神秘のオアシスにはモンスターはいないよ。白の砂漠の中で唯一の安全地帯なんだ。だからオアシスって名前なのかもしれないね」
「そうなのか? てっきり斧を持ってる持ってるモンスターが徘徊してるんだと思ったけど。じゃあ、そのクエストにある斧ってどうやって手に入れるんだ? まさか斧が落ちてるってわけないだろ。素材かなんかがあるのか?」
神秘のオアシスにはモンスターがいなければ、何かしらの素材が落ちているわけでもない。
白の砂漠で唯一の安全地帯という重要な場所でもあるが、もう一つ特別な仕掛けがある。
「ニア、そのクエストを受注した時になにかアイテムを貰っているんじゃない?」
「うん。貰った。貰ったよ。よくわかったね」
ニアがインベントリからそのアイテムを取り出す。取り出すというか、インベントリから出した瞬間、ゴトンと物凄い重そうな音を立てて床に落ちた。
床に落ちたそれは、黒く錆びだらけの大きな塊だった。
恐らく原型をとどめていない程風化しているのだろう。アイテム名は《風化したなにかの塊》。
うん。そのままだ。
そんな、なんだかよくわからない物体をみんなが囲んで、まじまじと見下ろす。
「なんだこれ」
「これは?」
「それが分からないのよ。多分クエストの重要なアイテムなんだろうけど」
一見、なんだか分からない物体。でも、神秘のオアシスを知っているイトナはこれがなんなのか予測ができた。
「多分これが巨人の斧なんじゃないかな」
「これが斧? とてもそうは見えないけど、どういうこと?」
「こんな話を知ってるかな。木こりが泉に斧を落としちゃって……」
「あっ! はい! はい! 小梅それ知ってます! わかります!」
慌てて、小梅が元気よく手をあげる。
「金の斧を貰えるやつです!」
「うん……まぁ、そんな話」
ちょっと端折り過ぎだったけど、その話だ。
簡単なあらすじは木こりが斧を泉に落とすと、女神様? かなんかが出てきて、「貴方の落としたのはこの金の斧? それとも銀の斧?」と尋ねられる。それに木こりが金の斧でも銀の斧でもないと正直に答えると、女神様から落とした斧と合わせて三つとも貰えるって話だ。この後落ちがついているけど、その話は今回は置いておこう。
……ん? 金の斧だけじゃなくて銀の斧と落とした斧も貰えてるじゃん。小梅間違ってるよ。
「その話は川じゃなかったか?」
「細かいことはいいじゃない。つまり、これを神秘のオアシスに落とせばいいって事?」
「多分そうだと思う。あそこで思い当たるのはそれしか無いから」
イトナの中ではこのクエストでなにをしればいいのか固まってきた。でも、皆にはもう少し説明が必要かもしれない。
「つまり、そのオアシスには特別なアイテムを復元する機能があるってことですね」
「いや、落としたアイテムをグレードアップしてくれるんだ。物語のようにね」
だからクエスト受注時に貰ったアイテムをグレードアップさせれば巨人の斧になるって思ったわけだ。
「え、ちょっと待って。じゃあ普通に装備とかもグレードアップできるってこと?」
「うん。まぁ、でも同じアイテムは一回しかできないけどね」
みんな信じられないといった顔だ。
それもそうだろう。前にも話したけど、エンチャントのシステムのせいで装備に理想を求めればきりがなく難しい。
それをオアシスに落とすだけで強化できるなんて夢のような話だろう。
もちろん、ノーリスクでは無いんだけどね。
「ニア、確かに魅力的な話ではあったけど今はリベラの解決が優先です」
「そ、そうね。なんかイトナくんといると私たちが何も知らない初心者になったみないになるわ」
皆より100年以上やってますからね。このゲーム。
話を戻そう。
やる事は明確になった。
白の砂漠にある神秘のオアシスに行く。
クエストで貰っている《風化したなにかの塊》をグレードアップさせて巨人の斧にする。
巨人の斧を使って、スカイアイランドへ続く大樹を切り倒す。
以上だ。
「急いだ方がいいよね。アイテムを貸して貰えれば今からでも巨人の斧を作ってくるけど……」
それにニアはいい笑顔で言った。
「これ、クエスト受注者しか持てないアイテムみたいなの」
「そっか、じゃあいったんキャンセルして……」
「イトナくん。私も連れてって、ね」
と、いい笑顔で言われた。
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あの後、小梅から「小梅も! 小梅も金の斧見たいです!」と声が上がり、それに続いて「私も!」「あたしもー」「お邪魔にならないのでしたら」と人数が増えて、結局みんなで行く事になった。
イトナ一人で行った方が早いけど、仕方がない。
イトナとしても、予定が詰まってはいるが今日中に終えることができれば問題は無い。
白の砂漠を複数人数で渡るのはかなり難しが、ラテリアがいればなんとかなる。
やはり《エマージェンシー・コール》は優秀だ。ラテリアさえ神秘のオアシスにたどり着ければ、あとは召集すればいいのだから。
数多のスキルを使えるようにしているイトナだけど、《エマージェンシー・コール》は習得できていない。
昔、努力はしてみた事はあるけど、無理だった。どうやら相性が悪いらしい。ルミナスパーティではルミナが使えたのに甘えて、それっきりだ。
スカイアイランドの時もラテリアに頼ったし、どこかで時間を作ってもう一度スキルの習得を頑張ってみる価値はありそうだ。
さて、そんなわけでみんなで白の砂漠の前までへ移動してきた。
果てのダンジョンの手前、白の砂漠。
それは名前の通り真っ白な砂だけの砂漠が地平線の彼方まで続いていて、この砂漠の中央に白の世界樹が存在している。
白の砂漠の手前までは綺麗な草原なのだが、くっきりと線を引いたかのように砂漠地帯と草原で分かれている。
そして、この境界線の向こう、白の砂漠へ一歩でも踏み入るプレイヤーはいない。
それは何故か。
一歩。
たった一歩でも足を入れた瞬間に死が待っているからだ。
あのサダルメリクメンバーさえ、白の砂漠から余裕を持った距離の位置にいる。
「久々に見たけど、綺麗ねー。真っ白な海みたい」
「ま、一歩でも入ったらぱっくんちょだけどな」
白の砂漠には一体のボスモンスターが生息している。
他に雑魚モンスターはいない。ボスモンスター一体だけだ。
この白の砂漠を縄張りにするモンスターの名は、《帝龍 ニーズヘッグ》。
目を失った、地中を飛ぶドラゴンだ。
龍と名のつくモンスターはどのゲームでも強いものだ。それはこのフィーニスアイランドでも変わらない。
イトナの知る限り、龍種はこの世界で二番目に強いモンスターだ。
各島で二体ずつ存在していて、固定で果てのダンジョンにいる。
一体はダンジョンの門番。もう一体は果てのダンジョンのボスモンスターを担っている。
因みに、一番強いのは災害種。アレは龍種とは比べもにならない。
災害種はチュートリアルではでないので、チュートリアルでは龍種は最強のモンスターになる。
今回の目的である神秘のオアシスに行くには、そんなチュートリアル最強種であるニーズヘッグをなんとかしなくてはならない。
「なんだかこれから白の世界樹に挑むみたいね!」
隣でそよ風にポニーテールを揺らされながら、遠目で白の世界樹を眺めるノノア。その表情は高揚感を抑えきれていない。
「ノノアちゃん。今回は神秘のオアシスに行くんであって、白の世界樹には……」
「わかってるわよ。気持ちよ気持ち。これから誰も行ったことの無いところに行くのよ。こうして白の世界樹を見ていたらさ、なんかやってやるぞー! って感じにならない?」
いや、行ったことある人はいるからね。
なんてツッコミは無粋か。
「おーおー盛り上がってるな、リエゾンの嬢ちゃん」
そこにラヴィが来て、ノノアの頭に手を置いた。
「ラヴィ……さん」
「さんはいらねーよ。お前、ラテリアとイトナにも呼び捨てだしな。まぁ、何かの縁だ。今日は仲良くやろうぜ」
「よろしく頼むわ!」
ラヴィの姉さんはああ見えて気が回る。
ラテリアと話す人がいないノノアを気にかけてくれたのだろう。
「でも大丈夫かぁ? これから挑むは最難関だぜ?」
「こう見えてもレベルは100以上よ!」
「ほぉー。ちっちゃいのにやるじゃん」
「そうよ。でもここでは一番弱いけどね」
それには隣にいたイトナも目を丸くする。
その歳でそのレベルで、自分の背丈をちゃんと理解している。
ノノアって本当に将来有望かもしれない。
「……そうだな。でも、ここじゃどんぐりの背比べだ。あそこに入ってゲームオーバになる時間は大して変わらんさ。で、そんなあたしらがここを越えるすんげぇ方法があるんだろ? イトナさんよ」
「いや、そんな大層なものじゃないよ」
なんか期待されているところわるいけど、抜け道があるとか、そんな裏技みたいなものは無い。
イトナがニーズヘッグを引き寄せている間にラテリアに辿り着いてもらうだけの、なんのひねりもない方法だ。
そう伝えると、ラヴィは笑っていない目で笑った。
「あははは、イトナが冗談言うなんて珍しいな。……冗談だよな?」
少しの沈黙が経って、「マジかよ……」と、なぜかドン引きされる。
「イトナは凄いのよ!」
隣では何故かノノアが自慢気だ。ミスティア戦を見ていたからね。
「今までこれだけは言わないようにしていたけどよ。 チートかなんか、ズルしてるって思うほどだよな……」
「イトナくんはそんなことをする人じゃありません!」
ごめんラテリア。存在自体ズルかもしれない。
「ま、まぁ。手早く行こう。今回もラテリアに頼ることになるけど、お願いするよ」
「頑張ります」
ラテリアはやる気満々だ。ちょっと前までいつも不安そうにしていたけど、スカイアイランドでの経験が良かったのだろうか。
「ちょっと待って。《エマージェンシー・コール》でみんなを移動させるのよね? ここにいる人数だと溢れちゃわない?」
「あ」
ここにいる面子は、イトナ、ラテリア、ノノア、ニア、小梅、ユピテル、ラヴィ、風香の八人。
イトナはソロで行くにしても七人。一人パーティから溢れてしまう。
どうしよう。
とりあえず、ノノアの方を見ると慌てて目を逸らされた。そうだよね。ノノアは行きたいよね。
「《記憶の魔石》を使用するのはダメなのですか?」
「それができればいいんだけど、神秘のオアシスは移動するんだ。《記憶の魔石》は座標で場所を記憶してるから、移動されちゃうと白の砂漠のど真ん中に移動することになっちゃう」
そう。神秘のオアシスはずっと同じ場所にあるわけではないのが厄介である。一定時間の周期で、蜃気楼のように姿を消し、また別の場所に姿を現わす。
「え、嘘! いつでも行けるようにしようと思ったのに!」
ニアが嘆く。大方、付いて行きたいって理由は神秘のオアシスで《記憶の魔石》を使用したいと思っていたのだろう。
でも、装備が強化できるって聞いたらそう考えるのも当然か。
「しかし、そうですか。ではイトナがいないといけない場所ってことですね」
「現状、そうなるかもね」
「わかりました。残念ではありますが、今回は私が留守番する事にしましょう」
風香が、潔く身を引いてくれる。
ノノアはホッとした様子だ。
駆け足でちょっと説明不足の部分も多いけど、これで行く方法、行くメンバーが決まった。
明日も八雲との予定が詰まっている。さっさと終わらせてしまおう。
ラテリアと簡単な打ち合わせをして、イトナが一歩前に出る。
「それじゃ。行こうか」




